始まりのその場所で3
チェイリルの一声が周囲に響いたと同時に、黒の壁が荒野を二分する。
「なっ!?」
それに、シェダ達から驚きの声が上げられるが、驚いている暇などない。
チェイリル、シア、アルド達三人と。
ナシグ、シェダ、カラミス、エレミア、リーティア、アイリード達六人に。
土が盛り上がるかのようにして出現した黒壁に、あっという間に分断される。
――くっ!
二つに完全に隔たれてしまう前に、リーティアがなんとか声を滑り込ませる。
――アルドっ! あんたは、゛こっち″側に寄りすぎなのっ! だから――……
しかし、その声が全て紡がれる前に、アルドの姿が、黒の壁に阻まれ視界から完全に外される。
「別れさせられたっ!?」
ズズン、地響きで足元がぐらつき揺れる中、いきなり直下立った黒壁に走り寄りながら、エレミアが声を上げる。
手を付いたそれはもはや、元々そこにあったかのように、強固な壁と化していた。
――ま、当然よねぇ。でも、アルド(あいつ)ならまぁ大丈夫でしょ
――それに、別れくれて、助かったのは事実だしね。二人一緒じゃなくて本当によかったよ
壁に取りすがるエレミアの横で、リーティアとアイリードが小さく囁く。
「……ここまではアルドの読み通り、ですね」
突然の壁の出現によってはっと我に返ったシェダは、そんな二人に囁き返し、さて、と言った感じでナシグへと向き直る。
先程の恐怖が、完全に消えた訳ではない。
だがこんな所で、死んでやる気など更々ない。
自分達には゛約束″があり、それは、こんな所で違えていいモノではない。
それに――、゛皆″がいるのだ。
一人ではないなら、負けるなどある筈がない。
ぐっと、柄を持つ手に力が入る。
そのままちらりと皆を見やれば、不敵な笑みを向けながら、力強く頷き返してくれた。
それに、シェダもしっかりと頷き返し。
すっ、と向き直り眼前を見据える。すると、壁際から離れたエレミアが、そっとその隣に並び立つ。
動揺の色がないとは言えないが、その口元には笑みが浮かび、その碧眼には、強い光が宿っていた。
チャキリ、細剣を構え直す。
「……怖くは、ありませんか」
その横顔に、声をかける。それに、エレミアは笑みを絶やさずに答えた。
「まったく怖くありませんわ……と言ったら、嘘になりますけれど。でも……負けてやる気はありませんの。私は、シアリートを連れ帰ると、誓ったのですから」
どうやら、エレミアも思いは同じだったらしい。
「そうですか、ならば結構。では――予定通り、いきますよ」
「ええ!」
それにシェダはしっかりと頷き、エレミアも力強く応じる。
――カラミスはわたし達にまかせて
――落ち着いてやれば出来るから。ナシグ(彼)の相手は頼んだよ
「……無理は、しないでくださいね。エレミア、君も」
頷き合う二人に、リーティアとアイリード、それに、カラミスが各々声をかける。
「……来ないの? なら、此方から行くよ?」
と、そこに無機質な、抑揚のない透明な声がするりと入り込み。
声にすると同時にふわり、流れるように白の少年、ナシグがその身体を移動させる。
それを追うようにして、シェダとエレミアは強く地を蹴り、駆け出した――……
ギイィン、ガキンッ
硬質な音が響く中、リーティアはその様子を、片時も目を離すことなく、じっと見つめていた。
精霊の力を纏い、剣を振るうシェダと、両手の細剣と魔法を駆使して戦うエレミアと、それを、眉ひとつ動かす事なく得物すらも持たず、かわし、受け、弾くナシグ。
それを――、リーティアはじっと見つめている。
先に、カラミスとエレミアを捕らえていた際、手に帯びていたのは濃縮された魔力の塊。それを、あの時は刃に変換していたのだろうが、今は、それをその身体全身に纏っているかのようで。
「やあっ!」
一声と共に突き出されたエレミアの細剣の切っ先が、ナシグの肌に触れる寸前で阻まれ、ガキンとかん高い音を響かせる。
――全身、不可視の鎧を纏ってるってワケか。ちょっと厄介ねぇ
それを見てやれやれ、肩を竦めるリーティア。
――でもま、やれるだけの事はやらないと、ね
ボソリと告げて、すぅと目を閉じ紡ぎ出す。
――ひとひらに、舞うは小さきものなれど。束ねしは、一片より遥かなるもの。我望むは、彼者らの支となりうるもの。――支片舞装
リーティアが言の葉を紡ぎ終えると、リーティアの力によって生み出された欠片が、キラキラと舞いシェダとエレミアを包み込み、一時ほぅと発光してから、すうっと溶け込むようにして消え失せる。
それに、一瞬だけシェダがリーティアに視線を送り、リーティアはそれに、にこりと笑みを返した。
(……きっと、わかってくれる筈)
内なる思いが届くようにと。
「……なんらかの付加がかかった、か。まぁ、僕には関係ないけどね」
その一部始終をただ静かに見つめ、一の剣を避け、二の剣を不可視の鎧で弾き、三の剣を受け流しながら、ぽつんとナシグは呟く。
その表情はやはり、無表情な人形そのものであった。
「っ!」
それに、一瞬ぞくりと悪寒めいたモノを感じたエレミアだったが、直ぐ様気を取り直し、自らの剣に、眼前で舞う白き敵に、意識を集中させるのだった。
戦いはまだ――、始まったばかり。
眼前で、目まぐるしい攻防が繰り広げられている中。
「……っ、ぐぅ……っ!」
カラミスは、幾度となく襲い来る不快な感覚に、必死に、堪えていた。
そんなカラミスに、すまなさそうにアイリードが告げる。
――ごめんね。本当なら、僕達がやらなきゃいけない事なんだけどね……。゛今の″(状態の)君にしか、出来ないんだ
――ちゃんと僕も、手伝うから。さぁほら、頑張って
「……あ、たり……前ですっ! それに――、僕は……誓った、んです、よっ……!」
膝をつき、肘をつき。
地面に這いつくばった状態になりながらも、汚れた手を握り締め絞り出すようにして、カラミスはなんとか言葉を紡ぐ。
「彼女を――、゛シアリート″を、助ける……んだって……! だ、からっ……こんな――所、でっ……負、ける、ワケには、いかな……いんです……っ!」
言葉を発している最中でも、荒れ狂う周囲の魔力がカラミスの感覚機能を、悪戯に波立たせ逆撫でていく。
その度激しい目眩に襲われ、堪えきれずに嘔吐を繰り返し、力なく地に伏すカラミス。
揺れる視界。ふらつく身体。ちゃんと力が入っているのか怪しい手足でなんとか踏ん張り、それでも尚、眼前からは決して、目を逸らさない。
やる事はひとつ――。
それが見えているのなら、それだけの為に、動けば、進めばいいだけだ。
今の状態が吉と出るなら、目眩になんて、いくらでも堪えてみせる。
「……っ……」
口元を拭ってカラミスはひたと、芯の通った蒼紺の目で、眼前を見据える。
それを見つめ、アイリードはそっとカラミスの肩に゛手を置き″。静かに呟く。
――それじゃあ、もう一度行くよ? 準備はいいね?
そう訊ねてくるアイリードに、返答の代わりにとでも言うように、カラミスはそっとその瞳を閉じるのだった。
今再び、三つの力が渦巻く、荒れ狂うモノのその元へ、辿り着く為に――……




