ケンカできるって仲良い証拠?
大変お待たせしました!
初めて彼・・洋祐さんとケンカをしてしまいました。
「だって~! だってだってだってぇ・・あたしは彼の体調が心配だったんだもん!」
価格の割りに量が多く、味もなかなかだとそれなりに評判の社員食堂。
食べ終わった食器を横にずらし、あたしはテーブルに突っ伏した。隣にいるに美菜は泣きまねだってわかっているから「あーハイハイ」なんて合いの手みたいな相槌を返すだけで、のんきに食後のお茶を啜っている。
「じゃあ、そう言ってあげればよかったじゃないか」
美菜に代わって沖田クンが、食器を載せたトレイを持って立ち上がりながら苦笑を浮かべる。コチラも美菜ほどじゃないけど、顔に呆れの色が見えた。
「言った! ちゃんとそう言ったの! そうしたら"ケジメ"だからって! 時には無理をしてでも通さなきゃならないケジメってっていうのがあるものなんだって言って聞いてくれないんだもん!」
「おおおっ・・佐藤氏、カッコイイな・・・」
あたしの話を聞くたびに沖田クンの中で、洋祐さんの評価がどんどん高くなっている気がする。実際に超かっこよくて仕事の出来るスゴイ人だけど、今回ばかりは初めて知った彼の頑固な一面に、あたしもちょっとムッときて電話口で遣り合ってしまったのだ。
「男のケジメって何? 体壊してでもすること? 向こうに赴任してから彼、連日寮に帰るのが12時回ってるらしいし、休日も殆ど返上で仕事漬けみたいなのに・・・
・・・そりゃあね、転勤したばかりだから覚えることとかいっぱいなのはわかるよ。でもただ電話のコッチ側で心配しかしてあげられないあたしの気持ちもわかって欲しいの!」
伏せていた顔を上げて洋祐さんの変わりに沖田クンを睨み、つい勢い込んでバンバンとテーブルを叩くと、途端周囲がシン・・と静まり返った。
思いのほか大きな音をたてて衆目を集めてしまったことにバツの悪さを感じ、あたしも沖田クンに続いてトレイを手に立ち上がった。
そそくさと三人で食堂を後にすると、一人お弁当だった美菜がランチバッグをぶら下げて隣に並んだ。
「逸美ー。ホントは嬉しいんでしょ?」
「え?」
ドキッとした。美菜を見れば口角を上げて、ちょっと意地悪そうな顔であたしを見ている。
「さっきの話。どんなに忙しくてもちゃんと電話とかメールで連絡してくれるし、仕事が殺人的過密スケジュールでもちゃんと約束を守ってくれようとしてる。・・心配すぎて頭にきてるのも確かだけど、一番の本心はすっごく嬉しいんでしょ?」
「う・・」
ズバリ指摘され、何も言葉が出なかった。・・・そう。実はすっ―――――――――・・ごく嬉しい。無理してくれている理由があたしの・・あたしたちの近い未来のことだから。
ニヤニヤと笑う美菜を横目にねめつけながら、あたしは昨夜の電話を思い出していた。
夕飯とお風呂を済ませたあたしは、ボタンが返ってきたお気に入りのピンクのパジャマ姿でいつもの時間、ごろごろとベッドに寝転んで洋祐さんの声を聞いていた。
一見クールな外見に反して、彼は結構饒舌なほう。会社では営業に就いてるって言ってたから当然なのかもしれないけれど、相手を飽きさせないように時折冗談を交えたりして、とにかく楽しくて仕方がない。
「あたしは仕事先のお偉いさんじゃないんだから、そんなに気を使ってくれなくていいよ」って言ってみた事があったんだけど、そうしたら今度はあの細い見た目の印象よりもやや低めの美声で、イタリア男のように愛を囁いてきた。
フフフ・・・もう即座に謝りましたとも。だって電話越しだとしても、あの声で甘~ぁく甘~ぁく囁かれることを想像してみてよ。ムリッ! あたしには正気でいられる自信は無い!
・・まぁ、そんなわけで、特に何か重大な報告があるわけじゃないけど、その日一日を彼とのたわいない話で締めくくるのが、付き合い始めてからの・・ううん。付き合う前、カプセルで連絡を取り合っていた頃からの習慣になっている。
だからもちろん昨日も彼との電話を楽しんでいた。なのに・・・
『ああ、そうだ。G・Wは逸美のご両親に挨拶に行くからね』
「え・・えええっ?! なんでっ?」
思いっきりビックリした声を出すと、微かにクスッと聞こえた。
『プロポーズしにそっちへ行ったとき、時間に追われて顔を合わせることすら出来なかったから。きちんとご挨拶しておきたいんだよ』
『大事な娘さんを掻っ攫う身としては』と楽しげに言われたけれど、あたしは一緒に笑えなかった。だってここ暫く彼からの電話が12時を過ぎている。もの凄く忙しいんだって知っているのに、「うん!」なんて能天気な返事は出来ないよ。
転勤前に住んでいた場所よりは、今いる関西支社の寮の方があたしンちに近いと思う。でも、電車と新幹線を乗り継いで4時間超だったのが3時間強になったその1時間差って、どれくらいの違いがあるだろう。
車内で寝るから大丈夫なんて言われたけれど、ゆっくり横になることも出来ない、シートに腰掛けた姿勢では体は休まらないと思う。
『うん? もしかして都合が悪い?』
「ううん。そんなことない。でも・・・」
大変だからいいよ・・と言おうとしたのに、口篭ったあたしの様子からすぐにピンと来たらしい彼に先を越された。
『大変じゃないよ。いや、大変だったとしても絶対に行きたいんだ。二人にとっても、それぞれの家族にとってもとても大事なことで、俺一人の都合で先送りにしてはいけないケジメだからね』
「・・・」
あまりにも真摯な声音で言い切られて、ダメだと言えなくなる。
・・・本当はとても嬉しい。彼が着実に二人の将来に向けて準備をしてくれているってわかるし、何よりも顔を見て触れ合えるのは、遠恋中のあたしたちにとって一番の贅沢。転勤する彼の引越しの手伝いと称して押しかけたのを最後に、もう1ヶ月会っていない。
付き合い始めて、指輪までもらってからの1ヶ月って長いよね? だよね? あたしはすっごく長く感じた。
会いたかった。・・・・・・でもどうしても彼の体調のほうが心配で、素直に喜べない。
「でも・・急に言われてもお父さんたちの予定とか訊かなきゃわかんないし・・・」
『ああ、大丈夫だって言ってた。先に電話で伺いを立てたら、快く承諾してもらえたんだ。お義母さんも電話口に出られて、とても楽しみだと言ってくださったよ』
いつの間に?!
両親に挨拶ってかなり重要事項だよねッ。なのになんであたしが後回しなの?!
ムカッ・・
鳩尾の辺りが重くなる。
電話の向こうで嬉々として予定を話し続けている彼には悪いけど、あたしは心配が許容量を超えている上になんとなく除け者にされた感があって、次第にモヤモヤした気持ちが胸の中に広がり始めていた。
「・・・あたしに相談するよりも、先にお父さんたちなの?」
『え?』
「両親に挨拶って大事なことなんでしょ? なのにあたしに黙ってさっさと予定を決めちゃうんだ?」
不機嫌を隠しもせず急に文句めいたことを言い出したあたしに、彼は口を閉ざした。
一度堰を切って溢れ出たあたしの不満はどうしても止めることが出来ず、言葉にする端から後悔が付き纏った。
「どうして? 洋祐さん、二人にとって大事なことって言ったくせに、なんであたしには相談してくれなかったの?」
鼻の奥がツンと痛み出して、だんだんと涙声になってくる。
『すぐに賛成してくれるとは思えなかったから・・』
「そうだねッ。ホント言うと、そんなに急がなくてもいいんじゃない?って言いたいもんッ。だってあたし、洋祐さんの体が心配なのッ。ずっと休日無しで頑張ってるのに、折角のG・Wに遠出したら全然休まらないじゃないッ」
気持ちが高ぶりすぎて抑えられない。最後にはえぐえぐと泣き出してしまったけど、それでも彼は絶対に予定を変える気は無いと言い切った。
『ケジメなんだって言っただろ? 確かに疲れていることは否定しない。ゆっくりと休みたい気持ちがあることも。だけど、キミとの未来に関わることだから多少無理をしてでも通したいんだ』
それだけ告げると、彼はもう遅いからと言って、『おやすみ』と残し通話を切った。
少しの躊躇いもなく、当たり前にプツンと。
「結局ノロケだね」
「結局ノロケだな」
終業後に三人でファミリーレストランに夕飯を食べに行き、ジョッキ生で乾杯したあと、昼休みの時の続きを話し始めたあたしに、美菜と沖田クンは口をそろえて同じセリフを呟いた。
「な、なによッ。二人して!」
目の前にあるシーザーサラダにフォークを突き刺して、ジト目であたしを見る美菜たちをにらみ返す。パクンと頬張るとドレッシングをかけ過ぎたらしく、ちょっと酸っぱい。
「今のを聞いてノロケ以外だと思う人はいないわよ。も~~~お腹いっぱい!ッてカンジっ」
「お、そうか? じゃあ美菜の唐揚げ食っていい?」
「ダメ! そういう意味じゃない・・・あっ! ダメって言ったのにぃ~」
ツマミにと美菜が頼んだチキンプレートから沖田クンが一つくすねると、文句を言いながらモグモグと動いているその口元を恨みがましくねめつけ、皿を彼から遠ざけた。
仕返しとばかりに、彼の手元のミックスフライプレートのエビフライを狙っている美菜と、形勢が逆転して防御一辺倒になった沖田クンとの遠慮の無い攻防戦を暫く黙って観察していたけれど、悩んでいるあたしとはあまりにも違う、幸せそうなカップルの戯れる様子に、とうとう我慢も限界に達した。
「・・・ちょっと、目の前でイチャつかないでくれる? こっちはただでさえ落ち込んでるのに」
あたしはそう簡単に会うことも出来ないのに、その上ケンカまでしちゃって。
どうしよう・・このまま嫌われちゃって、結婚話が白紙に戻されちゃったりしたら・・・・・・考え出したら、なんだかどんどん不安になってきた。
「うう・・・今夜、電話かかってこなかったらどうしよう・・・」
かかってこないばかりか、コチラからかけても繋がらなかったら・・・
怖い想像に涙まで浮かんでくる。あの優しい洋祐さんがあんなにもおざなりに電話を切るなんて、きっとかなり怒ってたんだ。
怒らせちゃった。
怒らせちゃった。
「もうダメだ・・・フラレちゃったらどうしよう・・」
涙声でこぼした途端、二人は焦ったように大丈夫だと励ましだした。
「とにかく食べよう! お腹が空いてるから後ろ向きになるのっ! ねっ。それに絶対大丈夫だから!」
「そうそう! 佐藤氏のメロメロッぷりは、聞いてるだけで凄いもんだから。そう簡単に持田を捨てたりしないって!」
「そ・・そうかな?」
コクコクと頷く二人に慰められたけれど、最後まで重い空気を払拭できないまま、もそもそと味がわからない食事をして家に帰った。
時計の針ばかりが気になる。ずっと見つめているせいか、なかなか時間が進まない。
昨日と同じ時間にはお風呂を済ませて自室に戻り、重苦しい気分のままテーブルの上の携帯を見ていた。
「かかって・・・くるよね?」
不安な気持ちを少しでも軽減したくて、あたしは久しぶりにピンクのモンスターフィギュアを取り出し、掌で弄んでいた。
大丈夫だよね?って話しかけても答えてくれるはずも無くて、人形はにっこり(?)笑顔のまま。
昨日はつい頭に来ていっぱい言っちゃったけれど、時間を置いて落ち着いてみると彼のほうが正しい事がわかる。
あんなにも早く挨拶に来なくっちゃとか、無理を押してもケジメを示さなくっちゃとか。
・・・全部あたしのため。
指輪は贈られたけれど姿を見せない相手なんて、普通の親なら心配になって当たり前。ううん、親だけじゃなく、ご近所だって「持田さんトコの逸美ちゃん、婚約したみたいなのに相手の方、ぜんぜん姿見掛けないわね~」なんて、言う人は言うから。
ウダウダごろごろと自己嫌悪に苛まれながら待っていると、いつもより少し早い時間に着メロが鳴った。
もちろん表示は彼の名前。
死刑宣告を受けるとまではいかないけれど、ちょっぴり覚悟をして通話ボタンを押す。
「もしもし・・?」
声に緊張が現れていたのか、彼はクスリと苦笑すると普段と変わらない優しい声であたしの名前を呼んだ。
『逸美。・・・・・・・・・愛してるよ』
「!」
突然愛してるなんて囁かれ、一気に頬に血が上った。
「なッ・・なッ・・・」
『ふふ・・今日一日凄く悩んだんだろう?』
「・・・」
『ありがとう』
急にお礼を言われて意味がわからなかった。
「なんで・・?」
『昨日怒ってたのは俺を心配するあまりだったんだろう? それに今日ずっと俺のことで頭がいっぱいだった』
「うん・・」
『嬉しいよ。そんなにも俺を好きだって証拠だから。・・だけど挨拶に伺うのは・・』
「うん。待ってる。・・本音を言えばあたしも洋祐さんに会いたいんだもん」
だから体を壊さないように気をつけてねと言うと、彼はクスクスと笑って了解してくれた。
そうだよね、最初からこんなふうに互いに歩み寄るよう話せばよかったんだ。
ゴメンネと謝ると、洋祐さんもゴメンと返してきた。そのあとはいつも通りにたわいない話に花を咲かせる。
ゴロンと仰向けに寝転んで、指先につまんだフィギュアを照明に掲げてみた。
愛嬌のある可愛らしい人形。これとの付き合いも結構長くなってきた。
「ね・・洋祐さん」
『ん?』
あたしが次に続ける言葉を待つ彼。いッつもあたしばかりがアワアワさせられてるから、たまには彼をビックリさせてもいいよね?
イタズラを思いついたあたしは吹き出したい衝動を抑えながら、甘く聞こえるように小声で囁いた。
「あのね・・・愛してる」