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海とブランコ

 もう、あと何日か。この恐怖は今世界で私しかわからないだろう。居心地の悪いこのコンクリート壁に目の前には鉄格子、もう考えるのも疲れた。あと何日生きれるのか分からないこの恐怖が、私に下された「死刑」の最大の苦痛なのだろう。もう、終わりだ。でも、これで少しでも遺族が満足するのなら、これが我が人生だったのだろう。これで、これでいいんだ。


 隣の独房にも昨日から男がやってきた。私と同じ死刑囚だろうか。まぁなんでもいい。もう、終わるのだから関係の無い事だ。しかし、この渡された本も何度も読み返した。なんでこの状態で自己啓発も何もあるか。私が苛立っていると、隣の男が話しかけてきた。

「アンタ、懲役何年だい?死刑かい?」

 声からして私と同じくらいか……まぁ人と話すのがここでは一番娯楽だ。ありがたい。死ぬまでの退屈しのぎに目一杯話でも聞いてもらおう。

「あぁ、死刑だ」

 私は力ない声で、言い返した。

 私が死刑と言ったからだろうか少しの沈黙を置いた後、男は話を続けてきた。

「そうかぁ、何やったんだ?死刑なら殺人か、放火でもやったのかい?」

「……医療ミスさ」

 私は本当の事を答えた。

「医療ミス?お医者様だったかぁ、そんなんで死刑になるのか」

 男は俺に尋ねてきた。

「弁護士が運悪く買収されたんだ。きっとそうだ」

 事実、ミスをしたのは私だ。そして幼い命を仆してしまった。それはもちろん故意ではない。ケアレスミスだった。だが、その事実により、その時もう頭が回らくなってしまっていた私は、弁護士の選任まで力を注げなかった。そして何も見抜けなかった。そして運悪く歯車は底へと回って行き、私への審判は死刑となってしまったのだ。聞かれて思い出したくない事をどんどん思い出しながら私は話を続けた。

「子供を殺したんだ。もちろんわざとじゃないがね。ショックが大きくて、悪いほうに回ってこうなったんだ」

 男は、また少しの沈黙の後答えた。

「俺も死刑でさぁ、まぁその弁護士の力及ばずでなぁ。同じだなぁ」

 私は思った。私は故意じゃない。確かに流れ着いた先は死刑という同じ場所だが、この男も死刑ということは相当な事件を犯したのだろう。この男がどんな事をして死刑になったのか、興味が沸いた。

「何をしたんだ?」

 コンクリートの壁に頭を置き、私は尋ねる。

「轢いちまったんだ。俺も子供をなぁ。わざとじゃねぇぞ」

 男が答えた。

「交通事故か?」

 私と同じく幼い子を殺してしまったようで、さらにこの男も故意ではないのはない。さらに弁護が悪く、運悪くお互い死刑という訳か。男に親近感が沸いてしまった私はその後も話を続けたくなっていた。

「あぁ事故だけど、俺は船で轢いたんだ。海で子供をな。丁度あん時は曇っててなぁ、周りが見えないで。まぁ俺が悪いんだがよ」

「じゃあ漁師なのか?」

 私が尋ねた。

「そうだ」

「そうか、それは災難だったな」

「お互い様だぁ、ははは」

 会話もだんだん弾み、久々に口角があがった私はこの後もどんどん自身の事を語ってしまった。

「私は、海を見た事が無いんですよ」

「へぇ、俺なんて毎日海の上だった」

「夢なんだ、海を見るのが」

 自分でも馬鹿げた会話だと思った。この夢は私の本当の夢である。昔から親に勉強を強いられ、遊びになど出た事が無かった。学生時代を全て勉強に費やし、医師となってからはもっと忙しくなった。親の引いたレールの上を歩いていたつもりだったが、人を助ける事の素晴らしさに私は夢中になり、「海を見たい」なんて子供の頃からの薄れた夢はどこか片隅に置いて、ここまで来てしまったのだ。

「そうかい、もう叶わないなぁ」

「その通り」

 ため息交じりで返事した後、男も夢を語りだして来た。

「俺も夢あるんだぁ」

「ほう、なんですか?」

「俺は、ブランコに乗ってみてぇんだ」

「ブランコ?公園の?」

「そうだ、乗ったことねぇんだ。ブランコに。波の不規則な揺れじゃねぇ、なんていうか自然の揺れを体験してぇ」

 私は、そんな人がいるのか?と思ったが、きっとこの漁師も親かなんかが漁師でずっと海辺にいる人生だったに違いない。そう感じた。

「私はブランコ乗りましたねぇ。学校帰りに、たまに公園によって。家に帰ると親が勉強勉強うるさいから。何回も乗りましたよ」


 男は沈黙の後、答えた。

「そうかぁ、いいなぁ。じゃあ俺達はお互いの夢は叶えてるんだな。皮肉なこった。それで地獄いくんだもんなぁ。救えねぇなぁ」

 私もこの男と同じ事を思った。

 全部捨てると、誰とでも仲良くなれるものなのだな。

 それから毎日お互いに、夢や、生きてきた人生を語り合った。

 もちろん、私の夢である「海」の話も沢山聞かせてくれた。


 

 数日後、看守が叫んだ。

「一四番!開口!」


 あぁ。ついに、来た。

 流石に手の振るえがとまらない。始めて人に手術を施した時よりも、医療ミスが発覚した時よりも、何倍も何倍も体の中心から振るえ、腰が自然に抜ける。胃がきりきり痛み出し、その場で嘔吐してしまった。そんな私を無理やりたたき起こし看守たちの手により、なんとか立ちながら房を出る。こんな状態だが、これで見れる隣の男を。私はそう思った。


 涙まみれの私は、隣の男に、そう、名前も知らない男に精一杯叫んだ。

「夢を、海をありがとう、ありがとう!」

 男は鉄格子に掴まり、私を泣きながら見送ってくれた。

「後で!後で行くからな!ブランコ、ありがとう!」

 頭の中は津波のようにあらゆる情報がズキズキと何度も頭を波打った。もうこの男と話せない事も、自身が今から死ぬ事も、裁判の事も、子の遺族が何度も何度も私を殴った事も、今までの人生も、全部。これが走馬灯なのか。と。

 私は目隠しをされ一三階段を尿を漏らしながらのぼり、首に食い込む縄の感触にまた嘔吐を繰り返し、最後の覚悟を決めた。


 いや決める事が出来た。

 頭には、男の話のおかげで、見た事の無い、とてつもなく雄大な自然いっぱいの海の様子が瞼にしっかり浮かんだのだ。

 逝く寸前、心の中で遺族に謝罪もできた。

 

 「夢」も見れた私にもう悔いは無い。


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