ステキなプレゼント
半ばウトウトしながらの更新はキケンだと翌朝思いました。
なんて誤字脱字の多いこと・・・
スミマセン。直させて頂きました。
彼の引越しの日が決まった。
あたしたちはあれから一度も会えないままに2月が終わり、日々は過ぎて今日、電車での帰宅途中に彼からバレンタインデーのお返しを送っておいたとのメールが届いた。
家に到着するや否や、すっごく興奮したお母さんがあたしの顔を見るなり手を引っ張ってリビングへ。ソファを占領してたのは、抱えきれないほどのピンクのバラの花束だった。
「わあっ!」
「洋祐さんて気障でステキね!」
あたしだってメチャクチャ感激したけど、あたし以上にお母さんのテンションがすごく高い。
花瓶に活けといてあげるとの申し入れを受け入れ、花束をお母さんに任せると、あたしは引き抜いた一本をグラスに挿し、それを持っていそいそと自室に上がった。
ベッドに腰を下ろして時計を確認。まだ帰宅途中で電車の中の可能性があるけれど、とにかく今は一秒でも早くありがとうって言いたい。メールでもいいんだけど、やっぱり声が聞きたいし直接お礼が言いたいから、ダメもとで彼の携帯にかけてみた。
『はい。もしもし』
きっと留守電に切り替わっちゃうだろうなぁ・・と思ってたのに予想に反してすぐにつながり、いつも寝る前におやすみって言ってくれる大好きな優しい声が聞こえて来た。
「あっ。もしもし洋祐さんッ。あのっ!えっとねッ・・ありがとう!」
『うん?ふふっ・・花、届いたんだ?』
「うんっ。凄いステキ!あんなに大きな花束なんて見たことなかったからビックリしちゃった!」
そもそも花束をもらったのだって初めて。嬉しすぎて何度もありがとうを繰り返すと、彼は楽しそうに笑った。
その後はいつも通り今日あったことを互いに報告しあっていたが、ふと何かを思い出したらしく、彼は『ああ、そうだ』と言った。
『引っ越す日が決まったよ』
「え、いつ?」
『来週の土日。土曜日に荷物を送って、日曜日に向こうへ行こうと予定してるんだ』
この部屋とも暫くお別れだと思うと寂しいと、しみじみと呟いている。
『7年暮らしたし、この部屋に住んでいたからこそ運命の女性と出会えたんだからね』
「!」
愛してるよと臆面もなく囁かれ、一気に顔が真っ赤になる。
最近わかってきたことだけど、彼は結構イジワルだ。今みたいに、あたしが恥ずかしがって怒ることを承知でからかってきたりする。
「もうっ」
ちょっとだけ怒ったフリをすると、ハハハッと笑う声がして『ゴメン』とすぐに謝られた。
『からかったつもりはないよ?本当にそう思ってるんだ。だからこそこの部屋を空けるのは少し寂しいんだけど』
そんな風に言われたら、いつまでもフリなんてしていられない。照れ隠しに手伝いに行くと言ったあたしに、荷物が少ないから大丈夫だと、彼はやんわりと断った。
『引越しと言っても向こうでは寮住まいだからね。精々持っていくのは着替えと普段使う身の回りのものだけだよ?』
「でも掃除だってするでしょ?荷造りだって一緒にやったら早く終わるし・・」
『休みの日に少しずつ進めてるから大掃除の必要はないんだ。荷物も段ボール箱に4つぐらいだから、引越し業者は頼まないで、宅急便で済みそうだし』
だから遠いのにわざわざ来てくれなくてもいいと言われ、次の言葉が出なくなった。
彼の言い分はわかる。現在彼の住むアパートがある所と、あたしの住む中部地方、日本のど真ん中ってカンジの場所は、直線距離でXXXキロメートル、電車と新幹線を乗り継いで4時間超もかかっちゃう。
バレンタインの後日、初めて彼と対面、そして婚約指輪をプレゼントされたあの日、彼は身をもってその距離を知ったから、だからあたしに来なくていいって言ったんだ。
・・・・・・でもね、
「でも・・でもね、あたしが行きたいの。洋祐さんが住んでる街とか見てみたいし、カプセルが届いていた部屋も見たい。それにねっ・・それに、あの・・えと、洋祐さんに会いたい・・から・・・っ」
図々しいと思われたくないという、トラウマを引き摺った気持ちは未だある。だけど我が儘を言っても彼は絶対にあたしを嫌ったり呆れたりしないって信じてるから。
信じられるヒトだから。
『・・・・・・』
「ダメ?」
電話口で黙り込んでしまった彼に不安になるけど、それでもどうしても願いを聞いて欲しくて、控えめながらも再度「ダメ?」と押してみた。
「洋祐さ・・」
『わかっててやってるだろ?』
ややトーンを低めた声で呟かれる唐突なセリフに小首を傾げる。
「? なにを?」
彼の言いたいコトがよくわからなくて訊き返すと、盛大なため息が聞こえて来た。向こうで『ホワイトデーだからか?』と独り言のような問いのあと、黙ってしまった彼の様子にやっぱり我が儘すぎて呆れられちゃったかもと不安になった。それでもジッと待っていると、もう一度、今度は小さな嘆息をこぼし、何かを吹っ切ったような『ウッシ!』と言う掛け声が微かに聞こえた。
「洋祐さん?」
『・・わかった。いいよ』
急に返ってきた了承の言葉に、すぐにはピンと来なくって、「え?」と再び訊き返してしまった。
『手伝い。来てくれるんだろう?』
「! うんっ」
『俺だって逸美さ・・逸美に会いたいし、この部屋も見てもらいたいと思ってるよ』
嬉しい言葉に気持ちが膨らむ。まるで遠足を間近に控えた子供みたいに、ウキウキワクワクが押し寄せてきた。・・が、次のセリフに一気に上がったゲージは、同じ勢いで下降した。
『そのかわり、必ずご両親の許可は取ってくれ。片道4時間かかることや、一泊することになることもキチンと話して。そのうえでOKが出たなら、俺も遠慮なく頼むことにするから』
え~~~っ?!無理ー!・・・って叫びそうになった。
普段けっこう理解ある両親だけど、さすがに嫁入り前の娘を、結婚の約束をしている相手だとはいえまだ会ったこともない男の部屋に、そうすんなり外泊許可を出すとは思えない。
結果がわかりきった条件に、ムスッと頬を膨らませて返事をせずにいると、彼は『わかった?』と重ねて訊ねてくる。
「・・・・・・うん」
不承不承に頷くと、彼は苦笑したようだ。あたしが不貞腐れても彼は意見を変えない。本音を言えば彼の態度は常識的だと思う。思うケド、気持ちとは相容れない。
「もうっ。・・絶対、ぜーったい許可とってそっち行くんだから!」
半ばヤケになって叫ぶと、彼はまた声を上げて笑う。期待しないで楽しみに待ってるよ。なんて憎ったらしいことを言って通話を切った電話口に、ベーッと舌を出してやった。
こんなふざけ合った遣り取りができる関係って楽しい。相手の顔色ばかりを気にする元カレとの付き合いの時には感じられなかった幸福感。
意地でもお父さんたちを説得して、なにが何でも会いに行ってやる!と決意を新たにベッドから立ち上がる。
少々長電話だったせいかお腹が空いた。夕飯をとりにダイニングへ行こうと部屋を出る直前、近頃あまり聞かなくなったカツンという乾いた音が鼓膜に届いた。
クローゼットの足元。すっかり見慣れたプラスチックカプセルを拾いあげ中を覗く。その途端可笑しくなって、クスクスと笑いがこみあげた。
「チロルチョコのお返しにコレって・・!」
一度笑い出したらなんだか止まらない。カーペットの上で転げ回ると、手の中のカプセルの中身がカタカタと鳴る。
カプセルの中には金太郎飴が2個。お手製らしきセロファンに包まれて入れてあった。