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嫌われ者と能力者  作者: あめさか
第四章 司崎肇編
102/232

雪嶋

 俺達は急いで公園へと向かった。

 逢野姉からSNSで卒業アルバムの雪嶋の写真が送られて来たが、最低限の遊具しかない狭い公園なので、雪嶋のことは探すまでもなかった。


 電灯の下、真っ赤なドレスの上にデニムの上着を羽織はおった女が待っている。


 どうやら雪嶋は仕事中に抜け出して来たようだ。


「仕事中だったんですか……すいません」

「大丈夫。あたし、人気ないから」


 とは言うが、高校時代の地味な印象の写真とは打って変わり、雪嶋は物凄く華やかな美人である。化粧と髪色で、ここまで印象が変わるものかと驚いた。


 仕事中となると、長話ということにはならないだろう。

 短期決戦で結果を出さなければ……。


「こんばんは。司崎はじめおいの戸山望と申します。こっちは友人の七原実桜と遠田彩音です」


 気後きおくれしているのだろう、二人は俺より一歩後ろにいる。


「雪嶋さんが叔父おじさんの事に詳しいと聞いたので……叔父さんの事を聞かせて頂きたいんですけど。大丈夫ですか?」


 しかし雪嶋は俺の言葉に答えを返さなかった。

 ただ、俺を真っ直ぐに見つめている。


「君、何者なの?」

「はい?」

「司崎先生に甥なんているはずない――」


 雪嶋は確信に満ちた顔で言う。


「だって、先生は一人っ子だって言ってた……あたしと同じ、一人っ子」

「……そうですか」


 知っていたのか……まずい事をしてしまった……しかし、それが嘘だと分かってるのに、この場に雪嶋が現れたのは何故なんだろう――なんて事を考えている暇は無い。

 とにかく、今は取りつくろわなくてはいけない。


「嘘を吐いてすいません。時間が無かったんです。急ぎで司崎先生の事を調べないといけなかったんです」

「時間が無い?」


 雪嶋はいぶかしげに俺を見る。


「そうです。一刻も早く知らなければいけなかった――雪嶋さん、司崎先生が教師を辞めた理由を知りませんか?」


 やはり、そこに司崎が能力者になった理由というものがあると思うのだ。


「ごめん。それは私の口からは言えない。司崎先生の名誉の為に」

「司崎先生の名誉を傷つけるような事を知ってるって事ですか?」

「そんな事は言ってないでしょ!」


 雪嶋は声を荒げる。


 いや、そんな事を言っていると思うのだが……。


 雪嶋は一瞬で怒りが沸点ふってんに達する性格のようである。


「君は本当に何者なの!?」

「雪嶋さんや逢野さんの高校の後輩ですよ」

「そんな事なんて聞いてない! 何のつもりで、こんな事をするのかって聞いてんのよ!」


 雪嶋が手を振り上げる――その最初の動作で、平手打ちを食らうなという事が分かった。

 避ける事も出来たが、ここは受け止めておくべきだろう。今は喧嘩をしてる訳ではない。こうやって暴力を振るってしまった事で、雪嶋が多少なりとも負い目を感じてくれたらラッキーなのである。


 そしてバチンと大きな音が響く。

 予想を超える全力ビンタだった。


 重い痛みが広がるが、重要なのは受け止めた後の態度である。

 怒りが顔に出るのも不味まずいし、逆に冷静になりすぎるのも相手に戸惑とまどいを与えてしまう。

 こういう時、俺はいつも自分がスポンジになるというイメージをした。

 相手の怒りを吸収するのだ。


 能力者は情緒じょうちょ不安定な奴が多い。

 こんな事に一々何かを思っている場合じゃない。

 こういうものは慣れればいいだけなのだ。


「……ごめん。頭に血が上っちゃって」

「いえ。僕の方こそ、すいません。嘘を吐いていたので、ある程度は覚悟してました。それでも、吐かなくてはいけない嘘だったんです」


 雪嶋が俺をじっと見つめながら口を開く。


「……あなたは敵なの、味方なの?」

「それを確認してから殴って下さいよと言うしかないですよね」


 雪嶋がにらみ付けてくる。


「いいから、どっちなの? 君は、どっちだって言い張るの?」

「軽はずみに味方だなん言うつもりはありません。だけど、司崎先生の回復を願ってる内の一人ですよ」

「回復?」

「司崎先生は昨夜から入院してるんです」

「どこの病院に?」


 そう言えば病院の名前を聞いてなかったなと思い、遠田に目配せをする。


「フタキ医院という近くの病院です。休止符の『符』に滝廉太郎の『滝』で『符滝医院』です」


 と、遠田が答えた。


「そうなの……わかった。本当かどうか確かめに行く」


 雪嶋は携帯を取り出す。地図で病院を探そうというのだろう。

 俺はそれを制止する。


「待って下さい。もう面会時間は過ぎてるでしょうし、今は司崎さんの取り巻きがウロウロしてると思います。近付くのは、やめておいた方がいいですよ」

「でも、司崎先生に会わないと納得できない。また、君の嘘かもしれないし……あたしに話が聞きたいのなら、それからにして」

「それじゃあ困るんですよ。司崎先生は今、あまり良い状態とは言えないんです」


 雪嶋は聞き返しはしなかったが、気になるのだろう。こちらをじっと見ている。

 俺は話を続ける事にした。


「司崎先生は被害妄想に駆られてる状態です。前々から、その症状があったみたいなんですが、ここにきて一気に悪化してきたみたいで、昨夜も妄想に取りかれて、揉め事を起こし、怪我をして入院したんです。俺達は、何故、司崎先生がこんな妄想を抱くようになってしまったかを突き止めようとしてます。早く手を打たないと、司崎先生は、もっととんでもない事を仕出しでかしてしまうかもしれない」

「そんな事を言われても……」

「卒業式の日、雪嶋さんは司崎先生に謝らないといけないって言ったんですよね? 司崎先生が来なかった理由を知ってるんですよね?」

「言えないから」


 雪嶋は強い口調で言った。

 何一つ語るつもりが無いようだ。


「そうですか……まあ、大体、想像はついてるんですけどね。教師が辞めざるを得ない理由と言えば……例えば生徒に手を出したってところですかね? それだったら、雪嶋さんも責任を感じてても不思議じゃないかと思うんです」

「そうやって、みんな勝手な事ばっかり言うのよ! 勝手な噂ばっかり立てる! 司崎先生は何もしてないのに!」

「じゃあ、何が、どう違うんですか?」

「だから私は何も言わない。言わない事にしてるって言ってるでしょ!」

「後ろ暗いところが無ければ話せますよね?」


 バチン――という音が再び脳に響く。

 また、雪嶋が沸点に達したようだ。本日二発目のビンタである。

 まさか二発目があるなんて思ってなかった。


「違うの。でも絶対に話さない。何も話したくないの……叩いたのは謝る。本当にごめん。だけど、だからといって話せる話じゃないの」


 どうやら、このまま強引に聞き出そうとしても無駄らしい。

 俺は、ふっと短く息を吐き、雪嶋に語りかける。


「じゃあ、せめて聞かせてくれませんか? 司崎先生ってどんな先生だったんですか?」

「え?」

「僕たちは、ああいう風になる前の司崎先生を知らないんですよ。それも雪嶋さんに聞いておきたいと思ってたんです。だから、教えて下さい。司崎先生って、どういう先生だったんですか?」

「それだったら、いいけど……」


 雪嶋は少し戸惑いながら話し始めた。


「おどおどして、頼りないけど、頼れる先生だった。滅茶苦茶真面目で、生徒の事をしっかり考えてくれて……私も、親との事で色々と相談に乗って貰ったたの。先生はどんだけ忙しくても嫌な顔一つせず、時間を割いてくれた」


 雪嶋は、一つ一つの言葉を確かめるように――思い出をいつくしむように語る。


「普通の大人なら、どうしようもないと一言で済ませるような事も、先生は一緒に悩んでくれた。先生に話すと、苦しい事もすぐに楽になった」

「じゃあ、今の司崎先生をどう思います?」

「多分、今の先生に何を話しても、そんな気持ちにならない。だって、あの立ち振る舞い、あの生き方は人生を捨ててしまったからとしか思えない」

「何故、そうなったと思います?」

「何故って……」

「何故、そうなったか。それが重要なんです。それを知りたいんですよ。必ずしも、司崎先生が教師を辞めざるを得なくなった理由が聞きたい訳じゃない。今の司崎先生が、どうしてこうなったかを知る事が必要なんです」

「言えない。それは、やっぱりあの事件が原因だと思うから……」

「そうですか」

「ってか、そもそも何で高校生の君達が司崎先生の事を嗅ぎ回ってるの? 学校で司崎先生と関わりがあったの?」


 雪嶋が面倒な事を聞いてきた。

 こっちも色々と話を聞いている以上、答えない訳にもいかない。


「僕達は二年生なんで、直接会った事は無かったです」

「じゃあ、どういう関係?」

「知り合いの知り合いって感じです」

「誰の知り合いなの?」

「雪嶋さんと同じクラスだった小深山さんを覚えてますか? その人と知り合いだったんです」

「ああ、あの変な名前の……確か……ケンタウロス」

「『ス』しか合ってないです」

「じゃあ、ベテルギウスだ」

「それって、もはや分かってて間違ってますよね」

「カタカナは苦手なの!」


 雪嶋は顔を赤くしながら言った。


青星しりうすさんですよ」

「じゃあ、その小深山君と君は何で知り合いなの?」

「青星さんの弟と同じクラスなんですよ。それで、その弟の相談に乗っている内に、お兄さんとも関わるようになったんです。そこで、司崎先生の事を知りまして――というのも、青星さんと司崎先生が揉めていたんですよ。それに巻き込まれるっていう形で司崎さんの事を知ったんです」

「何で揉めてたの?」

「説明が難しいんですけど……青星さんの受験の当日、司崎先生が青星さんに電話を掛けたらしいんですよ。そして青星さんは、その電話での司崎先生の発言に振り回されて、受験に失敗してしまったんです。それを青星さんが恨みに思ってたって感じです」

「信じられない! 先生は、あんな事をした私なんかの為にも色々とやってくれたのに!」


 いきなり凄い剣幕けんまくだ。

 この感じだと、司崎が小深山兄の受験妨害の実行犯であると言えば、また俺が嘘を吐いていると思われてしまうだろう。それだけ司崎に対する信用度が高いままである。


「そうですね。それは青星さんの単なる勘違いだったみたいです。その件は無事に解決しました」


 ……とでも言っておくのがベストだろう。


「そうでしょ?」

「はい。そんなこんなの内に、司崎先生の今の生活を知った訳です。司崎先生が妄想にとらわれてるのも知った。そして、司崎先生を追い詰めたものは何か、その原因を突き止めないといけないと思ったんです。だけど、こういうのって、本人には聞けない話じゃないですか? だから、当時、周囲にいた人から情報を集めてます」

「信じられない。普通、そんな事に首を突っ込む? ただの高校生でしょ? 誰かに頼まれたの?」


 ここで誰かの名前を出せればいいのだが、誰の名前を出しても非現実的で、疑わしいものである。


「いいえ。自分の意志で調べてます」

「それを信じろっていうの!?」


 自分でも無茶な話をしているという事は分かってる。

 『能力』や『排除』という言葉を使わずに、今のこの状況を説明するのは難しい。


「本当の事です。それ以上に言い様がないんです。司崎先生に回復して欲しくて……雪嶋さんも司崎先生に戻って欲しいと思いませんか?」

「それは……」

「まだ同じ街に住んでいるとはいえ、雪嶋さんは大学に通い出して環境も変わってる。普通だったら、こんな過去の事なんてどうでもよくなっているはずです。それでも、雪嶋さんにとっては司崎先生の事は重要なままなんですよね? もう好きとか嫌いとかそういうことじゃなくても、心残りがある。そういう事ですよね?」


 雪嶋は何も言わないが、その表情からは図星ずぼしである事が十分に分かった。


「雪嶋さんが詳しい事情を話して頂けるなら、司崎先生は元に戻りますよ。教職は戻りませんが、あの時の司崎先生は戻ります」

「適当な事、言わないで」

「適当じゃないですよ。可能なんです。過去は変えられませんが、未来は変える事が出来る。ただし、一刻も早く何とかしないといけないんです」

「一刻も早く……」


 雪嶋は小さく呟いた。


「あとは雪嶋さん次第ですよ」

「……でも」


 ここは押すしか無いと、俺は感情を込めて語る。


「お願いします。僕に話して下さい!」


 バチン。

 俺のほおが再び大きな音を立てる。


「このタイミングでのビンタは意味が分からないです」

「ごめん。凄く……凄く混乱してるの」


 雪嶋の瞳が揺れる。


「また、私の所為で司崎先生がとんでもない事になる……そんなの嫌だから……でも、君の言う事が本当なら……と考えてみているけど、どうしても信じる事が出来ない……」

「すいません。もう嘘なんて吐きませんから」

「違う。そういう事じゃないの! 元の司崎先生に戻すだなんて……そんな事が出来るとも思えないし、そんな事をしようとする人がいるとも思えないの……」


 仕方ない。この状況で信じろという方が無理な話だ。


「じゃあ、少し考えてみて下さい」

「考える?」

「今、僕が話した事が全てです。僕達は早く真実を知らないといけないんです。雪嶋さんが話してくれないのなら、他を当たってみる事にします。何か話す気になったら、ここに電話して下さい」


 自分の携帯を操作して、携帯番号を表示した画面を見せる。


「……わかった」

「お時間を頂き、ありがとうございました」

「……うん。じゃあね」


 そして、足早に去って行く雪嶋の背中を見送った。



「じゃあ、一応、尾行しておくか」


 と言うと、遠田と七原に同時に腕を掴まれる。


「待てよ。ここら辺りにしておけ」

「そうだよ。雪嶋さんの判断を待とう?」

「……そうだな」


 事情も何となく理解できたし、もう、そこまで雪嶋にこだわる必要は無いだろう。


 押し掛けなくてはいけなくなった時は、その時、勤めている店を調べればいい。


「で、これからどうするの? 雪嶋さんには他に当たるって言ってたけど」

「逢野姉に苦情を入れよう。ビンタ三回も食らって、この結果は割に合わなすぎる」

「それを亞梨沙のお姉さんに言ったところで何もならないでしょ」

「いや、そうでもないよ――実を言うと、逢野姉もいくらか知っている素振そぶりはあった」

「そうなの?」

「雪嶋も言ってただろ。みんな勝手な事を言う。勝手な噂を立てるって」

「確かに」

「司崎と雪嶋の事は噂になっていたんだと思う。逢野姉に電話した時にも、司崎が何で教師を辞めたかを知らないかと聞いたんだけど、その時、逢野姉は一瞬だけ口籠くちごもったんだ」

「じゃあ何で、その時に聞かなかったの?」

「聞いたよ。だけど、答えをはぐらかされた」

「いつもだったら、それでも無理に聞きだそうとするでしょ?」

「いや、強引にしても、無理な時は無理だし、それ以降、協力を得られなくなるかもしれないと思ったんだよ。俺達は警察でも探偵でも無い。人の隠し事を探る大義名分は無いんだ。逢野姉が他に詳しい奴がいるっていうから、そっちを紹介して貰った。でも、それが無理だった以上、逢野姉に強引にでも聞き出すしかない」


 雪嶋にビンタを三回も食らったと言えば、逢野姉は話してくれるはずだ。

 そうでないと、俺が浮かばれない。


「でも、それで聞けなかったら、どうするの?」

「まあ、次は岩淵かな。岩淵もどこまで芯を食った情報を持ってるか分からないけど、最低限の事は知ってるだろう。それを聞き出すのにも苦労しそうだけど」

「それも無茶な話だよね」

「だが、何か重要な事を聞き出せる可能性が無くも無い」


 そんな事を話していると、遠田の携帯が鳴り始める。


「誰から?」

「司崎の取り巻きからだ」


 そう言って、遠田は電話に出た。


「はい。あ、はい……そうですか。はい。ちょっとすいません」


 と言って、遠田は俺達の方に向き直る。


「病院から司崎がいなくなったらしい。取り巻き達は、各々で街を捜し始めたって話だ」

「そうか……じゃあ、司崎を診てた医者に話を聞けないか聞いてみてくれ」

「ああ。わかった」


 そして、遠田はしばらく会話した後、相手に礼を言って電話を切った。


「OKだ。話が聞けるよ」

「じゃあ、逢野姉への電話は一旦置いといて、病院に行こう。どこにある?」

「いや、あれだけど」


 遠田が指を差す。その先には看板があった。

 そこには『符滝医院』と書いてある。塗料が剥がれ錆びたボロボロの看板だ。

 そして、その看板の病院は公園の真向かいにあったのである。


「ってか、それは先に言えよ。こんなに近づいてたら危ねえだろ」




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[良い点] 「俺達は警察でも探偵でも無い」のに、よくこういう話を成り立たててますよね…… そこは結構スゴいですよ。
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