殻の檻2
「…………………………」
長い沈黙が、周囲を満たす。
誰も言葉を発する事なく、固唾を飲んでスティリドの次の言葉を待っている。
それもなく横から口を挟む、などという無謀な事はこの場にいる全員が、出来る訳ないと心得ていた。
周囲の静けさより尚静かな、スティリドを前にしたのでは、それも無理もないというもの。
(〜〜っっ! に、逃げ出したい……っ!)
首を竦め、小さな身体を更に縮こまらせて、シアはぶるりとその身体を震わせて、駆け出してしまいそうになるのを、必死に抑えていた。
さっきまで考えていた事が瞬時に吹き飛ぶ程に、ここから今すぐにでも逃げ出したいと思える程に、スティリドのその静けさは、異様だった。
嵐の前の静けさ――と表せるくらいには。
「……はぁ――……」
『っ!?』
テーブルに肘をつき指を組んだ状態で、スティリドが長い長いため息を吐き。それに、アルド以外の四人がびくっと反応する。
アルドはそれを、口角を引き上げるだけに留めて眼前のスティリドを見つめ。
視線に気付いて苦笑を返し、スティリドは静かに告げた。
「……ならば、辞めさせざるを得ないだろうね。――どう考えても、アルドが悪い、という結論にしか行き着かないのでね」
「うっわ。俺様信用ねぇんだなぁ〜?」
などと言いながらも、へらへらと笑っているアルドを見やり、ため息してスティリドは続ける。
「……君に関わらなければ、あんな事にはならなかったんじゃないのかな?」
「リド。お前、わかってていってんだろ? なのに俺に言わせるのか? ま、別にいいけどな〜」
言いながら肩を竦め、アルドはちらりと傍らにいるシアを見やってから、やれやれと告げる。
「――俺と関わってたからこそ、シア(こいつ)はここに、帰って来る事が出来たんだぞ?」
「ど、どういう事ですか!?」
「私達にも、分かるように説明してください!」
「……貴方という人は……。もう少し、言い方ってモノがあるでしょう……」
「まったくだね」
「………………」
その言葉にカラミスとエレミアは驚いたように声を上げ、シェダは脱力してため息し、スティリドはそんなシェダに同意して苦笑する。
そんな面々の中、シアは俯きスカートの裾を掴んだ手に力を込める。
(……このまま、任せていいのかな……? なんか嫌な予感しかしないんだけど……。でも……私から口を挟む、なんて……絶対無理……)
胸中でそう呟き、呟くだけに留めて頭を上げる事はせず、シアは目を閉じ耳をすます。
「取り合えず順をおって説明するが、まず今回、狙われたのはシアだ。これはいいな?」
一つ、指を立ててそう告げてくるアルドに、取り合えずといった感じでシア以外の面々が頷く。
それによしよしと頷いて、アルドは話を続ける。
「これはなんでかってーと、俺様が遊んだ相手ってのが虹光髪――もとい四季の者、だったからなんだよ」
「!」
「なっ!?」
四季の者――その言葉に、カラミスとエレミアは驚いた顔をしてアルドを、ついで俯いたままのシアを凝視し。
「………………」
シェダは、申し訳なさそうな顔をして目を伏せ。
「――やはりそう、だったんだね……」
組んだ手に顔を埋め、スティリドはぼそりと呟いた。
『!』
その呟きに、シア、カラミス、エレミアの三人がスティリドを見やる。
三者驚いた表情をしているが特に、シアのその顔は驚愕の色が濃くその身体は、小刻みに震えていた。
(――……私、なにも……言ってないのに……どうして)
「……どう、して……」
胸中で呟いたシアの疑問は震えるその唇から、音となって掠れた声と共に溢れ出る。
シアのその声に顔を上げ、スティリドは苦笑混じりの表情でシアを見やり、答えた。
「……私だってね、出来る事ならアルドを、疑ったままでいたかったよ。でも、でもね――。……狙いは君で、あまつさえ君を狙っているのが、君と同じ虹光髪……いや四季の者なら、おのずと答えは、導き出されてしまうのだよ」
静かに告げるスティリドを、シアは呆然と見つめる。そんなシアを見返し、続ける。
「……十二年前の――、゛事故″の時と同じ、相手が来たんじゃないのかい?」
「――――っ!」
スティリドのその言葉を聞いた瞬間、シアの頭の中は真っ白になった。
知られて、いた――!!
その事がショックで、先程の動揺からもまだ抜け出せてもいないというのに、同時に様々な疑惑が込み上げてきて、どうしたらいいのか、わからなくなる。
あの現場を本当の意味で゛視て″いなければ、探し出される事はなかった。
それは、わかる。
護られていたのは、他ならぬ自分なのだから。
しかしシアは、あの時そこにいたモノ達が、探しに来てくれたスティリドを関係者だと認めて、その護りを解いたのだと思っていた。
あの現場の惨状を見ているのは確かだが、その事について、今まで聞かれた事は一度としてなかったのだから。
それに他人の記憶、もしくはそこにあるモノの記憶を覗き見る、等をしてある程度その時の情報を得ていたのだとしても、十二年前の事だ。
当時戦乱は激しさを増していて、野盗、魔物、敵国等からの被害報告はそれこそひっきりなしに上がっていただろうし、何より空白地帯が解禁された事の方が事故(そんな事)より遥かに重要で、そこで起きた事故の事など、報告にも上がっていないに違いない。
王族と四季の者の家族がそこにいた、等という情報は、一つとしてありはしないのだから。
本来の身分であれば騒ぎになったかもしれないが、たかが辺境出身の一家族の旅行者の事など、誰も気にも止めていないだろう。
それに、襲撃してきた四季の者である彼らが、何らかの手を打っていかなかった訳がない。
四季の者達の存在が明るみに出て困るのは、他ならぬ彼らの方なのだから。
(……まさか、何もしていかなかった……? そんな筈、ない……。それならもっと早く……だけど、でも。それなら、伯父上はなんで……)
ぐるぐるぐるぐる、同じ疑問を、混乱する頭で考える。
しかし当然、答え等出る筈もなく。
聞くのは楽だし、その方が早い。
そうだと、認めてしまえばいいのだから。
「………………」
しかしそれをする事は、シアにはまだ、出来なかった。
話さなければいけない事も、もういい加減潮時なのも、わかってはいるのだが。
近しいが故に、それを話す事が、余計に出来なかった。
「……っ……」
一言呟いたきり押し黙ってしまったシアを心配しながらも、カラミスとエレミアは、微苦笑を浮かべるスティリドを捲し立てる。
「あの時の事故は……事故ではなかったのですかっ!?」
「説明してください、学院長っ!」
「……いずれは、話さなければならないと、思っていたんだけれどね」
そんな二人に苦笑して、スティリドは続ける。
「私自身、きちんとした確証はまだ、ないんだよ。現場を見て、事故ではない事はわかっているんだけれど。……情けない事にいまだに、聞くことが出来なくてね……」
ダメだね、と苦笑するスティリドの視線は、シアへと向けられていて。
自然とそこにいる者達の視線が、シア一人に集まる。
「………………」
五つの視線が突き刺さる――……
いつもならば、様々な視線を投げられる事に慣れてしまっているシアには、堪えられるものの筈だった。
様々な視線の海の中、自分自身に、シアリート本人に、向けられている視線は、一つとしてなかったのだから。
どれもこれもが、落ちこぼれや学院長の孫等の、見せかけのモノに対する視線ばかりで。
誰も、゛シアリート本人″を、見ていた訳ではなかったのだから。
しかし今、向けられているこの視線は――
紛れもなく、シアリート本人に、向けられているモノで。
(……もう、無理かな……。でも――……)
膝に置いた手を握り直し、シアは俯いた状態で、ポツリと言った。
「……どうしても、今……言わなければ、いけませんか……?」
呟かれたそれは、あまりにも小さくて。ちゃんと聞こえているのかすら、怪しい程で。しかし、シアはそのまま続ける。
「今まで、だって……十分、待って頂いた事には、感謝しています。もう、言わなければ、ならない事も……。でも……なんて、言ったらいいのか……わからない、んです……」
確かめるように呟かれるシアのその言葉を、五人は黙って聞いている。
「……それに、もう……思い出して、ほしく……ない、んですっ……」
言いながらその顔を上げ、眼前に座るスティリドを見つめるシア。その瞳からポロリと、一粒の涙が零れ落ちる。
もうこれ以上、傷付いて欲しくない。傷付けたくない。
あんな事に関わらないで済むのなら、その方がずっといい筈だ。
哀しんで、欲しくない――……
それはシアの本心からの、願いだった。
スティリドの事は、五歳までと七歳から十七歳までの十五年間、ずっと一緒だったのだ。
だから、ある程度の事はわかっている、つもりだ。
自分を見て、アイリードとリーティアを、知らずと重ね見ていた事も。
自分と共にいるせいで、どうしても事故の事が思い起こされてしまって、気付かれないようにしていたのだろうが、一人、書斎で涙していたのも、知っている。
そうさせたのは自分で、分かっていながら離れられなかったのも、自分だけれど。
でもだからこそ――、もうこれ以上あの時の事で、哀しんでほしくなんか、なかった。
「……伯父上に、これ以上――……哀しんで、傷付いて……欲しくなんかないのっ!」
叫んだ拍子に、両の瞳から雫が溢れる。止めどなく溢れる涙は、もう止まる事はなかった。
「……私の、ため――……?」
シアの口から出たその言葉に、驚き声をなくすスティリド。
涙を流すシアを、呆然と見つめる。
そんな事、思ってもいなかった。
「……ならっ、それなら君はどうなるのさ、シアリート!」
声をなくすスティリドに変わって、隣に座るカラミスがシアに向かって悲痛な声を上げる。
「……君だって哀しんで――、苦しんでいるんじゃないのっ!?」
「そうですわ! 昨日貴女が見ていた夢――、事故の時の、夢を見ていたんじゃありませんの?」
「……っ……」
カラミスとエレミアに問いかけられて、言葉に詰まるシア。
そんなシアに、更に問いを重ねるカラミス。
「……君だって……いや、きっと誰よりも、傷付いているのは君でしょ……? なのに、なのになんで……」
掠れる声で、そう告げるカラミスをシアはただ見つめ。
泣き濡れて揺れる赤と紫の瞳を見返して、カラミスは言った。
「君は手を――、伸ばさないの? 夢から覚めた(あの)時みたいに。君だけで、どうにか出来るモノじゃないでしょっ!?」
「っ!」
声を上げるカラミスに、シアはびくりと身体を震わせる。それに構わず、更にカラミスは言い募る。
「ねぇ。僕達って、そんなに頼りない? 君の力に――、君のその゛傷″に……、触れる事すら、出来ないの……?」
「!」
震えるその声に、シアがはっと顔を上げると、その蒼紺の瞳から一筋の涙を流して、此方を見返すカラミスと目が、合って。
驚きに、シアはその瞳を見開いた。
カラミスが泣いた所など――しかも人前――、数える程しか見た事がなかったのだ。
「……えっ、えぇと、あのっ……」
激しく動揺し、慌てて何か言おうとするシアに、静かにカラミスは問う。
「……答えて、シアリート……」
「っ!」
消え入りそうな――、初めて聞くカラミスのその声に、シアはびくっと反応して、痛ましげにカラミスを見返す。
そうして――、自分の胸がズキリと、ジクジクと痛むのを感じながらも、必死に何か、言葉を探す。
向けられる優しさは――、どうしても、重くて。
与えられる温かさは、それ以上に、苦しくて。
同じ傷を、背負ってなんか、欲しくなくて。
関わらないで済むのなら――、それでよかった。
そんな事を思う自分に、一体何が、言えるのだろうか?
(……悪いのは、全部私……。カラミス達には、何の否なんてないよ……)
流れ出る涙を袖で拭って、シアはカラミスを見つめ返し。
「……そんな事、ない……」
シアはポツリ、呟いた。
「いつも……いつも、助けてもらってばっかりだもん。頼りなくなんか、ないよ……」
「っ! じゃあ……」
「……でもっ! でもね……」
声を上げようとしたカラミスを遮って、シアは尚も続ける。
「私にっ……弱さ(それ)を、晒け出せる程の強さはないのっ! 近しい人達なら尚更……。……無理、なんだよ……」
言葉をひとつ呟く度に、拭った筈の涙が、後から後から溢れてくる。
「……あなた達を、大切だと、思ってしまったから……。……だから、だから……――ごめんなさいっ!!」
言うが早いか、驚いた表情のままの面々に構うことなく、椅子から勢い良く立ち上がると、シアは一陣の風だけを残して、食堂から脱兎の如く走り去った。
『……………………』
それを、そこにいる誰も、止めることは出来なかった――……




