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黒の預かり屋

 俺、池内いけうち ゆうは「預かり屋」を初めてから丁度十年目になろうとしていた。

 預かり屋の業務内容は至ってシンプルである。その名の通り「他人の物」を預かる。その物の大きさと預かる期間によって料金設定し、俺の店は「すべて前払い」それを頂く。預かる期間は一日単位から年単位。そして最長五年まで。これが基本。五年というのは単純にキリがいいだけ。ただ何日だろうが、何年だろうが「前払い」の俺の店にはそんな五年の最長の料金を利用する人はそうそういない。普通そうだ、もしそんないつ取りにいけるかわからない物を前払いして預ける奴なんてただのアホだ。俺の預かり屋は長い期間にあまり意味を持たないのだ。


 俺の預かり屋は最初は鍵専門だった。

 最長五年なんて設定せず合鍵を一年単位の年額で預かる。金をかけて鍵を預ける人なんか居るの?と思うかもしれないが、これは普通に居る。なぜなら、例えば車。それが高級車で鍵を無くしたとしよう。それで間違って深夜にでも鍵屋を呼んだ場合の相場がいくらかかるか知ってるか?わからないだろ?わからないから鍵屋は平気で交換だのなんだの料金を上乗せできる。それを知った人にとっては合鍵が確実に保管される場所が大事。無くした時のリスクより、ある場所に取りに行けばある安心感を売ってる訳。と、最初はセオリー通りの店だった。


 だが、この商売を始めて三ヶ月もしないで鍵以外も預けれませんか?なんて客が思ったよりも多かった。そこで俺は方向転換した。「何でも預かる預かり屋」にシフトした。もちろん経営方針も一新するわけだから頭使って必死に料金設定からなにやら見直した。

 小さい物はやはり家の合鍵から車の合鍵、嫁やら家族への内緒のプレゼントとかそんな物。

 これらはまだいいが、「何でも預かる」に変えた手前、店舗に置ききれない大きめの物の依頼ももちろんある。その為に小さめの倉庫を少し離れた場所に借りた。

 ここ西新宿のビルの二階テナントに構えてる店舗には、一応ペットや動物も「表向き」は受け付けてはいるが、こちらは一人で世話を出来る訳も無く、なんだかんだオプションで割高になりますと言う。それで知り合いの違う預かり屋やらペットショップオーナーを紹介。そこから、それはそれでマージンを頂く。実質、俺は面倒な生物なまものは拒否している。

 まぁボロい商売である。その上に楽だ。預かった物の管理システムを作るのも楽しく出来たし、基本的に俺は生き物を預からないから余計楽なのだ。

 「何でも預かり屋」に俺の店がシフトチェンジしてからのこの商売の儲けのいい所は、そのほぼ何もしないでいい所よりも、契約期間を過ぎて取りに来ない客のものはこちらの物となる。そういう契約書を交わすのだ。信じられないと思うが、仮に百件物を預かると半分は戻らない。その理由は様々。


 預けた本人が忘れた。

 預けた本人が亡くなった。

 預けた本人が元から取りにくる意思が無い。


 俺の店が潰れずに、さらに選ばれる理由は そこに あると思う。

 店としては簡単に言うと「預かる約束期間は厳守してもらいます。ですが一日でも遅れた場合は処分させて頂きます」という方針。今ではこう謳っている。


 一見してどう見えるだろう。

 期限を越えたら人の物を勝手に処分して。と、まずは思うだろう。だが、この狙いは勿論あって、それは「普通の人」へのフィルター。普通、自分が大事な物を預けたいなら、後に期限を過ぎて即刻処分。なんて言われたら俺の店には預けてこない。

 だが、「少しだけ賢い」客はこの謳い文句に食い付いてくる。そう、捨てるのに金がかかる物を最短の一日だけ預けて、俺に処分させる。


 経営方針を変えた俺の預かり屋は、その「少しだけ賢い奴」を新しくターゲットにつけた商売に変わっていた。まぁテレビを一日だけ~なんて客はもう貰った物である。俺の店に預けた物の半分が本人には返らないは理由がそこにある。


 実を言うと倉庫に分解屋を一人置いている。もちろん金に替えれる物は全て変える。実質、捨てる時金のかかるものは金に換わるものが多い。倉庫に置いているソイツにはその利益の半分以上やってる。なんせゴミを金に変えるんだ。本人も歩合なもんだから上手いこと本気でやる。これがまた優秀な奴で直せる物は直し転売。バラして売れるものは売る。流石に残る屑だけは今度こそ安い廃品回収に回すなりなんなりする。はっきり言ってそれでも利益は多い。まぁ不法投棄も抑えられてエコロジーそこを含めて皆Win-Winて訳だ。


 だが、店の形態を変えてから一年もしないで店としての波が来た。

 それは「ブラック」な預り物の依頼である。ここで言うブラックな物とは簡単に言うと店に対して「預かった事にしてません」と、クライアントがして欲しいもの。様々なパターンがあるが、大きく分けて2つある。


 一つは税金逃れの為の所得隠し。現金をそのままから、ダイアモンドなど宝石に変えた物、金塊に変えた物。これはクライアントによっての好みだろう。

 二つ目は家宅捜索された時に困る物。大麻から覚せい剤。さらに銃器。大体銃刀法違反な物から麻薬関係全般。俺は興味ないが、随分とそちらも詳しくなった。


 俺は、最初はその「黒い依頼」はもちろん断っていた。

 だが、奴等の金の払いは流石にとんでもない。ダイアモンドや宝石を所得隠しとして持ってくる客なんて金銭感覚がまず俺とは違う。四億の税金を逃れる為に3千万で一ヶ月だけ、しかも店の経営方針に沿わせて期間で取りにいけなかったらもちろん処分で構わない。こう来たものだから俺も考えた。一回の依頼が年収の何倍も報酬が来る、もちろんどちらも犯罪に手を染めるからの利益。最初に大量の宝石の依頼が来た時、それはもちろん「隠して欲しい」わけだから、その依頼主は店舗には来なかった。まず、電話で確認された。

「……で、お願いできますか?」と、話を聞くうちに胸が高鳴るのを感じた。その客とは、全く別の喫茶店で落ち合った。アタッシュケースから取り出した紙袋に入れられた価値が最低数億からであろう宝石の山に、俺に確実に払う三千万の札束。これ等を見せられさすがに渡りたくなった。なんせこっちも経営の身、現生が最後には物を言うのがわかってる。この危ない橋を渡ったのが最初の「黒の依頼」であった。

 だが、今思えばその程度の依頼は真っ黒ではない。実際この最初の依頼主はきっちり宝石を取りに戻ったし、なんせ契約書なんて証拠が残るものを交わさない。連絡手段も依頼主の方がこれまた人を使い、うまく後が残らないようにしてくれる。それに金持ちはやはりネジがぶっ飛んでる。税金逃れなんて色々方法がありこの程度の事は何処でも行われている事を始めて知ったのもその時だった。だがこういう依頼はもちろんそんなに頻繁にある訳でもない。この手の依頼は俺にとっては割と高確率で当たる定期的な宝くじみたいな物になっていた。

 問題は、もう一つの方。俗に言う黒社会、アウトローな人達の依頼。こっち系の依頼の場合、もちろん表向きで設定している「通常の料金」の料金よりはるかに多く出す。多くは出すが、三十万でチャカ二週間やら、五十万で危ない粉一ヶ月だので正直リスクに全然見合わない。断れば引く客も居るが、まず話が利口じゃない奴が多い。いったん言い出したら向こうも向こうで引っ込みが付けれなくなるのか難癖付けてほぼ無理矢理預けられる。だが、元をたどせば金は通常よりは良い訳で、こっち系の場合は最悪脅されてやりましたってのも使える。もし、これで捕まっても最終的に俺に飛んでくる火なんて小さいんだ。そう考えたらこちらも悪くは無かった。

 だがやはり、こっち系で事件が起きた。それは物を約束期限に取りに来なかった事があった。物はこれまた運悪く銃に粉のセット。さすがに期限過ぎたからって処分に困った。どうやら預けた本人はなんやら闇家業の事件やなんやらで死んだらしい。その後血眼で捜された俺が拉致られるのもそう時間がたたなかった。この粉も数千万~数億になるのだから本気になるのも分かる。だが、その時はラッキーな事に物を返すだけで話は済んだ。あちらも警察に駆け込まれちゃ困る身なもんで下手に手出しは出来ない。

 その時思った。これは一生はやってられないな、って。運悪けりゃ死んでた訳だ。

 

 俺はその件があった後、目標貯金額を設定して足を洗う準備を考え始めていた。

 十億。これだ。響きがいい。さらにいつ終わるかわからない仕事だって事で倉庫の奴に退職金五千万。これで文句は言わせない。何年かかるかわからないが十億あれば、残りの人生どうにでもなる。最初は目標が高すぎるかと思ったが、税金逃れの方の奴等の金の羽振りの良さを見ると行けなくもない。それに、万が一それで取りに来ない奴がいたらその時点で終わりだろう。


 俺はその時をひたすら待った。もちろん普通に経営としても一応は成功している。ずる賢い方の「表向き」だけで年収は約七百万。まぁこれは税金が持ってかれるから手取りでいうと大した事は無い。俺と年相応の一流企業のリーマン程度がいい所。まぁこれでも成功といえばそうなんだろうが、これにたまに来る所得隠しの金持ちが年に平均一回か二回で二千万から多くて五千万。大きくバラついてるように見えるが、この「所得隠しの相場」も金持ちの間ではある程度あるらしく、これ以上変に変動はしなかった。そしてヤクザ関係が年に数件~多くて十件台で一千万弱。

 波はあるが、大体平均年収丸々の手取り四千万ってトコだった。ざっくり計算で十億まで約二十五年。割と長めで危ない賭けだが二十五年でフェードアウトも魅力的だった。


 そして、この商売も十年目。ついに一番待ちわびていたパターンが来た。所得隠しに二十億相当のダイアモンド。依頼はこの手にしては少なめの一千万だったが、もちろんOKした。俺のいい所は金銭感覚が過去に金で苦しい思いをした事があって全く鈍らない所である。一千万は大金。超大金である。

 そして、本人には悪いが依頼主が死んだと風の噂で流れてきた。遺族はあるはずの大金が無い事で探し回ってるらしいのだ。もちろん俺は知らん振りを通す。そういう約束であるし。ただただ一応、約束期限を待った。さらに運もよく、あと二週間で約束期限が終わりの時点で、あの煩わしい裏家業の人達の依頼は無かった。

 俺は抑えきれず、高飛びの準備を始める。店のホームページの削除。そこまでやるつもりは無いが今年一杯での廃業のお知らせを店頭に貼り、新規の客避け。さらに「普通の客」へは廃業となった場合、契約時の住所に返品としている。さすがにこれは守るつもりなので、配送の準備をせっせと行っていた。


 ゆっくり進んでいったが、その時が待ち遠しかった。

 

 そしてあと三日で飛ぶ所まで来た。その完全な流れに入ったと思ったが、ここに来て今までに無い始めての依頼が来た。


 「私を預かって下さい」


  ―ここ新宿という場所柄もあって変な客は割と良く来る。というより馬鹿みたいに酔った客が勢いで入っちゃったなんて事はしょっちゅうだった。その店がたまたま「預かり屋」で、その字を見た馬鹿達は大抵言う。

 「俺を預ってくれやぁ、兄ちゃん」や「あたしを預けて~?」だの。

 正直これらはもう慣れっこである。


「どうぞ。お引取り下さい」

 俺は、自分では言われるまで気付かなかったが強面な方だ。強面というのはある意味才能だと思った。俺は若い頃は少しは無茶した方なのかもしれないが、至って一般人。生粋の堅気である。だがスーツ×強面の組み合わせというのは、どうしてこうも威厳を一層強めるのか。俺が一言いうと、大抵こんな客は一瞬で酔いを醒ましたような顔をし、失礼しましたと出て行く。

 それにもちろんこういう客は、開業当初から予想はしていた。

 新宿という場所で開業するという意味。

 ここは恐らく日本で一番人が集まり、一日に何十万人と人が行交う、さらに世界でもトップクラスの繁華街。色んな人で構成されているこの街だ。

 そんな場所で店を開けば酔っぱらいどもが昼からフラフラしてうちの店に入ってくる確率なんて、自転車に乗ってて顔に虫がぶつかるよりも遥かに高い。この辺りで商売をする人なんてその辺りは理解しているだろう。


 だが、今俺の目の前に立っているのはそんな酔っぱらいとか少し頭のイッてる人では無い。

 女の子である。それも年はどう見ても十才前後。

「私を預かって下さい」

 俺は、いつもとは違う変わったタイプの客を目の前にし二度同じ事を言われるまで上の空気味で理解できないでいた。だが、考えてみれば無くはない。どんな可能性だろうと人がいる限り、どんな人がこの店に入ってきて、どんな発言しようとそれはこの新宿では非日常の色の方が濃いのだ。頭が高飛びモードに入っていたのが俺の方がここでは間抜けな感じであった。

 俺はすぐ冷静になり話をする。

「お母さんかお父さんは?」

 俺の質問に女の子は左右に首を振る。よく見ると女の子は首から蛙の顔をした小さめのバックを下げ、上には何のキャラかわからないが可愛いらしいくまのTシャツ。下はピンクの短パンをはいている。見た目の割には少し幼すぎるような格好に見える。さらに異常なのは今は冬である。どう若くてもこの格好は寒いはずだ。それに服は汚れきっている。ペンキでも跳ねたような茶色い跡まである。

「あの、私の預かりできますか?」

 俺が女の子の観察を全て終わる間もなく、女の子ははっきりと丁寧な口調で切り返してきた。ふと顔を見ると女の子は吸い込まれるような目をしている。これが子供ができる目なのだろうか、俺はこの状況より、女の子のあまりの深い表情に驚いてしまった。

「えーと、人物のお預かりは出来ません」

 心中、さらに俺は間抜けな答えをしてしまったと思った。それはお店の話であって、今はこの子を警察にでも届けるのが普通なのだろう。だが、この女の子には惹かれるものがあった。良いか悪いかは別にして俺は自分でも不思議なくらい、一人の人間としてこの子に惹かれていた。

「……わかりました。ありがとうございました」

 そう言って出て行こうとする女の子を俺は思わず引き止めた。

「君!名前は?」

 つい大きい声になってしまい、その声に女の子はびっくりしながら振り向いた。

「……セイラです」

 怖がらせてしまったのか、女の子は小さい声で返して来た。

「セイラ……ちゃん。漢字はどう書くの?」

 俺はなるべく出来る子供向けの笑顔で尋ねた。

「漢字は無いです」

「そうか。とりあえず座って」

 俺は、変な汗をかいていた。別にこの子に変な事をしようとか、このままさらってしまおうなんて思っていない。ただ、昔の事を思い出していた―。


 過去の事。それに起業を始めたきっかけ。


 俺は十一年前に嫁をなくしている。その時は二十四歳だった。高校からの付き合いだった嫁は俺の子を妊娠し、そのまま逝ってしまった。

 若かった俺は気を張ることもなく、なんとなく日々を過ごしていた。仕事は高校卒業から一貫して土方をしていたが、この目つきの悪さからか、何処に行っても先輩にいじめられ、若さも相まって耐え切れずに逃げては勤め先を変えを繰り返していた。そうこうしているうちに作る気が無かった子供が出来てしまい、そしてそのまま嫁は子供と共に死産となってしまった。


 過去に心の深い深い所に封印したはずの苦しく、消し去ってしまいたい記憶である。


 俺にとってその苦い過去から逃げる方法は新しい女や酒ではなかった。本を読むことに落ち着いていた。当時の俺のやり切れない気持ちはどうしても、心の底からの考え方を変えなければいけない酷い状態であった。自然と本屋に足を運んでは何冊もの本を読んだ。 そして読んだ本の全てを慣らすと、どの本も全部同じ事を言ってることに事に気が付いた。「幸せは自分の心次第」であると当時の俺は解釈をした。

 この簡単な言葉を実行するのがとても大変であった。俺のような芯の弱い人間は、その言葉からも逃げたいくらいであった。だが、読んだ本達は、俺が社会の中でどうして生きていくのが最善なのかの判断をくれた。

 それが一人で起業することであった。金の為ではなく、なるべく自分を忙しくして過去の思いを抑える事。流れで一人雇う形になってしまったが、他の事を考えれないくらいの必死になれる何かが、当時は一人で商売を始める事に全て詰まっているような気がしたのだ。


 そして事実その通りであった。自分で事業を起こしといてなんだが、こんな簡単な商売でも日々勉強であるし、経営学など学んだ事の無い俺はそれを自らの力で考え抜き、さらに自分だけが頼りの俺は常に十分な勝算をもって望まなければならない。その厳しさは予想通り無知な俺をぐるぐると回してくれた。

 気付いた頃にはいつしかそれが心地よくなり、そして過去の記憶を薄れさせていき、未来を描くようにまでなっていた。


 だが、その葬り去られた過去はこのセイラという女の子によって全て脳内に蘇って来たのだ―。


「新宿に住んでるの?」

 俺は胸と目頭に残る熱い何かを必死に抑えながらセイラと名乗る女の子に尋ねた。

「はい。でも、もうお家には帰れないんです」

 セイラは深い目をしたまま答えた。

「……家出してきたの?」

「はい。母がいたんですけど、病気で死んでしまって。私には何も無いのでどうしたらいいかわからなくて。お金が少しだけあるのでこれで私をお願いします」

 セイラは首にかけた蛙のバックから千円を四枚出してカウンターに放り出すように乱雑に置き、俺に言い放った。

「お金はそういう風に扱うんじゃない。それはしまいなさい」

 つい説教臭くなってしまったが、セイラはその言葉遣いとは裏腹に行動が一つ一つ雑であった。

「はい……すいません」

 セイラは下を向きながらその後黙ってしまった。 

 俺はもう自分がもうすぐここから居なくなる予定だが、この子の話を聞いてあげないと一生後悔するような気がして事情を聞く事にした。

 入り口に閉店のお知らせを貼っているせいもあって、まったく邪魔者もなく集中してセイラの話を聞く事ができた。話を聞くと、セイラは俺の予想通り今はちょうど十歳。父は生まれた頃から見たこともないらしく、母はスナックを経営していたが、体を壊しつい最近亡くなってしまった。そしてセイラは学校にもまったく通ってないようで、はっきり言ってまともな教育を受けていないのだ。言葉使いだけ親に強いられていた様だが、それ以外の事は何も知らない。セイラの行動や動きの一つ一つがそれを物語っていた。俺の店に迷い込んだのが奇跡のような、どうしてもセイラが自分で考えてここに来たとは思えないような印象であった。

 俺はどうするべきか迷っていた。ここ東京は修羅の国だ。情けが命取りになる。本当はこのままこの子を警察なりなんなりに預けるのが一番いいのだろう。だが、セイラと話しているうちにますます情が沸いて来てしまった。過去の事もあり色んな思いが頭を巡らしてしまっていた。

 思考のまとまらない俺は運命を高飛びする三日後に委ねた。

「セイラちゃん。おじさんの店はあと三日で無くなるんだ。次の日曜日の十七時で最後。その時までにどうしたいか決めて、どうしようもなかったらまたおいで」

 俺が言うと、セイラは今度は黙って出て行った。

 慣れているはずの一人になった俺の店は、今までに無いくらい静寂に包まれたように感じた……。


 -三日後、俺は店を完全に閉じる二時間前には仕事の後始末も完璧に終わらせていた。預かったものは全て明日以降着で送り返し済み。倉庫の相棒にもすでに金を払ってうまく切る事が出来た。店としては逃げるようで情けない最後だが、長年の目的も果たしたのだ。俺にとって後は、セイラが来るかどうかだけを残していた。

 この三日間、俺は色々考えさせられた。もう、約束されたような後のゆったりとした生活。だが、それはあの子が来るかどうかで大きく変わる。もうセイラはすでにそれ相応の機関に身を置いているかも知れない。いや、そちらの方が何倍も可能性は高い。日本という国は本当に人を最後まで救おうとしてくれる。そのほうがセイラにとっても良いと思う。

 しかし、しっかりとセイラを待ってる自分も居るのだ。今は金がある。たしかに綺麗な金じゃないかも知れない。だが、あの夢の続きを、自分が父親になり育てる事も出来る。昔どこかに無理やり埋めてしまった夢を叶える事が出来るかもしれない。

 家出少女を娘として迎える。これは明らかに簡単な事ではない。酷く険しい道になる。それも理解していたが、俺は自分を追い込む事で自らを保っているのもわかっていた。気がついたら目指していたはずの平穏な暮らしに対して、ここに来てそれが恐怖にも変わっていた。

 そうこう考えてるうちに、時早く十七時があと五分の所まで迫ってきていた。もうセイラは来ない。そう考えると少しだけ後ろめたい気もしたが、俺なりの踏ん切りをつけてここまでやってきたのだ。もう十分頑張ったじゃないか、と自分に言い聞かせ荷物をまとめる。右手には大きめのスーツケース一つ。だが、その中には小さな金庫に大量のダイアモンドが入っている。この少しだけ他より輝いてる石だけで欲張った生活さえしなければ十分に生きていけるなんて思ったらなんだか不思議な気持ちが沸いて来た。コートを羽織り、俺は出て行く準備を終えた。

 店の電気を消し、扉を閉め最後に店に向かって挨拶をした。今まで、ありがとう。そう心の中でつぶやいたありがとうに全てをつめこんで、目を瞑ると何故か涙が流れた。なぜ泣いているのか、これはすぐに理解できた。俺は寂しいのだ。俺は地味でもこの小さな店を心の柱としてやってきたのだ。空虚感が押し寄せてくるのも当たり前であった。


 いつまでもここで泣いていられない。そう思い、振り返るとそこにはセイラが立っていた。セイラはなぜか泣いている俺の顔を見てびっくりした様子だが、俺はセイラの姿にまた泣いてしまった。

「おじさんと来る?」

 俺は泣きながら言うとセイラは一度だけ頷いた。

 そして俺は左手にセイラの手を握った。これからまた忙しくなる。


 でも、それでいいんだ。


 俺は、両手に思いの全てを抱えセイラの為に服屋に向かった。

 外では雪がしんしんと降り始め、街はイルミネーションに彩られている。


 その日は、俺が黒の預かり屋になってからの初めてのホワイトクリスマスであった。


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