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EP07:イシュタル・デア・グリューワル

「夕食お持ちしましたぁっ!」


 元気に叫びつつ病室へと入って来たチェイニーは、満面の笑みでトレイをベッドサイドのテーブルに置いた。


「さ、とっても美味しい私特製のリゾットですよ~」


 だが、その言葉に北斗が音速で突っ込む。


「ちょっ!? それ、チェイニーさんが作ったの?」

「はい! 昼の流動食も私が作ったんですよ!」

「は!?」


 今明かされる衝撃の事実に、北斗の顔面が蒼白となる。


「ちょ、待ってよ! てことは、あの形容しがたい微妙な味付けは……」

「もちろん、私の鋭敏かつ繊細な調理による、極上の味付けでしたぁ! あっという間に完食してくれたので、今回も腕によりを掛けて作ったんですよ!」

「いやいやいやいや。あれはチェイニーさんに有無を言わせず口に突っ込まれて、窒息寸前になりながら辛うじて呑み込んだだけですからね?」

「さ、このリゾットもグイっと逝っちゃって下さい! グイッと!!」

「聞いちゃいねえ!? いやそれより、何か『いく』の語感がおかしかったよ!?」

「ささ、体を楽にして、力を抜いて~」

「イヤ! 止めて! 来ないで!!」

「だーいじょーぶ、痛いのは最初だけだから!」

「痛いんですか!? 食事なのに!?」

「ぬははは! なーになんでも食ってみるもんさ! 男は度胸!!」

「そんなのぜったいおかしいですよチェイニーさん!!」


 喧騒の渦に呑み込まれた病室で、置いてけぼりのイシュタルはしばらくポカンとしていたが、


「くふふ……あっははははは!」


 くんずほぐれつ、食べなさーい! 喰わされてたまるか! と揉み合う二人を見て愉快そうに笑った。

 

「先生! 笑ってないで助けて下さいよ!」

「いいからおねえさんのいう事聞いて大人しく食べなさーい!」


 イシュタルは助けを求めた北斗に艶っぽいウインクを投げて微笑み。


「ああ、チェイニーくんはれっきとした調理資格保持者だからな、味はともかく栄養や安全は問題ない。しっかり食べて早く回復するように」

「いやその味が最も大切だと思うんですがね!」


 北斗の言葉をさらっと無視すると、チェイニーに声を掛けた。


「チェイニーくん、後は任せる。彼にしっかりと食べさせてやってくれ」

「はい、お任せください!」


 とても良い笑顔で頷き合う二人のエルフ美女。それを見た北斗は絶望に身を焼かれた。


「裏切り者ー!」

「人聞きの悪い事を叫ばないでくれ。とりあえず、また来るからちゃんと食事しておくように」

「先生、後の事はお任せください! 食事が終わったらお風呂入りましょうね~! 私も一緒に入って洗ったげる!」

「やーめーてー!?」


 何やら不埒な言葉も聞こえたが、わあわあと騒がしい病室を後にして、イシュタルは静かな廊下を歩き出した。

 夕方を迎え、巨大な病院の廊下には人影もほとんど見当たらない。

 もっとも、この規模の病院にしては入院中も含めた患者数が極端に少ないのだから当然である。

 それは、イシュタルが北斗に言ったように、本当に一握りの高貴な者専用だからであった。


(それにしても、今日は久しぶりに変化の有る日常だったな)


 イシュタルは苦笑しつつ、変化の原因となった少年の顔を思い出す。

 まさか、ダミーの記憶を破砕され、本当の記憶にシンクロされるとは思いも依らなかった。


(こんな事、100年振りくらいかな)


 少なくとも、このファランクス王立王都病院に勤め出してからは一度たりとも真の記憶を見られたことは無い。


(本当の記憶、か……)


 イシュタルは現在、400歳を超えている。通常のエルフであれば、そろそろ老年期に差し掛かる頃だ。

 しかし、彼女の外見は人間で言えば20代前半程度にしか見えず、もちろん通常のエルフとしても年齢からすれば異常に若い。


 そう、『通常の』エルフであれば。


 彼女は普通のエルフ族ではない。彼女の種族名は『アルタトゥム・エルフィン』……

 エルフの原種ともいうべき、古き血統を持つ希少な種族であった。

 この世界において、アルタトゥム・エルフィンは既に伝説や神話、物語の中でのみ語られる種族であり、実際に見たり会ったりしたなどと言う話はほとんど聞かれない。

 もし会ったという者がいても、確たる証拠でもなければ大概はホラ吹き扱いされるか、鼻で笑われるのが関の山だ。

 そして、証拠など出しようもない。アルタトゥム・エルフィンと通常のエルフ族は、見た目だけでは解らないのだ。


 その、希少な存在であるアルタトゥム・エルフィンの中で最も古い部族、グリューワル族。

 イシュタルはそのグリューワル族の、族長の娘であった。


(イシュタル・デア・グリューワル、か……)


 その名は、彼女に取ってもはや遠き想い出の中のもの。意味するところは、『緑の森のイシュタル』――

 彼女は、人間を拒絶する深き魔の樹海、その最深部でひっそりと暮らす一族の末裔なのだ。


 ではなぜ、そんな彼女が世界でも最も文明化・都市化されたこの王都に居るのか……


(私は、あの娘のために……フリューイアのためになら、何だってする。この身を切り売りする事だって苦ではない)


 それはただ、哀しい宿命をもつ、この世の何よりも愛しい娘のために。

 イシュタルが愛娘を想いつつ、ポケットからロケットを取り出そうとした瞬間。


「やあ、ここに居たのか」


 穏やかな、だがどこか酷薄な印象を受けさせられる声がイシュタルに掛けられた。




     ☆     ☆     ☆     ☆     ☆     ☆




「やれやれ、酷い目にあった……」


 北斗は病院の屋上の隅、物干し台の影に隠れてうずくまり、ほっと息を吐いて呟いた。


「あの人……じゃなくてあのエルフ、ちょっとおかしいよな」


 北斗は、なぜか自分に対して強烈な執着を見せるチェイニーに、少なからぬ違和感を感じている。


「と言っても、チェイニーさんの目当ては()じゃなくて『アリオス』なんだろうけどな」


 そう、北斗の美少年ルックスは元の持ち主であるアリオスのおかげであった。


「前世界では、美人や美少女にチヤホヤされるならなんだってオッケー、とか思ってたけど、実際本来の自分そのものと関係ないルックスでチヤホヤされてもあまりうれしくないってのも皮肉なもんだ」


 もっとも、もしチェイニーの胸がイシュタルの半分位にでもボリューミーならば考えも違ったかもしれない。


「……うん、我ながら清々しいほどのクズだな。しかし無問題! 俺のハーレムの基準は俺が決める!」


 どうしようも無く情けない決意表明を新たにした北斗は立ち上がり、屋上からの景色に目をやった。


「それにしても凄いな、この病院……と言うか、この王都は」


 ここは、ガイラ大陸の中央に位置する聖ファランクス王国の王都、ブリュックリン。恐らくはこの世界で最も栄えている大都市である。

 見渡す限り、地平の彼方まで広がる街並みは壮観で、前世界きってのメガロポリス・東京と比べても劣らなく見えるほどだ。

 そして、その都市を睥睨するかのようにこの病院は建っている。

 途轍もなく広い敷地に、いくつものビル的な建物が立ち並び。

 今北斗がいる屋上は、その中でも最も高い建物にある。


「高さは300メートルってとこか」


 ほとんど東京タワーと変わらない程の高さを持つこのビルは、北斗が入院している部屋もある。

 この国でここより高い建物は、王宮の東西にそびえる『愚者の塔』と『憐者の塔』くらいのものだろう。


「地上を走るは馬車に力車、稀に魔動車。空を飛ぶのは魔空船か」


 そして、地上と空を優雅に走リ飛ぶ、魔法や魔道を動力とする乗り物たち。さすがに、陸上も空も前世界の都市ほどの過密さは無いが、そう言った魔動デバイスがかなりの密度で存在している。


「思ったよりずっと進んだ、サイバーパンクなファンタジー世界(ワールド)だったな」


 北斗は苦笑交じりに呟く。だが、そんな世界においても無敵と言える、現在の己の突出した力には驚愕するばかりだ。

 今、北斗がその気になればこの王都を一瞬にして灰にすることも可能なのだから。


「おっかねえこって……」


 もちろん、北斗はそんな愚行に走るつもりは全く無い。

 北斗が求める理想の異世界ライフ……それは征服や国興しなどと言う大それたモノとは全く違う。それらに比べれば、格段にささやかかつ穏やかなモノなのだから。


「ん……? あれはイシュタル先生か」


 と、屋上への出入り口から、見慣れた人影が出て来るのを北斗は見つけた。

 イシュタルが妙に厳しい表情な事に気付き、頭を捻る。


「っと」


 とりあえず声を掛けようとイシュタルの方へ足を踏み出し掛けた北斗だったが、直ぐにもう一人、妙な男がやって来たのに気付いて身を隠した。


(なんか、咄嗟に隠れなきゃいけない様な気がしたんだが……)


 それは、アリオスの肉体に刻み込まれた感覚が反応したのだろうか? とりあえず、その直感に従って北斗は様子を伺う事にした。

 イシュタルは屋上の中央付近で振り返り、妙な男と対峙する。何やら果し合いのような雰囲気すら漂わせているのは気のせいではないだろう。

 その男、一見しておかしな所は何もない。だが、なぜか感じる雰囲気が奇妙なのだ。


(あんな奴、俺はもちろんアリオスの記憶にも無い……)


 北斗はそう考えたが、そこでハッと思い立つ。


(そうだ、確か自由に外見を変えられるヤツらが居たな)


 アリオスの記憶の片隅に有ったのは、リザードマンの一種である。体色・体毛そして人種を問わずに身を移すことが出来る種族。


(……ケーメロン族か。あいつがそうとは限らないが、王都で跋扈するヤバいヤツの顔は全て覚えてるはずの(アリオス)が、あんな怪しい雰囲気を纏った男を知らないはずがない)


 それは抜群の記憶力と、相手の発する雰囲気を読む能力に加え、超常的な直感力の合わせ技である。

 北斗はイシュタルと対峙する男をタダモノではなく、極めて危険な男と看破していた。







 


 


 

お読み頂きましてありがとうございます。

次回更新は、土曜日の予定です。

どうぞよろしくお願い致します。

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