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その時の、こと7




 お前は……を、守れるか――?


 遠い昔アイツに、そんなことを言われたのをふと、思い出した。


(守れるさ。……あの時の俺は、確かにそう答えた……だが)


 開け放たれた窓の縁に腕組みして寄り掛かり、閉じていた()をうっすらと開いて、アルドは夕刻に染まる空を振り仰ぎ。


「……何を、守るんだったっけなぁ……?」


 夕日の光に眩しげに目を細め、ぼんやりとそう呟いた、その時。


「ア〜ル〜ド〜? 一体どういうことなのか、きっちりハッキリ、説明してもらいますからねっ!?」


 バーン! と秘密基地の扉が壊れるんじゃないかと思えるくらいの勢いで開け放たれ、これまた凄い形相のシェダが、ずかずかと歩み寄ってくる。


「おぉっ? なんだなんだぁ?」


 物思いに耽っていたのを微塵も感じさせず、いつもの飄々とした態度でそれに応じるアルド。


「なんだ、じゃないでしょうっ! ゛これ″のことです! 一体、何処からわかってたんですかっ」


 これ、と言って懐から出された物に、アルドはにんまりとした笑みを浮かべる。


「――その様子だと、上手いこと繋がれたみたいだな?」


「゛みたい″って……またバクチだったんですかっ!?」


 ぶるぶる、身体を震わせて声を上げるシェダに、


「ん〜? まぁ、末端でも゛血″は引いてるだろう、とは思ってたぜ?」


 さらりっと告げるアルド。悪びれている様子は、まったくもってない。


「〜〜貴方はっ!」

「――色々言いたいのは分かるが、ちょっと待て、よっと」


 尚も言い募ろうとしているシェダを制して窓の縁からストンと降りると、パチンと指を鳴らして開け放たれたままだった窓と扉を締め。


「――同調固定強化結界。鋼鉄屈強変動要塞」


 短く詠唱して、襲撃後に部屋の四隅に新たに設置された魔鉱石と連動させた、強固な結界を作り上げる。

 秘密基地には元々結界が張られてはいるが、一度襲撃を受けていることを考えると、十分すぎるくらいの警戒だった。

 いや、もしかしたら、これだけでは足りないかもしれない。


「…………」


 ひとつ思う所があって、腰に穿いていた剣の柄に手を伸ばすシェダだが、


「昨日の今日で、襲ってくることは流石にねぇだろ」


 さらっと言って椅子に腰かけたアルドに習って、一つ息を吐くだけに留め、対面の椅子に静かに腰を下ろす。


「さぁて。お前は何が、聞きたいんだ? ゛答えられること″になら、ちゃんと答えてやるぜ?」


 肘を突いた手に顎をのせ、上目使いに訊ねてくるアルドに、一つ深呼吸して身を落ち着かせ、シェダは真剣な面持ちでアルドを見やり。


「……訊きたい事は多々ありますが……、まずは、゛これ″について、ですね」


 静かに告げてコトリ、と持っていた物をテーブルの上に置く。

 昨日アルドに言われて調べた、シアのリングだ。


「アルド。貴方は一体、何を何処まで知っているのですか? ゛こんなこと″がもし、公にでもなったら……」


 アルドの言葉を待つつもりだったが、昨日その事実を提示され、その時からずっと考え続けていたシェダには、これ以上それを、抑えておける訳がなかった。

 今にも口からその答えが、飛び出していってしまいそうで。


「゛こんなこと″――って、なんだよ?」


 そんなシェダに、いつもと全く変わらない口調で、アルドが訊ね。


「わかっているんでしょう! あの子が――シアリートが、アイリードとリーティアの子供であると! 王族と、虹光髪――いえ、四季の者との混血でありながらに、両者の直系であると――」


 それに苛立ちを覚えながらもぐっと手を握り込むだけに留め、しかし目だけは剣呑に煌めき、アルドをギッと睨み付ける。


 こんなことが公になったりなんかしたら、それこそ大問題だろうし、その事を知っていながら報告しなかった自分達も、勿論只では済まないだろう。


 四季の者とは――世界全ての者に対する、敵なのだから。


 魔法使いである者なら、いやそうでなくとも、もしかしたら世界中の誰しもがそう思っていることであり、それはこの世界での常識だった。


 四季の者とは、絶対に相容れる事はないのだと。


 ただ四季の者が表舞台から退いて久しく、その本意を知る者が希少で、虹光髪と呼び名を変え、色素の薄い髪や目の色が光によって変化するだけ、という認識の者達が大多数であるが故に、話題に上がらないだけであり。

 王城にいる古株である老爺や老婆に知れれば、一大事では済まないかも知れない。


 それこそ、もしかしたら世界全土が――


 そんなことを考え、知らずと冷や汗を流すシェダに、


「――それは、お前にも直ぐわかったことだろう? あいつ(シア)の髪と、このリングがばら蒔かれたその時に、な。ただ無意識に、考えないようにしてただけだ」


 その瞳をさらりと交わして、リングを玩びながら告げるアルド。

 どうやらアルドには、そんな分かりきっている事を討論する気は更々ないようだ。

 しかし、それは正論である為、シェダにこれ以上何か言えよう筈もない。


 少し考えれば、分かることなのだから。

 彼女が四季の者である事も、神獣の風切り羽根の織り込まれたモノが、限られた王族にしか継がれないことも、初めからわかっていたからこそあの時、シアに注意を促すことが出来たのだから。


 しかしそれは、直系あるいは直系に限りなく近い王族と、本来ならありえはしない筈の、四季の者とを共に友人に持つ者にしか、分からない事ではあるが。


「落ち着けって。――お前が訊きたいのは、そんなことじゃないだろう?」

「……っ!」


 いつもの、此方を見透かしているかのようなその瞳と声でそう言われ、はっとしてシェダは知らずと昂っていた感情に気付き、握っていた拳を解いて深く長く、息を吐く。


「……すみません。あまりのことに、つい」

「ま、お前がそーなんのも無理ねぇよ。だから気にすんな」


 目を伏せ謝罪するシェダに、へらっと笑って答えるアルド。


「でも、やっぱアレだな。どうせ長話になんだから、茶も茶菓子もねぇってのは」


 そう言ってアルドがよっこらせ、と椅子から立ち上がって無詠唱で何処かに転移していったかと思えば、あっという間に元いた場所へと戻ってくる。

 ふわりと、風をまとわせて戻ってきたアルドの手にはトレイがあり、二人で食べるには多すぎるんじゃないかと思う程に大量に積み上げられたお菓子と共に、ティーセットが乗せられていた。


「……どうしたんです、それ」

「ん? あぁ。お前が秘密基地(ここ)に行くのをちょーど見てた女官ちゃんがいてな。運んでってやる変わりに、サービスしてもらったんだよ」


 にんまりと言ってくるアルドに、呆れてため息を吐くシェダ。

 後で此方から、何か贈り物をしておかなければと思いながら、シェダは調度良い所でポットからカップにお茶を注ぐ。

 途端にふわりと、紅茶の香りが部屋中に広がる。


「どうぞ」

「おう、さんきゅ」


 早速お菓子に手を付けているアルドに苦笑しつつお茶を出し、自身も椅子に座り直してカップを手に取り、ひとくち口に含む。

 滑らかな舌ざわりと深みある味を存分に堪能してから、ふぅと静かに息を吐いて。

 落ち着きを取り戻した状態で、シェダは静かに言葉を紡ぐ。


「……取り合えず、無限書庫(あそこ)であった事を簡潔に話しますが」


「あぁ」


「リングの事については、゛何もありません″でした。シアがアイリードとリーティアの子供だと確信したのは、リューオが言っていたからなんですよ」


「あ? なんでそこで、リューオのヤツが出てくんだよ?」


 棒菓子をくわえたまま小首を傾げるアルドに、危ないですよと注意してから、テーブルの上に戻されたリングに、視線を落としながらシェダが続ける。


「……リューオも、これと同じものを持っていたので。深部の結界に反応するよう、細工していたようです」


「へ〜ぇ。あいつ人畜無害な顔してそーとーに腹黒だからなぁ〜。シェダ(お前)、ナニされたんだよ?」


「……ご想像におまかせしますよ」


 ニヤニヤしながらそう問うてくるアルドに、にっこりとした笑顔でシェダが答え。


「……これ以上は、私の口からは……あ。一つ伝言があるんでした」


 と言いかけてポンと手を打ち。


「は? 伝言? 誰にだよ?」


 目をしばたくアルドに、にっこりと告げる。


「アルドに、ですよ」

「――誰から?」

「決まってるじゃないですか。勿論、リューオからですよ」

「……お前、バラしたのかよ……」

「いけませんでしたか?」


 それだけで、事の次第を把握したらしいアルドは、はあぁ、とため息を吐いて奔放に髪が生えた頭に手をやり、項垂れてそのままテーブルの縁に顎を乗せる。

 物凄く嫌な顔をしているアルドを、にっこりとしたまま見つめるシェダ。


「近い内に、絞めに来るんだそうですよ」


「――あんのブラコンが。いー加減、兄貴離れしろってんだ」


 究極お兄ちゃんっ子め、と毒づくアルドに、苦笑するシェダ。


「ま、リューオの事はひとまず置いといて、だ」


「はい」


「これ以上お前の口から無限書庫(あそこ)でのことを聞くのは、難しいよな?」


 アルドのその問いが、確認ではなく肯定であると心得ているシェダは、黙したままこくりと頷き。


「……アイリがいなくなってから、無限書庫(あそこ)の結界、ますます縛りがキツくなったんじゃねー? でもまぁ、それも仕方ねぇか。外せねぇんだもんなぁ〜」


「……アルドになら、解けるんじゃないですか?」


 やれやれと肩を竦めて告げるアルドに、何とはなしにシェダが訊ねるが、


「――さぁ、な。ま、それよりも今は、お前のに答えるのが先だろ?」


 ニヤリと不敵に笑うだけに留めるアルド。

 肯定も否定もしていない事に、アルドならやってやれない事はないんでしょうね、と勝手に納得して微苦笑を漏らし、シェダはアルドを正面から見据える。


「――お前があそこで何を見たか――。ある程度はまぁ、わかってるつもりだが……」


 がりがり、頭を掻きつつアルドはそう呟いてシェダを見つめ。


「俺も、確固たるモノがあった訳じゃねぇから、お前にリング(これ)の事を、調べに行ってもらったってワケなんだが」


 なんて言やあいいかなぁ、と首を捻って悩んでいるアルドに、


「先程の結界、あそこの゛縛り″を、ある程度払拭する為のものでしょう? アルド(他者)から゛言い当てられる″だけなら、然程負担はかからないのではないですか?」


 本来なら無限書庫に一度でも足を踏み入れたことのある者は、その名を口に出すだけでも身体に影響があると言われているのだが、今の所、特に影響が出てい無いのを見て取り、シェダがそう訊ねる。


「……まぁ、それもそうなんだが……。シア(あいつ)の出生以上に重大だし、俺が言うのもなんだが、言っていいモンかなぁ、とな。それに、またお前に負担をだな……」


 珍しく、歯切れの悪いアルドににっこりして、


「今更ですよ。それに有事の際、大魔導師(アルド)が万全に動ける為の入れ替えでしょう。それこそ、今更です。そもそも、ここまでさせといて言わないのは、フェアじゃないですよ?」


 さっくりと切り捨てるシェダ。


「へいへい。わかりましたよ」


 シェダのその態度に、言うまでテコでも動かねぇんだろうな、と思いアルドは諦めたようにため息を付いて。


「――言っとくが、俺だって全てを知ってるワケじゃねぇぜ? だからその全てに、答えられるとは限らねぇ」


「――わかってますよ」


 言ってくすりと苦笑したシェダに頷いて、


「お前が知りたいのは、その゛先″だよな?」


 そう前置きして、それにしっかりと頷いたシェダを見つめて、アルドはその言葉を呟いた。



「――お前は見たんだよな? 無限書庫(あそこで)。あいつが――、シアが、゛生死不明″もしくは、゛既に死亡″したっていう、その事実を」





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