一駅の恋
私の上司である片家はイラついていた。ここは駅のホームであるが、突然降り出した雪の影響でこの先に進めない状況であり、無理矢理手目的の三つ前の駅で降りる羽目になったのだ。
取引先との時間もどんどん迫って来ているが、一向に電車が動き出す気配がないと。
この電車が止まる時間と比例するように片家のイラつきは増していく一方である。
私がもうホームの自販機で買ったコーヒーも二本飲み終えた所で、片家のイライラはすでに私が近づけない程膨らみ、今にも爆発しそうである。
ベンチに座る片家の隣に居た私はこの空気に耐えかね、立ち上がりブラブラと歩き始めた。その足のまま、動く様子の無い電車を横目に見つつ、気付いたら階段を登り反対側の駅のホームに着いてしまった。
反対側の駅でも同じ理由で電車が停まっていた。
もう、取引先との事よりも「暇」が大きくなってしまった私は、目的の反対に向かう電車内をついついブラついてしまった。
階段を降りた一番近いドアから入った私の体はもう電車の先頭まで足を運んでいる。
私は行き場を無くし、まだ苛ついて居るであろう上司の元へ戻ろうとしたが、こちら側の電車はドアが閉まり動き出そうしてしまった。
「大変お待たせしました、発車します」
動き出す電車に私はそのまま身を任せた。理由を述べたら一番大きいのは苛ついた上司とこれから取引先に行きたくない。これはこれで幼稚すぎる理由なのだが、もう一つ、この電車から降りたくない理由がその時出来ていた。
これもまた幼稚な理由、昔の恋人がその電車に乗っていたのだ。
恋人とは、若気の至りで話し合いもせずに俗に言う自然消滅で関係は終了していた。何か運命めいた物を感じた私は、思わず彼女に近寄る。彼女も私に気付き、少しだけ相手は驚いた様子であったが自然な笑みをそこには浮かべていた。
私は次の駅で降りて、そして戻らなければならない。
一駅間の会話は、他愛もない話で終わってしまった。もうお互い連絡先も知らない状態であるが、一駅分の時間ではそこまでの会話に至らなかった。
私は当然次の駅で降りた。が、ここで気付いた、反対側の駅では電車が停まったままである。
動き出したら上司はそれに乗り、目的地で降りるだろう。私は早くともその次の電車で向かう事になる。
さらに、怒鳴られるであろう私の行動は愚かに感じたが、心中は元恋人に会えた喜びでいっぱいであった。
案の定、上司にはこっぴどく目的地で叱られた。だが、心は穏やかである。
苛ついててくれてありがとう。
でなければ、私の一駅の恋も無かったのだろうから。