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殻の檻4




「……まいったね……」


 書斎にある黒革張りの椅子に深く腰掛け、ゆったりとした背もたれに身体を預けて、天井を仰ぎながらスティリドは、ふぅとひとつ息を吐く。


 食堂(あそこ)では落ち着かなくてついつい、書斎に逃げて来てしまった。


 なんとも言えないこの感情を、自分でもどうしたらいいのか、わからなかったのだ。


 与えているばかりだと思っていたモノが、ふいに返されたのだから。

 とても嬉しい言葉と共に。


 こんなに嬉しいことはない。


 これが動揺せずにいられるだろうか。

 否だと、即座にスティリドは答える。


 きっと今頃あの二人も動揺しているんだろうなと思うと、微苦笑が溢れてしまう。


「……しまったな。もう少し我慢していれば、カラミスとエレミアの、珍しい姿が見れたというのに。これは惜しい事をしたかな?」


 まぁ仕方ないか、と呟いて、机の上に立てられている、写真立てへと視線を移す。


 写真立てには昔の、スティリドがまだ学生だった時の、卒業記念で撮った写真が一枚、入っていた。


 五人グループの中で唯一、女の子だったリーティアを囲む様にして、左からアイリード、アルドユーク、シェダイス、最後にスティリド(自分)の順番で、校舎をバックに並んで写っている。

 皆、満全の笑顔を向けていた。


「………………」


 写真を見つめ、懐かしむように目を細め、アイリードとリーティアが写っている部分を、クリアガラス越しに指で優しく撫でながら、スティリドは呟く。


「……君達の、最後の願いだったから……なんとかやって来たけれどね。……どうやら、無駄じゃなかったみたいだよ」


 初めは、どうなる事かと思ったけどね、と苦笑するスティリド。


 伝令から初めて事故の事を聞かされた時は、そんなまさかあの二人が? と、信じてすらいなかった。

 それは、空白地帯の側にある小さな村の墓地に弔われていた、彼らの墓を目にした時も同様で。

 その墓標に書かれていたのは偽名であり、スティリド自身が、二人の遺体すら見ていないのだ。


 それで信じろと言う方が、どうかしている。


 しかし、その現場に訪れ、その惨状を物質の記憶を盗み゛視た″事により、信じざるをえなくなった。


 アイリードとリーティアの二人が、もうこの世にいないのだ、という事を。


 鮮明に、全ての記憶を追えた訳ではないが、スティリドにそう思わせるに十分な程の、惨劇がその記憶には詰まっていた。


 同時に二人が何者かに、襲撃されたらしいという事も。


 そして、それを視た事で唐突に、何かに導かれるようにして進んだ道の、その先で。


 スティリドは、宙に浮いた状態で眠り続けている一人の幼女、二人の忘れ形見である――シアリートを発見した。


 精霊の力とも、魔法の力とも違うような、それでいて王族であるアイリードと四季の者であるリーティアの二人の力と似て比なるような、そんな不思議な力に護られるようにしてそこにいたシアを見た時は、安堵より、驚きの方が大きかったのを、良く覚えている。


 しかし、それが害をなすようなモノではなく、柔らかく包み込むような力なのを感じ取り、スティリドはようやく、安堵のため息を溢す事が出来たのだった。


 それと同時に込み上げてくる喪失感は、半端の無いものではあったが。


 シアリートだけでも、生きてここにいてくれる事が、とてつもなく、嬉しかった。


 だから自分が二人の代わりに、シアを守り立派に育て上げようと思った。


 示し合わせたかのように届いた二人からの手紙には、随分と驚かさせられたが。


「……まったく……何かあると二人とも、すぐ私に押し付けていくんだから……」


 くすり、苦笑してスティリドは椅子を引くと、窓から空を見上げる。


「……守ってみせるよ、必ず……。二人の子を……私の゛娘″を、二人のようには、させないからね……」


 空を見上げたまま呟いたスティリドは、思いを胸に、そっと書斎を後にした。




 ……*……*……*……




「………………」

「………………」


 一方その頃一階の食堂では。


 呆然とシアが走り去った方を見つめ佇むカラミスと、同じく呆然としたままのエレミア。それと苦笑を浮かべたまま優雅にお茶を楽しんでいる、シェダの三人の姿があった。


 呆然とする二人を、シェダはにこやかな笑顔で見つめる。


 そのまま暫しの時が流れ、徐々に意識を取り戻し始めるカラミスとエレミア。


「あ……え……?」

「……えぇと……? 何があったんでした、かしら……?」


 何が起きたのかわからない、とでもいうようにぱちぱちと瞬きつつ、ぼんやりと呟く二人に、にっこりしたままシェダが告げる。


「一昨日の事を話している最中だったのですが、途中で、シアが飛び出していってしまって……」


『あっ! そうだよ(ですわ)、シアリートっ!』


 と、シェダの言葉に見事声をハモらせて、同じようにシアのいた席を見やる二人だが。


『いないっ!? ――ってなんで(ですの)っ!?』


 そこにシアがいないのに驚き声を上げる二人。

 その様子をニコニコとしたまま、シェダはただただ見守って。


「――じゃなくて! えぇと……そう、なにか……なにかとても、大事な話をしてて……」


「そ、そうですわ。確か……なんだかとっても、大事な……ことで……」


 思い出そうとするように額を押さえ、頬に手をあて、瞳を行ったり来たりさせながら、ポツリポツリと呟くカラミスとエレミア。


 ……あなた達を、大切だと、思ってしまったから……


 シアがそう呟いた場面が、いきなり心に、その目に、その耳に鮮明に蘇って。


「………………っっ!」

「…………〜〜っ!」


 二人はみるみるその顔を真っ赤に染め上げ、あ、とかう、とかモゴモゴと呟きその目を白黒させて。


 暫くしてから、カラミスは椅子の背もたれに深々と身体を預けつつ天井を仰ぎ、エレミアはテーブルに身体ごと預けるかのように突っ伏して。


『…………はあぁ〜〜…………』


 二人同時に、盛大にため息を吐く。


「取り合えず、二人ともお茶でも飲んで落ち着いてください」


 そんな二人ににっこりした笑顔で、シェダがポットからお茶を注いだカップを差し出す。


「わわっ!? そ、そんな……゛大魔導師様″自らお茶を淹れられるなど……」

「そ、それに……それを私達が頂く、なんて……」


 シェダの行動を驚きの表情(かお)で見つめ、ぶんぶんと首を横に振って恐縮するカラミスとエレミアに、シェダはくすりと苦笑を浮かべて言った。


「私だってお茶くらい、自分で淹れますよ。それに、ここにはスティリドの友人として来ているのですから、そんな畏まらなくて結構ですよ。昔ならばいざ知らず、今や゛大魔導師″なんて、お飾りみたいなものですしね」


 にっこり笑ってそう告げるシェダ。


 しかしそうは言っても、本来目上の者が目下の者に茶を淹れるなど、あってはならない事だ。

 バレれば何かしらの刑が下されるのは、必至である。

 何らかの褒美として賜る、というのならば話は別だが。


 しかし、友人として来ているというシェダの好意を(大魔導師様なのは変わりないが)、無下にする訳にもいくまい。


「………………」

「………………」


 カラミスとエレミアは互いに顔を見合わし、こくりと頷き合ってから前へと向き直り。


「……それでは、お言葉に甘えて」

「……い、頂きます……」

「はい、どうぞ」


 恐々といった感じでカップを取る二人に、苦笑を浮かべるシェダ。


 こくりと、一口飲んだお茶は美味しく温かく、じんわりと二人の身体に染み込んでいく。


 ほぅ、と息をつく二人。それを見て、穏やかに微笑むシェダ。

 そのまま静かで和やかな、時間が訪れるのかと思いきや。


「……っ……」

「………………」


 一度落ち着いてしまった為に、再度浮上してきたその思いを、二人は隠し通す事が出来なかった。


 ずず……っと崩折れるようにカラミスは背もたれに寄りかかり、へにゃり、とエレミアはテーブルに突っ伏して。

 ぼそり、と呟く。


「……どうしよう、エレミア……」

「……カラミス。どうしましょう、私……」


 互いに呟くカラミスとエレミアの両者の声は、若干、震えている。

 それに加えて、俯き加減の為顔までは見えないが、カラミスのその頬は朱に染まっており、エレミアに至っては、身体を小刻みに震わせていた。


 そのまま、言葉を紡ぐ二人。


「……僕……物凄く、その……う、嬉しいんだけど……」

「……とっても、とっても……嬉しいですわ……」


 呟かれたその言葉は、全く同じことを意味していて。

 驚いた表情で互いを見やる二人だが、暫くしてくすり、と苦笑する。


(……若いって、いいですねぇ……)


 そんな二人を苦笑しつつ見つめ、シェダはお茶を口に運ぶ。

 しかし二人の表情が直ぐ様陰った事におや? と首を傾げる。


「……シアリートは……一体何を、その内に抱えているんだろうね……」

「……それは、私には想像もつきませんが……。私達には、言えない事……であるのは確かですわね……」


 ぽつんと呟いて、はぁ、と肩を落とす。

 その姿は随分と悩まし気で、これは何か言うべきでしょうか、とシェダが思考を巡らしかけたが、その前にカラミスが傍らのエレミアを見つめ、訊ねる。


「……エレミア、君……アレで納得、した……?」

「まさか!」


 その問いに、即答で返すエレミア。その碧眼を見つめ、カラミスもこくりと頷く。


「だよね。……実は僕も、納得はしてない」

「ですが、シアリートが素直に話してくれるとは思えませんわ」

「そうだね……。彼女があそこまで言うんだから、リド兄の為……ってだけじゃない気がする……」


 二人の呟きに、ほぅ、とシェダは関心を込めた視線を投げる。

 伊達に長く一緒にいる訳ではないようだ。

 良く良く、わかっているらしい。


 どの道、あんなことを言われたくらいで折れるのならば、シェダは今、ここに留まってはいなかった筈で。


 アルドから少々話を聞いて、全然興味がなかった訳ではないが、未だ行動を起こせていない点で、期待はあまりしていなかったのだが。

 二人のその折れない心は、称賛に値する。

 今日アルドについてきたのは、どうやら無駄ではなかったらしい。


 シェダはにやりと口角を上げて笑う。


 そうしてどうしたものかと悩む二人に、にこりとして提案した。


「ならば、こんなのはどうでしょうか?」


 その提案に二人が驚くのは、もう少し後の事――……





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