表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/63

落ちこぼれ少女の災難3


(はぁ〜〜まぁた、最下位、かぁ)


 半分に折られたままの紙をそのままくしゃりと握り締め、ため息を付く少女、シア。


 美しい赤レンガ造りの小路を、深々とため息を付きながらとぼとぼと歩いていく。


(……ホントなら今頃、もっと楽しい気分で、ここを歩いてたんだろうな……ステイと)


 綺麗でオシャレなカフェやレストランが立ち並ぶ食堂街を恨めしそうに睨んで、さっさとその場を立ち去るべく足を早める。


 エルスティン学院を出てすぐの所にあるこの食堂街は、学院の生徒たちのみならず、市民からも破格の人気を誇っているストリートなのだ。


 この食堂街のモットーは一貫して安い、旨い、早い、の三拍子が揃っており、外観もオシャレでオープンな所が多く、気軽に入ることができ、お財布に優しく、井戸端会議に興じる主婦層にも優しいので、いつでもどこも満席なんて常もいいところだ。


 それこそ行列の出来る屈指の人気店なんかは、半年先まで予約で埋まっている程なんだとか。


 やっとのことで食堂街を抜け、少し行った先の公園のベンチに腰を下ろすと、園内の露店で売っていた魚介サンドとフレッシュジュースで腹を満たし、シアはふぅと息を吐く。


(……別に、誕生日を心待ちにしていたわけじゃないけど……。祝ってくれる人も、本当に祝ってほしい人ももう、いないし。でも、それにしたってこの誕生日プレゼントは、ないよね……)


 自らの導き出した答えに打ちのめされて、またひとつ、大きなため息。


(……まぁ、もぅ恒例といえば恒例なんだけど……)


 胸中で文句を言いつつ、握り締めた左手を見やる。


 手の中には、くしゃくしゃになった紙切れが1枚、握られている。


「………………」


 忌々しそうにその紙切れを見やり、ひとつ息をついてから、勇気を出してもう一度中を確認しようと力を緩めた途端。


「あぁっ!?」


 びゅう、と悪戯な風が吹き、紙切れを空高く舞い上げてしまう。


「ま、待って──」


 慌てて追いかけるシア。


 目は飛んでいく紙に釘付けたまま、ちゃんとゴミをゴミ箱に捨ててから走り出す。


 が、空に舞う紙に目が釘付けだった為、


「うわっ!?」

「きゃ……!」


 手前の角を曲がって来た人物に気付くのが遅れ、ぶつかって一緒に尻餅をつく、と思いきや。


(あ、あれ……?痛くない……)


 確かに、ぶつかって突き飛ばされたはずだ、と不思議に思っておそるおそる瞼を開らくシア。


 どうやら突き飛ばされたのではなく、逆に抱き寄せられたらしく、すっぽりと、腕の中に収まってしまっている。


「いてて……。おい、大丈夫かチビっ子。余所見してるとあぶな──おわぷ!?」

 頭上から男の声が聞こえ、妙な声を発して止まる。


「…………?」


 シアが怪訝に思いながら顔を上げると、


「なんだこりゃ!?──て、こりゃまた、随分個性的な……」


 紙切れの内側を、しげしげと眺める男の顔があった。


 このシェリティードでは稀な、奔放に生えた漆黒の髪に同じく漆黒の人懐っこそうな瞳。


 しげしげと見やる紙面に面白いモノでもあったのか、その瞳がキラキラと輝いている。


 その輝きにしばし、魅入っていたシアだったが、


「っ!?」


 男が見やっているそれが飛ばされた自分のものだと悟ると、取り返そうと手を伸ばす、が。


「ん?なに、コレお前のなの?」


 などと言いながら、男は軽く手を上げ、紙切れを更に高いところに持っていってしまう。


「な………!」


 それでも諦めず手を伸ばすシアだが、がっちりと抱き止められたままなので、それ以上手を伸ばすことが出来ない。


「返してください!それはっ」


 とうとう我慢出来なくなってシアが声を上げるが、


「それは?」


 紙切れを持った手を上げたまま、シアの身体も抱き止めたまま、面白いものでも見るような顔で男が続きを問うてくる。


(っっ!な、なんなのこの人〜〜〜っっ!!)


 胸中で怒りをあらわにするが、怒った所で返してくれなさそうなのはその表情からありありとわかるので、シアは手を引っ込めてふぅと息を吐き、仕方なく正直に答える方を選ぶ。


「……そ、れは……、それは、私の…………成績表、ですっ、だから」


 返してください──と続けようとしたシアだったが、


「ア〜ル〜ド〜?よっくも撒いてくれましたねぇ?それだけじゃなく、白昼堂々公共の面前でナンパですか。──当然、覚悟は出来ているんでしょうね?」

「…………っ!?」


 背後からの冷やかな声音にビクリとその身を震わせ、口ごもる。


「おーシェダ。もう来たか。随分早かったな」


 が、どうやら事の当事者であろうアルドと呼ばれたこの男は、平気な顔でそう告げ、


「早かったな、じゃないでしょうっ!!どれだけ私が心配したと──」

「──決めたぜ」


 怒りを隠すことなくぶつける相手(どうやらシェダというらしい)に、臆することなく言葉を続ける。


「は?決めたって、一体なにを……」


 怒りを引っ込め、怪訝そうに聞き返す男、シェダに、にーっこりした顔でアルドが告げる。


「だから、こいつにしたんだって」


 それと同時に肩を掴まれ、くるりと後ろを振り向かされるシア。


「は?え?え?」


 いきなり引き合いに出されて、わけがわからないって顔のシア。


「き、決めたって……まさか……」


 ひくり、頬を引きつらせる眼前の男シェダに、アルドはさらりと言った。


「そ。こいつ、今日から俺の影武者ね」


 まるで、ちょっと街にでも行ってくる、くらいの気軽さで。


「ちょっ!?いくらなんでも、それはないんじゃないですかっ!?」


 と、シアが慌てて異論を唱えるが、アルドには聞こえていないようで、あれよあれよという間に影武者に仕立て上げられてしまったのだった。




 ……*……*……*……




「……なんであの時素直に逃げなかったのか、疑問です……」


 肩からはなんとか下ろしてもらえたが、依然゛抱っこ″されたままなのに抗議するのも疲れたシアは、初めて出会った時を思い出しつつ、ため息をつく。


「逃げるだぁ?なんでだよ?この俺様の影武者なんて、そう出来るもんじゃねーぞ?」


「……いえ、あの、「やりたい」とは、ひとっっっことも!言った覚えはないんですが!?」


 若干不機嫌そうに言ってくるアルドに、もう何度と繰り返し言っている言葉を返す。


「そーだったかぁ?でもま、もう決まったことだからな?」

「だから、それはアルが勝手に決めたんでしょう!?」


 どれだけ言い募った所で、のらりくらりと交わすこの男には、意味ないことだとこの一週間で嫌というほどわかっているのだが……


(……このままじゃ、またいつもと同じだよぅ……)

 頭ではわかっているものの、気付いた時には既に遅く、なし崩しに事が進んでいってしまっている。


(……一番、何も考えてなさそうに見えるんだけどなぁ……)


 アルドをじっとりとした視線で見やりつつ考えを巡らすシアだったが、


「なんとか間に合ったみたいだな」


 と呟いて歩みを止め、前方を見やるアルドに習い、そちらにゆっくり視線を移し、



「…………………はい?」



 数秒固まったのち、間抜けな声を上げ、大きな瞳をぱちくりとするシア。


(……な、な、なっ!?何がどーなってるのっ??なんでなんでなんで??)

 頭がパニック状態で、思考が追い付かず開いた口も塞がってないが、


「遅れると後がメンドーだからな。サクサク行くぞ」


 さらっとそんなことを宣って、放心状態のシアをそのまま伴い、門を潜ってずんずん中に入っていくアルド。


(うそおぉぉっ!?自由奔放なのも程がありすぎます、アルド様っ!!此処が何処だか、ちゃんとわかってるんですかあぁっ!?)


 胸中でシアが盛大に叫ぶが、勿論そんなものは聞こえていないアルドは、涼しい顔で躊躇なく歩みを進めていく。



(──……誰かもぅ、助けて……)



 心の中で頭を抱え、がくっと項垂れるシア。あまりのことに、未だ身体に力は戻らない。


 そうこうしている間に、もう引き返せないって所まで来てしまい、後に引けなくなってしまう。


(……アルド様のバカ!何考えてるか知らないけど、どうなっても知らないんだからっ!!)


 半泣きで叫ぶシアだか、それも仕方がないというもの。




 なんせ、アルドが今向かっているのは、シェリティード大国原産の最高峰の山に孤高に咲き誇る、シェリティリアの白い花を周囲にあしらい、真ん中に剣と杖のシンボルを掲げる紋章を背負った大豪邸──…


 自国の紋章を掲げられる邸は、至極限られている。 それは即ち──……



 王家に連なる地位にあるものの邸、だということだった。





評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ