殻の檻12
――あの子達は、真の努め(それ)を知ってる。それにその命が――、他者の命でも可能、だという事も
『なっ!?』
驚き声を無くすカラミス、エレミア、シェダの三人。アルドはというとやっぱりな、という表情をして頭を掻いている。
――だからこそ、襲撃してきたんだしね。゛わたし″の命を使って、世界を癒す為に
「……そんな……」
リーティアの言葉に、エレミアが震えながら口元を被う。
「……どうして貴女が? それに、何故そんな事を……」
訝しげに訊ねてくるカラミスに、リーティアは苦笑する。
――゛世界″を傷付けたからよ
呟いて、続ける。
――あの儀式で、四季の者である、世界を護り癒す筈の存在であるわたし達が、世界を汚し、深く傷付けた……。だからその代償は、じぶん達で支払わなければならないのよ
「……それが……命で、だって言うんですか!? 貴女のっ!」
「……そんな――、そんなのおかしいですわよっ!」
リーティアの言葉に、それを否定する言葉を投げるカラミスとエレミア。しかし、それにリーティアは苦笑を浮かべるだけで。
――それがその者の命だったり、魔力だったり、その存在だったりと、皆が皆、同じって訳じゃないわ
「――そういう事を、言っているんじゃないんですっ!」
「そういう事では、ありませんわっ!」
リーティアの言葉に、カラミスとエレミアが叫ぶ。
しかし、やはりリーティアは苦笑するのみで、傍らにいるアイリードも、静かに目を伏せているだけ。
アルドはというと我関せずと傍観を決め込んでおり、側にいるシェダも、この事に関して口を挟む気はないらしい。
その事を敏感に感じ取って、カラミスはぎゅうと拳を握り、エレミアは唇を噛んで俯く。
訊いても無意味な事なのだと、納得はこれっぽっちもしていないが、そう頭に理解さ(言い聞か)せる。
そんな二人を静かに見つめ、リーティアは更に口を開く。
――ごめんね。二人の思いは、よくわかるけど。でも……わたし達にはもう、どうする事も出来ないから
「…………」
「…………」
それに、コクリとだけ頷く二人。
暫し、沈黙が流れ。
「それで、だ」
その雰囲気を打ち破るように、アルドが口を開く。
「初めの話に戻るワケだが」
「――足りない、という話ですね」
アルドの言葉を補足したシェダに頷いて、リーティアが言葉を続ける。
――行うのが、゛過去の再現″ならば当然、その時その場にいた全員が、揃っていなければ意味はないの。複数で行っていた術式を途中で中断された後、その途中の術式を再度始める際、その時共にいた者達同士でなければ、術を発動することはおろか構築することすら出来ないのと同じように
――゛あの場″には、彼女らの他に、僕達もいたからね
リーティアの後を引き継ぐように、アイリードが続ける。
「そう、か。それなら、貴方達が揃うまで、彼女達がシアリートに手出しする事は出来ない」
「ですが……儀式を始めたのは彼方の方々なのでしょう? ならば、知っていた筈ではありませんの?」
アイリードの言葉に納得したように頷くカラミスに、エレミアは訝しげに呟く。
エレミアのその疑問に、さらりとアルドが答える。
「同種間の力ってのは、基盤が同じであるがゆえに、読みにくいんだよ。それが見事合わさった時の力は計り知れないがな。ほれ、敵の力は敏感に感じ取れたりするだろう? 自身の力とは異なるものなんだから、そりゃそうだよな。だからそれとは、逆の感覚ってこった」
「同じだからこそ、逆に手に取るようにわかったりしそうですけど……?」
小首を傾げて最もな事を言ってくるカラミスにも、アルドはさらり、告げる。
「常なら、そうなんだろうがな。それが同種間での、利点でもあるワケだし。だがな……良くも悪くも、あのガキ共やティアとアイリ(コイツら)は、混じりすぎてて分かりにくい上に、四季の者であるがゆえに、感じ取りにくいんだよ」
近くにいすぎたってのもあるだろうけどな、と付け足してアルドは続ける。
「四季が切り替わるその瞬間を、太陽が昇り始める時刻を、正確に感じ取るなんてお前らには無理だろ? 移ろい始めたものを、昇り出した太陽をこの目で捉えて初めて、そうなんだと感じる。流れてから感じられるのがお前らで、流れる前の瞬間を捉えられるのが四季の奴らなんだよ。えぇとだから、何が言いたいかってーと」
――あるものをあるがままに感じるのは容易いけど、それがそうじゃないと感じるのは難しい、という事ね
「……えぇと……」
「つまり……」
各々の言葉に耳を傾けつつ呟くカラミスとエレミアに、シェダがにっこりして告げる。
「当たり前のものこそ見落としやすい、という事ですね」
「さっすがシェダ。とまぁ、そーゆーワケで、あのガキ共はティアとアイリが、シアの内部にいなかったって事に、気が付かなかったのさ。ま、もういい加減気付く頃だろうが」
シェダの分かりやすい言い方にパチンと指を鳴らして続け、アルドはさぁてと、と言って立ち上がる。
「んじゃまぁそろそろ、乗り込むとするかぁ? どーせ俺らが行く事はわかってんだから、向こうは待ってりゃいいだけなんだしな」
「えっ!? で、でもどうやって……」
「彼方さん方、たどり着けないって仰ってましたわよね?」
驚くカラミスとエレミアに、アルドはニヤリとして告げる。
「だぁから。ティアとアイリ(コイツら)使うんだってぇの」
――ま、そりゃそうよねぇ〜。それが一番手っ取り早いし。でも人使い……思念使い? がちょっと荒いんじゃないの〜?
――思念使いって。でも僕達には、導くくらいしか出来ないよ?
それに、リーティアは仕方ないなぁ、とため息を吐き、アイリードはそんなリーティアに苦笑してから首を傾げて訊ねる。
それにニヤリとしたままアルドは告げた。
「十分だっての。大体、こんだけ魔法使いがいるってのに、やってやれねぇ事はねんだよ。それに、俺様を誰だと思ってやがんだ」
「あーはいはい」
ふんぞるアルドをさらりと流すシェダ。
そんな二人を横目で見つつ、カラミスとエレミアはひそひそと話す。
「……なんか、大変な事になっちゃったね」
「そうですわね。でも……ここまで来たら、もう行く所まで行くのが道理ですわ」
「シアリート、助けたいしね」
「ええ」
お互いにこくりと頷き合い、カラミスとエレミアはそれにしても……とアルドとシェダに視線を移し。
どう見ても反対だよなぁ、と胸中で呟く。
そんな二人に、アルドは声を投げる。
「おらお前ら! 始めんぞ!」
「あ、はいっ!」
「わかりましたわ」
それに声を返し、指示された場所に円陣を組むようにして立つ。
東西南北に向かい合わせに一人ずつ立ち、その真ん中に、リーティアとアイリードがフワリと浮かぶ。
「いいか? お前らは自分達を中心に、周囲に力を拡散するだけでいい。そうすりゃ後は、二人がなんとかしてくれる」
アルドのその言葉に、シェダ、カラミス、エレミアの三人はこくりと頷いて意識を集中する為目を閉じる。
そうするとふわりと風がなびき、仄かな光が周囲にちらほらと集まり出し、漂う。
――わたし達がなんとかって……すごい丸投げよね〜?
――まぁ、正確な場所知ってるの僕達だけだし。代わりに魔力提供してくれるんだし、アルドが要なんだから、まぁ良しとしとこうよ
魔力が十分に満ちるまでの間、おしゃべりに興じるリーティアとアイリード。
緊張感などまるでないかのように軽い。
「あ。そういやさぁ」
と、それに便乗するようにアルド。此方はそもそも緊張なんて二文字は、存在していないかのようにいつも通りで。
それにハラハラしているのは、シェダ並びに二人の子供達なのだが、気付いてすらいない。
アルドの問いかけに、何? と小首を傾げているリーティアとアイリードに、さらり、訪ねるアルド。
「シア(あいつ)、なんであんな頑ななんだよ? どー見たって、本人にしか見えねえってのに」
アルドが、どの部分を゛見て″そう言っているのか、今の二人にはとても良く、わかっていて。
目を反らすリーティアに代わって、アイリードが苦笑しつつ答える。
――まぁ、強いて言うならティアちゃんのせい、なんだけどね
――あ! アイリずるいっ! そんな事いって、なんにも言わなかったクセにっ
「あー、痴話ゲンカは他所でやれ他所で。んで? ティアのせいってのは?」
ぷくうと頬を膨らませたティアと、微苦笑を浮かべるアイリの間をサクッと割って、アルドは先を促す。
――うぅ〜。……だ、だからえぇと……その、ね?
じっ……と見やってくる黒の瞳に、あはは〜と笑ってリーティアはとある事を告げ。
「………………」
「刷り込みだ……」
「ですわね……」
「なんて事を……」
それに、アルド以外各々が呟いて、四人が四人とも、なんとも言えない微妙な顔をする。それに慌ててリーティア。
――だ、だって〜! まさかその時まで、気付いてなかったとは思ってなかったんだもん〜
「……だからって、お前なぁ……」
はあぁ、頭を抱え、盛大にため息を吐くアルド。
ガシガシ頭を掻いて、ぼやく。
「……ったく。もーちょっと言い方ってモンがあるだろうが。……まぁいい。シア(あいつ)をちゃんと、この世界に固定させればいんだから」
それをアルドが言うのか、という視線が注がれるが、どこ吹く風だ。
そうこうしている間に、周囲に沢山の魔力の光が満ち溢れる。
それを認め、アイリードが静かに言の葉を紡ぎ始める。
――集よりなる全は一。祖から分けらる個に全を……
それに、今思い出したとでもいうように、アルドがリーティアに訊ねる。
「あぁ、それと。シア(あいつ)って結局、゛何者″なんだ?」
――っ!
『?』
アルドの問いかけに、リーティアは驚いた顔をしてアルドを凝視し。
その言葉の意味を図りかねている三人は、首を傾げる。
さっきシアはシアだと言っていたではないか、と。
――わかってるんでしょうに。ほんと、意地悪いわよねぇ〜。わざわざわたしに聞くなんて
「シア(あいつ)に聞けねんだから仕方ねぇだろ? アレが鍵なのはわかってるが」
――ハァ。仕方ないわね……
リーティアはやれやれと肩を竦め。
――アルドと同じ、よ。まぁ、格は断然、あの子のが上だけど〜
悪戯っぽく笑って告げて、アイリードの紡ぐ詠唱の最後を共に紡ぎながら、アルドにしか聞こえない声で告げる。
――此方より彼方へ。繋がりし細糸よりその先へ。導かれしは悠久の箱庭。天人の楽園へ!
(――あの子は……゛世界″そのもの。そこより賜られた、ひと欠片)
――転移! 境郷庭園
リーティアの言葉に、アルドの目が見開かれたと同時に、最後の言葉が発せられ、浮かび上がった複雑な幾何学模様が幾十にも折り重なり、明滅し。
アルドがその口角をニヤリと引き上げたその時には、周囲を光の洪水が襲い、瞬きの後、彼らの姿は神山より忽然と消え失せた。
『――いったか……』
その終始を余さず捉え、奥に座していた龍はぽつり、呟く。
彼らが行った先を見据え、その目を細める。
『……随分と、難儀なものよ。人の子とは』
くわぁ、欠伸をしながら続ける。
『……どちらに転んだところで、我には無関係なことではあるが……』
風に、シェリティリアの花々が揺れる中、呟く。
『……アレは、なかなかに面白い……。それに、あやつ等との゛約束″を、違えるは本意ではないのでな……』
有事となったら手でも貸すか、と軽く呟いて目を閉じ、龍は何事もなかったかのように、微睡みに落ちていくのだった。
「あぁもうっ! ム〜カ〜つ〜く〜うぅ!」
悔しげに唇を噛んで、憎々しげに吐き捨てるチェイリル。
「大丈夫だよ、姉さん。どうせ、すぐあっちからやって来るんだから」
それを、ナシグがやんわりと宥める。
シアの内部が空っぽだったという事を、ここに来るまで気付かなかったのを、怒っているのだ。
その様子を、座り込んだままシアはただぼんやりと、眺めていた。
三人が今いるのは、人の世にして世ではない境界の場所。
全ての――、始まりの場所。
「でもま、そうよね〜♪ 仕方ないから、待っててあげるとしましょうか。観客がいなきゃ、盛り上がらないものねぇ♪」
ナシグに宥められ、気付かなかった事など些細な事と、機嫌を取り直したチェイリルはニヤリとした妖艶な微笑みを浮かべ、告げる。
これから始まる遊戯が、楽しくて楽しくて仕方がないとでもいうように。
くすくすくす……
チェイリルの笑い声が、周囲に響き渡るのだった。




