殻の檻3
(……こんな事しても意味ないんだろうけど、ね……)
食堂を飛び出した、はいいものの。
自室に籠るのはなんだかシャクだったので、バルコニーに出て屋根から垂れ下がっているロープを登り、屋根の縁にちょこんと、膝を抱え腰掛けるシア。
外は快晴で、うず高く昇っていく途中の太陽はサンサンと光を振りまき、空は澄んでいて青く、何処までも高く。
冬にしては、随分と温かい日だった。
(……アレで、納得してくれたかなぁ……? 咄嗟に、言っちゃったけど。別に…………嘘じゃ、ないし……)
先程の食堂でのやり取りを思い出し、シアは恥ずかしさに頬を染め、立てた膝にその顔を埋める。
大切だと、思ってしまったから……
まさかそんな言葉が、咄嗟にとはいえ自分の口から出てくるとは、思ってもみなかった。
関わり合う事を、触れ合う事を拒絶しながら、その実彼らの事を、自分にとって゛大切″だと、思っているだなんて。
しかもそれを、あろう事か面前で、自分の口から暴露してしまうだなんて。
「……ホントに、なんであんなこと……。あり得ないよぅ……」
呟き、丸まるように膝を抱く。
穴でもあったら、すっぽり収まれるくらいの勢いだった。
シアの今の心境はまさに、そんな感じではあったが。
いつの間に――……
こんなに弱く、なっていたのだろうか。
目覚め(起き)たばかりの頃は、意識がまだ混濁していて誰かと、共に居るのは仕方がない事だと思っていた。
だけどそれでも、どうせその内離れるんだからと、極力、関わりを持たないようにしていたのに。
隙を見て、スティリドの所から逃げ出した事だって、幾度とある。
しかしその度に探し出されて連れ戻され、本気で心配されて怒られて、震えるその手で、抱き締められたり、スティリドやカラミスやエレミア(?)達に、優しく接しられたりしている内に。
弱く、なってしまっていたのだろう。
自分でも、気付きもしない内に。
「……関わりすぎちゃ、いけないのに……」
ふわり、流れる風がシアの空色の髪を揺らし、呟かれたその言葉は、そのまま風に流れて消えるのかと、思われたが。
「俺様は絶賛、大歓迎中なんだけどなぁ〜」
「っ!? なっ……!」
いきなり後ろからそんな声をかけられ、誰もいないと思っていたシアは驚いて後ろを振り返ろうとするが、バランスを崩し、その小さな身体が勢い良く前へと傾ぐ。
「きゃ……っ!」
「――っと」
それを後ろから、抱き込む形でアルドが助け。
「大丈夫か? ――悪りぃ。いきなり声、かけるんじゃなかったな」
「……あ、りがとう、ございます……」
落ちるんじゃないかという恐怖と、抱き止められた事によるドキドキに煩く心臓を高鳴らせたまま、シアはなんとかお礼の言葉を口にする。
そのまま数秒。
更に数十秒。
三十秒経過。
――そろそろ、一分に差し掛かろうかという所で、
「……あ、の……。もう、大丈夫なんですけど……?」
シアが身動ぎつつ呟くが、アルドから離れる気はないのか、離してくれる気配はない。
(……うぅ。もう、一体なんなの〜〜!?)
あんな事を言ってしまった後で、恥ずかしくていたたまれなくて、食堂から飛び出したのに。
出来れば誰にも会わず、暫く一人でいたかったのに。
考える時間が、欲しかった。それは、本当。
(………………)
だがしかし。
こうして二人でいる事に、安心している自分がいるのも、本当で。
どちらが本当の自分の心なのか、わからなくなる。
「………………」
だが今の状態で考えてもろくな答えが出る筈ないと、シアは一つ諦めのため息を吐き。それと同時に、強張っていた身体の力がふっと抜ける。
「……ふ……」
それに満足したのか、シアを抱き締めるアルドの腕が、包み込むような優しいものへと変わる。……依然、抱き締められている状況なのは変わらないが。
「…………この嘘つきめ」
と、唐突にアルドが言葉を紡ぎ。突然の嘘つき呼ばわりに驚き、即座に反論するシア。
「な……! 誰が嘘つきですか!」
「お前だよ、お前〜」
「っ! あっ、アルド様だって、嘘ついてるじゃないですかっ!」
シアのその言葉に、アルドはニヤリと口角を引き上げ、さらりと告げた。
「俺はいーんだよ。俺は俺様の為に、つきたくて嘘、ついてんだから。けどお前は、どうなんだよ? その嘘は――゛お前″が、゛お前の為に″ついてる嘘なのか? ゛他の誰かの為″じゃなく?」
「っ!」
アルドのその言葉に、ドキリと心臓を跳ね上げさせ、言葉に詰まるシア。
(……どうして? なにが……なんで……?)
沸き上がる疑問が身体を、精神を支配していく。
どくどくと流れる血の音が、やけに煩く耳に響く。
アルドの言葉に動揺する必要など、ない筈だ。
自分の事に関して、たとえ゛何か″を知っていたのだとしても、その全てを、知っている筈はないのだから。
当事者ですらないアルドが、知っている訳がない。
それに今までの事で、この男が思わせ振りな発言をするのは、既に知れている事だ。
それが素なのかわざとなのかは、わからないが。
「……っ、いい加減、離してくれませんか?」
どうにもアルドのペースに乗せられてしまうのと、この話題を今すぐにでも断ち切るべく、そう提案するシアだが。
「やだ」
の一言で一蹴され、和らいでいた腕に力が戻り、くいっと引き寄せられて先程よりも若干強く、アルドに身体を抱き締められる。
「っ!? ちょ、ああのっ、アルドさまっ!?」
狼狽えるシアを尻目に、その朱に色付いた小さな耳に唇を寄せて、アルドは静かに囁く。
「――質問、まだ答えもらってねぇんだけど? それと敬語。いいって言ったろ。――連中、意識飛んでんのが大半だから、暫く誰も来やしねぇよ」
「そっ、そういう事ではなく……っ!?」
シアの言葉が、途中で途切れる。
突然の不意打ちに、驚いたからだ。
アルドの顔が、シアの細い首筋に、埋められていた。
(……っな……! そ、れはっ……反則です〜〜っっ!!)
力の抜けた身体をまた強張らせ、首筋に触れるアルドの髪がくすぐったいのに耐えながら、なんとか、シアは口を開き言葉を紡ぐ。
「……っ、だ……大体、意味がわからない、よっ……。なん、で……いきなり、嘘つき呼ばわり、な、のっ……!」
頬を染めつつ言い方を戻して呟くシアに、くすりと笑ってアルドが続ける。
「お前、まだ怖いんだろう? 本当は、誰より求めて止まないくせに。それにお前嘘つくの下手なんだから、もう止めとけっての。゛拒絶するフリ″も、゛認めようとしない″のも。――食堂で(さっき)の事が、本当のお前の、本心だろ?」
「っ!?」
ビクリ、シアの小さな肩が揺れる。
途端に激しい嫌悪感が、シアの背中を駆け上がる。
得体の知れないモノに対する、恐怖――……
言い知れない不安が一気に、その小さな身体に押し寄せる。
゛見透かされている″のが、本能的にわかってしまった。
「――離してっ!!」
「ダメ。そしたらお前、逃げるだろう?」
先程とは違う震えでガタガタ震えながらシアが叫ぶが、アルドはさらりと事実を告げて、シアの身体を絡め取って離さない。
その間にも、不安が、疑問が、何よりその嫌悪感が、シアの身体を蝕んでいく。
(……気持ち、悪い……っ)
それは、夢の淵で感じた、あの感覚と同じようで。
捕らわれたらもう二度と、逃げる事は、出来ない――……
そう思った瞬間にぞわぞわと、嫌な感覚が這い上がってくる。
(――っ!!)
「……お願い離してっ! ――怖いのっ!!」
必死に訴え、なんとかアルドの腕の中から逃れようともがくシアだが、身体をすっぽり抱き締めるアルドの腕は、ぴくりとも動かない。
そんな必死のシアに、涼しい顔でアルドが更に言葉を紡ぐ。
「――何が、怖いんだよ? 教えてくれたら、離してやるぜ?」
「〜〜〜〜〜〜っっ!!」
アルドのその顔が、ニヤリと不敵に笑っているのが見ていなくてもありありとわかってしまって、シアは悔しげに唇を噛む。
(――からかわれたんだ!)
と理解し(わかっ)た時には既に遅く。
がっちり抱え込まれていて、言うまでは絶対に離してくれなさそうなのが、容易に想像出来てしまった。
「ほれほれ。言わねぇとずーっとこのままだぞぉ? 俺様は別に、構わねぇけどな〜?」
「っっ!!」
ニヤニヤを含んだ声が、耳に届く。
それに、拳をぎゅうぅと握り締めるシア。
そんなの、死んでもお断りだ。
そもそもシアにそんな気は更々ないし、これ以上、変な噂が増えても困る。
(……また乗せられたっ!)
どうにもペースを乱されまくりな事に、怒りと羞恥でぶるぶると身体を震わせる。
だが、更に何か言い募った所で、のらりくらりと交わすであろうこの男には意味ない事だと、シアは自身を落ち着かせる為、ゆっくりゆっくりと息を吐いて。
(……出来れば何も言わず、聞かずに……いられれば一番、良かったんだろうけど……)
思案し、先程感じた恐怖を一時でも押し殺す為に、一度ぎゅっと目を閉じるシア。
言動だけ見れば、からかわれたんだと思わなくもないが。
その時感じた゛感覚″は、紛れもなく本物で。
それに――……
食堂のドアを開けた時から感じている゛嫌な予感″が、まだ消えていないのにも――……
きっと、理由がある。
(……聞くのは、怖い……。……でも、聞かなきゃいけない事も、言わなきゃいけない事も……きっとたくさん、ある……)
それで最後、なんだとしても……と、思考を打ち切ってゆっくり目を開けると、ごくりと唾を飲み込んでから、シアはアルドを振り仰ぎ、呟くように告げた。
「……貴方は一体、何者なの……?」
シアのその言葉に、殊更にんまりとした表情をするアルド。
不安げに揺れるシアの赤と紫の瞳に、口角を引き上げて笑う、アルドの姿が映り込む。
「っ!?」
アルドのその表情に、ぞくんと背筋か粟立つのを感じるが、シアに逃げるという選択肢はない。
呟いたと同時に両手で頬を包み込まれ、互いの髪が触れ合う程に近付いて来たアルドの、その黒の瞳から目を逸らす事すら、出来なかった。
至近距離で見つめ合ったまま、アルドは。
その言葉を紡いだ。
「……その言葉、そっくりそのまま返してやるよ。お前の方こそ――……一体何者なんだよ?」
その黒の瞳は――、挑発的な、キラリとした輝きを放っていて。
この瞬間を、この時だけを、待っていたのだと、告げていた――……
「…………」
「…………」
二つの瞳が、交錯し合う。
「っ……」
先にその視線を、外したのはシアだった。
俯き、押し黙るシアを暫しアルドは見つめ。
「……頼むから、教えてくれ。俺は、もうこれ以上……」
その小さな身体を包み込みながら、掠れたような声でアルドは呟く。
「!」
その事にシアは驚いたが、それだけに留めて息を吐き、聞こえるか、聞こえないかくらいの微妙な声音で、呟き返した。
「……ある、場所に…………来てくれる、なら……」
その言葉に、了承の意味を込めてアルドは若干強くシアを抱き締め、その空色の頭にそっと小さく口づけて。
「――ありがとな。……邪魔して悪かった。んじゃ、俺は戻るわ」
シアの身体から手を離し、いつもの飄々とした態度でそう言って、アルドはヒラリと舞うように、屋根の上から姿を消す。
「……、……! ……っ!?」
(……え、……な! ……ちょっ!?)
それを、真っ赤な顔をしながら頭を押さえ、言葉を紡がない口を無意味にぱくぱくと動かしながら、シアはただ、見送る事しか出来なかった。




