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しあわせバトン

たまには、こんなしあわせも

作者: 三稜 諒

 最近出来たばかりの彼女──安藤栞からのメールに返信をする。

『今日バイト終わるの何時?』

『五時。噴水の前で待ってるね』

『わかった、じゃあ五時に』


「あ!葵が彼女にメールしてんぞ!」

「ケーキ屋の彼女か!何ちゃんだっけ?」

「栞ちゃんだよな、栞ちゃん!おっまえ一人でずりぃよなー」

「いいだろ、メールくらい」

 そっけなく友人に返事を返し、本当は五時なんかじゃなくて今すぐ会いに行きたい気持ちを抑える。

 高校三年生である葵は通常なら自由登校の時期だが、付属のエスカレーターで進学するため、のんびり残りの高校生活を謳歌している。まわりの友人も大体そんな感じだ。


 今日は、逆チョコとやらを渡すのだ。

 元々自分から渡す気はなかったのだが、友人が逆チョコを贈りたいから作り方を教えてくれと言ってきたので、ついでに昨日一緒に作ったのだ。

 元々おれは我が家の家事担当だったので、チョコレートくらいなら余裕で作れる。

 が、友人のほうはそうもいかない。

 男の子同士で調理しても台所が狭くなるだけでウキウキした気配が欠片もない。手元もおぼつかないし、不安だなぁ……と、一昨年父親との再婚により葵の義母になった葉奈にこぼされた。

 あぁそうだろうとも。おれだってそう思う。

 一緒に渡すプレゼントは年上の彼女に何をあげていいものか良く分からず、結局マフラーにした。

 あれ?逆チョコあげた場合って、ホワイトデーはどうすんだ?

 そもそも自分がもらえる前提のイベントではなかったか?その場合はお互いホワイトデーにも贈り返すのだろうか。

 そんなことをうっかり真剣に悩む葵の隣で友人たちはバカ話を繰り広げていた。

「お前、桜女子の子ナンパしてただろ?」

「げ!なんで見てんだよ!」

「マジで?成功したのかよ!」

「見てたなら知ってんだろ、普通に振られたよ」

「マージーでー?あほだ、こいつ!!」

「そいやこいつの妹桜女子だって知ってたか?」

「しらねーよ。なんだよ、紹介しろよ!」

「あほか、ゴミ見る目で見られんぞ!」

「なんで?」

「おれみたいなの間近で見てると男なんかいらんて気分になるんだとよ、こっちの台詞じゃ!」

「おれツンデレすき!ツンデレ!」

「あほか、アイツにデレなんてねーぞ」

「葵んとこにも妹いんじゃね?」

 いるが、七つだぞ。

「──お前ロリコンか?」

 いや、ロリコンだとしても加奈はお前らにはやらんがな。

 今朝方、玄関で余ったチョコを渡してやったら「おにいちゃんと結婚する」とか言ってたぞ。おれは彼女と結婚したいから親父としてやれ、っていったら満面の笑みで「わかった!」と返してきたが。

 ちなみに後ろでそれを聞いていた親父はしあわせオーラを振りまきながら出勤していった。平和な家庭で何よりだ。

「葵、その加奈ちゃんだけど昨日下校中に告られてたぞ」

「は?誰に」

「おれが知るか。同じクラスの子じゃね?」

「最近の小学生はすごいなー」

「なー。付き合うってどーすんだろ?手を繋いで下校?」

「それいいな、爽やかで」

 それは今まさにおれが栞さんとしたいことだ。加奈に先を越されてなるものか。

「甘酸っぱいなー」

「腹減ったな、なんか持ってね?」

「お前さっき食ったろ、もうねぇよ」

「──ていうかさ、お前らなんで帰んないの?」

「噴水の前、五時だろ?」

 ニヤーと笑う顔が三つ。──しまった。それが狙いか。




「──ごめん、栞さん。友達ついて来ちゃった。すぐに追い帰すから」

「え?全然いいよー。学校生活が垣間見えて嬉しいよ」

 にっこり笑いながら返してくれる。

「で、葵いつ紹介してくれんの?」

「お前らそれくらい待っとけよ」

 と、呆れながらも右から紹介していく。さっさと紹介を終わらせて蹴散らさなければ。

「えーと、右から西野、花田、藍沢ね」

「ども!はじめまして。葵の幼馴染の西野です」

「高校からの友達で花田でっす!」

「おれも幼馴染です。藍沢です」

「あれ?花田くんだけ幼馴染じゃないんだね?」

 と、そこで栞さんがおれを見る。

「あー、おれと西野と藍沢は小等部から今の学校だから」

「そうそう。おれだけ高校から入ったんです」

 なー、と言い合うやつらを追い返すべく短く一言唸るように「帰れ」と言ってやった。

 しかしその程度ではまったく動じないやつらにさらに通告する。

「お前ら目的はもう果たしたろ?もういいよな、帰れ」

「あーはいはい」

「言われなくても帰るよ、じゃあ栞さんお邪魔しました」

「またね、西野くん、花田くん、藍沢くん」

 と、栞さんが手を振る。

 やつらも「またなー」と言いながら帰っていった。

 待ち合わせの噴水から近くのスターバックスに入るまでの短い間だが、おれはそっと手を繋ぐことに成功した。

 ──あぁ、しあわせだ。



「ごめんな、あいつら突然」

「気にしないで!あたしの友達もいつか同じことやるかもしれないし!」

 と笑う。

 コーヒーを一口飲んでひと息ついたところで、おもむろに例のプレゼントを渡す。

「──これ、作ったんだ」

 きょとんとする栞さん。あーそりゃそうだよな。なんか猛烈に恥ずかしくなってきた。

 栞さんは開けていい?と、目で聞いてきた。

 むしろ開けてください。お願い何も聞かないで。

「え、チョコ?!あ、マフラーまで」

 うそー、ありがとう!と破顔した。

「ひ、ひいてない?」

 恐る恐る聞いてみる。そうか、バレンタインではいつも女の子のほうがこんな思いをしてるのか。

「ひくわけないよ!ありがとう!あ、でもあたしも持ってきたんだよ」

 やった!期待を裏切られなくてよかった。

「ありがとう。……みていい?」

 もちろん、と渡したチョコレートをキャーキャー言いながら見ている栞さんは掛け値なしに可愛い。あーほんと告ってよかった。

 栞さんからのはチョコと──

「キーホルダー……?」

「あ、そうそう。何あげていいのか分からなかったから実用品にしちゃった。家の鍵お財布に入れてるみたいだし……えーと、好みじゃなかった?」

「いや、すきです。こういうシンプルなの」

 それは焦げ茶の革製のキーホルダーだった。大小二つセットで鞄などにつけやすいようホックが付いている。

「よかった!それね、ハンドメイドなの。近所のお店のなんだけど」

「へぇ、うん。すごくいい。ありがとう」

「それよりも……ね、ね!このチョコレート、葵くんが作ったの?」

「あーそうなんです、よ。さっきの西野が彼女に作るっていうから、便乗して」

「へぇ!お料理出来るんだねぇ!うーん、お店だから食べちゃだめかな、食べてみたいよー。なにこれ超美味しそう!」

 喜んでもらえたようでほっとした。

 ──でも。

「栞さん、お店だから仕舞ってね」

「ちぇーはぁい」




 店を出て、どうしても食べたい食べてみたいと騒ぐ栞さんに「じゃあ」と予備で鞄に入れていたチョコを袋から一粒だけ取り出し、ニヤリと笑う。

「はい、あーん」

 真っ赤になって抗議をしながらも、結局口を開く栞さんがおれはもう可愛くて仕方がないんです。

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