その時の、こと8
それは、改めて聞いた今でも、確かに衝撃的事実だった。
その出生も大いに重大だが、此方の事の方が遥かに、その重大性は大きかった。
「…………っ」
詰めていた息を、静かに吐き出し。
「……そう、です……。ですが……ですがそれなら、私達が出会った゛シアリート″は……」
両の手を握り締め、震える声をなんとか抑えて、一言ひと言、確認するように告げるシェダ。
「ひとつ言っとくが、゛あのシア″は、正真正銘本物だぞ」
どうやら縛りによる影響は出てなさそうだと見て取って、アルドがさらりと際どい事を言う。
「――その根拠は何処からくるんですか? カンとか言ったら、はっ倒しますよ。それに、もしそれが本当なら、提示された事実が間違っていた、とでも言うのですか?」
訝しげに此方を見つめ、そう問うてくるシェダに、前文だけをキレイに、すっ飛ばして答えるアルド。
「何故か、と言われたら俺にも、流石にそこまでは分からねぇ。それこそ、シア本人に聞かねぇと分かりゃしねぇだろうよ。だけどな、王家の血を引いているお前ですら、゛そこまで″なんだ。なら――その提示事態が、゛そうなるよう″仕組まれたモノだったとしたら?」
アルドにそこまで言われ、はっとしてシェダは顎に手を添え考え込む。
「……だとしたら、目的は隠ぺいですか? ですが、誰がなんの為に……」
「――お前が自分で言ったんだぞ?」
ぶつぶつと呟くシェダに、助け船を出すように言葉を滑り込ませるアルド。
「……自分でって……。四季の者に対する、全面戦争を回避する為? ……これはどちらも、ですね。彼女の存在は、どちらにとっても驚異……いえ、王族側にとっては弱み、あるいは汚点になりかねない……」
その言葉を漏らさず聞き取り、更に思考を巡らせるシェダ。
「……それらから、シアを守る為? ならばアイリードとリーティアが? ですがどうやって? 二人が帰って来たなんて話、聞いたことありませんよ? それにそんなリスクを犯さずとも、二人だけで秘密裏に守っていた方が、余程安全なのでは……?」
そこまで考え、シェダは弾かれたように顔を上げ、じっ、とアルドを見やり。
「……アルド、貴方はまさか……。いえ、まさか……まさかそんなこと……っ!?」
自身の導き出した答えに、愕然として口元を覆うシェダ。
その声は掠れ、身体同様、震えていた。
「――お前の、考えてる通りだよ。詳しいことは、シア本人に聞かなきゃわかんねぇだろうがな。でなけりゃ今、こんな状況になってる説明がつかないだろう?」
そんな筈はない、これは何かの間違いだ。
そう考えようとしているシェダに、容赦なく無情に、アルドは真実を突き付ける。
「……そんな……そんなっ……!」
うわ言のように呟いて、首を振る。
頭では理解して(わかって)いる。それが、最も自然な事であり、今のこの状況こそが、その唯一の答えなのだと。
だが、頭ではわかっていても、感情がそれに追い付いていかない。
嘘だ、これは何かタチの悪い夢だ。
そうすんなりと思えていたのなら、どんなに楽だったろうか。
しかし、そうは思えない自分が、そしてこんな事には、決してふざけたり嘘などを言ったりしないアルドがはっきり、そう言うのだ。
その事実を疑う要素など、一ミリたりとも、ありはしなかった。
しかしあえて、あえてシェダはアルドに確認する。
「……本当に本当、なんですね……?」
俯き、額に組んだ手を当てて、弱々しく呟かれた、その音にすらなっていないようなそれに、
「…………あぁ」
たった一言、アルドは静かに言葉を返し。
しかし、今のシェダにはそれだけで、十分だった。
それ以上何か言われたりしていれば、逆に疑いが生まれただけだったかもしれない。
それだけだったからこそ、意外にすんなりと、その事実はシェダの心にストンと落ちてきて、ゆっくりじんわりと染み渡り……
「――――っ」
シェダの頬を、一筋の涙がつたっていく。
そんなシェダに、アルドは静かに席を立って窓辺へと移動し、背を向けたまま窓からのぞく宵闇を見上げ、ゆっくりとその瞼を閉じる。
そうして、ゆっくり静かに時間が流れ――……
シェダは、その事実を受け入れた。
アイリードとリーティアが、もうこの世に存在しない(いない)という、その事実を。
「――すみません、でした……」
開口一番そう言って、ぺこりと頭を下げるシェダ。それに苦笑し、対面の席に戻りながら、アルドが告げる。
「それなら、俺の方こそ悪かった。わかっていながら、言わなかったし……」
「――いいんです」
バツの悪そうな顔をしているアルドに苦笑して、シェダが続ける。
「言わなかったんじゃなくて、言えなかったんでしょう? 大丈夫ですよ。ちゃんと、わかってますから……」
「――悪りぃ」
申し訳なさそうに、こちらを見つめて苦笑するシェダと、きっと自分も同じ表情をしているんだろうな、とアルドは思いながら微苦笑を漏らす。
゛分かりすぎてしまう″事が、嫌になるのはこんな時だ。
自分とシェダは元々、対等ですらない。
どんなに取り繕っても違うんだと、思い知らされる。
それが、どうしようもないものだとしても。
そうなるよう導かれた、必然であったのだとしても。
それに抗う術は――……ないに等しい。
見つけたそれは、あまりにも、あまりにも小さくて。
それだけではきっと何も、変わりはしない。
それでも、懸命にその手を伸ばす。
たったひとつのそれに――、すがるように。抗う、ように。
どれだけ求めてもやまない、ヒトと同じように。
そのたった一つに、望みをかけるかのように。
「…………」
ふ、と。知らずそんなことを考えてしまっている自分が、なんだか可笑しいような気がして、アルドは小さく苦笑する。
そんなことを思ったのは、もうどれくらいぶりだろうか。
随分と、感化されてしまったものだと思う。
(……それを、相手が望もうと望まなかろうと、歯車は用意されたレールに沿って廻り、進んで行くだけだってのに……)
それを知っているか知らないか、ただ、それだけでしかないのに、対等ではないなどと思った自分は、傲慢だろうか?
どちらにしろ、抗うことなど、出来はしない。
それは、もう決められた必然なのだから。
そもそも自分は、こんな自分が嫌いではない。
なら、このままレールに沿ったままでも、なんら問題はない訳だ。
だが。
だがもしそれを、たとえほんの少しだけでも、逸らすことが出来たとしたら?
その歯車が、レールに沿って最後まで行くかどうかは、誰にも、たとえ神様にだってわかりはしない。
現に、゛予想外″のことばかり、起こっているのだから。
そこにほんのひとさじ、手を加えるくらい、許されるだろう。
主軸は変えられないだろうが。
そこから枝分かれした、そこに至るまでのものになら、まだ手を加える事が出来るかもしれない。
(……幸い、いや不運にも、か? ピースは揃いすぎてるってくらいに、揃ってる。しかもその内の一つは、間違いなく最強の鍵だ。……動き始めた歯車は、もう止めらない。そして、手元には仕組まれたかのように、揃いすぎているピースがある。――なら、試さない(乗ってやらない)手はないよなぁ?)
そう思い立って、アルドは苦笑していたのを、いつものニヤリとした笑みに変えると、
「――なぁ、シェダ?」
「はい?」
なんとはなしに、シェダに話を振ってみた。
「お前は――、お前は、さぁ」
「……なんです?」
小首を傾げ、訊ねてくるシェダに、顔は逸らしたまま、告げるアルド。
「一目ボレって、信じるか?」
「はぁっ!?」
アルドのその、突拍子もない話題転換に驚いて声を上げ、椅子から盛大に滑り落ちるシェダ。
「あ、あぁアルドっ!? い、いきなりっ何を……言い出すんですか、貴方は!?」
手と膝をついた格好で、その緑翠の目を白黒させて、此方を見やっているシェダのその表情に、堪らず吹き出すアルド。
「ぶわはははっ! あ〜も〜、なんって顔してんだお前。……ぶっ……く、くくっ……!!」
「――――――へ?」
いきなり笑い出したアルドに、ぽかんとした顔を向けるシェダ。それがまた可笑しくて、腹を抱えて、更に笑うアルド。
「あははははっ! あーくそっ! ひっ、人が、折角っ……さっき、くくっ……言わなかった事を、言ってやろうと、してるってのに、なっ……!!」
涙まで流してひーひー言っているアルドに、羞恥の為か頬を染めながらシェダ喚く。
「――さ、さっきの今で、いきなりそんな事言われたら、誰だって驚きますよっ! ほんとになんなんですか、もうっ!」
ぶつぶつと文句を言いながらも、立ち上がってやれやれとため息を吐き、身を正してまた椅子に座り直すシェダに、アルドはニカッとした笑みを浮かべる。
「――お前はさっき、あいつ等の死を哀しんだだろ? 目一杯哀しみ悼んだのなら、もうそれだけで充分なんだよ。それ以上哀しんでたって、余計辛さが増すだけだ。それにあいつ等は、哀しんでくれなんて、言わないと思うぜ?」
むしろ騒げとかいうんじゃねー? なんて、不謹慎な事を言っているアルドをじとっと睨んでから、ひとつ深々と息を吐いて。
「――それにしても、あの切り替え方はないでしょう……。――まぁ、いいです。全く関連がない話……でもないんでしょう?」
新しいお茶を淹れながら、そう訊ねるシェダ。
それに、理解が早くて助かるぜ、と呟きながらアルドがあらかた食べたお菓子の山を脇に避けると、なんと中から軽食の乗せられた三段重ねのティースタンドが現れる。
あのお菓子の山は、スタンドに支えられていたのであった。
「そろそろ、本格的に腹が減ってきたなーと思ってな」
言いながら、サンドイッチの一つを手に取り頬張るアルド。
それを見て、胸中でこっそり息を吐くシェダ。
お菓子のみの夕飯、ではなかったことに、心の底から安堵する。
アルドは無類のお菓子好きなので、放っておくとお菓子だけで、三食済ませてしまうのだ。
昔、それでは身体に悪いと言ってみた所、じゃあお前が、美味しいものを作ってくれよ、等という事を言ってきて、アルドをお菓子好きにしてしまった要因を作ってしまっていた手前、それを断れる筈もなく。
それに、アルドにちゃんとしたものを食べさせたいという思いもあり、それまで厨房に入った事すらなかったが故に試行錯誤を繰り返し、アルドに美味しいと言わせる事が出来たその時には、すっかり料理をする事の楽しさに、目覚めてしまっていたシェダなのだった。
(……今となっては、良い思い出ですが……。あの時はまさか、こんな長く一緒にいることになるとは、思ってもいませんでしたね……)
そう思うと本当に長く、一緒にいるんだな、と改めて思ってしまう。
もしかしたら家族より、共にいる時間が長いかもしれない。
(なんだか不思議ですね。これも何かの縁、でしょうか。……きっと、シアとも……。――もしかしたらこれ全て、アルドの思惑通りなのかも知れませんが)
それはそれですね、と思う事にして。
シェダは物思いから帰還すると、眼前で今だ食欲を旺盛に発揮しているアルドに、訊ねた。
「それで、一目ボレ……、というのは?」
「ん? あぁ」
シェダの問いに、アルドは最後のひと口を放り込んで紅茶で流してから、言った。
「まぁ、一目ボレしたってのが根拠じゃカンと変わらねぇから、それに実際、それだけじゃないから言うんだけどな」
「はい」
「実は俺、シアとあの公園で出会ったのが、最初じゃねぇんだ」
「――と、言うと?」
更に問うてくるシェダに、その時を思い出すかのように遠い目をして、アルドは言った。
「会ったことあるんだよ、その前に。アレは――十数年前、くらいだったか? まだ戦争が当たり前で、シェリティードの魔導師なんかは、成り立てだろーと見習いだろーと、こぞって戦地に駆り出されてた時だ。あぁ、そうだ。あの時は珍しくお前と、別れての任務だったなぁ」
それまでは何処いっても、お前とセット扱いだったってのに……とアルドは苦笑する。
それに、そうですねと返してシェダも苦笑し、先を促す。
「――そん時の任務事態は、随分早くに終わってたんだが、国境沿いでの紛争が多発していたせいでかーなり、遠回りして帰らなきゃいけなくてな。人と魔族とを隔てている空白地帯……ホワイトマップエリアを通るハメになってさ」
「空白地帯をですかっ!?」
それに驚きの声を上げるシェダ。
この大陸には大陸の調度真ん中に、人間と魔族とを隔てるように広大な、不可侵地帯、空白地帯と昔呼ばれていた場所があり、そこを巡っての両者の争いも、頻繁に行われていた。
当時、そこは゛どうやっても入れない場所″とされており、いわく付きの場所として、様々な噂話があった。
まだこの地に残っている、神がおわす場所なのだとか、はたまた死者がさ迷う場所なのだとか、本当に色々な噂があった。
そこがある日突然、両種族を隔てるように深く長い、谷だったと分かったのは今から十数年前の話で……
「!」
その事に至ってはっとするシェダに、アルドはニヤリとして頷き。
「――゛そこ″で、会ったんだよ、俺は。容姿は今とさほど変わってねーが、まだほんの子供だった頃の、あいつ(シア)に、な」




