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女性とはしたたかなもの?

お久しぶりです。

いや~・・洋祐視点のなんてラクなこと・・・

「あ。あたし行くから」


何の前置きも説明もなしに、『行くから』と言われて『そうか』と返事のできる奴はどれくらいいるだろうか。金婚式間近の、最早言葉での交流を必要としないような長年連れ添った夫婦ならばともかく、だ。

当然のことながら俺にはそんな芸当は披露できない。だから勿論、


「は?」


作業していた手を止め、斜め前に座るPCに向かったままの同僚の顔を見る。

デスクの中はもう殆どが片付き、引継ぎの書類は幼稚園児でもわかるぐらいに細かく分類し、それぞれのクリアファイルとホルダーには説明と注意事項、それにちょっとしたアドバイスを添えてすでに芝に引き渡してある。

あと残っているものは大体が私物で、文房具や本。それと転勤の餞別だと言ってもらった中身不明の小さな包み。それらを持参した紙袋に詰めている最中、突然思い出したかのように坂下が先程の意味のわからないセリフを吐いた。


「行くって・・・どこへ?」


なんだか悪い予感しか(・・)しない。今更ながらに訊くんじゃなかったと後悔している。


「いやーねー。行くって言ったら決まってるじゃないの」


やめてくれ。決まってないぞ。


「佐藤さんのアパートよ。明後日、引越しでしょ?だからてつだ・・」


「却下!」


きっぱりとハッキリ、簡潔に一言でお断りした。

カタカタと坂下の手元で鳴っていたキーをたたく音がピタリと止まる。無言のまま俺を見た彼女は、次にはチェシャ猫のようにニヤリと笑った。


「あら~、なにをそんなに焦ってるのかしら~?あたしはただ親切心でてつ・・」


「気持ちだけで十分だ。ありがとう!謝謝。グラシアス。スパスィーパ。ダンケ。メルスィ。カムサハムニダ。グラツィエ。だけどNO!No Thank You!だっ」


思いつく限りの感謝の言葉を早口で並べ立てると、坂下は演技じみた苦笑いの表情で、呆れたように嘆息した。


「も~遠慮深いんだからぁ。佐藤さんてばなんでも一人でできちゃう人だけど、たまには誰かに頼ってもいいのよ?」


「なにをわざとらしく曲解して尤もらしいコト言ってんだよ。お前の考えてることなんかわかってる。お前、邪魔しに来るつもりだろう?」


具体的には言葉にしないよう気をつける。少しでも隙を作ると、すかさずそこから切り込んでくるヤツだと知っているから。


「ヤダ。邪魔するつもりなんてないわよぅ?ただあたしは単なる親切心で、佐藤さんのあることないこと(・・・・・・・・)を教えてあげようかなって思っただけだもの~」


「っ! ドコが親切心だ!思いっきり悪意に満ち満ちてるじゃないか!」


カッとなり、悪影響だから近付くなと、ウッカリこぼしてしまったのが運の尽きだった。笑みを象っていた坂下の目は更に細く弓形(ゆみなり)になり、口角は吊り上げられたように持ち上がった。


「あら、あたしが()に近付いちゃイケナイの?と言うよりも、引越しで忙しいはずの佐藤さんのところに()が来るのかしらね~?」


頬杖をついて、うふふと悪魔のように笑う。助けを求めるつもりで周囲を一瞥すれば、居合わせたほかの面々も坂下同様、興味津々な顔つきで聞き耳を立てていた。


「そりゃあ気になるわよぅ。だって、あの(・・)佐藤さんをオトした女性(ヒト)だもの~」


なんだか聞き捨てられないセリフを吐きやがった。


「・・どういう意味だ?」


「やだ。わからない?我社で3本の指に入ると言われているイケメン佐藤の相手よ。しかもイケメン佐藤は、これまでに社内・社外を問わず幾度も浮名を流していたっていうのに、実際にはその誰とも本気になった様子がない。女と遊ぶけどホントは恋愛オンチなんじゃないか?とか、実は女嫌いなのでは?え!もしかしてBLなヒト?!・・なんて裏ウワサまであった注目の人物なのよ。気にならないほうがオカシイじゃないの~」


「オイ!そのうわさの出所の大半は、絶っっっ・・対にお前だろう!」


思わず立ち上がって坂下のほうへ身を乗り出すと、怒鳴られた張本人はペロッと舌を出して「さあ仕事仕事!」と再びPCに向かった。


スルーされたことで怒りの矛先を失いブルブルと拳を震わせていると、タイミングが良いんだか悪いんだか、ちょうど芝が外回りから帰ってきて、立ったまま坂下を睨みつけている俺にのほほんと、どうしたのかと訊ねてきた。


「何でもねぇよ・・」


「? そっスか?あ、そういえばさっき回ってきたN商事で、皆川さんてヒトが佐藤さんにヨロシク伝えてくれって言ってたんすケド。知り合いっスか?」


途端ぶぶっと坂下が吹き出す。あまりにもタイムリーすぎて堪えられなかったようだ。キーボードの上に顔を伏せて小刻みに肩を揺らしている。


「どうしたんスか?坂下さん。・・と、それはともかく、いや~スッゲェ美人で緊張しまくりだったッスよー!こう、ボボン!キュッ!ボン!てカンジで、色気が半端なかったッス!」


元からそうだが、コイツは空気を読めない。だから、段々と俺の眉間のシワが深くなってることも、ハラハラしながらただ見てるしかできないほかの同僚たちの様子にも気がつけないのだ。


坂下はもう臨界を突破したらしく、デスクの端をバシバシと叩きながら腹を抱えている。


「・・・・・・芝キュン、ちょっと黙ろうか?」


こめかみに青筋を立てたままニッコリと笑顔でそう言うと、彼はやっとどんよりと渦巻く空気に気がついたらしい。サァッと顔色を白くし、口を閉じてコクコクコクコクと何度も首を縦に振った。


「全く・・やれやれ」


ハァ~と大きくため息をついて気持ちを抑え、ドスンと椅子に腰を下ろして漸く作業に戻ったが、涙を拭った坂下からトドメの一言が投下された。


「ねぇ、佐藤さん?あたしぃ、皆川さんとオトモダチなんだけどな~♪」






俺には愛する女性(ヒト)がいる。


知り合ってからは暫く、彼女はただの文通(・・)相手で、顔も名前も知らず手紙の遣り取りのみの関係だった。文章とも呼べない短い言葉での交信が続き、そしていつしか声や顔を知らなくても恋はできるものなのだと彼女に・・逸美に教えられた。

自身でも驚くほどに逸美に惹かれている。が、想いが通じ合い近い将来を誓い合う仲になったものの、現実問題、目の前に迫る俺の転勤のせいで今すぐ結婚ともいかず、態度に出さないようにしてはいるけれど、本心はかなり焦っていた。

だってそうだろう?恋を自覚し、愛していると告白の後にめでたく恋人にはなれたケド、そう簡単に逢えないうえにやっと再会できると思えば、お邪魔虫が割り込んでくるとの宣言だ。


せっかく久しぶりに逸美の可愛い顔を見られて嬉しいのに、駅に迎えに行き、向かい合って開口一番・・・


「ゴメン!」


謝罪で始まった。

わざわざ4時間以上もかけて引越しの手伝いに来てくれたのに、二人っきりの甘い時間は先送りになってしまった。


「ううん。あたしも会ってみたいと思ってたから」


ウキウキした表情からして遠慮ではなく本心のようだ。機嫌を損ねずにいてくれてホッとしているのと同時に、二人っきりの時間を台無しにされたことを怒ってくれなかったことを、ほんの少し残念に思う。


多分着替えが入っているのだろう小さめのボストンの方を持ってやり、アパートまで歩く。

タクシーで帰ってもいいのだが初乗り運賃のままに到着する距離なので、少しでも二人っきりの時間を確保したくて、遠すぎる距離を経て疲れているだろう彼女をつき合わせ、並んでゆっくりと話しながら歩いた。


「俺としては嬉しいけど、よくご両親が許してくれたな?」


「へへへ。実はそのことで、坂下さんには感謝なの。佐藤さんと二人っきりならきっと許してくれなかったと思うケド、他にも同僚の方々が・・同期の女友達も手伝いに来るんだって言ったら、ちょっと疑いのまなざしではあったけれど、一応OKをもらえたの」


「あー・・だからかぁ、電話口で確認するみたいに訊かれたのって・・・」


― 『大勢じゃあ逆に片づけが大変になりそうだねぇ』 ―


― 「そうですね。断っても手伝いに行くの一点張りで。気持ちはありがたいんですが、狭い部屋に大人4人は結構きついです」 ―


同期の女性は面倒見もいいし器用なタイプなので助っ人になるのだが、一緒に来る後輩のほうは(なり)ばかりデカくてあまり期待できない。・・・とまで言ってしまった。

そうかーあの何気無い会話の流れから、真実を探ってたんだな・・・うぬぬ、侮れない!


あのお父さんの血を(確実に!)引いてる逸美は事が有利に進んで素直に喜んでいるらしく、嬉しそうな満面の笑みで見上げてくる。そんな可愛い顔を見ていたら、この強かさも魅力の一つなんだと思った。


バッグを提げていないほうの手を伸ばし逸美の手をとると、まだ春に程遠い冷たい空気にさらされているのに、彼女の頬が見る見るうちに赤く染まってゆく。小さくて柔らかな左手の薬指を探れば、そこには俺が送った指輪が嵌っている。

この愛しいヒトが俺のものだという証を再確認でき、満たされた気持ちで心に誓った。



坂下たちには早く帰ってもらうぞ!と。





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