落ちこぼれ少女の災難4
「あははははっ!まったく、なんて顔してるんですシアリート」
「………………えぇー!?」
放心状態からやっと解放されたというのに、更なる驚きに再度、その瞳を大きく見開くシア。
通された部屋に居たのはなんと、王宮大魔導師アルドユーク様の側付き騎士、シェダイス・クルノ一等聖騎士団、団長様だった。
軽快な笑い声が室内に広がる。
(……なんていうか……凄く、絵になる人だなぁ……)
ぽかんとした顔のまま、窓辺に寄り掛かり、穏やかに微笑する団長様を見つめる。
窓から柔らかに射し込む夕陽の光に、庭の緑と王家筋に多いとされる、銀の長髪が鮮やかに映える。
その光を受けて煌めくのは、切れ長な緑翠の瞳。
いつもは強い光を宿しているそれは、今は優しい光に満ちている。
整った鼻筋、細い顎。体躯はほっそりとしていてしなやかだが、何気ない仕草にも無駄はなく、鍛え上げられ、洗礼された身体をしているのが素人目で見てもわかる。
それに加えて、どこからともなく溢れる気品、騎士団を率いる長としての存在感、王家に次ぐ財力の持ち主──とくればもう、パーフェクトなのもいいところだ。
ただ窓辺に佇んでいるだけなのに、外の景色も室内に置かれた高級な家具も、彼を引き立てる為だけに存在しているかのようで……
(……女の人とか、放っておかないんだろうなぁ……)
ぼんやり、そんなことを考えていたシアだったが、
「ぎゃはははっ!あーもぅ腹イテー。あん時のお前の顔ってば……ぷぷっ!!」
耳障りな笑い声に、はっと現実に引き戻される。
この国の大魔導師様とは到底思えない、下品な笑い声を上げている男、アルドをギッと睨んでから、
「そ、そんな笑わなくてもいいじゃないですかっ!アルド様は何も教えてくださらなかったし、まさか、クルノ様が王家に連なる方だったとは存じ上げてなくて……。あのその、すみませんっ!」
恥ずかしさで頬を染めながら慌てて謝罪し、シアはペコリと頭を下げる。
「あぁ、そんな、いいんですよ。王家に連なっているとは言っても、私の所は末端の末端ですし。正式に公表したわけではないので、お飾りみたいなものですしね」
口元に手を添え、苦笑していたのを引っ込め、逆にシアに頭を下げさせてしまったことに申し訳なさそうな顔をするシェダ。
「初めにちゃんと、お教えしておくべきでしたね。こちらこそすみません、アルドの悪戯の標的にさせてしまって」
それだけでなく、悪戯をしたのはアルドだというのに、まるで自分の非のように、優雅に腰を折って頭まで下げられてしまう。
「そそそんなっ!あ、頭を上げてくださいクルノ様っ!こ、こちらこそ、私が勉強不足だったばかりに、すみませんっ!」
それに、更に深々と頭を下げるシア。
「──頭下げ大会、やりたいならやってていーけど、今日の目的忘れてねぇ?」
と、そんな2人を見やりつつ、呆れ顔で告げるアルド。
「あぁ、そういえばそうでしたね」
それに苦笑しながら、頭を上げて答えるシェダ。
流石長年アルドと共にいるだけあって、その切り返しは手慣れたものだ。だが、
「〜〜っっ!も、もとはといえば、アルド様が原因じゃないですかっ!!」
たかが一週間前に知り合ったばかりのシアには、到底出来るものではなかった。
頭ではわかっているのだが、それに納得がいくかどうかは、全くの別物である。
「事前に言っておいてくれれば、こんなことにはならなかったんですからっ!今のことも、ここに来た時のこともっ!──移動系と速度系の魔法……使ってたの、なんで言ってくれなかったんですかっ!?」
一気に、今まで言えなかった言葉を吐き出す。
怒っているのか、悲しいのか、自分でもわからないのに、一度責を切った感情は止めどなく溢れて、止まらない。
「公共の物を使えば、1日あれば来れるじゃないですか!アルド様程の方なら、転移塔を使えばすぐです!わざわざ、自分の力を使わなくたっていいのに、なんで………っ」
ぼろり、大きな瞳から、大きな大きな雫が零れる。
「……っ、簡単、に……力なんて、使わないでよっ……」
その殆んどが嗚咽混じりで、自分の耳ですら、なんて言っているのかわからない。
「………………」
「………………」
後はただただ、拳を握り締めて静かに泣く少女を、びっくりした顔で見つめることしか出来ない2人。
(……まさかこれも、計算ずくだっていうんじゃないでしょうね?)
(んなワケねーだろ。……ちょいーと、やりすぎたか)
目配せで語り合う2人。
「………………っ」
その間に、なんとか自力で泣き止むシア。
目に溜まった涙を払いつつ、頭は段々と冷静さを取り戻していって……
(……どどどど、どうしようっ!?なんか、凄いこと言っちゃった気がする──っ!!)
自分が言ったことを反芻し、サーッと顔を青ざめさせる。
(どうしようどうしようどうしようっ!!こ、こんなことが伯父上に知れたら、卒倒しちゃうよぅ!?)
考えすぎてグルグルしているシアに歩み寄り、
「……あー、そのなんだ、俺も、ちょっとやり過ぎた。」
悪かったな、と続けようとしたアルドだったが、
「ひゃあぁっ!?ああのそのっ、ご、ごめんなさい──っっ!!」
歩み寄って来たアルドの影で周囲が暗くなったのに驚いて、謝りながらシアが部屋を飛び出して行く方が早かった。
「………は?え?………えっ!?」
頭を撫でてやろうと、手を出しかけた格好のままぱちくりと目をしばたくアルド。
呆然と、開け放たれた扉を見やる。
そうしてしばらく、白い壁を凝視していたアルドだったが、
「……しまった!あいつがここに来たの、今日が初めてなんだった!」
はっとしつつ叫んで、慌てて走り出して行く。
「!ちょっ、アルド!それなら探索魔法で探した方が早──……って、もういないんですか」
アルドの背に声を掛けたシェダだったが、既にアルドの姿はなく、やれやれとため息をつく。
「……誰より気にかけているくせに、どうして意地悪するんでしょうねぇ。ま、アルドのあれはもう、病気みたいなモノですけどね」 苦笑しながらそう告げ、シェダは剣を取り出して意識を集中させる。
「──私たちの大切な少女を見つけるために、力を貸してくださいね。水精゛マイン″、風精゛シェラ″」
シェダが静かに言の葉を紡ぐと、ふわりと優しい光が瞬き、2人の精霊が舞い降りた──…
……*……*……*……
「──こんなトコにいたのか」
「………………」
安堵したアルドの声と共に、ふわりと頬を撫でる風を感じ、シアはそっと頭を上げる。
すると空からすとんと、アルドが気軽に飛び下りてくる。
飛行魔法だ。
今いる所は、先程この邸に入る為に通ってきた門前脇の茂み。
門から邸の玄関まではかなりの距離があり、手入れの行き届いている庭は開けていて見晴らしが良く、空から探した方が合理的と見た為か。
「まさか、邸から出てるとは思わなかったぜ」
意外に足が早いんだな、と続けてシアを見やり、うっ、と呻いて固まる。
瞳が、赤い。
(……また、泣いてたのか……)
ぽりぽり、頬を掻きつつどうしたもんかとアルドが思案していると、
「……どうして」
ぽつり、シアが呟くように問う。
「……失礼なことを、言ったのに……」
呟きながら、いっそう茂みに同化するように膝を抱え、縮こまるシア。
「ん〜〜?まぁ、フツーのお貴族様相手なら、意見した時点で解雇モンだろうが、あれくらい、俺もシェダも気にしたりねーよ。大体、ありゃお前が正しいんであって、悪いの俺だしなぁ」
言いながら、アルドはシアの隣に腰を下ろし、
「……悪かった。悪ふざけが過ぎたみたいだ。このとーりだから、頼む。もぅ影武者辞めるとか、言わないでくれよ?」
胡座を掻いた膝に手を置き、シアに向かってがばっと頭を下げる。
「………………」
(……やること無茶苦茶なくせに、どうしてこの人はこう……)
いきなり頭を下げられて、若干驚き気味にアルドを見やり、シアは胸中で深々とため息をつく。
「……王様の次に偉い人が、私なんかに、簡単に頭下げたりとか、しないでください」
ぽつりと言って、顔を背けようとしたシアの頬をぐわしと捕らえ、
「王の次に偉いとか、そんなの関係ねぇよ。俺が悪かったんだから、謝るのは当然だろ?私なんか、とか言うんじゃねぇよ」
シアの瞳を真っ直ぐに見つめて、きっぱりとアルドが力説する。
「っ!?ご、ごめんなさいっ!」
それに反射的に謝るシア。
「ははっ!なんでお前が謝るんだよ。ま、いいけどさ」
シアのその反応に苦笑しつつ、アルドはシアの頬から離した手を頭に移動させ、その頭をぽんぽんと撫でる。
「っ!こ、子供扱いしないでくださいっ!」
それにシアが頬を染めつつ抗議するが、
「いーんだよ、子供の内は目一杯子供扱いされとけば。てか、なんで戻ってんだよ?」
さらり、流されてしまう。
「うー……。っていうか、何がですか?」
アルドの言葉に一瞬頬を膨らませたシアだったが、次いでの言葉にきょとんとし、小首を傾げる。
そんなシアに、不機嫌気味にアルド。
「敬語」
「あ……。で、でもっ、本来ならこれが普通でふゃっ!?」
口唇を尖らせて告げるアルドに、シアが慌てて続けるが、さらにわしわしと頭をかき混ぜられてしまう。
「他のヤツ等が居る時は仕方ねーが、俺等だけならいいっつったろ」
「ちょっ、わ、で、でもですね」
「でももくそもねぇよ。大体、さっきのが『素』のくせに、なんで使い分ける必要がある?学院でだってそーだ」
「………っ!」
アルドのその言葉に、シアの心臓がドクンと脈打つ。
「……だ、って……それは……。立場、とか……色々、あるんだし……」
動揺したまま、知らずと呟かれたシアのその言葉に、
「立場なんて、そうそう気にしなきゃいけねーモンでもねぇよ。──そうじゃねぇだろ?わかってるハズだ。俺の言わんとしてることは」
いつものふざけた口調ではなく、真剣な声音で告げるアルド。
「っ!?」
(……気付かれてる……?まさか、こんな短期間で?でも……)
びくりと身体を震わせ、高鳴る鼓動を抑え込むかのように押し黙るシアに、
「お前の、特出しすぎてるモノ見て、ちょーっと注意深く気ぃ付けながら暫く一緒にいたりすりゃ、わかるヤツにはすぐにバレるぞ?」
静かに、だが声音は優しく、諭すように告げる。
「──お前はしたたかで賢いよ。年相応に見えないその゛外見″が、周囲にどういう影響を与えるか、どう使えばいいかをちゃんと゛知ってる″」
「…………………」
ぎゅう、自らの身体を抱く腕に力を込め、更に小さく縮こまるシア。
アルドの言葉を聞かないようにと思っているのに、優しい声音は思ったよりもすんなりと、シアの心に入り込んでくる。
逃げることも出来るのに、何故か足に力が入らなくて、言葉に身体ごと絡め取られてしまったようで、ここから逃げることすら、出来ない。
「あの男だって、お前の外見と仕草に引きずられて、一度は了承しかけたんだからな。まぁ、長年一緒にいるみたいだし、その辺はわかってたみたいだったが」
シアが何も言わないのをいいことに、話すのを止めないアルド。
「誰かと……、『人』と関わるのはそんなに怖いか──?……いや、違うな。そうじゃない」
シアの心内を探りつつ、ゆっくりと発せられるアルドの言葉。
「お前は──、゛力″を使うのが怖いんだな……」
「──────っ」
(……どうして、この人は──)
核心をついた言葉を告げられて、もっと動揺するかと思っていたシアだったが、意外にその心は穏やかで、安堵すらしている自分に逆に驚く。
(……もしかして、私は……)
自らの僅かながらの心の変化に戸惑いつつも、そっと頭を上げ、隣に座るアルドをじぃっ、と見やるシア。
「……ただ、のほほんと過ごしてるだけじゃなかったんですね」
「はぁっ!?」
真剣な顔して呟かれたのがそんな言葉で、膝に置いていた手をズルッと滑らせかけるアルド。
その間に立ち上がったシアはアルドにくるりと背を向けると、スタスタと歩いていってしまう。
「ちょっ!?お、おいっ!」
まさか、そういう行動に出るとは思っていなかったようで、当てが外れて肩透かしを食らうアルド。
「マジで置いてく気かよっ!?ちょ、ちょっと待てって!」
先に立つシアを追いかけるべく、慌てて立ち上がったアルドの耳に。
「──いっ、一回しか言わないからっ!」
少し上擦った、シアの声が届く。
「?」
そんなシアを小首を傾げてアルドが見やるが、こちらに背を向けたままなので、相変わらずその表情は見えない。
「…………き、気付いてくれたこと、も……探しに来てくれたことも……その、あの、えぇと………あ、ありがと」
「!」
呟くように告げられたシアのその言葉に、ぱちくりとアルドは目をしばたき、
(………っ〜〜!くそっ!敵わねぇじゃねぇかよっ)
いきなりの不意討ちに胸中で悪態を付くが、耳まで真っ赤なシアを見やり、それが少し気恥ずかしくて、自分も赤面しているのに気付かされて、そんな自分に驚いて、それがとうにも可笑しくて、自然と微苦笑が溢れてしまう。
(………あーぁ、よわったなぁ………)
微苦笑したまま、アルドは立ち止まったままのシアに駆け寄る。
「──素直じゃねぇーのっ!」
「きゃっ!?」
言ってその頭をわしゃわしゃと乱暴に撫で、にやりとするアルド。
「ちょっ、や!?…〜〜っもぅ!なんなんですかっ!」
赤面したままのシアが抗議するが、それには答えず、
「ほらほらっ!いー加減戻んねーと、シェダのヤツがカンカンだぞ〜〜?」
あははと笑いながら、シアを追い越し駆けていくアルド。
「っ!ま、待ってってば!」
その後を、慌ててシアが追いかける。
夕闇から宵闇へ、黄昏色から宵藍色に彩り変わる長髪をなびかせて。