パチンコ依存症
俺、左藤勝は仕事仲間でもある友人の健と秋吉の三人でパチンコ屋に遊びに来ていた。この田舎では俺達の様に三十手前の男達が昼に遊びに来る場所なんてどこかのファミレスに入って飯を食うか、車でどこかブラブラするか。他はそれ位しかないのである。
俺はガヤガヤと騒がしいパチンコ店内で、残り五〇〇円分の最後のパッキーを全て吐き出そうとボタンを押す所であった。
あー、まぁこんなもんだよな。とその玉を吐き出す仕組みのボタンを押そう前になぜか隣に座って同じ機種の台を打ってたおばさんが、俺が今、押すはずだったボタンを押したのだ。
「えっ」
俺は、なぜ押されたのか分からなかったが、どうせ押す予定だった物だし。と、怒りもせず冷静に自然の声が出た。
「すいません。間違えました」
顔を上げておばさんの顔を見ると、案外若い顔をした同い年くらいのお姉さんだった。 パチンコ台に座ると普通は隣の人の顔なんて見ない。自分が先に座っていた場合はなおさら見ない。後から座って来て、隣に座っていたお姉さんは先にお金がつき、つい変な事をしたくなったのだろうと私は思った。
このお姉さんの気持ちはなんとなく分かる。私は借金するほど依存症ではないが、暇だと行くし、それでも多い金額負けた時なんかは、外の駐車場に停まってある高級車に傷の一つでもつけてやろうかと思うくらい気分が苛立つ物だ(実際には絶対にしないのだが)。 この隣に座っているお姉さんはそういう事はせず、俺の台のボタンを押した。普通ならルール違反だ。だが、俺はその気持ちもわかるし、何も言わずにコクッと頷いた。
俺はどうせ使うお金だったし、あのお姉さんが、このボタンを押すことによって外の車に傷をつけたり、最悪誰かを殺してしまったりする事がないなら、それでいいと思った。
俺以外の二人の友達はもう各々自分の予算内の金額を使い終えたのか、俺が見える位置で店内の設置してあるソファに腰をかけそれぞれ、健はパチンコ雑誌、秋吉はマンガを読み俺が打ち終わるのを待っているのが見えた。
今終わるから、少し待ってろーと心では言いつつも残り少しで当たることもある。というかそれもよくある事だ。俺はこの後、打ち終わっても二人の所に何かしら報告をしに行く。もし当たったら時間がかかるからどこか行ってて、出なかったらそのまま出る。と。
今回の結果は出なかった。そのまま俺は立ち上がり、二人の下へ結果報告をした。
「ダメだったわー」
まぁ、よくあるパターンだ。この頃にはすっかり、俺のボタンを押したあの女の事なんて忘れていた。
「さぁ、飯でも食べるか~」
パチンコ店を出て健が背伸びをしながら言った。もう予言でもなんでもないが、健か秋吉がそう言うのも分かっていた。時計を見ると時刻は丁度一三時、飯時であった。
朝天気が良かったのに、店を出る頃には外は雨が降っていた。大雨ではないが小雨でもない。少しだけ薄暗くて、いつもとは少し空気が変わる位の、なんでもない雨だ。
俺と他の二人は小走りで車まで走り、俺が鍵を開ける。ほぼ同時に健と秋吉は車のドアを開け乗り込む。
「何処行く?そこのファミレス?それか少し離れたトコのすき屋?」
ここは国道沿いにあるパチンコ店で近くにファミレスがある。一階が駐車場で、二階がレストランになっているタイプの店だ。運転は俺だったので、勝手な主導権を握らされている俺にどうしても店を決めさせようとする質問が秋吉から飛んできた。
「そこのファミレスでいいだろ」
俺は言った。食いたい物の気分は完全に牛丼だったが、雨が降ってるとどうしても屋根の着いてる方が天秤にかけて重くなる。何より近いし、なんて都合をさらにプラスにしてファミレスの駐車場へ車を停めた。ここのファミレスはさっきまで居たパチンコ屋の近くというより他に建物が無いので離れてはいるが隣である。駐車場から見えるさっきまでいた場所を三人で眺めながら車を出た。
二人はもう、雨のせいもあって小走りで二階へと上る所だったが、俺は変な違和感に気がついた。国道の向こう側にもう一軒パチンコ屋があった。正確には入った事もないのでパチンコ屋なのかも知らないが、店の風貌は完全にパチンコ屋である。
俺は驚いた。
長年この地に住んでいるのに、新しく建ったあの建物の存在を知らないのだ。
二人に聞こうとしたが二人は周囲も見なかったのか、もうすでに店内に入っていた。仕方なく追いかけすでにテーブルに着いている二人の向かい側に座った。
ここはもちろん二階で国道の向こう側のあの知らないパチンコ屋も見えている。
俺は二人に尋ねた。
「なぁ、あの店前からあった?いつ建ったんだ?」
二人は、俺が指差す方を見て答えた。
「え、どれ?」
「どこにあるの?」
健と秋吉は答えた。
「いやだからすぐそこにあるじゃん。なんか古そうなパチンコ屋。ゼウスって書いてある建物」
二人は、外を見て確認した後、顔を見合わせて俺に言った。
「え、何もないじゃん。砂利が敷き詰められた土地だろ」
(俺もそれは、知っている。その砂利が敷き詰められたはずの所に建っているんだ)と言いかけた所でウェイトレスがメニュー表を持ってやってきた。
俺は向こう側に建っている店の事が気がかりだが、健と秋吉には見えていないのだ。今まで何回もこのパターンを繰り返して来て、これから普通に飯を頼もうとしている二人を見ると、どうも俺の方がおかしいらしい。
「俺はチーズハンバーグにAセットでスープはコーンスープで」
健が言った。
「俺は目玉焼きハンバーグ300gに同じくAセットでスープは……俺もコーンスープで」
秋吉が続けて言った。
「俺は……」
いつもならこの二人と似たような、もうすでに味を知っている物を頼むのに。国道の向かいのパチンコ店が気になっていつもの物を頼めなかった。
「俺、このチョコケーキで」
なぜ、自分でもこれを頼んだのか分からなかったが甘いものが食べたくなって、勢いでそれを頼んだ。健と秋吉ははびっくりした表情でこちらを見つめたが、追加して秋吉がウェイトレスに言った。
「ドリンクバーも三人分で」
「かしこまりました。ごゆっくりどうぞ」
ウェイトレスがガチャガチャと目の前にスプーンやら箸やらが入った箱を置き、奥へさって行った。
「どうした?そんなに負けた?」
健がドリンクバーから気を利かせてかメロンソーダを俺の前に置きながら言った。
「違うって。本当に見えて無いのか?」
俺はほぼ無意識のままストローからメロンソーダを吸い上げ、雨の降る国道の先、俺が見えているパチンコ屋の方を見ながら健と秋吉に尋ねた。
「なんにもないぞ、あそこはずーっと昔から砂利じゃん」
秋吉が答えた。その横で健は俺の様子を伺うように質問してきた。
「お前にだけ見えてるって事?」
「そうかもしれない」
俺はもう意味がわからなかった。雨のせいか?いや、さっきまで居たパチンコ屋の色んな演出や音のせいで幻覚が見えてるのか。考えてみたが、俺の中で現実にそこにあるものを二人に説明するのは難しいと感じた。逆の立場ならコイツ頭いかれたな、と思われると思った。
俺はそれ以上の説明を二人にしなかった。
ウェイトレスが健と秋吉の時間のかかる飯より先に、俺の頼んだチョコレートケーキを持ってきた。
「チョコレートケーキをご注文のお客様」
ウェイトレスがマニュアル通りに言う。さっきと同じウェイトレスと同じである。俺が頼んだのは知っているのだろうが、俺は返事を返した。
「ハイ」
俺は右手を少し上げながら返事をした。次の瞬間、どうしても気になりウェイトレスに質問してしまった。
「あの……」
「はい」
注文の追加に感じたろうウェイトレスは右腰から注文の装置を取り出しながら返事をした。
「あの、向こうのパチンコ屋いつから建ってるんですか?」
俺は尋ねた。
「えっ?どれですか?」
さらに愕然とした。どうやらウェイトレスにも見えていないようだ。ここまで来ると俺の方が狂っているんだな。そう感じた。それと同時に、俺達が座っていた奥の方の席からこちらに向かって女が走って来た。
「あの……店が見えるのね!」
走って来た女は俺に向かってそう言った。俺もだがウェイトレスも健と秋吉もいきなりの事過ぎて固まってしまった。
「はい、あなたにも見えるんですか?」
俺は、以外にも冷静にも答える事ができた。他の人には見えないはずのあの店がこの女にも見えている。そう感じた俺の脳は直感的に仲間意識が出来た。その感覚で冷静に答えることが出来たのだろう。それにこの女はさっきのパチンコ屋で俺の台のボタンを押した女だ。
「ははははっはは……」
女はそこで狂い笑っていた。ドリンクバーにあるコップ、スープ、サラダをぐちゃぐちゃに破壊し、俺に向かい笑いながら女はこう言った。
「呪いの連鎖はお前に繋がった、ざまぁミロ!!」
女はその後も訳が分からない事を口走り、さらに窓に向かい走り窓を割ってダイブした。
呪いの連鎖?意味がわからないまま、俺は二階の女が飛び降りた窓へ走って向かった。健に秋吉もそれに続いてやって来た。それにウェイトレスを交えた野次馬達が窓からその女を見ようとしていた。
下を見ると、そこにはあの女の遺体。いや正確にはまだ生きているのかも知れないが、雨に中に血まみれの女、まるで映画のワンシーンを神視点で見ているようだった。
それを見た俺は、次第に呼吸が苦しくなってきた。だんだん目の前が真っ白になり、その場に倒れた。右側に秋吉。左側に健がいる。それだけが分かる。薄れていく意識の中で俺の二人が俺に何かを言っているが、もう耳も聞こえない。そのシーンが俺の意識が途切れる最後となった……。
―次第に目覚める感覚がやってきた。夢心地の中で声が聞こえてきたのだ。
「吸ってー、吐いて。また吸ってー……」
繰り返されえる声の主は謎だが、その言葉どおり従った俺の体は次第に目が覚めていった。
目が覚めた場所は自宅のいつものベットだった。
そして今までの出来事も夢だったのだ。
なんだ、夢オチか。
そうだ。今日は俺は休みだった。
しかも、給料も入った最初の休みだし。あいつ等も休みだ。
「さて、今日は何をしようかな」