始まりのその場所で7
壁の向こう。
ただの人形と化したナシグに剣を向けたまま、さてどうしたものか、と思案するシェダだったが。
「……――――っ!!」
突如、その身体が傾ぎ。
「シェダ様っ!?」
――シェダイス!?
皆の注意がシェダに向いたその隙に。ナシグはふわり、そこから抜け出す。
「! 逃がしませんわっ!」
それに、エレミアが細剣を構えながら距離を詰めようとするが、
「ぎぃゃああぁああああああ――っ!!」
チェイリルの絶叫が轟き。
「姉さんっ!?」
その絶叫に瞬時に反応し、ふっ、とその場から溶けるようにして消え去るナシグ。
「あっ!?」
声に驚き一瞬身を固めたエレミアが、しまったという声を発したと共に。
「いやあああぁぁ――っっ!!」
今度はシアの叫び声が響き。
「!」
「シアリートっ!?」
――シア!?
響き渡った叫び声に、驚き顔を見合わす面々の中。
「――っう……!」
呻き声を上げ、ついにガクンとその膝を折るシェダ。
゛脇腹″と゛肩″の部分が、みるみる血の赤に染まっていく。
「シェダ様っ!」
それに声を上げ、よろよろとしながらもシェダに駆け寄っていくカラミス。カラミスの声にはっとして、エレミアもシェダの傍へと膝をつく。
「……一体何が……」
「そんな事より早く治癒を! シェダ様、御身失礼致しますわっ!」
服に広がる血を見やりながら呟くカラミスを制して、叫ぶかのように告げ、エレミアはシェダの服を剥ぐ。
――あら、大胆♪
――ティアちゃん……茶々いれないの
――ごっめ〜ん☆
「…………」
「…………」
ふよふよ、周りを漂うリーティアとアイリードの声など聞こえていないかのように、エレミアはシェダの腹部を、カラミスはその背を凝視したまま固まる。
刃物ではない゛何か″に、前から後ろへ、貫かれたかのような――……穴が、その身体には開いていた。
直前まで傍にいたナシグが、妙な動きをしたような素振りなど、なかったというのに。
突如現れたその傷に、息を飲む。
「……――私、の事はっ……いい、ですから……。……っ、は……わたし、よりっ……シ……ア……をっ」
「っ! そんな事っ、出来るワケがありませんわっ!」
苦しげに眉を寄せ、掠れる声を発するシェダにはっとして、叫ぶようにして告げて。
「我、望むは天よりのひと匙の恵み。温かな御手より降る光。――癒天光恵」
エレミアが言の葉を紡ぐと、傷口にかざした手から、キラキラと光が降り注ぎ。その光は傷口を被い、癒していく。
ふとシェダの背後を見やれば、おっかなびっくり、カラミスが背中の傷に手をかざし、癒しの光を降らそうとしている所だった。
それを見つめ、リーティアとアイリードは目配せし合ってこくりと頷き。
――シェダの事、頼めるわね?
リーティアがカラミスとエレミアを見据え、訊ねる。
「……ティアっ……な、にをっ……」
それに、声を上げたのはシェダだったが、続く言葉をそっと制して、カラミスとエレミアをじっと見つめるリーティア。
その瞳には、決意の光が宿っていて。
リーティアの傍らにいるアイリードが、すまなさそうに微笑みを返し。
それは、これから起こる事を、否応無く予感させるというのに。
留める手立てが、自分達には無いに等しく。
どう考えても、リーティアとアイリード、二人に壁向こうに行ってもらうのが、最善だという答えしか出ない。
それが、゛別れ″になるのだとしても。
響いた悲鳴から察するに、事は急を要する。これ以上――、長引かせる訳にはいかない。
自分達が助けるべきものを、゛間違って″はいけない。
「……っ……」
「…………っ!」
歯を食いしばり、唇を噛み。カラミスとエレミアは、ごく小さく。僅かにこくりと頷いた。
それにありがとう、とリーティアは微笑み、二人の額にキスを落とし。
アイリードは相変わらずすまなさそうな顔をして、カラミスから、カラミスが゛捕まえたモノ″を受け取る。
゛シアリート″、その心を。
それを、大事そうに手に包み。
――それじゃ、シェダの事よろしくね
さらりと告げて、ヒラヒラと手を振り。ふわりと、リーティアとアイリードが壁の先に至ろうとしたその時。
「……またっ、……私に……私、たちに……っ、ぐ……喪わせる、とっ……いう、の……ですかっ……!!」
掠れた、シェダの。声が届く。
「……貴方っ、たちを……っ! …………にっ、ども…………っ」
「シェダ様、動いてはいけませんわっ!」
「そ、そうですよっ! じゃないと傷口が……!」
ズルリ、二人の元に行こうとするシェダを、エレミアとカラミスが、抱き付くようにして止める。
そうしないと――……自分達まで、叫んでしまいそうだった。
「……――喪えとっ……いうの、ですかっ……!」
苦痛に耐えながら、絞り出されたその声に、ゆっくり、リーティアは振り返って。
――゛わたし達″はもう、現世の者ではないんだもの……。わかっていたハズでしょう? 今、此所にこうして居られる事こそが、奇跡のようなモノなんだって
静かに告げて。ふわり、微笑み。
さっとシェダ達に背を向け、アイリードの手をそっと握って。
一息のもと、ふっ、とその場からかき消える二人。
微かに、霧の片鱗だけを残して。
「……――――っ!」
それを掴むかのようにして伸ばされたシェダの手は――……、二人に届く事はなかった。
「――さんっ! 姉さんっ!!」
ナシグの叫びのような、必死の呼び掛けが響く。
その細い腕の中、ぐったりと横たわるのは、髪も服も焼け焦げ、火傷と煤でボロボロになったチェイリルだ。
その瞳は未だ閉じられたまま、ナシグの呼び掛けに答えはなく。
「姉さんっ、ねえさんっ!!」
しかし、゛透け始めた″その身体でなんとかチェイリルを支え、ナシグは懸命に呼び続ける。
どう見てももう、助かりはしない。
自分の身体に起こっている事態からしても、それは明らかだ。
ならばせめて――……ひと目でも、と。祈るように。
そこに、リーティアとアイリードがふわりと降り立ち。
――随分、派手にやられたものねぇ
「っ!」
やれやれといった感じで告げるリーティアに、ナシグはチェイリルを庇いながら、ギッと鋭い視線を投げ。
それをただ、リーティアは静かに見つめ。
――アルド(あっち)はあっちで大変みたいだし、僕達は僕達だけで、終わらせるとしようか? どのみち最初から、そのつもりだったんだしね
ちらりと遥か後方のアルドとシアを見やり、視線をチェイリルとナシグに戻して、柔らかに呟くアイリード。
さらさらさら
四人の周りを、突如現れた霧が包み込み覆い隠していく。
「……くっ!」
――そんな容姿じゃシグに何かする事なんて、゛もう″出来ないでしょ。言っとくけど、霧は゛わたし達自身″なんだから、シグ(あんた)の逸脱した゛魔法無効″(デリート)、は効かないわよ?
身構えるナシグに、リーティアはさらりと告げて。
――さぁ、儀式を始めましょうか? 元々、そのつもりだったんでしょう? 此所の魔力全部使って、゛わたし達五人″を対価に、世界を修復しようじゃないの
自らを構成しているリングをひとつ、ふたつと。幾何学的に配置していきながら、リーティアは笑う。
「っ!?」
それにびくり、身体を震わせるナシグ。掠れる手で、必死にチェイリルを抱き締める。
チェイリルの源はナシグであり、ナシグの源はチェイリルである。
あの時(過去)の対価はお互いであり、更にナシグは、チェイリルが四季の系統としていられるように、自身の四季の力をも差し出した。
それらは互いを生かす為のものでありながらに、互いを縛りつける鎖と同意。
変わりに逸脱した力を得たとはいえ、それはチェイリルが正常にそこにいてこそ行使できる力で、互いが互いを支えられない今のような状況下では、全くもって意味をなさない。
バランスの崩れた天秤は、そのまま傾いでいくしかない。
今やナシグは、子供の頃の、何も出来ない無力な子供同然だった。
ことり、ことり。
謳うように言の葉が紡がれ、リングが幾何学模様を成していく中、次第に感覚が無くなり、向こうが見え出した手で、ぐったりしたままのチェイリルをかき抱くナシグ。
このままじゃダメだ。このままでは、チェイリル(姉さん)まで消えてしまう。せめて、せめてチェイリル(姉さん)だけでも――……と思考を巡らしているナシグの頭に、ふわりと温もりが乗せられる。
「…………えっ?」
それに驚いてナシグが頭を上げると、うっすらと目を開け、柔らかに微笑するチェイリルの姿が目に入った。
「姉さんっ!」
叫ぶナシグ。
そんなナシグに、にこりとするチェイリルの唇が、微かに動く。喉をやられているのか、それは声にはならなかったが、ナシグにはなんと言ったのか、理解出来ていた。
また泣いているの?
それに首を振る。しかし、頭から頬へと添えられた手が、その指が目元を拭った感触に、いつの間にか自分が泣いていたのだという事に気付いて。
自分がどうして泣いているのかなんて、わからない。――だけど。
大丈夫。私が守ってあげるから
微かに唇を動かして微笑むチェイリルを、ぎゅっと抱き締めるナシグ。
「……もう、守ってもらわなくても、いいんだ……」
どうしてそんな事を呟いてしまったのか、ナシグにはわからなかったけれど。
チェイリルの微笑みを見てなにか温かなモノが、生まれたのは確かで。
涙が、頬を伝う。
もう感覚がない。ちゃんと抱き締められているのかすら、わからない。
境界がない。互いを隔てていたモノなど、初めからなかったかのように混じり。
後はただ、互いに溶けて消えてしまう感覚だけが、そこに在る。
一瞬、光が鼓動するかのように明滅する。
ことり、ことり。
リングが置かれていく度に、光が溢れ、満ちていく。
ことり、ことり。
陣が完成に近付くにつれ、鎖が外れ、解き放たれる。
ことり、ことり。
緩やかに、崩壊し再生する周囲と共に。
ことり、ことり。
暖かなモノに包まれて――……
こと、ん。
もうそこに、意思と呼べるモノなど無く。
想いは力となって、世界に巡り広がる。
沢山の光の粒子を引き連れて。
゛世界″を修復する為の、光が満ち、溢れていく。
最初に願った想いのもと。
幾数もの光の筋が世界を包み。
傷を癒し、治していく。
光が――弾け、降り注ぐ。
柔らかに、緩やかに。
それは世界に染み渡り、広がっていく。
溢れる光が、世界に舞う。




