落ちこぼれ少女の災難6
「アルドの目利きを疑っている訳ではありませんが、それだけで納得することは出来ないんです。わかりますね?」
「──はい」
静かに語るシェダに、シアも口元を引き結び、答える。
「それにシアは不本意かもしれませんがこの一週間、ことある毎にアルドが貴女を連れ回しては色々な方々に紹介してしまったので、今さら影武者辞任は難しくなっていますし、元よりアルド本人が」
「シア(こいつ)じゃなきゃ、絶対嫌だ!」
「……………………」
追加で持って来させた料理を掻き込みながら即答するアルドに苦笑しつつ、じっとりとそれを見やっているシアに申し訳なさそうに続けるシェダ。
「と、こう言っていますし……。試験だけでも受けて頂けませんか?そこで影武者不適格なら、アルドもあっさり辞任することを納得するしかないでしょうし」
「!」
「こらっ!あからさまに嬉しそうな顔すんなっ!お前も、不適格になったらとかゆーんじゃねぇよ!」
シェダの続けられた最後の言葉に、瞳を輝かせるシア。それにすかさずアルドが突っ込む。
「私は影武者やりたいなんて、言った覚えないもん」
そう言ってふぃっと顔を背けるシアに、
「お前ねー。いい加減諦めろっての。誰がなんと言おうと、俺は!お前がいいって言ってんのに」
すずいと顔を近付け、告げるアルド。
「っ!〜〜っその言葉っ!そっくりそのまま返してあげるっ!そっちこそいい加減っ、諦めたらどーなのよ!?」
至近距離で見つめられているのが気恥ずかしくて、早口に告げるシア。
(か、顔近いってばぁ〜〜っ!!)
ドキドキしている心臓の音が、やけにうるさく聞こえる。
「やれやれ。兎も角ですね、試験を受けて頂ければどちらかはっきりするんですから、受けられるって事でいいですね?」
肩を竦めつつも、さくっと流れを切り返したシェダに、
「!は、はいっ!」
反射的にシアは頷き、
「………。わーったよ」
はぁーとため息を付いて渋々了承するアルド。
「では、今日はこれでお開きにしましょう。もう遅いですしね。二人とも、泊まっていくのでしょう?」
当然のようにそう告げて、にっこりと微笑んだシェダの顔を思い出し、はぁとため息を付くシア。
ここは数ある客室用の部屋のひとつ。
客室用と単に言っても、その室内は豪華としかいいようがなく、こんな機会は滅多にないだろうから心行くまで堪能したいところなのだが、今は別の問題が大部分を占めていて、とてもじゃないがそんな気分にはなれない。
シアの目の前には、アンティークな電話が一機、大きなベッド側のチェストの上に燭台と共に備え付けられており、その燭台だけが灯る薄暗い部屋の中で、先程から受話器を取ろうか取るまいか、手を出したり引っ込めたりしているのだが、一向にその先に踏み込めないでいる。
「さっさとかけちまえよ」
「きゃあぁっ!?」
いきなり後ろから掛けられた声に驚いて、ベッドからずるりと転げ落ちるシア。
「ななな、なにっ!?」
少々パニック状態になりながらも、シアがベッドを振り仰ぐと、
「……なにやってんだよ、お前は」
呆れ顔のアルドがひょっこりと出てきて、ついでに伸びてきた二本の腕が軽々とその身体を持ち上げ、ぽすっとベッドの上に戻す。
「あ、ありがと……」
なんとかお礼を言うものの、はっと今の状況を思い出し、
「ってな、ななななんで此所にっ!?」
ずささっと端に寄りながら、乱れたバスローブを直しつつ答える。
「なぁ〜にイシキしてんだよ?安心しろ。俺に幼女を襲う趣味はねぇ。どーせ抱くならもっとふっくらしたのが」
「っ!最低っ!!」
「ぶへっ!」
にやにやしているアルドの顔面に枕を投げつけ、ぷいっと背を向けるシアだが、心臓がバクバクとうるさいくらいに高鳴っているのに戸惑って、どうしたらいいのかわからない。
アルドにしたって、自分と同じでバスローブ姿なのだから、アルドにその気がないにしても(勿論シアには絶対にないが)絶対に何もない、とも言い切れない。
(〜〜っっ!なんでそんな格好で来るのよ〜〜っっ!!しかも女の子の部屋にっ)
と、シアが胸中で喚いている間に、ピポパ…とダイヤルを押して電話を掛けてしまうアルド。
「な!?なななにを」
「ほい」
「えぇえっ!?」
慌てて電話を切ろうとするシアだが、ひょいっとアルドに受話器を投げられ、反射的にそれを取ってしまって更に動揺するが、もう遅い。
『シアリートですかっ!?』
「は、はいぃっ!?」
受話器から聞こえてきた切羽詰まった声に、即答で答えてしまう。
『っ!……本当に、シアリートなんですねっ?』
安堵したため息と共に、受話器から聞こえてくる優しい声音に、
「──っ、……心配、かけてごめんなさい──伯父上」
受話器を握り締め、震える声をなんとか抑えようとしながら、答えるシア。
どこかに力を入れていないと、今にも泣き出してしまいそうで……
『今まで一体何処に……、あぁいえ、いいんですそんな事は。こうして貴女が連絡をくれたんですから、無事でいるのでしょうし』
今にもシアの所に飛んでいきたいという思いを、一歩手前で留めつつ声をかけてくるスティリドに、
「……連絡、遅くなってごめんなさい。今日はもう、帰れないけど……週明けには、ちゃんと、帰るから」
なんとも言えない暖かな思いが込み上げてきて、震える声を、抑えきれずに紡いでしまうシア。
『シアリート……?』
「っ!」
心配気なスティリドの声にはっとして顔を上げるが、その拍子に零れた涙は、止まらずに溢れ出ていく。
『まさか泣いて……』
「なんでもないのっ!なんでもないから……っ、お、おやすみなさいっ!」
『シア』
これ以上、スティリドと話していることなんか出来なくて、一方的に電話を切ってしまうシア。
(う〜〜っ!やっぱりだめ!電話でなら、上手く言えると思ったけど……)
受話器に手を置いたまま、ぐるぐる考えているシアの耳に、
「なんとか?連絡取れたみたいでよかったな」
もういないだろうと思っていた人の声が届く。
「!!なっ!?なななんでまだいるの──っ??」
びっくりしながら(おかげで涙は引っ込んだが)、勢い良く振り返ったシアにあっけらかんと、
「なんでって……お前が離してくれなかったからだろ?」
下を指差し、告げるアルド。
「へ?」
間抜けな声を上げ、そのままアルドが指差す方をシアが追っていくと、
「!!!」
──しっかりと。
アルドのバスローブの裾を掴んでいる、自分の手があった。
どうやら、握り締めていたのは受話器だけではなかったらしい。
(!!!?ななな、なんでなんでなんで〜〜っっ??)
無意識に掴んでいたのだろうが、自分のした行動がわからなくて、パニックに陥っているシアに、
「……まぁ、いいか。初めからそのつもりだったし」
アルドはぼそりと告げて、ひょいっとシアを抱きすくめると、
「よっと」
「ひゃっ?あぁあのっな、なにっ!?」
共々ベッドに潜り込む。
「シェダの奴が明日いきなり試験だなんて言うから、お前、今夜は眠れないんじゃないかと思って、わざわざ添い寝しに来てやったんだよ」
「はあぁ!?なにそれ。そんな、そっ、添い寝なんていらな……」
なんで二人して一緒にベッドに潜り込まないといけないのか、そんな恥ずかしすぎる状況が理解出来なくて、頬を染めつつ喚くシアに、
「静かにしろって。そんなデカイ声出してたら、起きて来ちまうだろが」
ボソリと、しかし確実に聞こえるように、シアの耳元に唇を寄せて囁くアルド。
「っ!」
それにびくりと身体を振るわせ、ピタリと口をつぐむシアににやりと笑って、
「俺は別に、バレても構わないけどな?」
意地の悪いことを告げる。
「〜〜〜〜〜〜っ!!」
(な、な、なんて人なの〜〜っ!!)
頬を染め、うぅ〜っと目だけで唸るシアを見やり、
「ははっ!冗談だって。ほら、もう寝ろ。今日は疲れただろ?」
苦笑しながら、その手でシアの頭をぽふぽふと撫でる。
「む〜〜」
釈然としないシアだが、言われてみれば疲れているのは本当で、横になった途端、急激な眠気に襲われる。
「ふぁ〜…。確かに疲れた、かも……。アル、ド……眠る、まで……は……」
可愛らしい欠伸をしたかと思えば、コテンと頭を預け、すぅすぅと寝息を立て始めるシア。
「……大丈夫だ。側にいてやるよ……」
それにくすりと笑って、流れた前髪が目にかからないようにしてやるアルド。
しばらくその安らかな寝顔を見つめながら、頬をつついたりしていたアルドなのだが、あまりにも安心しきったシアのその寝顔に、
「……ったく。んな安心しきった顔で寝やがって。ホントに襲われても知らねーぞっ」
呆れつつぼそっと呟いてから、
「……しまった。これじゃ、俺が寝れねぇじゃねぇかよ……!」
心底情けない顔で告げる。
片手は腕枕よろしくシアの頭の下で、起こさずに腕を引っこ抜くのは出来そうにないし、シアの手がバスローブの襟元をきゅっと掴んでいるので、身動きすら取れない。
しかし、その仕草は可愛いとしか言いようがなく。
(……くそっ!こいつをハメるつもりが、ハマっちまったのは、もしかして俺の方か……?)
額に自由な方の手を当て、ため息をつく。
(……頼む。持ってくれよ、俺の理性……っ!!)
胸中でボソリと呟いて、シアの顔を見ないで済むよう、その身体を抱き寄せ、人肌の温かさを利用して強引に眠りに就こうとするアルド。
「………………………」
だが。
(〜〜〜〜〜っ!寝れるかっこんちくしょ─────っ!)
思いの外柔らかいその感触に、余計に気持ちが高ぶってしまって眠れやしない。
そうして、本能と理性とで葛藤しつつ、アルドの、拷問とも呼べる夜は更けていった──……