落ちこぼれ少女の災難8
「シアの言いやすいように言って頂いて構わないので、そうですね……この国、シェリティードの事を説明して頂けますか?」
先程とはうって代わって、ピンと張りつめた雰囲気の中、静かに言葉を紡ぐシェダ。
「──はい」
それに若干緊張した面持ちで頷き、シアが答える。
「…………………」
しばし思案した後、すぅとひとつ息を吸い込み、シアが静かに語り始める。
*……*……*……*
「この魔法大国シェリティードは、海と山とに囲まれた豊かな国です。形は楕円っぽいトランプのダイヤに似ていて、近隣の国々と比べるとかなり大きな国になります」
「このシェリティードが魔法大国と呼ばれる由縁は、初代国王、シリウス・ソウルド・シェリティードが魔法使いだった為で、国王の支持率と共に魔法が国民に広く浸透し受け入れられたことにありますが、現在は北に位置する王城の裏手にある広大な山から、魔力を内包した、もしくは内包出来る鉱石が発掘されたこと、そしてそれらがいち早く人々に普及した、ということも大きかったと思います。色々な所から、魔法をたしなむ者達が多くこの国を訪れた、ということも」
「それ故にこの国には、数多の魔法を専門に学べる学園が数多く建設されています。南端、シェナフィト海を望む海辺近くに、私も在席しているエルスティン学院があり、主に自らの体内にある魔力を使用した、魔法を使う術を学ぶ事が出来ます」
「次に西方、深山や森林といった緑を多く残すこの地方には、フェリツァ・リアリー学園があり、ここでは精霊や妖精といった、いわゆる゛小さき者達″から力を借りて行う魔法を学ぶ事が出来ます」
「続いて東方、広大な平原や草原を有するこの地方には、カナディグリオ学院があり、陣を描いて対象を召喚するという、召喚魔法を学ぶ事が出来ます」
「そして最後に、北に王城、西にフェリツァ学園、南にエルスティン学院、東にカナディグリオ学院と四方を囲まれたその中心に、昔の王城をそのまま使用した、王家御用達と歌われる学園、王立総合魔法学園シリウス学園があり、この学園では先に述べた三つの魔法の他に、魔力を内包した鉱石、魔鉱石を使用した魔法や魔法ごとを組合わせた融合魔法など、様々な魔法を学ぶ事が出来ます。加えて魔法学園にして唯一、一般科が併設されている学園でもあります」
「そしてこのシリウス学園の魔鉱石を使った魔法は、より多くのものを生み出しました。魔鉱石を使った乗り物や、照明のような生活の必需品、はたまた自身を飾るアクセサリーとしてだけでなく、自身を護るアイテムとしても魔法使いには勿論、一般市民にも広く普及し浸透していった。そしてそれは各国からも取引されたりと、流通のひとつともなっています」
「──この様に、国の一事業として魔法は広く、深く各国に広まり浸透していった事から、この国シェリティードは魔法大国と呼ばれるようになりました」
*……*……*……*
ここで一旦言葉を切り、その次を継ごうとしたシアの耳に、
「──素晴らしいですね。そこまでで結構ですよ」
パチパチパチと拍手する音と共に、シェダから賛辞が贈られる。
「えっ?でもまだ」
全部言ってない、と言おうとしたシアの言葉を遮って、
「そこまでわかってりゃ、基礎魔法知識と歴史学は十分だっての」
微妙にうんざりした感じのアルドが告げる。
「そうですね。それだけ分かっているのであれば、すぐに対処等は出来そうですし」
にっこりとしながらシェダがそう続け、シアに程好い温かさの紅茶を手渡す。それにありがとうと言う間もなく、シェダが出題する。
「例えば……、それぞれの魔法を発動する為には?」
「その殆どが呪文を使います。自身の力を使うもの、精霊に力を借りるもの、召喚を行うもの、融合魔法、魔鉱石に力を宿す等、この五つは呪文を詠唱することによって魔法が発動、付与出来るようになってます。しかし例外もあり、精霊を呼ぶものや融合魔法などは複数で行うものになりますので、その限りではありません。精霊魔法は呼び掛けた精霊が、それに応じてくれなければ魔法を発動することは出来ませんし、融合魔法はお互いの心がひとつに添わないと発動出来ません。そして呪文を必要としないものとしては、効果を付与した後の魔鉱石や、生活必需品、護身用等に加工されているものなどですね」
「融合魔法の最たるものは?」
「今現在で言いますと、この国でもまだ四つしか存在しない転移魔法でしょうか。移動、固定魔法と召喚魔法を組合わせたもので、どれも基礎的なもので構築は簡易ながら、維持がとてつもなく難しいとされる、高度融合魔法です」
「魔法以外で有名なものは?」
と、この質問はアルド。
「魔法以外で、といいますと……食文化でしょうか。この辺の近隣国で漁業を行っているのはシェリティードだけで、各国からも新鮮、安い、美味と評判ですし、西方に広がる森林は果実の宝庫です。今の時期だと果物狩りが盛期ですね。東方の平草原では、その広さを利用し米、小麦、茶畑が広がり、放牧で乳牛や円豚、トサカ鶏等が飼育されています。この国を様々な人々が多く訪れたこともあって、和洋折衷と料理の種類は豊富で、新しい料理の開発にも余念がなく、国で開催されるお祭りの殆どが食に関するものですね」
ひとつひとつ、確認するように告げるシアに、
「あ〜もういい、もういいっての!──ったく、お前は歩く教科書か!」
ヒラヒラと手を振って、至極うんざりした顔でアルドはシアの説明を終えさせる。
「まぁこれで、質疑応答は終了ですね。ここまで出来ているのに対して、試験結果が何故あんな状態だったのかが気になりますが……」
「うっ……」
何気なしにシェダにそう訊かれ、ぐっと喉を詰まらせるシア。
(そ、それには触れないで〜〜っっ!!)
冷や汗を流しつつ目を逸らし続けるシアに苦笑して、
「さて、と。次は実戦──実技試験ですね」
シェダが静かに告げ、丸テーブルの中央、鮮やかな赤と青で描かれた紋様に手をそっと触れさせる。それと同時に、
「転移、最下層!」
ひゃっほぅ!って感じのアルドの声が響く。
途端に丸テーブルを中心に展開した魔方陣が光輝き、
「えっ?ええぇ〜〜っ!?」
驚きに声を上げるシアもろとも、忽然と姿が消え失せる──…
……*……*……*……
「…………っ!」
突然の転移である落下負荷に堪え、
「と〜ちゃくぅ!」
というアルドののん気な声に、ぎゅっと瞑っていた瞳を開くシア。
見渡したそこは、防護結界が張られた、学生にはお馴染みの魔法練習部屋だ。
学園との違いはというと、かなりの広さがあることと、上下左右がレンガ張りだということくらいか。
四方に備え付けられた防護結界兼照明の役割をしている光が、ゆらゆらと室内を照らす。
「って、なんでいきなり転移魔法っ!?そんな魔力量感知してな……じゃないっ!ここどこっ??」
今の状況にはっとして、あわあわしながら訊ねるシアに、
「さっきの部屋が一階だとすると、地下三階ってとこだな〜」
椅子から立ち上がり、うーんと伸びをしながら答えるアルド。
「すみません。説明してから転送するはずだったんですが、アルドに先に言われてしまって」
次いでまだあわあわしているシアに申し訳なさそうにシェダが続ける。
「転移的には垂直に落下しただけだから、そう負担はないハズだぜ?」
身を解しつつ、くりっと振り向いて告げるアルドに、
「確かに何ともないけど、せめて説明する時間くらいは……」
きっと睨み付けるように視線を向け、次の言葉を告げようとして、
「って、それじゃさっきの質疑応答、誤答じゃないっ!転移魔法は、ホントは五つ……?」
疑念を浮かべた顔をして、口許に手をあて、呟く。
「いや?世間一般的には間違ってないぜ?なんせこれは、俺とシェダのオリジナル魔法だからな〜」
神妙なシアの顔を見やりながら肩を回し、事も無げにけろりと告げるアルド。
「ええぇ〜〜っ!?」
それに驚きの声を上げるシア。
(二人がかりとはいえ、最難級の超高度融合魔法を、オリジナルでって……)
どれだけ凄いのこの二人っ!?と、シアが胸中でぐるぐる考えていると、
「疑問点等は後でじっくりやるとして、そろそろ実技試験、始めますよ」
パンパンと手を打って、試験開始を告げるシェダ。
「あ、はいっ!」
それに勢い良く立ち上がってシアが答える。
「おーし!じゃ、始めるとするか?」
柔軟体操を終えたアルドがニヤリと告げ、
「え……。ま、まさか……」
嫌な予感を覚えつつ、恐る恐るシェダを振り返るシアに、シェダはにっこりと、
「実技試験は、たっての希望で、アルドが行ってくれるそうですよ?」
天使の様に微笑みながら、悪魔の如く、とてつもない事を告げられたのでした……