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殻の檻5




「………………」


 無言で、シアは山道をさくさくと歩く。

 その後を、アルドとシェダが追う。


 話し合いが行われた翌日、納得のいっていないアルドに有無を言わさず連れ出され、゛ある場所″へと赴いている最中だった。


 ここは王城の裏手に三つ連なる山の内の一つ、最高峰に咲き誇る白き花を、白き守護龍であるフェイニッシュスノードラゴンが静かに護る、神秘の山。


 冬のこの時期は、シェリティリアの花が開花期に入り、それに伴い守護龍が産卵、ならびに産まれた卵が羽化期に入る為、常時張られている結界が強さを増す。

 それ故に、本来なら特別な許可がないとこの山に入る事は出来ないのだが。


 守護龍の結界で護られている為、一応といった感じで置かれている役所には二人の護衛騎士が立っていたのだが、アルドとシェダの姿を確認すると無言でその門戸を開いた。


 守護龍に今年も無事に終えられそうだと報告してきますね、と告げて門を潜ったシェダに促され、シアが続いて門を潜り、アルドも次に続くのかと思いきや、後ろを振り返って、じぃーっとここまで歩いて来た道の後方を見やっていたのだが、騎士の一人にこそこそと耳打ちしてから、何事もなかったかのように門を潜る。


 それにシアははてなと小首を傾げるが、それだけに留めてまた二人の先を歩き出した。




 シア達三人が、門より先に進んでいる一方で。


「………………」

「………………」


 護衛騎士がいる門前を、茂みの中から見つめる者が二人。

 カラミスとエレミアだ。


 アルド同様納得のいっていない二人も、連れられて行くシアを見付けてこっそりつけて来た――と思わなくもないが、この事は、事前に知らされていた事だった。


 昨日、食堂で三人だけになった時に、シェダから聞いていたのだ。


「アルドの事だから、直ぐ行動を起こすと思うんです。……覚悟があるのなら――。明日、裏門で待っていなさい」


 そうして、覚悟が出来たかどうかはわからないものの、早朝からカラミスがエレミアと共に裏門近くの物陰で息を潜めて待っていると、シェダが言っていたようにアルドに連れられていくシアを発見したという訳だ。

 そのまま、なんとなく合流するのは(はばか)られたので、後をつけていく事になったのだが。


 ここに来て、どうしたものかと頭を悩ませる。


 シェダイス様とアルドユーク様、それにその二人にくっついていたシアリートが門を難なく潜れるのはわかるのだが。


 常でも結界が張られていて許可なく入ることは許されないのに、この時期は花の開花と守護龍の子の羽化期が重なる為に結界が強化されていて、ただの学生でしかない自分達に、あの門を許可もなく潜る事は難しい。


 何処に行くかまでは知らされていなかった為に、許可証を用意する事すら出来なかったのだから。


「……どうしようか。まさか守護龍の山に来る事になるとは、思ってなかったからね……」

「そうですわね……。ですが、こんな所に一体、シアリートは何の用あると言うんですの?」

「……それはたぶん……゛僕達だからこそ、見せられない、話せない何か″だよ」


 うーん、と顎に手を添え考え込むエレミアに、寂しげに苦笑しつつ肩を竦めるカラミス。

 そんなカラミスに、むぅと眉根を寄せて呟くエレミア。


「……私達はダメで、彼等になら見せられる何かって……なんだか納得いきませんわ」

「……まぁ、それはそうだけど。それを解決する為に、今こうして此処にいるんだから。それにはまず……あの門をどうにかして突破しないとね。もたもたしてると、見失っちゃうかもしれないし」


 言い終えてすぅと前を見据えるカラミスに、エレミアもすっと身構える。


「……出来れば、穏便に行きたい所だけど……」

「……こそこそするのは私、いい加減飽きてきたんですけれど」

「あはは、だよね。……でも、事を起こしてシアリートに気付かれちゃったら、意味ないからね?」


 今にも飛び出して行きたそうなエレミアをやんわりと制するカラミスだが。


「――荒立たせなければいいのでしょう?」

「あっ!? ちょっとエレミア!」


 止めるより早く、エレミアが金糸の残像だけを残して、茂みの中から勢い良く飛び出していく。

 その時には既に、詠唱が始まっており。


「この手に宿るは真紅の(とげ)。閃くはしなやかなる深蒼の(つる)。茨双包陣っ!」


 詠唱を終えると共に、エレミアの身体が仄かな緑色の光を放ち、


「な、なんだっ!?」

「えっ、ちょ、うわわっ!?」


 突然の出現と、自分達の周りに形成された茨の檻に護衛の二人が驚いている内に、その喉元に棘双の細剣を突き付け、ニッコリとした笑みを浮かべて、エレミアは言った。


「何も言わず、聞かず。黙って通してくださいな」


「…………」

「…………」


 エレミアのそのあまりに華麗な手際に、驚いて声を出すことも忘れている二人の耳に、やれやれとしたカラミスの声が届く。


「……エレミア。それじゃあ僕達、なんだか悪役みたいだよ?」

「そうかしら? そんな事、ないと思いますけれど。――ねぇ?」


 そんなカラミスに小首を傾げて答え、まだ喉元に切っ先を突き付けている護衛の二人ににっこりと訊ね確認するエレミア。

 それにこくこくこくと頷きながら、護衛の一人がおずおずと口を開く。


「……お、お前ら……エルスティン学院の、カラミス・デュクレイとエレミア・ファスティード、か……?」


 呟かれたその言葉に驚いて、碧眼をぱちくりとしばたくエレミア。


「……どうして、僕達の名前を……?」


 それにはカラミスも驚いたようで、一瞬蒼紺の瞳を見開き、ついで訝しげに眉を寄せて声音低く問う。


 学院指定の制服を着ているのだから、学校名がわかるのは理解できるが、エレミアの名はともかくとしても、ファミリーネームまでわかるような情報を提示した覚えはない。

 それ故に、視線が少々鋭くなってしまっても仕方がないというものだ。


 カラミスのその視線に怖々と、もう一人の護衛騎士が声を上げる。


「騎士団長にた、頼まれたんだよっ! 後からエルスティン学院のガキ二人がやって来るから、入れてやって欲しいってな!」


 その言葉を反芻して、即座に剣と檻を引っ込めたエレミアとカラミスが、顔を真っ赤にして護衛騎士の二人に平謝りしたのは言うまでもない――……




「……どこまで、行くんでしょうね」

「さぁな。もしかしたらこのまま、守護龍サマとご対面〜♪ かもなぁ」

「……怖いこと言わないでくださいよ……」


 後ろから聞こえてくる二人の声に耳を傾けながら、目的地へと急ぐシア。


 昨日からの胸騒ぎが消えていないのを必死に押し隠しつつ、獣道としか思えない荒れた道を、迷わず進んでいく。


 道中一言も言葉を交わさないのは、決心を鈍らせない為。


 アルドの願いに、頷いたのは他ならぬ自分だが、心の整理もままならない状態で晒さなければならない事に、まだ戸惑っているのが現状で。


 しかしここまで来てしまっては、もう逃げられもしない事も、シアには良く、わかっていた。


 枷がひとつ増えても、゛離れられる″のなら――……


 いくら言い難い事であっても、見せづらいモノであったとしても……


 自分が傷付くだけなら、と。


 ゛彼女″の為と、思っていたけれど。

 ゛自分″がもう、堪えられそうにない。


(……いくらアルド様でも……きっと゛諦めてくれる″。……゛私達″だけで済むのなら……その方がずっと、いい筈だもの……)


 胸中で呟きつつ、徐々に投げ付けられるプレッシャーの重さに堪えながら、それでも、シアは足を前に進める。


 暫く進んでいると、鬱蒼と生い茂る木々や草木の合間に、ちらほらと白いものが混ざり始める。


 シェリティリアの花だ。


 蕾を順調に膨らませているのが草木の間から見え隠れし、目的のその場所に、近付きつつあるのを悟る。

 それはこのプレッシャーからも、ひしひしと感じていて。


 この山の頂付近に群生しているシェリティリアがあるその場所に、彼の龍もきっといるのだろう。

 親子水入らずの所に踏み込んでしまったから、怒っているのかもしれない。


 いつもより重いこのプレッシャーが、その証拠だろう。


 いつの間にか、後ろの二人のお喋りが静まっている。

 後ろを歩くアルドとシェダも、守護龍のプレッシャーを感じているのかもしれない。


(………………)


 どちらにも悪いことをしてしまったな、と胸中で苦笑しつつも、ここ以外に思い当たる所など他にないシアは、飛び出そうになる恐怖を必死に押し殺し、竦みそうになる足を叱咤して、重い歩みを進めるしかなかった。


 そのまま、互いに無言で歩みを進めること、数十分。


「……なぁ、シア。お前、まさか本当に――」


 しびれを切らしたらしいアルドがそう口を開いたのと同時に視界が開け、目にも美しい白の景色が、眼前一杯に広がる。

 緑の茎葉に、白い雪を思わせる丸い蕾を風に揺らす、シェリティリアの花々達。

 しかしその光景に魅入る間もなく、


 ガアァアァッ!


 龍の咆哮が響き渡り、ぐらぐらと大地を揺るがす。


「っ!」

「く!」

「おぉっ?」


 その咆哮にアルドは涼しい表情(かお)で、シアとシェダは息を飲み、そちらへと視線を走らせると。


 シェリティリアの群生地の奥から、雪の化身と見まごうばかりに美しい、白き守護龍、フェイニッシュスノードラゴンが現れる。

 人の数十倍はあろうかという艶やかな巨体でしっかりと大地を踏み締め、長い長い首をもたげて、遥か高みから此方を見下ろしている。

 その鋭い瞳はサファイアを思わせるような透青色で、子と花を護るように広げられた半透明の翼は、日に透けてキラキラと輝いていた。


「………………」

「………………」


 幻想的なその光景に圧倒されて言葉を無くしたまま、眼前をただただ見上げているシア達に、ひとつ声が落とされた。


『ここが、我の領域と知っての狼藉か』


 こうして三人は――、白き守護龍と邂逅(かいこう)した。





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