その時の、こと11
「………………」
「………………」
一言もしゃべらずひっそりと、闇の中寄り添うチェイリルとナシグ。
ぼんやりと、虚空を見つめ。
闇の中は心地よくて、このまま、この闇に溶けてしまってもいいか、とすら思えてしまう。
禁忌を犯してしまった自分達には、いや自分には、それが最も、自然な事なんじゃないか、と。
静かに目を閉じ、優しく身体を抱き締めるナシグを見やり、チェイリルはふと、そんな事を考えてしまう。
あそこで、まだ、死ぬ訳にはいかなかった。
真実を知った今、務めを果たさず死ぬ事は、出来る訳がなかった。
しかし。
互いがそれを、望んでいたのだとしても。
禁忌を犯してまで、ナシグ(弟)を犠牲にしてまで、生き長らえて、本当によかったのか――?
「……ふ……」
そこまで考え、自嘲気味に笑みを溢すチェイリル。
なにもかもが、今更だ。
過去は、どうあっても変えられはしない。
起こってしまった事を、いつまでもウダウダ考え悩んでいるなんて、らしくない。
――後悔はしない。
あの時、そう二人で決めたのだから。
なら、こんな所で立ち止まっている訳には、いかなかった。
郷には、もう戻れない。
禁忌を犯したのだ。
長命を半ば達したとはいえ、戻れば打ち首、よくて投獄なのは目にみえている。
それに、もし――長が゛真実″を知っているのならば、それこそ調度良いとばかりに、贄にされるのがオチだ。
それでは、なんの為に生き長らえたのかわからない。
二人はもはや、前に進むしかなかった。
四季の系統者として――
移ろいを誰より早く感じ取り、季節を巡らせ世界全土を循環し調整する。
それは四季の者ならば誰しもが、当たり前の様に行う事で四季の者として、生まれた者の宿命だ。
しかし、それは表での事であり、裏での更に重要な、真の務めが存在する。
それを知っているのは今やもう、自分達だけだ。
ならば、それを果たすより他ないだろう。
調度その為かのように存在する、逸材が一人、いるのだから。
「……ふふっ。元々、分かり合えなければそうするつもりだったんだし♪ ただその対象が、親から子に変わったってだけ。――さぁ。これであの子は、一体どう動くのかしら……?」
そんな事を考えたら、急に楽しくなってきた。
くすくす、小さな唇から笑みが溢れる。
「……今度は、逃がさないわよ? 本当はあの子だって、私たちを待っていたはずなんだから♪」
闇の中、チェイリルの楽しげな笑い声が響き渡る。
「……ん……姉さん?」
その声に導かれ、微睡みの中から目を覚ますナシグ。
「あ、起こしちゃった〜? ごめんね〜シグ。でも、これから物凄く楽しい事が始まるんですもの、堪えきれなくって〜」
きゃはは、と笑うチェイリルに、目を細めにこりとナシグは微笑む。
「そっか。じゃあ――、最高のもてなしを用意しないとね」
「さっすがシグ。わかってるぅ♪」
ナシグのその言葉に満全の笑みで答え、チェイリルはナシグをぎゅうと抱き締める。
「舞台はやっぱり、゛あそこ″以外、ないわよね〜。あの子も、それを良く解っているはずだもの。私たちの、始まりの場所なんだから。――必ず、来るわ」
「そうだね――。例え、罠が仕掛けられていたとしても、来るしかない。あそこじゃなきゃ、意味がないんだから。゛終わらせる″つもりなら――」
するり、首の後ろに手を回し、抱きついてくるチェイリルを柔らかく包み込んで、そっと囁くナシグ。
「必ず、来るよ」
「そうね。でもまぁ、終わらせてあげるつもりはないんだけど、ねん♪」
くすくすくす。
闇間に、二つの笑い声がこだまする。
それは、まるで水面に出来た波紋のように広がっていく。
舞台の幕開けを、知らしめるかのように。
……*……*……*……
「……もう、無理ね……。これ以上、隠しておく事は……出来ない」
部屋の中。ひとつ、呟き声が発せられる。
夜も更けた時刻。室内は、静かな闇に覆われていた。
スティリドが帰宅し、昨日の事をあらかた話終え、カラミスとエレミアが寮に戻って、眠りについたシアのその部屋に。
シアの寝顔を覗き込むかのように、二つの白い人影が枕元にぼんやり、浮かび上がる。
長髪と滑らかな曲線の肢体の人影と、短髪でがっちりした体躯の人影は、どうやら男女のようだった。
長髪の女性が、呟く。
「……アイツは、初めから勘ぐってたみたいだったし、ね」
「……それに関しては同意するけど、それもこれも、想定内の事だろ? 分かってて言わなかったのは――」
長髪の女性の呟きに、やれやれと短髪の男性が続ける。
「そうね、私。……だけど、仕方ないでしょ? 私達はもう、自分達の意思で出来る事は、そう多くないんだから……」
男性の言葉を遮って、ポツリと告げた長髪の女性は、シアの頬にそっと、その白い手を添わせる。
「……ごめんね。本当は、こんなつもりじゃ、なかったんだけれど。……鎖、は――……そうそう、断ち切れるモノじゃなかった……。……ごめんね、シア……」
贖罪する女性の肩を、短髪の男性が抱き、
「……出来る事なら……、ただ、幸せな時間だけを、あげたかった。――でも、俺達が゛成そうとした事″を、途中で反故にする事は……とてもじゃないけど、出来なかったからね。シアには……本当に、本当に多くのモノを、背負わせる事になっちゃったけど……」
シアの寝顔を見つめながらそう言って、シアの頭を愛おしげに撫でる。
暫し、黙したまま二人の人影はすやすやと眠るシアの寝顔を見つめ。
「――リルに会った事でこの子が、どういう行動に出るかは、わからないけれど……。私達は、今の私達にしか出来ない事を、するしかないわね」
「そう、だね。出来る事は、少ないけど。せめて、あの姉弟達の事は、俺達でなんとかしたいね。――どうやら゛同じ″みたいだしね――」
各々呟き合ってこくりと頷き、突如、その形を変じさせる。
サラサラと、二つの人影が崩れていく。
そうして互いに白い霧と化した二人は、シアの頭上をくるりと一周してから、元いた場所へと戻っていく。
寝ている時ですら、滅多にその身から外す事のない、四十強の、リングの内へと。
左右に別れ、腕から入ったその白の霧は、徐々にシアの身体全体を被うようにして広がり、くまなく行き渡った所で、リングに、シアのその身体に、吸い込まれるかのように溶け、消える。
まるで初めからそこには、何もなかったかのように。
後には、静かに寝息を立てて微睡むシア同様、静かに夜が、更けていくのだった――……




