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殻の檻9




『……………………』


 その言葉を聞いたほぼ、全ての者の思考が停止する。


 目の前で哀しげに苦笑する少女の言った言葉を、正しく理解する事が出来ない。


 ゛シアリート″じゃない?


 どこからどう見ても、゛そう″としか見えないのに?


 何を言っているんだろう――? という、不思議な顔をしたままシア(自分)を見つめてくる面々に向かって、シアはポツリと呟いた。


「……正確には、容姿(そとみ)はそのまま、だけど、゛中身″は……、そうじゃないって事」


「は? え?」


 ぱちくり、エレミアがその碧眼をしばたく。


「……お前なぁ。まさかそんな」


 それに、やれやれとため息を吐きつつアルドが声を発するが、


「……中身、って……! そんなの、言われなきゃ僕等にはわからないし、そんなのっ」


 はっとしたように我に返ったカラミスの、驚いたようなその声にかき消される。

 それに、シアは叫んだ。


「――そうだよっ! だから……、だから見せたくなかったし、言いたくなんか、なかったっ! それに――、それに私はっ」


 また瞳を涙で滲ませて、それでもシアは叫ぶ。


「゛彼女″に――、゛シアリート″に、この身体を返すつもりだったんだからっ!」


『――――っ!?』


 吐き出すように告げられたその言葉に、何事か返せる術を持つ者はおらず。

 皆ただただ息を呑み、眼前のシアを凝視するのみ。


 訪れた沈黙が、流れる。


「………………」


 息を吐き、シアは静かに言葉を綴る。


「……私はただ……゛この身体を永らえさせる為″に、はめ込まれただけの、゛代わり″に過ぎないから……。――言ったでしょう? 私の力は、借り物なんだ……って。この身体すらそうなんだから、マトモに力を扱える筈ないの」


「……なん、だって……? 代わりって……っ」

「な……なんなん、ですのそれはっ!? どうしてそんな」


 喉からなんとか、声を絞り出して呟くカラミスとエレミアに、シアはただ、言葉を続ける。


「――その事を、疑問に思ったりした事なんか、ないよ。それは仕方のない事で――、ある意味、当然の事だったから」


「……おまっ…………いっ!?」


 語り続けるシアに、アルドが何事か告げようとするが。


「…………(にっこり)」


 肩をぐわしと掴み、無言でにっこりとした笑顔を向けてくるシェダに有無を言わさず押し留められ、口をつぐむアルド。

 その表情は、釈然としていないのがありありとわかる程、不機嫌面であったが。

 それに苦笑しつつ、続ける。


彼女(シアリート)は、其所にいた総てのモノに――、ううんきっと、世界中の総てのモノに、愛されていた――。生まれのせいだけじゃない、彼女(シアリート)自身の、その輝きゆえに」


 一息つき、続ける。


「――そんな彼女が死んでいくのをただ、見ているだけだなんて、誰も、とてもじゃないけど出来なかった。それは私も同じで」


「……それってまさか……゛事故″の時の……」


 呟くカラミスに、シアは苦笑を浮かべる。


「彼女があの場に居合わせる事は、゛本来なら″ない筈だった……。でも、さとい彼女に誤魔化しはきかなかったし、私も……止める事は、出来なかった」


 ぎゅう、と拳を握る。


「……それが、本当はいけない事なのは、わかってたけど……。皆各々に、やらなきゃいけない事があった。このままで、終わらさせられないモノがあった。だから……だからっ」


 声が枯れる、喉が痛い。胸が苦しい――……

 だけど、一度せきを切った言葉は後から後からどんどん溢れて、止まらなくて。

 溜め込んでいたモノを吐き出すかのように、シアは言葉を紡ぎ続ける。


「その場にいた総てのモノ達は――、゛罪″を犯した。各々の思いは色々あれど、皆一様に先の、゛未来″の為に、と」


 はぁ、と息を吐き、若干頭を下げて、俯き気味に告げる。


「……だけど、その全てが、上手くいくなんて事はなかった。元々その場所は不安定で、両親達の結界と、そこにいる総てのモノ達の力の協力のもと、なんとか成り立っていたような場所だったから」


 当然だよね、と続け更に口を開く。


「だから、無理が生じた。それは不運にも、゛シアリート(こ)の身体″だった。世界は、罪を犯した者達にはあまりにも――残酷だった」


 シアの静かな言葉だけが、周囲に響き広がっていく。


彼女(シアリート)の心は、全部じゃないにしろ、事故の起こったあの場所に一人、取り残された。無理を強いた為に空間に開いた、歪みの底に」


 そこでシアは、自嘲気味に微笑む。


「……これはきっと、罰なんだよ。罪を犯した者達全てに課せられた――鎖」


 この鎖を断ち切る為には、決着を着けるしかないの、と続ける。


「゛終わらない過去″を精算したその時――、彼女の代わりに、私は消える」


 それが、自然な事とでもいいたげに、そう呟くシア。


「力を循環し、世界を癒し護るモノが――、世界を傷付けていい筈がない。理を、曲げていいなんて筈ないもの」


「四季の二人と決着をつけたその時、゛私″は゛彼女″(シアリート)に身体を返す事が出来れば、それでいいの。それだけの為に、私は今、ここにいるんだもの」


「………………で、いいの……?」


「えっ……?」


 ポツリと呟かれたカラミスの言葉が聞き取れなくて、ぱちくりと目をしばたき聞き返してきたシアに、カラミスは声を荒げた。


「っ! 君はっ、本当にそれでいいの!?」


「っ!?」


 その声に、驚いた表情を向けるシア。カラミスが怒っているのが、どうしてなのかわからない、というように忙しなく瞳を瞬く。

 それに、苛立たし気にカラミスは言葉を投げつける。


「どうして……っ、なんで君が怒らないのっ!? そんな――……゛代わり″だなんて、物みたいな扱いされて!」

「そうですわ! 過去(むかし)現在(いま)の、違い等はこの際どうでもいいのです。今ここにいるのは貴女で、貴女は貴女一人だけでしょうっ!?」


「………………」


 カラミスとエレミアの二人が声を上げるのを、シアはポカンとした表情(かお)で見つめ返す。


 あの話を聞いてなんで、そんな言葉が返ってくるのか、わからない。


 シアの心情を、その顔から正確に読み取って、カラミスはため息と共に告げた。


「――゛シアリート″。君、本当に自分の事は二の次だね。今の話、聞いてなかった訳じゃないよ。というかむしろ、聞いて妙に納得した。あぁ、だからあんな態度だったんだ、ってね」

「……だったらなんで……。わ、私は……皆のこと、騙してたのに……」


 ポツリと呟かれたシアのその言葉に、カラミスとエレミアはさらりと聞き返す。


「だからなんなのさ?」

「だから、なんですの?」


「は?」


 それにきょとり、とした顔をするシアに向かって、カラミスとエレミアが告げる。


「眠ってた時から数えると十、いや十一年かな? 五才までの記憶が全く無い訳でもないし、今までの十数年、一緒にいたのは他ならぬ君なのに」

「そうですわ。私達には今、目の前にいる貴女こそが、゛シアリート″なのですから。それが何か、問題ありまして?」


「………………」


 瞳を見開いて言葉を無くし、ただカラミスとエレミアを見つめるシアを放って、話を続ける二人。


「あぁでもひとつは、問題あるかも。十年来の大事な幼馴染みが、僕達に断りもせず、勝手に消えるなんて言うんだから。それは確かに問題だよね」

「まぁ! それは確かにそうですわね。相談もなしに、だなんてそんな事、絶対に許せませんわ」


「……くくっ……シェダ(お前)の見解あたり、だな」

「……そのようで、何よりですよ」


 言い合うカラミスとエレミアを見つめ、アルドとシェダは苦笑しながら囁き合い。


「……あとは……シア(あいつ)がどうするか、だな」


 さぁて、んじゃまぁそろそろ……と呟いて、アルドは呆けたままのシアに歩み寄る。


「……カケはどうやら俺様の勝ち、みたいだなぁ?」

「……っ!?」


 あまりにもアルドが近くに来ていた事に驚いて、ずざざっと後退さるシア。


「……なっ、そ、そんなのっ」

「なんだよ? まぁだ、信じらんねぇってのかよ?」

「……だっ、だって……!」

「だってもくそもねぇよ」


 言いながら、開いた距離を詰めるべくそのまま進むアルド。

 それに戸惑いつつも、これ以上側に来られたくなくて、シアは慌てて声を上げた。


「こ、来ないで!」

「ヤだっての」

「っや、やだってば! お願いだから、来ないでよっ」

「それは聞けねぇなぁ、残念ながら……っと!」

「ひゃっ!?」


 が、皆無なまでに効果はなく。あっという間に手を取られ、両者の進退の歩みが止まる。


「……っ……」


 手を取られたまま、どうしたらいいかわからなくて、シアは頭を俯かせる。

 その頭上から、アルドの声。


「で? 何がだって、なんだよ?」

「………………」


 それに答えずシアが俯いたままでいると、しゃがみ込んだアルドが片手でシアの顎を掬い上げ、目線を合わせて続ける。


「だから溜め込むなっての。言ったらちょっとはスッキリしたろ? もう言っちまえって」

「……っ、……」


 顔を上げさせられたまま、揺れる瞳でアルドを見やり。しかし直ぐ様その瞳を伏せ、囁くように、呟くようにシアは告げる。


「……だって……だってこんなの、……きっ……気持ち悪い、でしょ……」

「だぁから。中身とか外見とかそーゆー、問題じゃねんだって」


 しかしそれに、さらりとアルドは答え。


「で、でもだってっ! 私……私はっ、彼女(シアリート)に身体を返す為にここにいて、その為だけにいるのにっ……そんな――、そんな事言われたって、どうしたらいいのか、わからないよっ……!」


 叫んだ拍子に顎からアルドの手が外れ、再びその顔を俯かせるシア。


「あー、そっか。まさかとは思ってたが、ソコから正さねぇとお前にゃ、意味ねぇんだったな」


 顎から外れた方の手で頬を掻き掻き呟いて、そのままその手をぽふっとシアの頭に乗せ、告げる。


「お前さ、本当にこの身体、当人(シアリート)に返せると思ってるのか?」

「っ!? ……なに、それ……。――返せない、とでも言いたいの……?」


 その言葉に、頭に乗せられた手を払って、シアはきっ! とアルドを睨み付ける。

 しかし、それをアルドは真正面から見つめ返し、続ける。


「お前だって、本当はもうわかってるんじゃねぇの? 今更――」

「やめてっ! 返せるっ返せるよ!」


 アルドの言葉を遮って、シアは叫ぶ。


「……そうじゃなきゃ……じゃなきゃ私が、いる意味なんて……。それに、それに……私はその為だけにいなきゃいけない存在(モノ)なのに、……それじゃ、それじゃまるで……」


「だからそれは」


 思考の渦に、沈みそうになるシアにアルドが声をかけるが、


「――なぁんだ♪ それじゃわざわざ、セッティングする必要なかったわねん♪」

 突如響いた少女の声に遮られ、


「っ!?」


 同時に放たれた威圧感に、その場から瞬時に飛び退さるアルド。


 その間に、シアの背後が黒く歪み。


『なっ!?』


 突然の事に、カラミスやエレミアが驚いている内に。


「――私ならその身体に、゛あの子″を返してあげられるわよ?」


 開いた空間の裂け目から白く長い腕か伸び、その長い指が、シアの小さなその顎を、すいっと掬い捕えたのだった。





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