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嫌われ者と能力者  作者: あめさか
第四章 司崎肇編
103/232

病院

 周囲の様子をうかがいながら、病院の前へと行く。

 まあ、司崎が近くにいたのなら既に襲われているだろうが、それでも注意していた方が良い。今まさに出会でくわしてしまうと言う可能性も無くは無いのだ。


 符滝医院は古びた建物である。

 最近の小綺麗こぎれいな病院とは違い、無機質なコンクリートの壁だ。そして、その壁には、動くかどうか不安を感じさせるボロボロのインターホンが取り付けられていた。


「私が押すよ」


 と言って、遠田がそのインターホンを押す。


 しばらくすると、ガチャリと切り替えの音がした。恐らく通話状態になったのだろう。


「夜分遅くすいません。遠田彩音と申します。高橋さんから話がいってると思うのですが……」

「ああ。話は聞いてるよ。それにしても早いな」


 こっちは、ずっとこの病院の前でウダウダやっていたのだから当然である。


「建物の裏に回ってくれ。そっちを開けるから」

「はい」


 あまり手入れのされていない庭を抜け、裏の玄関へと向かった。

 ドアを開ける音と共に、男の声が聞こえて来る。


「何だ、男が付いてんのか」


 そこには、白髪交じりで無精髭ぶしょうひげ胡散臭うさんくさい感じの男が立っていた。年齢は40代か50代か60代か……うーん、分からない。


別嬪べっぴんのJKの話を聞いてやってくれって言われたから、引き受けたんだけど、男付きとはな。しかも、気の強そうな顔だな。俺は美人系は好かん。美人に見つめられると冷や汗が出てくるんだ……だから、悪いが帰ってくれ」


 イカれたオッサンである。

 まあ、イカれたオッサンだからこそ、司崎なんてやからを引き受けたのだろう。


「お、いやいや、ちょっと待て。後ろにいるのは中々の別嬪さんじゃないか」


 俺と遠田をかき分け、七原の腕をつかむ。


「悪い悪い。俺が符滝ふたきマサノブだ。正しいから信じろと書いて正信まさのぶだよ。可愛い系の別嬪JKのお嬢ちゃんの話なら何でも答えるよ。俺の診察室に行こう。どうせなら、診察もしてあげるから」


 俺は符滝の腕を掴み、七原から引き離した。


「待って下さい。ここでお願いします」

「外で診察しろって言うのか?」

「違います! ここで話をして下さい!」

「こんなに慌ててる戸山を初めて見たな」


 横で遠田がぼそりと呟く。


「いや、どう考えても駄目だろ。この人と七原を二人きりにしたら」


 俺も小声で返答した。


「おい。コソコソ話しても聞こえてるぞ。失礼な奴だな。いきなり現れて何なんだ、お前らは。帰れ帰れ」


 と言う符滝を、遠田が鋭くにらみ付ける。

 符滝は背筋をぐいっと伸ばした。


「い……いや、冗談だよ。気にしないでくれ」


 美人が恐いというのは本当らしい……。


「冗談って何なんですか」

「仕方ないだろ。ここに女の子が来たのも久しぶりだから、ちょっとはしゃいだだけだよ。普段は屈強な男しか来ないんでね」


 符滝医院は、そういう連中が御用達ごようたしの病院らしい。


「そんな事より、お嬢ちゃん。お嬢ちゃんに耳寄りな話なんだが、メスを入れずに胸を大きくする方法があるんだ。診察室で教えてあげるから一緒に行こう」


 符滝は、いつの間にかまた七原の腕を掴んでいた。


「だから、そういうのは、やめて下さい!!」


 さっきと同様に符滝の手を引き離そうとする。


「戸山君、声の威勢はいいけど、引き離す力がさっきより圧倒的に弱いんだけど……」


 七原が不満げに言う。


「いや、それは……」


 胸を大きくするかしないかは本人の自由意志だと思っただけである。


 遠田が再び睨み付けると、背筋がぐいと伸びる。符滝だけじゃなく、俺も。


「いい加減にして下さい、符滝先生。大の大人が、高校生をそんな目で見ないで下さい」

「そうだな。確かに冗談が過ぎたよ。そんな目でなんて見てない。むしろ、最近は女より男の子に興味があるってくらいなんだ」

「は?」

「むしろ、最近は女より男の子に興味があるってくらいなんだ」

「聞こえなかった訳じゃないです」

「男の子はいいぞ。俺は、この本に感銘かんめいを受けたんだ」


 その手には、いつの間にか、例の委員長の同人誌が握られていた。

 符滝はその同人誌を抱きしめるように持つ。


「これから、この本を読んで眠ろうかなと思ってたところだよ」


 委員長の同人誌の魔力は、こんな所まで及んでいたらしい。


 『委員長、何て事してくれてるんだよ!』

 俺は心の中で叫んだ。


「符滝先生は、何でこんなものを持ってるんですか?」

「ウチに来た患者が持ってたんだ。最近の若い奴は、こんなものに執心しゅうしんして情けない……確かに泣ける話だよ。読む度に感情がたかぶってしまうよ。だからといって、大の大人が病院の待合室みたいな公共の場で読む本じゃない。一人で寝る前に、こっそりと楽しむものだ」

「そうですか……」


 正論だが、正論ではない。


「そうだ。君達にも一冊ずつ進呈しよう。おみやげだ」


 符滝は下駄箱の上に置かれた段ボールから同人誌を三冊取り出した。


 『委員長、何て事をしてくれてるんだよ!』

 『委員長、同人誌、何冊刷ったんだよ!』

 心の中で叫ばないといけない事は増えるばかりである。


「まあ、他人の趣味嗜好しこうをどうこう言う為に来たんじゃないです」

「そうか……そうだな。おふざけはこの辺にしておこう」


 下駄箱の上にある大量の同人誌が詰まった段ボールは、おふざけの一言で済むようなものではないのだが、まあ、これ以上触れるのも……という話だ。


「じゃあ、ここに入院していた司崎肇さんについて聞きたいんですが、いいですか?」


 俺がそう言うと、符滝の目の色がふっと変わる。

 ……どうやら胡散臭うさんくさいだけのオッサンではないらしい。


「ちょっと待ってくれ。入院? それは違う。ここは入院設備がある病院じゃないんだ。司崎の事は友人としてウチに泊めてやっていただけだ」

「へえ。司崎さんとは友達だったんですか」

「いや、昨夜、初めて会ったんだがな」

「は?」

「これは重要な事だよ。そうしておかないと、うちの病院の存続に関わる問題だからな」


 やはり胡散臭いだけのオッサンかもしれない。


「あの病院から患者が逃げたとか、そんな人聞きが悪い事を外で言わないでくれよ」

「わかってますよ……じゃあ、御友人が逃げた時の状況を聞かせて貰えますか?」

「ああ、構わんよ……そうだな。現場を見た方が理解が早いだろう。入って来い」


 そう言って、符滝は家の中へと入る。

 

 玖墨の家に入る時より、躊躇ちゅうちょしてしまうのは何でだろう……と考えながら、その後ろに続いた。


 ゴミ屋敷のように本が山積した居住スペースを抜け、病院側へと行く。


「この部屋だ」


 符滝が扉を開けると、そこはベッドだけの殺風景な部屋だった。

 窓すらも無い。


「見ての通り、この部屋は扉からしか出入りする事が出来ない。そして、司崎がいる間、この部屋には外側から鍵を掛けていたんだ。だが、いつの間にか鍵が開いていて、もぬけのからになっていた。鍵を壊した痕跡もない。暴れ出したときのために、革紐かわひもで司崎の動きを制限していたんだが、それも刃物で切られ捨てられていたよ――ほら、見てみろ」


 確かに符滝の言う通り、ベッドの上に置かれた革紐には刃物で切られた跡が残っていた。


「誰かが司崎さんの逃走に協力したって事ですか?」

「ああ、そういう事だろうな」

「誰ですか?」

「知ってたら、こんな事はさせない」

「まあ、そうですよね……ところで、司崎さんの動きを制限していたって事は、司崎さんが暴れたって事ですか?」

「いや、暴れてはいないよ。ただ、暴れる可能性が高かった。情緒不安定だったからな。もし、あの体格で襲われれば、命は無いだろ? だから、そうせざるを得なかった。まれにだが、ここにはそういう患者も来るんだ」

「司崎さんの症状はどうだったんですか?」

「怪我自体は大したことなかったんだが、少なからず錯乱さくらん状態にあった」


 普通は有り得ないと思うのだが、符滝はベラベラと患者の事を喋る。

 本当に本物の医者なのだろうか……やはりどうにも胡散臭いと思ってしまう。


「具体的にはどういう感じだったんですか?」

「司崎は昨夜、取り巻きに連れて来られた時、大真面目に自分は教師だと言ったんだよ。明日の授業が云々うんぬんとか、入院するなら妻に連絡しなきゃいけないとか、そんな事を言っていた。あんだけ取り巻きを引き連れた教師がいたら世も末だよと思っていると、案の定、次に目を覚ました時には、教職は離れて、妻とは離婚したと言ったんだ」

「そうですか……司崎さんに教師を辞めた理由とかは聞きましたか?」

「ああ、それは俺も気になった所だよ。何で教師になるような奴が、こんな風になったのか――だが、司崎は『色々あった』とか言葉をにごすばかりで、答えなかった。むしろ、教師を辞めてからについては饒舌じょうぜつに語り始めたんだがな」

「どんな事を語ったんですか?」

「今の生活を始めた理由だよ。司崎は、ある人物に『そういう運命だ』と言われたからだと言ってたよ」

「ある人物?」

「ああ。俺が占い師にでも言われたのかと聞くと、『彼』はそんな怪しいものじゃないと言った。『彼』は未来が見える予言者なんだそうだ。司崎は『彼』の名前を言わなかったんだがな」

「予言者ですか……」


 その予言者というのは、玖墨の事で間違いないだろう。


「ああ。予言者だ。今時予言者だなんて、正気しょうき沙汰さたじゃないと思ったが、まあ、素直に話を聞くしかない。そうして聞いた話によると、その『彼』とやらは、司崎に対して『俺達は特別な人間だ。そういう人間には運命の導きがある。俺の仲間になって欲しい』と言ってたそうだ」

「そうやって心の隙間すきまに入り込んだんですね」

「ああ、そういうことだ。司崎は『彼』の事となると、更に饒舌に話し出したよ――『彼』は一度も選択を間違った事がないのだそうだ。司崎も最初は『彼』のことを疑ったのだが、『彼』は『未来は決まっている。そして、自分には、それを変える事が出来る』と言い、それを信じられるだけの現実を積み重ねていった。強い奴を相手にする時、複数人を相手にする時、もう駄目かと思うような修羅場にあっても、最後にはいつだって『彼』の言う通りに問題が解決した。いつしか『彼』の言葉に従う事に抵抗がなくなり、『彼』の言う通り、運命に導かれるままに生きていこうと思ったらしい」

「洗脳完了って事ですね」

「ああ。まあ、当然だ。疲弊ひへいした心は、一番楽な答えを本物の答えとしてしまう――そして最近のことだ。司崎の前に覆面を被った男が現れ、司崎は初めて、その『覆面』に敗戦を喫した――だが、それでも司崎は『彼』に対する信奉しんぽうを失う事が無かったらしい。司崎は、自分が覆面に負ける事も『彼』は全て分かっていたはずだと考えた。そして、『彼』は司崎の成長を期待してるんだという結論を出した――」


 司崎はまだ玖墨を信じている。

 しかし、玖墨は司崎をもう手に負えないと考えている。

 色々とあわれだなと思う。


「実際、司崎は自分の成長を実感できたと言っている。苦境におちいればおちいるほど、力がみなぎってくるんだそうだ。司崎は語った――心の奥から『もっと戦いたい』という衝動がき上がってくる。一分一秒でも長く、覆面と戦っていたかった。そうすればもっともっと強くなれる。誰にだって打ち勝てる最高の力を得る事が出来る。一刻も早く、また覆面と戦いたい。もう、それ以外の事は考えらない。運命は必ず導いてくれるはずだ、覆面の所に、そして、もっと強い相手の元に。自分は特別な人間なのだから。この身体が動く限りは、いずってでも、戦い続けよう。そして、もう一度、覆面の男とまみえたい」

「獣になってしまったわけですね」

「獣……? ああ、まあそういう事だな。司崎は人の道を外れてしまったんだ。もうあれは、暴力の刺激の中でしか満足を感じられない。余程の事が無ければ治らないよ」

「符滝先生は、司崎さんに何と言ったんですか」

「少しは頭を冷やせってくらいしか言う事は無かった。司崎は『覆面の件はしっかり、怪我を治してから万全を期してからにする』と言った。そうしないと覆面に失礼だ、と――外面そとづらは冷静に喋っていた風だが、言葉の端々はしばしに狂気が感じ取られた。だから、投薬で落ち着かせた後、拘束することにした。縛らざるを得なかった理由は分かっただろ?」

「はい」

「で、今後はどう対応するべきか思案していたところだよ……まあ、こうなってしまった以上、もうなるようにしかならないな。救いなのは、司崎は今、覆面の事しか考えてないって事だな。覆面と行き会った時、覆面がどうなるかは知らないが」


 覆面はもういない。だが、それを安易には考えられない。

 覆面がいなくなったという事は、彼が立ち止まる理由も無くなってしまったという事なのだ。


「大変な事になってますね」

「そうだよ。ということで、俺からの提案を聞いて欲しい」

「何ですか?」

「司崎を何とかしようとするのは諦めろ。司崎は今話したように危険な状態だ。それに問題はそれだけじゃない」

「どういう事ですか?」

「司崎には取り巻きがいるが、連中も一枚岩じゃない。司崎は様々な思惑の渦中かちゅうにいるんだよ――というのも、司崎は周囲にあまり金を流さないし、どこの勢力にも属さず、一人でやってる。そう奴は敵を作りやすいんだ。それでいて、ここのところ負けが込んでる。このタイミングで、司崎に意趣返いしゅがえししてやろうという連中もいるだろう。司崎の取り巻きには裏で他の勢力と繋がっているような奴も多い」

「司崎さんは色々な人物から狙われてるということですか」

「ああ。それで司崎自身は獣のように暴力の刺激を求めている状態だ。今夜は騒がしい夜になりそうだよ。そんな中で、司崎に関わるなんて命知らずにも程がある。どんな事情があるのか知らないが、今日は諦めて家に帰れ。なんなら、朝までここにいてもいい」


 ……つまりは、そういう事らしい。

 俺達に現状の危険性を伝える為に、これだけの事を話してくれたのだろう。

 ただの胡散臭いだけのオッサンではなかったのだ。


 ……だが、俺達は隠れているいう訳にもいかない。


「ありがとうございます。後で、お世話になるかもしれません。だけど、今はその提案を受け入れる事は出来ないんです」

「何故?」

「実は僕達は、その『予言者』とも関わってるんです。そして、『予言者』は司崎が遠田を狙っていると言いました。『予言者』も司崎も得体えたいが知れない。どこかに隠れていたって、彼らが本気になれば意味が無いと思います。真実を突き止める以外、安全策はないんです」

「そうか。そうかもしれないな……しかし、不思議だな」

「不思議? 何がですか?」

「いや、最初はお前らが何を言っても、本気で止めるつもりでいたんだ。しかし、お前の受け答えを見ている内に、そんな気は全く無くなったよ」

「そうですか」

「……ただし、全ては自己責任だ。気をつけろよ」

「はい。お話、凄く参考になりました」

「ああ」

「それで、もう一つ聞きたい事があるんですけど」

「何だ?」

「犯人の心当たりの件なんですけど」

「さっきも言ったけど、犯人は知らない。取り巻き連中が出入りしてたから、その中の誰かだろうなとは思うけど」

「やっぱり、そうですよね……じゃあ、その取り巻きの中に、もしかして青い髪の男がいませんでしたか?」

「青い髪の男? ああ。いたよ。一人いたけど、そいつが何なんだ?」


 俺達は目を見合わせる。


「おそらく、そいつが司崎さんの逃走に協力したんだと思います」

「そうなのか?」

「はい。さっき言った『予言者』から、で司崎と一緒にいる男の話を聞いていたんです。青い髪の男だ、と」

「なるほどな」

「でも、昨日、青髪の男なんてグラウンドにいなかったよね?」

「おそらく戦力として数えられていなかったって事だろう。あれは精鋭せいえいだったらしいし」

「そういう事ね」

「じゃあ、協力者に青髪の男について聞いてみようか」


 と、遠田。


「そうだな。頼むよ」


 そして遠田は協力者に電話を掛けた。

 遠田は青髪の男の名前をたずねた後、はっとした顔をした。そしてすぐに礼を言って電話を切る。


「協力者も青髪の男には詳しくないらしい。だけど、名前くらいなら分かると、教えてくれたよ。名前は辻平つじひらしょうだ……戸山が言ったように、青髪の男は私の知り合いだったよ……どうしようもない奴なんだ辻平って奴は」







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