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なるがままに

 俺の双子の弟が今、集中治療室で戦っている。残酷な話だが、なんとなく分かるのだ。 弟はもうすぐ死ぬ。俺がこれだけ分かってるんだから当の本人はもっと分かってるに違いない。

 俺は繊細だ。認めよう。何かの本に書いてあった。コンプレックスはまず受け入れる事からだと。そう。俺の心は繊細なんだよ。それは受け入れたよ。でも実際こうなるとどうだ。お前が死んだら、俺には何が残るんだ。この事実を俺は受け止められる自信なんて何処からも沸いて来ないぞ。

「逝かないでくれ」

 俺は、専ら神なんぞ信じないが、こういうときばかりはやはり祈るしかない。

 長い長い手術の時間、俺はここに座っているだけで頭が爆発しそうだ。身寄りの無い俺たちの、なぜさらに最後までもぎ取って行くんだ―。


 ―「手術の成功率は五パーセントです。このまま手術しない手もありますが、五年後の生存率は一パーセント未満です」

 医師は俺にそう告げた。

 かなずちで頭を叩かれたかのように目の前が真っ白になり、それを聞いた俺はその場で泣き崩れてしまった。

「……ッ先生!お願いします!俺には弟しか居ないんです!施設に居た時から約束してるんです!お願いします!二人で力合わせて生きていくって!約束したんですよ先生……」

 子供のように鼻水を垂らしながら大泣きする俺に、医師は肩を叩きながら言った。

「最善は尽くします」

 当たり前だろ、それで五パーセントなんだろ?ゲームじゃねーんだぞ。なんだよ五パーセントって。殆ど見込みないのにただ数字当てはめただけじゃねーか!俺は「心の中」で全力で叫んでいたつもりでいたが、喉の筋がきりきりと痛む、声になんてならない声を出していたようだ―。


 ―弟はたしかに小さい頃から心臓が弱かった。だが、逆に頭が飛び切り良かった。俺が幼い頃から見ても、天才のそれであった。知識で勝てた事なんてまず一回も無い。 

 弟はすぐさま神童と呼ばれ、中学に上がる頃にはもうすでに日本の大学なんて目じゃない程の知識を蓄えていた。それ所ではなく、そのジーニアスさはもちろん話題になった。 弟にはギフテッドとして、飛び級の認められる全世界の全ての大学から入学の申し出が来ていた位だった。

 だが、弟は体が弱い事を盾に、それらを全て断っていった。金を出すとさえ名乗りでる団体等をもすべて断ったのだ。

 俺にはわかっていた。本当はもっともっと学びたいに違いない。だが「俺」が邪魔なんだ。頭の悪い俺を一人日本に置いていくなんて出来なかったんだ。頭の良すぎた弟は本当に性格が変わっていたが、そこだけは人間らしいというか、俺にだけ人情を見せてくれた。


 そんな弟の心臓の弱さは、最初はそんなに重いものでも無かった。小学生までは走ることが出来たし、初めて動悸を起こしての初診では、治療さえ続けていけば健康体でいられるという診断だった。それから一年一年追うごとに次第に診断結果が重くなっていった。

 生存率が十年後には七十パーセントと言われ、最初の手術をした。だが、経過が良くなくすぐに再手術をし、その生存率は五年後には三十パーセントとなり、ついには今だ。

 五年後一パーセントとなってしまった。ほぼ生存は不可能な数字である。


 まだ、十八歳だぞ?なんでなんだ……。


 ―弟は十四歳の時からずっとベットの上で生きていた。だが、弟の手には、常に日本の六法全書から経営学そして医学とあらゆる語学に渡るまでの本を手にしていた。ベットの上で退屈な弟は一度見たものは忘れないその才を生かし、俺には到底手も足も出ない分野の難しい本ばかり読んでいた。そして十七歳の時にはPCを使い、俺にはどうやったのかさっぱり分からなかったが、すでに自分の入院代から治療費、さらには俺の生活費も全て稼いでいた。

「お前って本当天才だな」

 俺は何度もなぜか金の入る仕組みを聞いてみるが、全然理解できない。

「金なんて概念変えて捉えれば回ってくるんだよ、それに沿わせればいいだけ」

 弟からしたら、普通の事らしいが、俺はその発言の意味すらさっぱりだった。

「それに、俺が元気になったら兄貴と会社立ち上げようと思ってるんだ」

 俺にはそれも最初は意味が分からなかった。それはいきなり社長とかになるって事になるのか?と、会社を立ち上げるなんて、その概念すら無かったの俺は弟の発言には驚いてばかりいた。

「しかも、その会社でやろうとしてる事は俺たち二人だけで出来るんだ。今それを作ってる。あ、仕組みね。しかも日本でやるから兄貴は別に英語とか覚えなくて大丈夫だよ~」

 俺には訳の分からない事だらけの弟の言葉たちであったが、この弟が居ればなんでもできるんだろう。なぜか本当にそういう絶対感があった。

「なんか良くわからないけど、俺は荷物運びくらいしか出来ないぞ」

 俺は言った。

「そうそう、そんな感じだよ~」

 思い切りの笑顔で言う弟。俺には理解できなかったが、ベットの上での弟の発言はまるで未来が全て見えてるような口調だった。

 俺は、なんだかそんな弟には本当に申し訳なかった。俺は体がすこぶる丈夫だが、頭はそれほど良くない。それに心も繊細で、いつも弟の心配ばかりだった。心配するしか出来ない自分が悔しくて仕方なかった。

 弟は、そんな俺を見抜いてかそれを理解した上で心配させないようにいつも笑顔だった。

「体はハード、心はソフトってあるだろ?」

 弟は言った。

「え?体は強くて心は弱いって事?」

 俺が言い返す。

「違うわ~まぁ半分は合ってるか。俺が今言った意味は、ハードってのは、ん~『PCの本体』つまり人間の体。それに人間の心は入ってる『ソフト』って意味」

 弟がずっと笑いながら、語り始めた。

「俺はハードが弱い、つまり体が弱いんだ。でもソフトは超凄い」

 これは俺にも意味が分かった。弟は話を続ける。

「兄貴は俺と逆だろ?ハードが強くてソフトが残念~。でもソフトが心ってのは、脳の話なんだ。心は全て脳で管理されてるからね」

「兄貴は繊細すぎだし馬鹿チンだけど、それは俺が持ってない、いいトコなんだ」

「あ!でもアレだな。ソフトが実は心だとしたら心臓だろ?そしたら俺はどっちも弱いじゃん。なんて、ばかやろう」

 俺は、こういう弟の話が大好きだった。まるで先生以上に先生で、俺からしたらギャグセンスもない弟だけど、お笑い芸人よりお笑い芸人で。

 早く、元気になって欲しくて毎日病院へ足を運んだ。もしかしたらこの弟の心臓病も本当は弟の偽りかなんかで、さらには死なない人間なんじゃないかな。と感じるくらいだった。

 そう。そう……感じるくらいだったのに。


 ―俺は手術室に一番近いベンチで座って、すっかり過去の事に浸っていた。時は手術開始から十時間経過していた。ふと見たタイミングで手術中の蛍光灯が消えた。

 それを見た俺は俺は、なかなか出てこない医師をただ扉の前で待った。早く、早く結果を!

 扉が開き医師が出てきた。

 俺は、医師のまだマスクの跡が残るその表情から全てを読みとった。

 「……九月十九日。四時六分。ご臨終です」

 すでに知らぬ間に膝をついていた俺の前にしゃがみこんで、医師は俺に告げてくれた。

 ほら、どうだ。予想が当たってしまった。どれだけ悲しいかわかるか?俺には抱きつく家族もいないんだ。お前しか居なかったんだ。二人で生きてくって、一緒に立ち上げるって会社ってのはどうするんだ?約束したじゃないか……俺は、どうしたらいいんだ―。


 ―何時間、泣いただろう。すでに目を腫らしきり、気付いた時には弟がエンゼルケアを終わらせ、小さな部屋に移動させられていた。

 部屋には真ん中にベットがあり、弟は俺とそっくりな顔で眠っていた。

 すでに化粧も施されており、ベットの頭先には一棚ある。それの上の花瓶には綺麗な、俺には名前が分からない花が飾られていた。

 弟の首元にはドライアイスが置かれ、体はしっかりと冷やされている様だ。

 俺は思わず弟の頬を触る。その体は弾力のある冷凍肉のようにしっとりと冷たく、人の遺体がこんなに冷たくされるとも知らなかった。顔は同じだが、俺と違って細くなってしまった体、そして指先まで細り、無理をしていた事を自動的に表現していた。


 俺のまだまだ暖かい体と今から交換して、生きかえさせる事は出来ないのかな?など、頭の悪い俺はそんな考えしかできなかった―。

 ただ時間だけが、ちくちくと進んで行った……。


 ―その後の弟の葬儀は盛大に行われた。なんせ世界でも有名な親の居ない天才少年で、さらに心臓病で若くして亡くなったとなればメディアの関心も大きくひっぱり、なぜかテレビで見たことのあるような著名人まで居た。俺が知ってる人の方が全然少なかった。心配してくる周りの声も、葬式中のもうすでにマニュアルのある文章を読み上げるのも、すでに俺は何も感じなくなっていた。

 俺からすると、ただの大きめの葬式が終わっただけだった。こんなに盛り上げても、弟は帰って来ないのだ―。

 

 葬儀も一通り終わりると俺は抱いていた骨になった弟を、借りてある小さいアパートの一室に持って帰った。

 部屋の角に遺骨の入った箱とその周りには花を、手前には小さい線香立てと蝋燭立てを買い、俺なりに大きく飾って並べてあげた。こういうときに、どんな花を飾ればいいかなんて知らない。俺の好きな色、好きな形の花を飾った。その最中、弟との思い出がどんどん蘇ってくる。もう、思い出せば思い出すほど苦しくなる。俺の人生は、どれだけ弟と一緒だったのか骨の髄まで理解させてくれた。

 胸にぽっかり穴が開く。そんな言葉では足りない。俺の半身を持って行かれた。

 いや、いや。どんな言葉も当てはまらない。

 俺に流れる血が言葉では割り切りさせてくれないのだ。


 この勢いで俺も逝けそうだ。弟の遺影に向かって俺は話しかけた。

「お前のいない人生は、何処までも、これから何があっても、お前が居たらどうだった。それに繋がる。俺もそっちに行く。最後に勇気だけくれ」

 俺は縄を、いやなんでも良かった。締めれる物を探した。丁度、弟が入院中にずっと使っていたノートPCのコードが目に見えた。これを使おう。その為にこれはここにあるんだと思った。

 ノートPCに繋がれたままだったそのコードをぐいっと引っ張り出す。その時、閉じてあるノートPCが少し開き、その隙間から青い封筒が落ちてきた。


 遺書だ。俺は直感した。俺は読むかどうか迷ったが、あの天才が書く遺書はどうなってるのか興味が沸いたのだ。その青い封筒を開くと紙が一枚だけ入っている。

 俺はそれを読んだ。

『兄貴なら~今すぐ!PCの電源ON!ログインパスは俺達だけの番号だよ』

 弟の遺書と思われる物にはこれだけ書いてあった。なんだこれは、と思ったがこの文章のインパクトのせいで、たった今死ぬ気だった俺はその気が少し失せ、この紙に従う事にした。

 ノートPCを立ち上げてみる。俺は正直PCはまったく使えない。だが起動してすぐにログインパスワード入力の画面に切り替わった。これは普通の事なのか、弟がこういう風にしたのか俺にはわからなかったが、俺はログインパスを入力する事にした。

 「俺たちだけの番号」これは俺等の誕生日の事だろうと直感した。俺達は正確な誕生日が不明だ。だが、赤ちゃんポストに入れられた俺達には国が誕生日を予測して付けてくれていたのだ。 

 俺は力の無い人差し指でその番号を入力した。

 「1224」と誕生日の四桁を入力したが、PCはブッブーと音を鳴らし、さらに画面には弟の苦い表情の顔が出てきた。四桁じゃないのか。そう思い次に俺は「19971224」と入力する。が、また弟の顔が出てきた。次に「091224」と入力。だがこれも弟が出てくる。

 ログインは出来ないが、俺はその顔を何度も見れるのがなぜか嬉しくて、思い浮かぶ「俺達の番号」を全て試していった。俺達だけの番号……始めて思い切りケンカした日か?それとも二人で学校に入学した日か?始めて誕生日プレゼント交換した日か?施設に預けられ物心ついた辺りから日記をつけるように言われていた俺は、それを確かめながら、思い当たる全ての番号を入力していく。だが、全然当たらない。

 ついに思い浮かぶ数字は全て入力してしまい、もうお手上げになってしまった。そして最後の最後、俺はついに適当に数字を入力してしまう。

 弟の変顔ももう何回見れたんだし。これでいいんだ。きっと。そう諦めていた所で、いきなりPCがキュンキュンと音を立てた。見てみると画面に写る弟の顔から吹きだしのアイコンが表示された。

『100回目です。こんなに外して入力し続けるのはバカ兄貴だと思うのでヒントあげる』

 続いて吹き出しが変わり『答えは簡単』と変化した。

 その後、この吹き出しは交互に繰り返されていた。


 俺はそれを見てまさか、と思った。

 幼い頃、なぞなぞを出し合って遊んでいた時に弟が出してきたなぞなぞである。

「答えは簡単です。1+1は?」

「え?2じゃないの?」

 無垢だった俺はその時そう答えた。

「ぶっぶー、答えは『簡単』だよ~」

「なんだよそれ~」

 笑いながらじゃれ合った思い出でが蘇り、すぐに答えがわかった。


 ログインパスワードに『俺達だけの番号』そう入力すると、ついにPCが見たことのある画面に切り替わった。真っ青な背景にフォルダが二つだけの簡単な画面。しかもなぜか兄貴の顔ナビ付きで操作の指示は続けられていた。それに従い、俺は操作を続けた。

一つのフォルダを開くと自動的に『メールBOX』に繋がり、そこにはメールが一件届いていた。しかも送信時間は葬儀の真っ只中だ。仕組みは謎だが俺はそれを開いた。


 件名 おバカ兄貴へ

 本文 兄貴へ、今これを見てるなら、俺は死んだんだね。まぁ残念だけど、こればっかりは仕方ない。そして兄貴の事だから今死のうとか考えたでしょ?させないよ~『寂しい』って言うんだろソレ?でも今少しだけ頑張れ、いい事教えてあげるから^^人間はハードは壊れたらもうダメ。でもソフトは壊れても、別にそれでは死なないんだ。そう、自決さえしなければ生きてはいるんだ。兄貴みたいな人間はそれが辛いんだと思う。そこだけはどうしても俺にはわからないんだけどさ。でもどれだけ心が落ちても、今はいい薬もある。診療内科、精神科でもいい。いい先生を探すんだ。ちゃんと『ソフト』バージョンアップしろよ。もし壊れたら、ゆっくり、ゆっくり治せばいい。何回でも諦めず時間がかかっても生きて。生き続けて欲しい。俺の分まで。あ、こういうの重いって感じるのかな?

 最後に、俺は愛とかさっぱりわからないヒト科だったけど、これだけは俺が唯一苦労して、頑張って考えたよ。俺は、兄貴の事愛してる。


 俺はもう目の前の画面が揺れて、この文章はもう上手く読めなかった。


 弟は、最後まで俺の事を気遣ってくれたのだ。心配しかできずオロオロする俺より、苦しかっただろう弟は、何よりも俺を考えてくれていたのだ。


 生きよう。生きなきゃダメだ。心は本当に苦しい、息もまともに出来なくなる。だが、このまま俺が死んだら情けない。プライドなんて元から低い俺だが、弟は俺を止めてくれる言葉を与えてくれた。


 愛してる。


 俺に向けられたその強い言葉。これは俺の人生の柱になってくれる。この世に居ない弟のこの言葉の力で、ずっと生きよう。そう誓った。


 ―次の日、俺はPCから鳴るアラームで目が覚めた。俺はずっとコンセント刺しっぱなしで寝てしまったからか?などと思ったが画面をよく見ると、またメールが届いている。俺は目を擦りながら内容を見た。


 件名 おバカ兄貴へ その2

 本文 おバカ兄貴おはよう。死んでない?あ、死んでたら読んでないか。それで俺が死ぬ前に言ってた会社立ち上げる準備だよ。

 働かざる者食うべからず。

 おバカな兄貴様にチンパンジーでも分かる生きる為のドキドキスーパーマニュアル作ったから。それを読んで、必死に勉強してくれ。


 マニュアル?どこにあるんだ?メールを読んだ俺はその「ドキドキスーパーマニュアル」とやらをその場で周りをガサガサ探すが見つからない。画面に目をやると、また弟の顔が出ている。そして吹き出しに言葉を発していた。

『プリンターに繋ぐべし』さらに矢印で分かりやすいようにPCとプリンタを接続する場所付きの画面まで出てきた。弟の遺品からプリンタとコードを引っ張り出し、セットすると、今度はデスクトップの二個目のフォルダへとクリックの誘導され、中にあるファイルを印刷した。

 プリンタの方から何やら音が出て、すぐに気付き慌てて紙をセットすると、印刷をし始めた。何枚も何枚も印刷されていく。最初にセットした用紙が無くなり、追加し、また用紙が無くなり追加する。繰り返して出てきた印刷物は全部で三〇〇枚程あった。


『やさしいPCのあつかいかた』


 印刷された紙を整え、見ると表紙にはこう書かれていた。そしてこの紙にもご丁寧な事に弟の顔が印刷してある。俺は二枚目をめくると次にはこう書かれていた。


 バカ兄貴!まず兄貴はPCが使えないからそこから!でもこの「ドキドキワクワクスーパーマニュアル」の注意事項を書いたから、よく読んでね↓


 一、次のページは指示があるまで絶対めくるな!

 二、きちんと書いてある通りレッスンすべし!そうすればおバカ兄貴もPCマスター?!

 三、さぁめくれ!


 俺はこのマニュアルが嬉しくて仕方なかった。最初ドキドキスーパーマニュアルだったのになぜか「ワクワク」まで追加されてて、それも可笑しくて、きっとこんなさじ加減の笑いの入れ所も俺に対しての小さい気遣いなのかもしれない。そう思いながら俺は二枚目をめくった。

 そこにはキーボードの説明からスタートしている。その説明がまた簡単に説明されてて本当にチンパンジーでもわかるんじゃないくらい丁寧に作られていた。俺は弟の言いつけを守り、上から順に読んでいく。印刷したマニュアルを見ながら、ノートPCに向かい弟に従いながら俺はレッスンをしていった。

 俺は、弟に本当にここで苦手なPCの操作を学んでいるような、そんな気持ちになった。


―今日はここまで!また明日めくるべし!

 十枚ほど弟からのマニュアルをめくった所で、本日は終わりの指示が出た。時間を見ると弟のマニュアル通りやってすでに六時間も進んでいた。俺はその「また明日めくるべし」の指示にもきちんと従った。

 恐らくこうやって毎日学習していって、このマニュアルが終わる頃には、俺はまだ何か知らないが、きっと弟と計画していた仕事をマスターしてるに違いない。純粋にそう思えた。

 次の日も、その次の日もきちんと言いつけをしっかり守り、一枚一枚指示通りこなしていった。自分でも驚くほどにページがめくれるたびにどんどんPCの使い方、さらにはネットワークの仕組みまで順調に覚えていった。


 一ヶ月程してマニュアルはもうあと十枚程になった。俺はここで疑問が出た。このマニュアルのおかげでかなりPCに詳しくなったし、毎日触ったおかげでだいぶタイピングも早くなってきた。だが、一向に肝心の「仕事」の話が出ないのだ。

 先のページをめくりたい気持ちを抑えて、俺はマニュアルを進めて行く。恐らく今日がこのマニュアルの最後のレッスンだろう。PCの扱いは慣れたがこの先はどうするんだとドキドキしながらめくっていく。そしてついに仕事の話が出ずに最後のページになってしまった。俺は焦ったが、一番最後に書いてある文で安堵した。


 ドキドキワクワクスーパーマニュアルはこれで終わり。これでPCの使い方はばっちりだね。じゃあ次のマニュアル出すから、一度PCを再起動して、パスワード再入力!これの有効期限は本日のみ有効だから、期限厳守!パスワードは『俺の好きな飲み物』だよ


 俺は、すぐに書かれていた通り実行した。マニュアルのおかげでPCの仕組みや色んなプログラムを理解した俺は「本日のみ有効」は本当なのが理解できていた。

 PCを再起動し、パスワードを入力する『俺の好きな飲み物』そう入力した。が、弟の顔のとぶっぶーが出てきた。俺は内心ちがうんかい、と突っ込みながらも冷静になり、純粋に弟の好きな飲み物を入力した。『水』そう入力すると、今度はデスクトップにファイルが七十程ある画面に切り替わった。

 水は弟が一番好きな飲み物なのは俺しか知らない。それに心臓病に『水』は厳禁なのだ。弟は欲しがるが、飲んではいけない状態だった。少し寂しいのが蘇ったが、俺はその新しい画面を見て勇気が沸いた。この時にはこの今の画面がなぜこうなってるのかも理解できる位PCに詳しくなっていたし、それにこのファイル一つ一つにまた俺に仕事を教えてくれるマニュアルが沢山あるに違いない。今思えばあんな見やすさを優先した三百枚なんてPCの事を理解させるだけで、精一杯コンパクトにまとめた方であるのもこの時気付いた。

 もちろん、開いた画面には弟のナビ付。どこまでも優しい。こんなプログラム構築してくれて、俺は何を覚えていくのだろうか、そしてこの俺が仕事を教えられている間は、弟と一緒なのだ。そうなると本当にワクワクしてきた。


 次第に元気になっていった俺は、弟の言いつけをしっかり守り、マニュアルを印刷し、学んでいく。流石に凄い早いペースなのだが、簡単なのが楽しくて、これを季節が過ぎていくのも忘れ何度も何度も、必死に繰り返した。本当に、良く出来たマニュアルであった。いや、完璧なのではないか。改めて弟の頭の良さ、そして俺への愛情を何度も感じながら確実に学んでいった―。


 ―結果から言うと、俺は弟がせっせと仕組んだマニュアルにより、PC全般それはもうネットワークの仕組みは勿論、ハードに対する知識。それに経営学、そして心理学から、兄貴のマニュアルによりもう普通学問も得意になるくらい覚えていた。そこまで三年かかった。だが、三年でこれだけの知識を俺に教える事はとんでもない事もすでに理解できていた。

 そして今日。ついに一番最後のマニュアルを印刷する。


 『生きると言う事』


 これは以外にもぺらぺらの表紙と一枚だけ計二枚の紙で締めくくられていた。最後のマニュアルの内容はシンプルな文面だけの物であった。


 『これが最後のマニュアルだよ。良くここまで来たね。やるじゃん。兄貴も、もう二十一歳か。しかも今日誕生日だな俺たち。おめでとう。元気だよな?兄貴は俺の言う事を聞いて、なんとなく気付いてたと思うんだ。そう、このマニュアルに仕事の話は無い。でも必要な知識は教えたからな?最後は自分で道は決めるんだ。生きるのには、お金が必要。それはなんか悔しいけど、世の中そういう仕組みなんだ。でもお金で生きれるならそれを有効に使うのも手なのは経営学でひっくるめて学んだよね。兄貴はこれから好きな分野があるならそれを学ぶのに大学に行くのも全然遅くない。それに今からすぐ、起業しちゃいたいなら始めればいい。まぁ俺のマニュアルで年寄り相手に教えたりとか、今の兄貴にはなんでも出来る。生きてるんだから。そして、最後にお願いがある。俺は無神論者とういうか、自らが神だから笑。ってのは冗談で、いつでもいいからお墓を立てて欲しい。俺等には親がいないだろ?墓ないからな~今どうせ部屋に俺の骨まだあるんだろ?液状化するんだぞ?知ってるか?まぁもうわかるか。それでその墓に兄貴と入るのが夢なんだ。そして約束した長生きした分、話を聞かせてくれよ。兄貴がいつか結婚とかするなら、その人も興味あるから。親になったなら、どんな気持ちだったとか。苦労話でもなんでもいい。お土産待ってる。じゃ、お達者で。             天才弟より』


 現実的で理系の塊だった弟はやはり生きるのは金だと理解していたし、この時には俺も十分わかっていた。弟の稼いだ分もまだあるし、今どうこうしなきゃってほど切羽詰まってない。なんだか学校行くのにも丁度良く、事業を始めるのにも丁度いい金だけ残っていた。

 弟は本当に、本当に凄い奴だった。きっと、常人では理解できない領域なんだと悟るくらい俺も賢くなれた。そしてなにより、ずっと一緒に生きてるようだった。

 

 明日から弟から何も学べないのは流石に寂しい。だが、もう俺は十分色々学んだんだ。 感謝しかない。そしてあんな変わり者の弟でも『夢』なんてあるんだ。

 それを叶えよう。

 いつか会いに行く。その日まで、天国で俺を見ててくれよ―。



 ―「どうよ、バカ兄貴!俺の書いた小説!これ売れるんじゃね?ハハハ」

「いや、売れないなこれ。色々ダメ。まず冒頭がダメ。お前何ICUで手術してるん?それにお前おれをバカバカ言いすぎだろ!どんだけ俺バカキャラにしたいんだよ。それにお前天才過ぎてこれじゃあ逆に不気味だわ。文才は俺のがあるかなぁ」

 俺は弟に渡された短編小説の最後のページを読み、その紙を丸めて弟の頭を引っぱたいた。どうやらこれは弟が暇つぶしで書いた小説らしい。

 

 そう。この俺の双子の弟は、あの時の、成功率五パーセントを見事に勝ち取っていたのだ。そして、弟は今ではすっかり元気になって、二人で約束した通り会社立ち上げてうまくやっている。


 人生は何が起こるか未来のことは誰にもそれはわからない。今悲観してる人も、なんとなく生きている人も、いろんな人がいるが、生きていれば、必ずいいことがある。

 幸せを感じるのも、生きていればこそ。

 悔いの無い人生はきっと難しいけど、この弟と生きてるとすごく感じる。


 なるがままに、どんなに辛い事が起きても、これからも精一杯「生きよう」と。


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