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殻の檻7




 シェリティリアの群生地広場には、にわかに遠い茂みの中。


「…………」

「…………」


 走ったかいあって、色々と始まる前に頂きへと辿り着く事が出来たカラミスとエレミア。


 森と広場の境目とシェリティリアの群生している所の調度中程に立つシアと、その奥にいるフェイニッシュスノードラゴン、森との境目に立つアルドとシェダを、茂みの中から息を潜めて見つめる。


「……一体今から、何が始まるというのかしら……」

「わからない、けど……。何か、とんでもない事っぽいよね……。結界の強化率、半端ないよ」


 周囲は不気味な程の静けさなのに、施された術の重圧が、ビンビン伝わってくる。

 気を張っていないと、今にも倒れてしまいそうだった。


「……兎に角、暫くは様子見しかありませんわね」

「……そうだね」


 頷き合って二人は気合いを入れ直すと、そっと眼前をうかがうのだった。




 カラミスとエレミアの二人が見ているとは露知らず、草地の上に一人立つシア。

 龍と群生地、アルドとシェダからも十分離れた所に立ち、気を落ち着かせる為、一つ息を吐く。


(……怖いのは初めだけ……だから。――きっと、大丈夫。……大丈夫だよ、うん)


 目を閉じて胸中で呟き、組んだ手にきゅっと力を込める。


 ドクドクと心臓は早鐘を打ち、呼吸は苦しくて荒く、頭の中は相変わらず、まとまっていないけれど。


 思っているだけじゃ、伝わらない。

 ちゃんと言葉にしなければ、届かない。


 それがたとえ、別れの為のモノであったとしても。

 いや、だからこそきっと、きちんと告げなければならないのだろう。


 でなければ、納得してもらえない。

 特に――……、アルドには。


 出会った瞬間(とき)から、まだそんなに経っていないのに。


 気付いたらアルドのペースにのせられていて、いつの間にか共にいるのが、(そば)にいるのが、当たり前になっていた。


 押し付けられたのは、大魔導師の影武者なんていう、めちゃくちゃなモノなのに。


 シア(自分)の、奥のモノをいきなり暴かれたのに、嫌悪感を抱く所か、その事をすんなり、受け入れられているシア(自分)がいて。


 見透かすような、その黒の瞳に見つめられるのが怖いのに、そこに、その隣に、いる事は嫌じゃなくて。


 ゛お前がいい″なんて言ってくれた人は、アルドが、初めてで。


 自分から、少しとはいえ共にいたいと思った人は……人達は、アルドとシェダが初めてで。


 初めは、近しい人達から逃れる為の、モノだったのに。


 随分と居心地好く、思ってしまっていた。


 踏み込む事も、踏み込ませる事も、してはならなかったのに。


 望むべくものですら、なかったのに。


 もう――……、終わりにしよう。


 元々、゛自分達だけ″で、なんとかするつもりだったのだから。


 スティリドの所にいるのも、学生に身を甘んじていたのも、゛証″が欲しかっただけなのだから。

 ゛魔法学院の卒業生″という証が。


 一般と魔法学校の卒業生とでは、扱えるアクセサリの魔法ランクや、立ち入れられる場所にかなりの違いがある。


 一般人なら咎められるような所でも、魔法学院の卒業生というだけで、問題視されないという所の方が、遥かに多いのだ。

 昔よりはいくばか平和になったとはいえ、紛争等が全くない訳ではないし、獣の被害等もあり、調査の手が足りず、まだまだ安全確保が出来ていない、危険な箇所が多いのが現状なのだから。


 それ故に、どうしても、ある所に行く為に、魔法学院の卒業生という証(肩書き)が欲しかったのだが。


 それももう、無意味だ。


 本来なら、゛出てくる″までにもう少し、せめて卒業するまではと思っていた人物が、今再び目の前に現れたのだから。


 四季の者である少女――……、チェイリルが。


 彼女の狙いは、間違いなくシア(自分)。


 彼女が出てきているのならば、同じくして弟のナシグも出てきているだろう。


 彼等の目印の為に、分かっていて虹光髪(このまま)の髪でいるのだから、目指して来るのは当然で。


 公になるのは困るだろうが、手に入れる為なら、チェイリルは迷わず学院に突っ込んで来るだろう。


 しかしそれは、避けなければならない。


 誰も、巻き込む訳にはいかない。


 四季の者である者達の、自分達と――……チェイリル達との、問題なのだから。


「………………」


 すぅ……息を吸い込み、顔を上げる。


 眼前には、此方を見据えるアルドとシェダ。

 その視線に、迷いはない。


 何が起きたとしても、受け止めると、受け止めようとしてくれているのが、伝わってくる。


 それに、シアはくすりと苦笑する。


 ……いい。何も、受け止めてくれなくていい。

 何も、解ってくれなくていい。

 だだ、゛無かった事″にしてさえくれれば――……


 胸中でそう呟いて、静かに、シアは言の葉を紡ぐ。


「……このまま、何も言わずにいられると、思ってた……。でも……そんな事は、やっぱり無くて。……晒すのは今でも、怖いけど。それで――……全てが終わるなら」


「は?」

「……終わる……?」


 シアの呟きに、訝しげな顔を向けるアルドとシェダ。

 しかし、アルド達に次なる言葉を告げさせる間もなく、シアは先に言葉を紡ぐ。その顔に苦笑を浮かべたまま。


「ねぇ、アルド」

「…………。なんだよ」


 シアの呟きとその表情に、言いたい事云々を飲み込み、仕方なくといった感じで訊ね返すアルド。

 しかしアルドの顔は釈然としていないのがまるわかりで、更に苦笑が溢れるシア。

 そのまま、言葉を紡ぐ。


「……炎系の――、初級魔法は……?」

「あ? 初級ってぇと……この手に宿れ、赤き炎――火球(ファイヤーボール)、だったかぁ?」


 んな遥か昔のなんて覚えてねぇ、と首を捻りつつ呟くアルドに、苦笑したままありがとう、と呟いて。


 シアはすぅ……と深呼吸する。


 途端にピン、と張り詰める周囲の空気。


 すっ、と手の平を上に右手を差し出す。


 ドクリドクリ、脈打つ鼓動が妙にうるさい。


 久方ぶりの攻撃魔法の使用に、緊張しているのかもしれない。それと、若干の恐怖も。


 今日は――、いつもやっている゛調整″じゃない。


 ゛調整″なら、緊張したり恐怖を感じたり等は、しない。

 ゛この小さな幼女の姿″を保つ為に、溜まった力を、内から外へ、世界に還せばいいだけなのだから。

 それをし終えた後は、若干の疲労感に苛まれるが、ただそれだけだ。

 もっと上手く出来るようになれば、そんなモノは感じなくて済むようになる。


 力を還す――循環させるという事は、四季の者としては当然の務めなのだから。


 だが、その方法では四季の者ではない者達には、わからない。

 ただ、純粋に力を放出させるだけのモノは、その目に捉える事は出来ないのだから。調度当たり前に存在する空気が、その目に見えないのと同じ様に。


 世界に連なるモノ――例えば精霊や龍など――と、同調、もしくは同化していれば見えるかもしれないが。


 それ以外の方法で、となるとやはり、゛力を使う″のが一番手っ取り早い。

 初めに話をしたとしても、それで分かってもらえるとは到底思えないし、それなら結局見せなければならなくなるのだから、見せるのからいく方が楽だ。


 使える防御、結界魔法では意味がないので、必然的に゛使えない″攻撃魔法系を使用する事になるのだが、炎系を選んだのは、それが一番分かりやすいからだ。


 それにもし、万一の事があったとしても、炎系を使いこなすアルドが共にいるのだから、彼らはなんとかなる(大丈夫な)筈だ。


 此方のリスクは大きいが、一目瞭然で伝えられる。


「……すぅ……」


 身体の僅かな震えを止める為、もう一度息を吸い込み、ゆっくりと吐き出す。


 じっ、と差し出した右手を見つめ。


 そうして静かに――、呪文を紡ぎ出す。


「……この手に、宿れ――」


「……赤き、炎……」


 詠唱を進める毎に、力が、魔力が、練られ高まっていくのが感じられる。

 手のひらが僅かに熱を帯び、その線上にゆらり、と揺らめくモノが見え始める。

 普通の術者なら、魔法の確かな発動段階に嬉々とした確信を持つのかもしれないが、差し出した手のひら上を見つめるシアの表情は、憂いを含んだ苦笑から変化はない。


 ごくり、唾を飲み込み。

 意を決したように、最後の言葉を紡ぐシア。


「…………(ファイヤー)(ボール)…………」


 最後の発動キーの詠唱に、シアの手のひらの上に、ポッと小さな炎が灯る――……と、思われたが。


 突如、゛見えている視界″がガラスが割れたかのような、巨大な鏡にヒビが入ったかのような状態になり。


「――ああぁっ……!」


 小さな呻き声と共に、風にのって肉の焼け焦げる嫌な臭いが、鼻をつく。


『っ!?』


 その呻きと鼻をつく臭いに、驚いてシア以外の面々が目をしばたき眼前を見やると。


「――っ……く、ぅ……っ」


 ゛防護特化″のリングを身に付けているにも関わらず、白煙を上げる爛れた右手を押さえながら、ガクンと草地に膝を折るシアの姿が見えた。


 その手はまるで――、火傷を負ったかのようで。


「……なっ!?」

「えっ……? な……」


 信じられない、と眼前を凝視するアルドとシェダ。

 眼前には、傷を押さえ(うずくま)るシア。


 そして動けないアルド達を余所に、その横を通り抜ける二つの人影。


『シアリートッ!!』


 カラミスとエレミアだった。

 名を呼び、崩折れたシアの元へと駆け寄る二人だが。


「――――来ないでっ!」

『っ!』


 強い拒絶の声に、びくりとしてその足を止める。


 シン……と、静まり返る広場。


 何もされていない筈なのに、身動きすら、取れない。


 それ程までに、シアのその声は、強い拒絶を示していた。


「…………」

「………………」


 サワサワと、風か木々の葉を揺らす音だけが聞こえる中、ただただ、踞るシアを見つめるしかない者達。


「…………っ」


 暫くしてふらりと、シアが立ち上がる。

 バラバラ、身に付けているリングを周囲にバラ撒き、落としながら。


「………………」


 シアの唇が、動く。

 しかし、一度目のそれは、聞き取られる事はなかった。


 再び、シアの唇が動く。

 その声は、言葉は、なんとか聞き取れる事が出来た。


「……どうして……なんでっ……。……なんで二人が、此所にいるのっ……!!」

『っ!』


 しかしそれは――、なんとも言えない悲痛な、叫びで。


 叫びと共に晒されたシアのその表情を、アルドは、シェダは、カラミスは、エレミアは。


 息を飲んで、見つめ返す事しか出来なかった。


 その顔には、暗い海の底のような、絶望が広がっていた――……





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