その時の、こと9
「そこは、結界の膜が張ってあるかのような所でさ。初めは何しても入れなかったんだが、いきなりその膜がたわんで、その後、なんの抵抗もなくすんなりと、腕が膜を越えちまったんだよ」
今思えばそれも納得なんだけどな、と呟いてアルドは続ける。
「ま、自分で突破出来なかったのは悔しいが、これ幸いと、俺は膜の内側に入り込んだ……。内部のその景色に、正直驚いたぜ」
アルドのその言い方に、ふとシェダが訊ねる。
「……今のような、荒廃した断崖絶壁の峡谷……ではなかった、と?」
それにご名答〜♪ とニヤリと笑って、アルドが告げる。
「本来は゛そう″なんだろうが、俺が踏み込んだその時は、一瞬自分が何処にいるのか忘れるくらいの、絶景が広がってたんだよ」
四季折々の花が咲き乱れ、野山の草木は、古の時代の時のような黄金色の光を放ち……まるで幻想の中にいるみたいな、そんな不思議な場所だった……と、アルドは苦笑する。
「あれはたぶん、あの頃のシアが見てた夢を媒介にして、そこに造り上げてたんだろうな。――シアの為に。アイリとティアが二人で、さ」
良い両親してたんじゃねーか? と呟き、続ける。
「……二人には、俺が来るのがわかってたんだろ。だから、内部に入れたんだ。聞いてねぇけど、少なくともアイリは、俺に話があったみたいだったしな」
今となっちゃ、ホントかどうかわかんねぇけどな、と続ける。
「それで……アルドは、アイリードとリーティアに会った、んですか……?」
そう、囁くように問われたそれに、アルドは苦笑いを浮かべる。
「……会った、と言えば会ったんだが……。卒業式以来の懐かしさに浸る余裕なんか、ありもしなかったっての……」
頭をガリガリ掻いて唸りながら答えるアルドに、意外そうな顔をして驚くシェダ。
「そうそう、動じたりなんかしないでしょうに。珍しい事もあるものですね……。そんなにも、その幻想的な世界は素晴らしかったのですか?」
「……いや、まぁな。素晴らしかった、なんて言葉じゃ言い表せないくらい、凄かったけど。――えぇといや、そうじゃなくて、だな……」
また頭をガリガリして、暫しうんうん唸ってから、アルドは盛大にひとつ、大きなため息を吐いて。
「……内部に入ってすぐ、わかってたらしいアイリとティアが、出迎えてくれたんだが……」
「……だが?」
小首を傾げて聞き返してくるシェダに、更にため息を吐いて、ふいっと顔を逸らして続ける。
「……ガラにもなく、狼狽えたんだよっ……! 二人が連れてたモノ見て、な……」
あーくそっ! 俺様一生の不覚だぜ……と言って、頭を抱えてテーブルに突っ伏すアルド。
「……アイリードとリーティアが連れていた……? あ。シアの事、ですか」
アルドの言葉から推測して、そう結論を出すシェダ。
それに、項垂れたままもごもごと呟くアルド。
「……なんて言うか……、今でもシアは特殊な魔力波動してんだけど、その時は、もっとこう、なんか凄かった……んだよ……」
あれ一身に受けたら、お前だって腰抜かすぞ……とぼやいて、渋々続けるアルド。
「……まぁ、王族と四季の者との間に生まれてんだから、特殊なのは当然なんだが……。生まれたて特有の溢れる生命力っていうか、無垢であるが故の無邪気さというか……」
「……つまり、新たな魔力の存在に戦いたのに加えて、その時のシアに、何か核心的な事でも言われた……と。……ふふ。さすが、アイリードとリーティアの子供ですね」
にっこりしたまま、ぐっさりくる言葉を浴びせてくるシェダをジロッと見やって、
「……まぁ、簡単に言ったらそうなんだが……。お前、これリドとかリューオにゆーんじゃねぇぞ」
声音低く凄むアルドだが、
「まさか。そんな勿体ない」
それをさらりと交わして、笑顔で告げるシェダ。
その顔には、暫く私だけで楽しむに決まってるじゃないですか、というのが滲み出ていて、しゃべる相手間違えたかな、とアルドが思うが、もう遅かった。
うへぇという顔をして、テーブルに頭を預けたまま、アルドが続ける。
「内部で初めて、あいつ(シア)見た時――。四、五才のガキだった筈のシアに俺は、十七歳(今)のシアをダブらせたんだよ」
「……容姿、は……四、五才の時と然程変わっていないのでは……?」
アルドの言わんとすることが分からず、小首を傾げるシェダ。
それに理解はしなくていい、と手を振ってアルドは続ける。
「……ヒトの魔力波動は、そうそう変わるモンじゃねぇから、ここまで言ったらシェダ(お前)ならもう、わかんだろ?」
それ以上言う気はないのか、そう締め括るとアルドはまた菓子に手を伸ばす。
「……まぁ、そうですね。外見うんぬんではなく、魔力そのもの……つまり、源の部分でシアをシアだと言っているのですから、疑う余地などありませんし。それなら、信じない訳にはいかないでしょう」
それが、本来アルドにしか判別出来ないものだとしても、と付け加え苦笑するシェダ。
「……しかし、諸々をシアに聞かなければ分からない、となると……かなり時間がかかりそうですが……」
一口紅茶を口に含み、やれやれとため息を吐くシェダに、
「――そうか? そう時間はかからねぇと思うがな。あちらさん、気の長い方じゃないっぽいし」
アルドは菓子を頬張りつつ、さらりと告げる。
それに、訝しげな顔をしてシェダが訊ねる。
「どういう、ことです?」
「ん? あぁ。昨日な、秘密基地に影送って来た四季のガキと、ちょいーとヤり合ってだなぁ。目当てはシアだったらしいけど。アルビノのガキまで出てきて、ちょっとびっくりしたなぁ、アレは」
あはは〜と笑って、さらりと告げたアルドだったが。
「……………………」
「っ!?」
眼前から流れて来た冷ややかな冷気に、びくっと身体を震わせる。
「………………」
恐る恐る、頭を上げるアルド。すると、眼前ににっこりとした笑顔を張り付けた状態で、どす黒いオーラを振り撒くシェダがいて。気で、銀の髪が波うっている。
「……誰が、誰と、ヤり合った……んですって?」
ふふふ……と、笑顔でそうアルドに訊ねるシェダだが、その目は全然、笑ってはいなかった。
慌てて弁解を試みるアルド。
「いや、あっ、あのな、シェダ? 俺は別に、最初からヤり合おうと思ってたワケじゃ」
「当たり前です!」
が、ぴしゃりと切り捨てられる。
そのままゆらりと席を立ったシェダは、腰の剣へと滑らかに指を走らせ。柄飾りの宝玉が、鮮やかに光り輝き出す。
「いっ!? お、おいシェダ、ま」
それを見て取って、後に起こるであろう自分の無惨な状況を悟って、なんとかそれを止めようと声を上げるアルドだが、後ふた呼吸程、遅かった。
「貴方と言う人は〜〜っっ!! 情報の! 共有が! どれだけ重要か! ちゃんとっ! わかってるんですか〜〜っっ!!」
「ぐっ! が!? ぎ? ご! げふっ!?」
シェダの気に誘われて舞い降りてきた雷精が、アルドに良く聞こえるよう区切られたシェダの声に合わせて、雷をアルドに撃ち落としていく。
「………………」
しゅうぅぅ〜、煙を上げながら黒こげのアルドがバタリ、と椅子から転げ落ち床に伏す。
「ふんっ」
それを冷徹に見下ろすシェダ。その周りを雷精が楽しげにくるくると舞い、ふわっと溶けるように消えていく。
「……わ……、悪かった……ての……」
口から黒煙を吐き出し、謝罪するアルド。身体がまだびりびりとしていて、暫く起き上がれそうになかった為、倒れたままではあったが。
「色々と言いたい所ですが、まぁいいでしょう。……それで、シアの安全確保と敵の状況は?」
椅子に座り直し、先程の事などまるてなかったかのように切り返すシェダに、いつか覚えてろよ……と呟いて床に寝転がったままアルドが告げる。
「……取り合えず、俺のコートとリングを置いてきたから、何かあったとしても、一瞬で行ける。あのガキどもは、あいつ(シア)を今すぐどうこう、って感じじゃあなかったし……。片方はどうにか出来そうだが、アルビノのガキの方は、ちょっと骨が折れそうだな……」
ふう、と息を吐き出しながらそう告げるアルドに、首を傾げつつシェダが問う。
「四季の者のアルビノって……ただの゛色無し″では、ないんですか?」
現代となっては、古い文献を漁らないと虹光髪、もとい四季の者の情報は得られない。それに得られたとしても、それは極小なであり、四季の者の中のアルビノとは、その白の見た目から分かるように、゛色を与えられなかった者″即ち、四季の者でありながらにして四季の者である能力ない、能力無し、色無しと言われている者達の総称だった。
「……ん〜……」
シェダのその問いに、難しい顔をするアルド。痺れの治まった身体をむっくりと起こして胡座をかき、ポリポリと頭を掻く。
「……俺から聞くより当人に直接聞いた方が、早いと思うぞ。どうせまたすぐ、お目にかかる事になるんだからさ」
どうやら教えてはくれなさそうなアルドに、ため息してシェダは続ける。
「どうしてそう、言い切れるんです? 一度退けられたのでしょう? なら次は確実に仕留める為に、ある程度時間を置くのでは?」
私だったらそうします、と言うシェダにニヤリと不敵に笑って、アルドは言った。
「奴等には、あまり時間は無いと思うぜ? 俺がシアと一緒にいる時に、わざわざ姿を見せたんだ。それでシアは、もう絶対に動かざるを得なくなったからな。奴等にしてみりゃ、それは計算通りなんだろうがな。それにな、退けられたのは奴等じゃない」
そこまで言って言葉を切り、アルドはへらっと笑って言った。
「゛俺が、退けさせられた″んだよ。即席魔法だったにしろ、あのアルビノのガキ、もう一人の四季のガキが形成してた結界ごと、俺の炎を消しやがった」
「なっ……!?」
アルドから告げられたその衝撃的事実に、声を無くし驚愕するシェダ。
信じられない、という顔でアルドを凝視する。
「――ま、次はこうはいかねぇけどな」
それに、いつものようにニヤリとするアルドだが、シェダは驚愕した顔のまま、それに答える事が出来なかった。




