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殻の檻8




 何が起こった――!?


 目の前の(今起こっている)事も勿論大事だったが、それでもアルドは、思考せずにはいられなかった。


 その瞬間を、目にする事すら出来なかった事に、愕然とする。


(――この俺が……? 目に捉える事すら出来なかった、だと?)


 あり得ない――……

 そう思いたいアルドだったが、実際叶わなかったのだからもう、認めるしかない。


 ゛見てた視界がひび割れる″なんて不可思議な現象に、妨害されたのだという事を。


(っとに、真新しい事ばっかしてくれる。……読み間違えた、かぁ? ――いや、そうじゃねぇな。これがおそらく゛隠してた事″のひとつ、だろうな)


 知らずと上がっていた口角を更に上げて胸中でそう呟き、さてどーしたモンかなぁ、と頭を掻きつつ、ちらりと傍らのシェダを見やる。


「………………」


 もう流石に先程の衝撃からは立ち直っているようだが、木の幹に手をつき、相変わらず眼前のシアを凝視している。その緑翠の瞳は、鋭く細められたままだった。


「……゛何か″視た、か?」


 ボソリ、囁くように告げるアルド。

 囁かなくても、誰も此方には注視していないというのに。


「……いえ、゛何も″……」


 それに、眼前を見据えたまま囁き返すシェダ。その声音の微妙なニュアンスを正確に聞き分け、満足げに頷くアルド。

 そんなアルドをちらりと見やり、次いで眼前に視線を戻してからぼそり、と呟くシェダ。


「……それよりも今は」

「あぁ、わかってる。だが……」


 眼前を見据えるシェダに呟いて、アルドも前をひたと見やる。


 アルドとシェダ、二人の眼前には爛れた手を押さえ立ち尽くすシアと、咄嗟に出て来てしまったカラミスとエレミアの三人の姿があった。


 シアが悲痛に叫んだ後、暫し時が流れているにも関わらず、誰も、微動だにすらしていない。


 正確には、動けないのだろう。


 カラミスとエレミアの両者にしては、黙って尾行(つけ)て来ていた負い目があるからだろうが、あんな表情を晒して俯いているシアは――、正直、どう思っての事なのかは、わからない。


 奥に座している龍は、本当に、ただ見ているだけのようで。これ以上、関わる気は更々ないのが見て取れた。


「…………なんで…………?」


 と、ぽつり、シアが囁くように告げる。


「……どうして、いるの……?」


「僕、達は……っ」


 俯いたまま呟かれるそれに、なんとか言葉を返そうとするカラミスだが、それ以上は出て来ないようで曖昧に言葉を濁す。


「っ! そんな事より、早くその怪我を」


 と、はっとしたようにエレミアが告げて再びシアに駆け寄ろうとするが、


「――そんな事、なんかじゃないよっ」

「っ!」


 泣きそうなその声に、踏み出しかけた足を留めさせられる。


 早くなんとかしてあげたいのに、近付く事さえままならないこの状況に、唇を噛み、眼前のシアを心配そうに見つめ返すエレミア。


「……私の…………だったのに……」


 ポツリ、呟かれた言葉は途切れ途切れで。


「……これじゃ、もう……イミなんてないよ……」


 ぽとり、その頬から煌めく雫が、一筋落ちる。


「っ……」

「…………」


 それに、もう何も言えなくなってしまったカラミスとエレミアの二人は、胸を痛めたような苦しげな表情で、シアを見つめたまま押し黙るしかなく。


 三人の間に、沈黙が落ちる。


「――んなこたねぇだろ」『!?』


 と、唐突にアルドがその沈黙を打ち破る。

 皆の視線が集まる中、ガリガリと黒の頭を掻きつつ、さも面倒くさげに言葉を綴る。


「三人(お前ら)の問題だろうから、口出しすんのはヤメとこーかと思ってたんだがなぁ〜」

「……そう思っているのなら、止めておけばいいでしょう? 子供達同士の事にわざわざ、大人が割り込むだなんて」


 とシェダが慌てて止めようとするが、もはや引く気はないのか、やれやれと続けるアルド。


「あーはいはい。兎に角、もうシェダ(お前)は黙ってろって。尾行(つけ)てたの黙認してたんだから、俺らにだってこーなった責任の一端はあるだろうが」


「なっ……!?」


 アルドのその言葉に、驚いた顔をしてアルドを見やるシア。

 その黒の瞳は、臆する事なく此方をじっと、見返して来ていて。

 呆然としているシアを見据えたまま、アルドは続ける。


「なんでシア(お前)はそう、閉鎖的なんだよ。逆にこれはチャンスだろうが。ずっと言えなくて、溜め込んでた事なんだろう? 言っちまえよ。そしたら楽になれンだから」


「…………っ!」


 その言葉を聞き終えるまでもなく、シアは飄々と告げるアルドをきっ、と睨み付ける。

 が、アルドには堪えていないようで、ニヤリとしたまま更に続ける。


「お前の為、なんだぜ? ま、お前にしてみりゃ、余計な事だったかも知れねぇけどな」

「……そう、思うならどうしてっ……!」


 睨み付ける目を鋭くしてシアは叫ぶが、アルドは微笑を浮かべたまま告げる。


「だってお前、全部終わったら何も言わず、――消える気だろ?」


「なっ!?」

「えっ……」

「っ!?」


「………………」


 アルドの言葉に、シェダ、カラミス、エレミアの三人が驚いている中、シアはぎゅっと拳を握り締め、唇を噛んだ。


 図り間違えた事を、激しく後悔する。


 ゛何者か″なんて誰何してきたものだから、てっきりアルド達だけで済ませるのかと思っていたのだ。


 しかし、どうやらそうではなかったらしい。


 シア(自分)にとっては大事な事でも、アルドにとっては、そうではないように。


 今のこの状況こそが、その確たる証拠じゃないか。


「……っ……」


 情けなくて、苦笑が(こぼ)れる。

 こんなにも簡単に暴かれるような状態で、よく隠し通せる気でいたものだ。


「……ふふっ……」


 俯いたまま呟いたそれは、やはり苦笑混じりで。


(――これが、チャンス? ならいいよ。乗ってあげる。どうせ終わらせるつもりなんだから……)


 胸中で呟いて、シアはゆっくりと頭を上げる。

 微苦笑を張り付けたその表情(かお)を。


「……そうやって……手の内で転がるのを見て、楽しんでればいいんだわ」


 ポソリ、呟かれたシアの言葉に、アルドはニヤリと口角を上げる。

 してやったり、と綻ぶその口元に、気付いた者は僅かしかおらず。

 アルドはニヤリとしたままの状態で、事も無げに告げる。


「そんなつもりはねぇけどなぁ〜?」

「っ! あぁそう。なら、それでもいいよ。乗ってあげる」


 アルドのその変わらぬ態度に、睨む瞳に一瞬だけ剣呑さを煌めかせたが直ぐ様引っ込め、シアは浮かぶ微笑を不敵なモノへと変換すると、その小さな唇を滑らかに動かし、語り出した。


「……そうだよ。どの道、生きては戻れないもの。……なら、そこで消えるか、今、消えるか。それだけの違いでしょう?」


「なっ!? ……生きて、戻れないって……君はっ」

「どういう事……ですの? シアリート、貴女は一体なんの」


 シアのそのまさかの言葉に、カラミスは声を上げ、エレミアは狼狽え気味に呟く。

 シェダはただただ、眼前のシアを見つめるばかりで。

 アルドはというと、相変わらずニヤリとした顔のままに、ひとつ問う。


「随分、他人行儀なんだな?」

「……そうさせたのはアルドでしょ。二人を此処に導いたりなんかしなければ、まだきっと……゛友達″でくらいは、いられたよ」


 アルドの問いに、ぽつんとシアは答える。


「へぇ? ゛隠し事″見られたくらいで壊れるような、そんな浅い友好関係なのかよ、お前らはっ!?」


『っ!?』


 それを、まるで逆撫でするかのようにアルドは告げ、カラミスとエレミアが何事か言い返そうと口を開きかけるが、


「――アルドには、わからないよっ!!」


 叫ぶような、シアの声に遮られる。


 手を押さえ、俯くシアに全員の視線が集中する。

 アルド以外の面々は皆、驚いた顔でそんなシアを見つめていて。


 暫し訪れた沈黙を、最初に破ったのはやはり、アルドだった。


「――あぁ、そうだな。わからねぇよ。わかるワケねぇだろンなもん!」


 半ば吐き捨てるかのように告げて、ガリガリと頭を掻く。


「っ」


 それにビクリ、とシアは身体を震わせて、揺れるような瞳でアルドを見やる。


「だってお前、話さねぇんだもんよ。゛入って来られる″のが嫌なクセに、黙秘な上に壁作って、取り付くシマもねんだから。――そっちの方が、余計刺激されて構われるんだって事、いい加減気付けよ」


 いや、それはアルドだけです……とシェダは言いたかったが、胸中で呟くだけに留めた。


「大体、俺はそんな事くらいで、゛お友達″、ヤめてやる気なんかねぇぞ。無論、離れてやる気もない」


「……そんなのっ、わからないじゃない……っ!」


 さらりと告げてくるアルドに、シアは何とか言葉を告げるが、ニヤリとしたままアルドはキッパリと言い切った。


「大丈夫だっての。最初(ハナ)っから言ってるだろうが。――お前は俺の、なんだってな」


『は……?』


 これには、流石のカラミスとエレミアもポカンとした顔でアルドを見やり。


「………………」


 額を押さえ、シェダは深々とため息を吐く。


「………………」


 腕組みし、ふふんとふんぞり返っているアルドを、シアはぼんやりと見つめ返し。しかしふっと表情を陰らせて、ボソリと呟く。


「……そんなの、信じられないよ……」

「んじゃ、試してみりゃいいだろ」


 それにニヤリ、笑ってアルドが提案する。


「話して、俺様の気が変わるかどうか――」

「そんな、事……」

「なんだよ? お前の思いってのは、そんなもんなのかよ?」

「っ、ちが……! ……だけど、でもっ……」


 言い淀むシアに、アルドは真っ直ぐな視線を投げ続ける。


「……っ……」


 吸い込まれそうなその黒の瞳に、足が竦む。

 その妙な自信に、気圧されそうになる。

 だけど――……


「……今となってはもう、無意味だもの……」


 ぽつん、呟いて俯いたまま、シアは続ける。


「……関わることが、触れ合うことが、共に居続けることが――……全部全部、怖かったよ……」


 声が震える。それを押し留める為拳を握り、続ける。


「……深く関わらずに義務的に――……ただそこに居られたら、どれだけよかったか……」


 呟く、その声に若干の滞り。パタリ、草の葉に一粒の雫が落ちる。


「……でもっ、そんなことは、無理……だった。どんなに怖くて、苦しくてもっ……。゛私″がそれを――……感じてたって、意味なんか、ないのにっ」


 パタリ、パタリ。雫が落ちる。


「゛私″に――、それを、感じ取ってていい資格、なんか……ない、のにっ……」


 嗚咽が混じる。涙を拭う。その間に――、アルドが言葉を滑り込ませる。


「……っ、なんでだよ!? ゛お前″は゛お前″だろうがっ!」


 その言葉が――、染み渡るまでの時間かのような、沈黙。

 さわりさわり、枝葉が風に揺れる。


 その音を、微かに耳に捉えながら。

 シアはゆっくりと顔を上げ、哀しげに、寂しげに、苦笑しつつ、答えた。



「――だって、゛私″。゛シアリート″じゃ、ないんだもの」






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