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始まりのその場所で8




 真っ暗な、闇の淵に沈んでいた。


 そこはまるで、元々自分の居場所であるかのように、居心地が良く。


 再び、微睡みに沈みかけた所で。


 誰かの叫び声が響いたと共に、一気に。現実へと引き戻される。


 最悪な状態で。


「いやあああぁぁ――っっ!!」


 あまりにも生々しいその感触に、悲鳴を上げる。


 脈動する肉を、喰い破り貫く、気持ちの悪い感触。

 温かな血が流れ、白のドレスを赤に染め上げながら濡れ乾き、身体にぴったりと張り付く不快感。


 そして何より――、ソレをしたのは自分であり、ソレをした相手が、アルドであったという事に、激しい嫌悪と恐怖を、抱かずにはいられなかった。


 今ここに、引き戻されるまでの記憶は、ない。

 闇に引き込まれてからの僅かな一時の後、眼前にかざされたチェイリルの手を見たが最後、暗い、微睡みの淵にいたという記憶しかない。


 だが、未だアルドのその身体を貫いたままの手も、流れ落ちていく血の温かさも、間近で響く、アルドの荒い息づかいを聞いているのも、紛れもなくシア(自分自身)で。


「……あ、……あぁっ……」


 その事を悟るや声が、身体が壊れたかのように震える。サァッと血の気が引いていき、膝がガクガクと笑って、足に、力を入れていられない。ずるり、そのまま崩折れそうになる。それを、


「……っ、……だい、じょーぶ……だってぇの」


 掠れる声で呟いて。シアの背に回した手に力を込めてしっかりと支え、ゆっくりと膝をつかせるアルド。

 アルド自身も、そっとその場に片膝をつく。


「っ!」


 その声を聞いただけで、その温かな手に触れただけで、涙が溢れ零れる。


「……さい……っ、……――ごめんなさい、ごめんなさいごめんなさいごめんなさいっ! ……ごめ……なさっ、わ、たし……っ!」


 優しい謳が溢れる中、涙を流し嗚咽混じりに、謝罪の言葉を繰り返すシア。


 傷付けたのは自分。そこに、自らの意思がなかったのだとしても。

 言われるままに自身を手離し、微睡みに沈んで。

 そこから抜け出す事もせず、逃げ続けていた結果が、これだ。


 自分さえ、消えてしまえば終わらせられると、そんな浅はかな考えが招いた、それがこの結末。


 どうして、何故。

 上手くいかないんだろう。


 ゛彼女″に、身体を返す事が出来ればいい。


 たった、それだけの事なのに。

 それだけが叶いさえすれば、他は何もいらないのに。


 この思い(自分)、さえも。


 ――それは無理だよ

「!」


 途端に、直接頭の中に声が響き。強い光が明滅したかと思った瞬間。

 シアの視界は、瞬く間に白に染まった。






(――ここ、は……?)


 瞑っていた目を開いて、不思議そうに辺りを見回し呟くシア。

 先程までいた闇の淵とは違い、真っ白な、ただ白い空間にシアは一人、立っていた。


 ――瞬くまでの一時の場所、かな?

(っ!?)


 すると空間に突如声が響き、驚くシアの目の前に、ふわりと光が舞い集まり。その光と共に現れたのは。


 自分と、瓜二つの少女。


 その顔ににこやかな微笑みを浮かべている以外は、違いなど見当たらない程、そっくりな。


(――シア、リート……!?)


 思わず呟くと、その少女、゛シアリート″はにこやかに笑って。


 ――最後に、会えてよかった

(……さい、ご……?)


 言っている事の意味がわからず、首を傾げて呟くシアに、゛シアリート″は苦笑して。


 ――お母さん達が、儀式を完成させたんだよ。゛五人分″の命を対価にね。゛私″は元々、(カケラ)だけの存在だったから、分解速度が遅いみたい。……でも、この状態を保っていられるのも、そう長くはないと思うから

(そんなっ……!)


 ゛シアリート″の言葉に声を上げるシアだが、その身体が先程よりも、薄れてきているのが見えて。刻一刻と、゛その時″が迫っている事を告げていた。

 どうしようどうしよう――! 刻の迫る中必死に思考を巡らせていたシアが、はっと閃いたように顔を上げ、


(……っそうだよ! それなら私とっ、゛シアリート″が入れ替われば……!)


 そう告げるが、゛シアリート″はそれに緩く首を振って。


(――どうしてっ……!)


 目に涙を溜めて訴えるシアに苦笑して。


 ――私達が、゛ひとつ″でいられた時間は、もう終わったの。シアだって本当は、もうわかっているでしょう? ……゛ちゃんと見て″


 ふるふる、首を振るシアの、涙で濡れた頬をそっと包んで、゛シアリート″は微笑む。

 それは、涙で滲む視界でも、当たり前のようにはっきりと見えた。


 アイリード(父親)と同じ、濃蒼の瞳。


 (そら)よりも、尚澄んでいるかのような

 海の青より、尚深い――


 ゛シアリート″の、その瞳。


 シア(自分)の(オッド・アイ)とは、違うモノ。


(……っ……)


 涙が、溢れて溢れて止まらない。


 本当はもう、ずっと前から゛解っていた″。

 シア(自分)の望みが叶わない事も、゛シアリート″(彼女)が既に、この身体に゛戻れない″事も。


 ゛シアリート″が死んだからこそ、゛自分″が内部(なか)から、出て来る事が出来たのだから。


 でも、それを認めたくなんかなくて。


 十二年前、゛シアリート″をこの場所に導いたのは、自分。

 ゛シアリート″の魂に抱かれ守られ、微睡みの中にいながら、降り注ぐ声に言葉を返して。


 それが、゛シアリート″からのものだと、気付きもせずに。


 ゛シアリート″(彼女)を殺したのは、紛れもなく自分だった。


 たかが五才児の幼女に、あの時、何か出来よう筈もないのだから。


 外部(そと)に引っ張り出されて初めて、その事を悟って。


 ゛彼女″の代わりとして居たとしても、それがずっとずっと――後ろめたくて。


(……っ、――うぅっ……)


 頬を濡らす、涙は止まらない。

 そんなシアを゛シアリート″はきゅっと抱き締め。


 ――゛私の代わり″っていうお母さんの言葉を、もう、信じてなくていいから……。シアは、シアとしてちゃんと゛生きて″。折角、その身体をあげたんだから、ちゃんと幸せに生きてくれなくちゃ、困るよ

(……ない……いらないっ! いらないよ私は……っ!)


 ゛シアリート″の言葉に、叫ぶかのように告げるシア。それに苦笑して、


 ――生まれたのは同じだったけど、別たれた゛あの時″、シアは初めて゛目覚め″たんだもんね。……ごめんね、気付いてあげられなくて。でも私が逝けば、どのみちシアのものになる身体だったんだよ


 だからそんなに自分を責めないでと、全てをわかっているかのように゛シアリート″は優しく告げて。


 ――もう、行かなくちゃ


 そっと、その手を離す。


(……待って! だめだよっそれなら私が――……!)


 それにシアが叫ぶが、゛シアリート″は、穏やかに笑って。


 ――大丈夫。シアはきっと大丈夫だから。貴女はもう、一人なんかじゃないんだから……自分をちゃんと、信じてあげて


 光に、溶け込みかけながら呟く。


 ――゛私達″が、焦がれたモノは同じだったんだよ? 今のシアならもう、わかってるでしょ? 伸ばせばその手が、届くんだってこと

 それに私は、シアにちゃんと゛生きてて欲しい″

 だから――……


 最後ににこりと、まるで花の蕾がほころぶかのような笑顔を向けて。

 現れた時と同様に、光の中に誘われ。

 ゛シアリート″は、ふわりと消える。

 沢山の、光の粒子を引き連れて。


(……゛シアリート″――っっ!!)


 白の世界に、シアの叫びが響き渡り。

 次の瞬間、弾けるような光と共に、シアは現実へと引き戻された。






「……ひっく、ひぅ……っ、……うぅっ……」


 光の粒子が舞い降る中。

 シアの、すすり泣く声が響く。


「…………」


 そんなシアに、黙ってアルドは胸を貸し、その背を擦り頭を撫でる。


「……言わなきゃ……いけない事がっ、あった筈、なのに……っ……なにもっ……なにも言えなかったっ……!」


 しゃくり上げながら呟くシア。


「……私が……っ、わたしが彼女を……――たのにっ……! ……わたしがっ、この身体を……使ってていいハズが、ないのに……っ」

「――でも、あげるって言われたんだろ?」

「っ!?」


 突如発せられたアルドの声に、びくりと肩を震わせるシア。そんなシアを労るように、アルドは優しく頭を撫でて。


「お前は゛許された″んだよ。――いや。本当はもっとずっと前から、許されてたんだ。そうじゃなきゃ、ティアとアイリが、お前の傍にいる筈ねぇだろ?」

「……どう、して……」


 呟くシアに苦笑して。


「……悪りぃ。゛繋がって″たから視ちまった。だけどな、シア。゛シアリート″もティアもアイリも、シア(お前)に殺されただなんて、これっぽっちも思ってやしねーよ。そんな奴らじゃねぇよ、アイツらは。俺様が保証する」


 ニッと笑って告げてから、穏やかな瞳でシアを見つめ、続ける。


「……だから、だからシア(お前)は、自分をもう許していーんだ。誰かに引け目を感じたりする必要なんか、ねぇんだよ」

「……――っ!」


 アルドのその言葉に、自身を取り巻いていた不可視の鎖が、枷が。

 バキンッと外れ、粉々に、崩れ去ったのを感じ。

 それと同時に、もう絶対に、彼らに会うことは叶わないのだと、悟って。


「……っ、……ぅあ……っ――わあああああぁっ!!」


 光が舞う中声を上げて。

 全てを吐き出すかのように。


 シアは、涙が流れるままに泣き叫んだ。



 流れ落ちる涙が空に舞う粒子に反射して、キラリキラリと輝いた。





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