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挨拶に向かう日の朝

ご無沙汰しています。

読みきりのあとに書こうと思っていたのですが、気分転換に書き始めたら楽しくなってしまい・・・


「ね、ねえ。どう? おかしくない?」


「いやぁね。何回訊けば気が済むの? ・・どこもおかしくないわよ」


台所に立つお母さんの前でクルーリと回って見せれば、苦笑を浮かべて大丈夫だと言ってくれる。

でも、太鼓判を押してもらっても、心配で心配でしょうがない。


今日はいつもよりもじっくりとメイクに時間をかけ、先週の日曜日に美奈に付き合ってもらって買ってきた〇OXEYのワンピースに身を包んでいる。

髪は一昨日の仕事帰りにカットしてきれいに整えてきたし、夕べお風呂に入ったときに念入りにトリートメントして、今最高のつやつやコンディション。

普段はあまりつけない香水と、最近やっと慣れてきた左薬指のエンゲージリング。アクセサリーでゴテゴテと飾るのはそんなに好きじゃないし、彼の好みでもないらしい。


コレ以上ないくらいにオシャレしても、とにかく不安でたまらない。だって―――――――――――今日はこれから洋祐さんに会えるんだもん!

もぉぉぉっ、ドキドキが止まらないよーッ。彼に会えるのは実に3ヶ月ぶり。今年のゴールデン・ウィークにあたしの両親へ挨拶に来てくれたとき以来。

楽しみで仕方がないし、嬉しくて堪らない――――――けど、でも今日は浮かれてばかりもいられない。


「逸美。オシャレばかり気にかけてないで、ちゃんとご挨拶の練習をしておいた方がいいんじゃない?」


「う、うん。わかってる。一応ね、セリフは考えておいたんだけど・・」


自信無い。

彼がすっごくステキに挨拶に来てくれたから、あたしも頑張らなくちゃっていうプレッシャーが半端じゃない。

ここ数日、テンションが上がったり下がったり。出かける前から精神的にやや疲労気味。正直に言っちゃうと、昨夜はほとんど眠れなかった。


「コワイよー・・」


ダイニングの椅子にガックリと崩れるように腰を下ろす。ポソッと泣き言をこぼせば、お母さんがやれやれってカンジで溜息をついて、背中を向けた。


「今からビクビクしてても仕方ないでしょ? ちょっとは落ち着きなさい。洋祐さんとは何時にどこで待ち合わせ?」


話をしながらも、いつもより少し遅めの朝食の準備。世の中は今日からお盆休み。もちろん普通の会社員のお父さんも今日からお休みだから、8時を過ぎた今もまだ寝てる。直樹は部活。でも今年は中学3年生・・受験生だから、夏休みがあけたら引退らしい。


トントンと何かを刻む音。お湯が沸いたようで、鍋の蓋を取って今刻んだものを中に入れる。

フワリかつおだしの香りと、それに混じったネギの美味しそうな匂い。たぶん豆腐とネギの味噌汁。ウチは一年中味噌汁は必須だから。


「N駅。〇〇線の改札の前コーヒーショップがあるから、店の中で12時に待ち合わせようって」


大好きな匂いに、ほんの僅か緊張がほぐれる。


「12時? ちょっと遅くない? アチラに着く前に夜になっちゃうんじゃないの?」


「いや、さすがに夜にはなんないけど。・・N駅でお昼ご飯食べてから新幹線に乗るつもりなの。とにかく凄く遠いし。だから二泊。今日の夕方に佐藤家に着いて、ご挨拶と夕飯をご一緒。ホテルに一晩泊まって、明日は〇ィズニー〇ンドでデート。もう一泊してあさって帰宅予定デス」


挨拶に行くのは怖いけど、オプションにデートが付いている。


ウチからだと遠過ぎてなかなか遊びにいけないテーマパーク。短大を卒業する前までは友人と数回遊びに行ったけれど、社会人になってからは1度も行っていない。

幸い(?)にも、彼の実家からはそれほど遠くないとのことで、せっかく休みを奪い取ったのだから、デートもしようと提案してくれた。


メチャクチャ嬉しい! 二人にとって初めてのデート!

あたしたちの出会いってちょっと特殊だから、まだちゃんとデートらしいデートってしたことが無い。

洋祐さんの転勤期間が終わって本社に帰ったら結婚しようって約束してるし、そうなったらずぅぅぅっと一緒にいられるんだから一緒に出かける機会もいっぱいあるけれど、結婚後の『夫婦』としてのデートじゃなくて、『恋人』として・・別々に住んでいて、待ち合わせしたりとかっていう、初々しい感じのデートがしてみたい。


「二晩も泊まるの?」


お母さんが手を止め、微かに顔をしかめて振り返る。やっぱりちょっとは心配らしい。


「ちゃんとお父さんの許可はもらったモン。こんな時でもないとまともに洋祐さんに会えないんだから、今回は大目に見てよ」


反対される前に、お父さんに許してもらったんだと主張すると、予想に反してお母さんの懸念は違うところにあった。


「洋祐さんに迷惑かけるんじゃないの? そもそも新幹線のチケットとかどうしてるのよ? 女の子だからって負んぶに抱っこばかりじゃダメなんだからね」

 

行儀悪く菜箸の先をふりながら、お母さんの説教じみた言葉が続く。

二人の将来のために二人で出かけるのだから、食事代も交通費も、あまつさえ宿泊費さえも相手持ちなら、いっそ行かないほうがいいとまで言われた。


「し、新幹線のチケットはもう洋祐さんが用意してくれちゃったけど、食事代とかホテル代とか、ちゃんと・・・ちょっとは考えてるわよ。菓子折りも自分で用意したし」


「あ・た・り・ま・え。・・菓子折りは何にしたのよ?」


「え? えーと・・・」


地元の銘菓の、可愛らしい魚の形を模した和菓子の名前を告げると、お母さんは顰めていた眉を驚きの形に変え、パチパチと瞬きした。


「あらま。・・・逸美にしたらいい選択ね。う~ん・・でも、それだけじゃねー。アチラさんはお兄さん夫婦と同居なんでしょ? だったら小さい子どもさんにも喜ばれそうなものもあった方がいいんじゃない?」


「あ、そっか!」


言われてみれば確かに。

ご両親にばかり意識がいっていて、お義兄さん夫婦や甥っ子ちゃんたちにまで気が回らなかった。


「どうしよう。全然忘れちゃってた」


オロオロと焦っていると、まだパジャマ姿のままのお父さんがダイニングキッチンに顔を出した。


「おはよう」


「あ、お父さん! いいところに。ねぇねぇ5歳と1歳と甥っ子がいるんだけど、お土産って何がいいと思う?」


「んあ? ・・ああ」


椅子に座るなり投げかけられた質問に一瞬首を傾げていたが、すぐに思い至ったらしく、クスクスと笑いながらノンキに新聞を開き始めた。


「おと~さ~ん・・」


咎めるように睨めつけると、緩んだ口元を引き締めコソコソと三面記事で顔を隠した。


「そこまで気にすることはないんじゃないか?」


「そうもいかないよー。お父さんだって洋祐さんにお酒もらったじゃない」


菓子折りとは別に、自分からリクエストまでして手土産を買ってこさせたと言うと、コホンと咳払いをし手ますます新聞の陰に隠れた。


「ねー、もう時間が無いのー。どうしたらいい?」


「なら、途中でアイスかプリンでも買っていきなさい」


それなら事前に用意できないから、当日買ってもおかしくない。小さな子どもがいることを忘れていた事実も隠せるし、洋祐さんと一緒なら甥っ子ちゃんだけじゃなく、ご家族みんなの好みに合わせたものが買える。


「わかった! そうする。も~~~ありがとーお父さん。やっぱ頼りになるね!」


後ろからギュッとクビにしがみ付いてお礼を言うと、勢いあまって新聞まで巻きこんだらしく、腕の中で紙に遮られたお父さんの「ぐぇっ!」と言う声を聞こえた。


「ほら、お礼はいいから早くご飯食べて用意しなさい。一本でも乗り過ごすと、待ち合わせに間に合わなくなるわよ」


お母さんがあたしの席に朝食を用意してくれたけど、ハッキリいって食欲は無い。今はきっと何もノドを通らないと思う。

そう言って断ると、野菜ジュースか牛乳だけでも飲みなさいと返され、あたしは野菜ジュースを選んだ。



 ◇ ◇ ◇



なんだかんだと悩んだり舞い上がったりしてるうちに、予定していた出掛ける時間になった。


「じゃ、じゃあ、行ってくる!」


「はいッ。いってらっしゃい!」


玄関で真新しいパンプスを履いたあたしは、気合を入れるために、見送りに出てきてくれていたお母さんを振り返ると、ぎゅっと拳を握って力を込めた。

そんなあたしの気合に気づいたのか、お母さんも両手を握ってグッグッと小さく震わせて応援してくれる。


「大丈夫! 逸美は一人じゃないんだから!」


「うん!」


「頑張ってご挨拶して帰って来たら、お母さんからのお祝いに逸美も好きな『特製メンチカツ』の作り方を教えてあげる。だから頑張っておいで!」


「! うん!」


お母さんに力と語法日の予約をもらったあたしは、もう一度いってきますと告げ、玄関を出た。

門扉を押し開けて外に出ると、


「逸美。駅まで送るから、乗りなさい」


エンジンをかけた車中で、お父さんがスタンバイしていた。


「あ、ありがとう」


お礼を言いながらボストンバッグを後部座席に置いて、遠慮がちに助手席に乗り込むと車はゆっくりと走り出した。

膝の上に乗せた菓子折りの袋がガサガサと音を立てる。


「何時に待ち合わせなんだ?」


「え? ああ、えっと、N駅に12時」


待ち合わせの時間を教えると、チラッと車内のデジタル時計に視線を移したお父さんは、「十分間に合うな」と独り言を呟き、ハンドルを操りながらあたしを呼んだ。


「なぁに?」


「いや、このまま最寄のM駅に送っていってもいいんだが、まだ時間があるし距離的にも大差ないから、G駅に向かわないか? そうすれば乗換えを省けるだろう」


「え・・いいの?」


大差ないといっても僅差ではない。せっかくのお盆休みの初日なのに、送らせちゃって本当にいいのだろうか?

なんとなく気が咎めて迷っていると、お父さんは苦笑してG駅の方へ行くと決めてしまった。


「いいの?」


「ああ、もちろん。大事な娘の大切な日なんだから。逸美がこれから頑張りに行くのに、お父さんはコレくらいしかしてやれないけどな。今日は予想最高気温がかなり高いらしいし、少しでもラクができたらいいだろう?」


走る景色をバックに、お父さんの横顔を見る。昔から変わらない柔和な印象の面立ちだけど、芯はかなり頑ななタイプ。自身が「こう」と決めたことは何がなんでも貫き通すヒトだ。


無言でじっと見つめられているのに気付いたのか、いつもの柔らかい口調でどうした? と訊かれた。


「ううん。なんかふと、娘を嫁に出す父親ってカンジじゃないなーと思って・・・」


「ははは、そうか? コレでも結構考えてるんだけどなぁ」


でも、よくドラマや漫画なんかである、


「『ウチの娘は、お前のような馬の骨なんぞにはやらーん!』・・的なことって言わないよね?」


直樹みたいに頭ごなしに反対されたらソレはソレで困るんだけど、お父さんとお母さんの最初ッから反対する素振りが全くないのも変な感じがして、二人っきりになったのを好機に、思い切って訊いてみた。


「変か?」


「うん」


「ん―――そうだなぁ。逸美が見つけた相手が洋祐クンじゃなかったら、もしかしたら反対してたかもなぁ」


洋祐さんだから?

首を傾げると、お父さんはクククッと笑った。


カチンと右折のウィンカーが入れられ、表示が点滅しカチカチと鳴っている。この辺りは田舎道だけれど車通りが少なくもないから、慎重派のお父さんは左右をよ~く確認した後に、丁寧に右折した。


そうだよね。お父さんは熟考してから行動するタイプだから、考えもせずにあっさり洋祐さんとの結婚話を許すはずがない。OKしてくれたのも、こんな風に彼を信じてくれるのも、洋祐さんの人となりをお父さんたちなりに見極めた証拠。・・だと思いたい。


「ねぇ、ソレってお父さんが洋祐さんを気に入ったってこと?」


「ん? んー、気に入る気に入らないで言ったなら、相手が誰であれ気に入らない。娘を取られるんだから当然、な。だけど彼は絶対に信用できると思ったんだ」


自信に満ちた声。


「なんで?」


「なんでって・・、そうだな。決め手は"目"だな。彼の目は一度も揺るがなかった。まっすぐにお父さんとお母さんの目を見て、そして二番目の決め手・・ハッキリと結婚の許可を求めてきた」


彼のあの様子は、もうしっかりと二人の将来を見定め、自分以外の誰か(・・)の人生も一緒に背負っていく覚悟を決めたと感じられた。


「洋祐クンは、逸美が考えている以上に、ずっと先の人生を・・幸せを考慮していると思うよ。そこまで視野に入れた上で、逸美と結婚したいんだ」


「・・・」


電話越しに話したことは何度かあるけれど、実際に会ったのはまだ一度きりのはずなのに、どうしてそんなに彼のことがわかるの?

黙り込んだあたしの様子で何を考えているのかを悟ったらしいお父さんは、口角を緩やかに持ち上げ、左手をハンドルから離してあたしの頭をポンポンと叩いた。


「! ギャッ! やめてよ、せっかくブローしたのにぃ!」


「ははは。ゴメンゴメン。―――さ、そろそろ駅に着くぞ。覚悟はできたかい?」


言われて車窓の外を見れば、自宅周囲のような田園風景ではなく、店々が並び人が多く行き交っている街中の景色だ。

再びカチカチとウィンカーが鳴り、車が左折する。花壇と街路樹でおしゃれにデザインされたロータリーを回り込み、駅の正面に車は横付けされた。


「着いたぞ」


「ありがとう、いってきますッ」


ドアの取っ手を引いて車を降り、後部座席のバッグを持ち上げようとした瞬間、お父さんがあたしを呼び止めた。


「洋祐クンに娘をヨロシクと伝えておいてくれ」


「・・・本人の口から?」


プッと吹き出して聞き返すと、お父さんも笑顔で頷いた。

閉めたドアの向こうとコチラで手を振り合い、走り出した車の後ろを見送ったあたしは、お母さんと交わした時のように空いている方の手を握り締めた。


「よし! 二人の幸せのために頑張るぞ!」


クルリと振り返り、駅の階段を上る。


賑やかなセミの大合唱に掻き消されてしまうほどの小さな呟きだけど、ただ緊張してオロオロとうろたえてばかりだった今朝までのあたしとは違い、お父さんとお母さんに勇気付けられたあたしの心の中には、形の無い・・でも、ハッキリとしていて真っ直ぐなモノが刻み込まれていた。






ありがとうございました。

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