EP05:ノーマ・リフレクション
いつもお読み頂きましてありがとうございます。
今回は少々短めですが、ご容赦下さいませ。
ビルシュタイン公爵とその娘、カレラの訪問からあっという間に時が過ぎて。
「やあ、待たせてしまってすまなかったね」
病室の窓から夕陽が差し込み始めた頃、イシュタルがやって来た。
「いえ、とんでも有りません。それより、お仕事お疲れ様です」
「ふふ、気遣いありがとう。昼食は残さなかったかね?」
「ええ、一応……でも、中々えぐい味でした」
そう、あの後満面の笑みを浮かべたチェイニーが持って来てくれた流動食は、甘いような苦いような酸っぱいような……何とも言えない、非常にアレな風味であった。
「まあ、今の君は三日間昏睡状態に有ったわけだからな。いきなり普通の食事を放り込んだら胃腸がびっくりしてしまう。昼の流動食を完食出来て、その後胃の調子が悪くないならば夕食はリゾットでも用意させよう」
「えっ、リゾットなんて有るんですか?」
聞き覚えの有り過ぎるメニューの名前に、少年は素で驚いた。
「ああ、君の考えているリゾットとまったく同じものかは解りかねるが、肉入りスープにパンを漬け込んで柔らかくしたものだ」
「あ、そうですか……」
残念ながら、前世界でいう所のリゾットとは違うようだ。洋風おかゆ的なものを想像していた少年は、少し失望してしまう。
(まあ、逆に考えれば料理チートが出来る可能性は有るってことか)
少年は気を取り直し、今後の事を考慮して前向きに考える。だが、料理チートするには、それ以前の問題が……料理の為の各種素材、調味料集めが有る事までは気が回らなかったようだ。
「さて。ではノーマ・リフレクションを行使してみようか。君の脳の記憶層に問題が無ければ、かなり高い確率で記憶は戻るはずだ」
「……はい、お願いします」
イシュタルの言葉に少年は頷く。
ノーマ・リフレクションは前世界の医学技術で言う、大脳皮質だの海馬だのといった記憶を司る箇所を活性化させる術なのだろうか? 前世界で聞きかじった知識が少年の頭を一瞬過ぎる。だが、そんな事を今考えてみても意味は無い。
(とにかく、イシュタル先生を信じて任せよう。この躰の記憶が戻れば、この世界で生きて行くのに有利になるだろうからな……)
もしかすると肉体の記憶が戻った時、少年……現在の『男』の人格が消失する恐れも充分考えられる。
そうでなくても、一つの肉体に二つの意識が宿るなど、転生・転移及びファンタジー、SF作品などでさんざん描かれて来たトラブルが発生するかもしれない。
しかし、『男』はなぜかそう言った事を畏れる気持ちは感じず、今は全てを流れのままに任せてみよう、と言う一種達観すたような心情になっていた。
まあ、有体に言えば『出たとこ任せ』『なるようになれ』と言う心境である。
(俺は、転生……いや転移? それとも憑依かな? まあとにかく、死にたいくらいに憧れた夢の一歩を実現出来て、充分満足しているのかもしれないな。もちろん、この異世界でやりたい事は山ほど残ってるけど……)
それでも。
それでも今は、目の前にいる美しいエルフの医師を信じ、身を任せようと思えている。
「では、心の準備は良いかな?」
「はい、よろしくお願いします」
イシュタルの問いに、『男』……少年はまっすぐに瞳を見返し迷いなく答えた。
「うむ。では、まず横になってくれ。ああ、もっとベッドの端に寄ってな」
「あ、はい」
少年はイシュタルの指示に従い、イシュタルから距離を取る感じでキングサイズベッドの端に寝転がる。
「では、失礼するよ」
イシュタルはそう言うと、靴を脱いでおもむろにベッドに上がり。
そして、少年の横に添い寝すると、上半身だけを起こして少年の上に被さって来た。
「せ、先生?」
その、あまりにヤバ気な状況に少年は戸惑ってしまう。
イシュタルの、あまりにも豊かすぎる胸が少年の胸に押し付けられ、淫らに形を変えてその途轍もない柔らかさと適度な弾力を余すところなく伝えて来る。
(うわわわわ!?)
その官能的な感触と、目の前に迫る美しいイシュタルの顔に少年は思うさまテンパり、ダラダラと冷汗を流し出した。
「大丈夫、気を楽にして……」
だが、イシュタルは戸惑う素振りも無く少年の手をそっと握り、白く美しい顔を少年の顔へと近付けて来る。
少年は驚きと興奮の波に翻弄され、瞬きもせずに迫ってくるイシュタルの顔に視線を張り付けた。
「……さすがに少し照れてしまうね。すまないが、瞳を閉じてくれないか?」
「え? は、はい」
と、鼻と鼻が接触する寸前。白皙の頬を少し染め、イシュタルが少年に頼む。
その言葉に少年もハッと我に返り、黒と蒼の瞳を閉じた。
「では、いくぞ」
「はい」
(もしかして、もしかしてキスなのか!? ああ、さよなら俺の純潔……そしてようこそ新しい俺!?)
そう、少年……いや、『男』は前世界でアラサ―だったが、紛う事なき純潔――有体に言えば、童貞だったのだ。もちろん、キスすらしたことは無い。人生イコール彼女いない歴そのまま、である。
そんな元『男』――少年の錯乱をよそに、少年の瞳が閉じられのたを見て、イシュタルも瞳を閉じ、さらに顔を近付ける。
そして、二人の額がこつん、と軽く触れた瞬間。
バジッ!
まるで、超高圧電気に感電したかのような音と衝撃が少年とイシュタルの精神と肉体を貫き。
「うわっ!?」
「きゃあっ!?」
二人は、ベッドの上で激しく痙攣して身体を折り重ね、精神を闇へと溶け込ませた。
次回更新は日曜の予定です。
どうぞよろしくお願い致します。