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殻の檻10




「……っ……」


 突然かけられた手に、息を呑むシア。

 その間に。


「君たち、ちょっとおとなしくしててよね」

「え」

「きゃっ!?」


 何処からともなく現れた真っ白な少年に、背後から捕獲されてしまうカラミスとエレミア。

 喉元に突き付けられた手刀は、魔力を帯びているのかじりじりと、二人の肌を焼く。


「へぇ。見事なモンだなぁ」

「関心してる場合ですかっ!?」


 それを見やり、ピュウと口笛を吹くアルドと、そんなアルドにすかさず突っ込むシェダ。


 どちらも迂闊に、身動き取れない状況に追い込まれてしまったワケだが、アルドは涼しい顔で笑い、視線をシアの方へと移す。


 しかし先程の言葉が頭から離れず、それに気を取られていたシアは眼前のやり取り等目に入っておらず。

 ボンヤリとしたままつい、問うてしまう。


「……ほんとう、に……?」


 それに、黒く歪んだ空間の裂け目から上半身だけを覗かせた少女――チェイリルはニヤリと微笑み、告げた。


「本当よぉ♪ ま、タダで、ってのは無理だけどねん」

「…………何が、欲しいの…………?」


「おいこらぁ! ナニ、敵の話に耳傾けてんだよお前はぁっ!」


 チェイリルの言葉に呟くシアの声を遮るように、アルドが叫ぶ。


「――外野は黙っててくれるかしらぁ? 今、この子と話してるのは私なんだから」


 それをさもうっとおしそうにチェイリルが呟くが、アルドはニヤリとして悠然と告げた。


「割り込んで来たのはそっちだろーが。大体、何処にでもホイホイ、湧いて出てくんじゃねぇよ」


「あ〜ら、ご挨拶ねぇ」


 それに、微笑を浮かべたままチェイリルは呟く。


「今の私達には、空間跳躍なんて造作もない事だもの♪ この子となら、尚更ね。それに――こんなチャンス、私が逃す筈ないでしょう?」


 ふふんと笑い、チェイリルはシアを抱え込むようにして抱き締め、告げる。

 挑発的な視線をアルドに投げつけながら。


「格好の(エモノ)ってワケか。ま、いーわ。今は、お前の相手してる場合じゃねぇからな」


 チェイリルの視線をさらりとかわし、アルドはひたとシアを見据える。


「おいこらシア! 耳の穴かっぽじってよっく聞け!」

「っ!?」


 一喝のようなその声にびくっと身体を震わせて、シアの紅と紫の()がアルドをそろりと捉える。

 他の面々も、一様にアルドを見やり。

 それに満足気に頷いて、アルドは続ける。


「いつの時代に、敵の言葉に耳傾けるヤツがいんだよ! シアリート自身にその身体を返すだぁ!? ンなモン、ろくなもんじゃねぇっての、わかりきってるだろうが!」


「しっつれーしちゃうぅ〜! そんなの、やってみなければわからないじゃな〜い♪ どうしてアナタに、そんな事がわかるのかしらぁ〜?」


 軽くあしらわれた事など気にも止めず、尚もニヤリとした笑みを浮かべたままチェイリルがそう告げるが、


「黙ってろ、クソガキ。たかが十数年生きてきただけの小娘に、ンな事易々とやられてたまるかってんだ。もし万一にやれたとして、どーせリスクがデカすぎるに決まってんだよ」


 そうだろう? と鼻で笑うアルド。


「うーわー、ムカつくぅ! やっぱアンタは、あの時潰しとくべきだったかもねっ!」


 その態度にカチンときてアルドに牙を剥くチェイリルだが、完璧に乗ってはいないようで、シアの身体にスルリとその腕を絡めさせる。


 そんな二人のやり取りを、シェダ、カラミス、エレミアの三人はハラハラした気持ちで見守っていて。


 チェイリルとアルドの視線が交錯する中、顔を俯かせたシアがポツリと呟いた。


「……私の望みは、それだけ……だから……」


 その言葉にチェイリルはニヤリとその口角を上げ、アルドはやれやれと肩を竦め、盛大にため息を吐いてみせる。


「この子の、望み通りになるのが一番、良い方法(事)だと思わない? それに、この子も了承してるなら、何もモンダイないじゃな〜い♪」


 くすくすと、笑いながら告げてくるチェイリルに、


「だからって、はいそうですか。なぁんて、頷けるワケねぇだろが」


 はあぁ、とため息つつアルド。その黒の頭をガリガリと掻きながら、続ける。


「まったく。どいつもこいつも、まだ毛の生えたガキのくせに、なんでンな生きにくそーにしてんだか」


 わからねぇなぁ、と付け足して、仕方ないとでもいうように、面倒臭げに告げる。


「本当に、それだけなのか」


 その言葉が、誰に向けてのものなのかなど、わかりきっていて。


「……そう、だよっ……」


 アルドとシア(自分達)に視線が注がれる中、シアはポツリと呟いた。それに直ぐ様返答。


「お前の、゛お(シア)としての″今までの時間は、そんな事の為だけに、消し去ってしまっていい、無くしてしまっていい、モノだってのか」

「っ!」


 言葉に詰まる。しかし、すぐにシアは口を開く。


「……私には、初めから……何もないもの。その為だけの、存在(モノ)なんだから……」


「じゃあお(シア)は、今まで何も、感じたりしなかったってのか? 喜びも悲しみも楽しみも痛みも――……何も、感じなかったっていうのか。お前の゛意思″は、何処にもないって?」


「……それはっ……」


 瞳を揺らし、再び言葉に詰まるシア。それを逃さず、たたみかける。


「何も、感じてないワケねぇよなぁ? 昨日泣いたのも、此所で俺達に見せてくれたのも――、お(シア)が、そう思ったからだろう? それが、お(シア)の意思じゃなくてなんだっていうんだよ? 過去(むかし)現在(いま)がどうあれ、今まで積み重ねて生きて来たのは、お(シア)だろ?」


「っ、わたし、私は……」


 呟くシアの言葉が聞こえていないとでもいうように、アルドは更に続ける。


「大体、ちょっとつつかれたくらいで揺れ動くような、そんな脆いモン頼ってんじゃねぇよ。頼るなら、もっと確実なのにしとけ」

「…………?」


 アルドのその言葉に、小首を傾げるシア。それに、アルドはニヤリとして告げた。


「例えば、俺様とか。ってかもう、俺様に全部任しとけよ。終わらせてやる。何もかも、な」


 ふんぞり返ってきっぱりとそう告げるアルドを、シアはポカンとした顔で見つめ。しかしその顔をくしゃりと歪ませると、掠れた声で呟いた。


「……無理……、だよ……。それが――、それだけが、私の、たったひとつの確かなモノだもの……っ」


 キラリ、その際流れたのは、一粒の涙。

 それを見つめ、胸を痛めるのはカラミスとエレミア。悲痛な表情で、ただただ、眼前のシアを見つめる。


「これだけ言ってもダメ、か。……あー、くそっ! 妬けるねぇ。どんだけデカいんだよ、゛シアリート″の存在は。あぁもう、仕方ねぇなぁ」


 はぁ、と息を吐き。頭をわしゃわしゃと掻き乱してから、やれやれとアルドは告げる。


「何を言っても、今は無駄みてぇだからな。この場はてめぇに預けてやるよ」


 アルドのその言葉に、今までただ、黙って聞いていたチェイリルはニヤリと微笑する。


「くすくす。残念だったわねぇ〜♪ で・も。貴方に預けられるまでもないわ。これは元々、決まっていた事なんですもの〜」

「いってろ」


 くすくす笑うチェイリルに毒付き、しかし直ぐ様ニヤリとした笑みを浮かべて、アルドは続ける。


「言っとくが、すぐ追いかけるからな。そんときゃ容赦しねぇ。覚悟しとけよ?」

「ふふっ。貴方なんかに、追い付ける筈がないわ。でもまぁ、覚悟はしといてあげるわよ♪ 貴方を殺す、覚悟をねん。――さぁ、いらっしゃい」


 それにくすくす、笑いながらチェイリルは答え、真っ白な少年、ナシグを招き寄せ。


「それじゃあ皆さん、ごきげんよう♪」


 優雅にお辞儀してみせると、ナシグを伴い、シアをその闇色の歪みへと引き込んでいく。

 その時、シアがどういう表情をしていたかはわからないが――……


 引き込まれた際、歪みの縁に引っ掛かって脱げたシアのブーツがトサリと乾いた音を立てて草地に落ち。


 現れた時同様、唐突にその歪みは跡形もなく消え失せ。


 後にはただ、守護龍と至宝の花が風に揺れる、幻想的な景色が広がるのみで。


『………………』


 ナシグの焼け付くような手刀から解放されたカラミスとエレミアは、その場にへたりと座り込んだ状態で呆然と前だけを見つめ。

 アルドも微動だにせずその場に佇み。

 シェダも、といきたい所だったが、一番初めに立ち直ったのは、他ならぬシェダだった。


「…………なに…………」


 拳を握り締め、何事か呟いてぶるぶると、暫し打ち震えていたのだが。


「っ! なにっ、目の前であっさり拐わさせてんですか、あんたわ――っっ!!」


『っ!?』


 いきなりのシェダの怒声にぎょっとして、カラミスとエレミアの二人がそちらへと慌てて視線を向けると、同時に。


 ゴッ!


 という小気味良い音が響き。


 どしゃり、と。


 次いで誰かが倒れ伏す音が響く。


 よくよく見ると、振り切った体勢のシェダの手には、腰に帯剣していた筈の剣の柄が握られており。

 倒れた誰か――言わずとしれたアルド――は、どうやら鞘付きのその剣に、思いっきり殴られたらしかった。


『………………』


 カラミスとエレミアが怖々見守る中暫し、ぴくぴくと身体を痙攣させていたアルドだが、思い出したかのように頭を押さえ、悶絶する。


「――っう〜〜! もうちょっと手加減しろよお前はっ! 俺だってなぁ、これでも落ち込んでんだから労れよっ!?」


 涙目で訴えるアルドを冷やかに上方から見下ろし、シェダはにこりと微笑む。


「おかしな事を言いますね? 自分から預けると言っておいて。何処に落ち込む要素があると言うんです?」

「……いや、だ、だから。……目の前で拐われるとか、傍に置いて守ってた意味ねぇなぁ、と」

「御自分のせい、ですよね?」


 ひんやり、漂う冷気の度が下がる。

 それにヒィッと上擦った声を上げ、その場にびしっと正座するアルド。

 にこにこしているシェダが、静かに言葉を綴る。


「……どう、落とし前つけるつもりなんです……?」


「ええっと、いやだから、あのな」


 なるべくシェダと目を合わさないようにしながら、しどろもどろ、アルドは答える。


「今すぐシアが、どうこうなるような事は、ねぇよ」

「……何故、そう言い切れるんです」


 含みあるその言い方に、眉根を寄せ、訊ねるシェダ。

 それにはカラミスとエレミアも訝しげにしながらも、聞き逃す事のないようにと、アルドへと視線を向ける。


 そんな面々にニヤリとして、いつもの飄々とした表情(かお)で、アルドはさらりと宣った。



「何故って、そりゃあお前。――゛足りない″からさ」





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