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その時の、こと6




「――そっか。だから、あんな態度だったんだ……」


 今までのエレミアのシアへの態度を思い出し、含み笑いを噛み殺しながら、そう言ってくるカラミスをじろりと睨んで、


「仕方なかったんですのよっ! 本当は魔法を使えていたのに、今は使えなくなってしまっていたことや、落ちこぼれでいる彼女がそれを、そのまま受け入れてしまっていることがなんだか私悔しくて、悲しくて……。わ、私のことも本当に、キレイさっぱり忘れてますし……」


 頬を紅潮させて捲し立てていたエレミアだったが、自分で言っていて落ち込んだのか、そのままがっくりと項垂れる。


「――あぁ、そっか。エレミアにはまだ、全部話してなかったんだっけ」


 そんなエレミアに苦笑して、僕から言うことじゃないんだけどね、と前置きしてからカラミスは言った。


「シアリートが君のことを忘れていたとしても、それは仕方がないことだったんだよ」


「……ご両親が亡くなられたから……ですの?」


 あまりのショックに記憶が飛ぶ、なんてことが無いとは言い切れないので、訝しげな視線をカラミスに向けながらもそう訊ねるエレミア。


「それが原因、だと僕からはっきり言える訳じゃないけど、要因のひとつ……いや、大部分を占めている、と言って良いのかもね」


「どっちなんですの。もう、はっきり言ってくださいな」


 要領を得ないカラミスの言い方に焦れて、エレミアが強めに訊ねると、


「彼女は……シアリートは、一年もの長い間、ずっと眠り続けていたんだよ……。そして目覚めたその時、彼女は全てを忘れていた……自分の、名前さえも」


 視線を眠り続けるシアへと落とし、呟くように、絞り出すようにカラミスは静かに告げる。


「なっ!?」


 カラミスのそのまさかの告白に、驚いて声を無くすエレミア。驚いた顔のまま、信じられない、という面持ちでカラミスを見やる。


「……実際は一年半くらい、眠り続けてたんだと思う。シアリートの両親が亡くなった、って知らせがリド兄の所に届いたのは、その事故が起こってから四ヶ月も経ってたらしいし、シアリートを探し出すのに、二ヶ月はかかったって言ってたからね」


 ぽつり、とカラミスは静かに言葉を綴る。


「……どうして、そんな……」


「……これもね、仕方なかったんだ」


 口元を手で覆い、震える声で訊ねてくるエレミアに、彼女の言わんとしていることを敏感に察して、カラミスは苦笑いを浮かべ答える。


「……極力、痕跡(あと)を残さないように所々巡っていたみたいだし、身分や名前、その姿を変えていたことで、足取りを掴むのにかなり時間がかかったそうだから……」


 親しい人の誰にも、リド兄にでさえ、行き先を告げてはいかなかったそうだよ……とカラミスは呟いたきり、シアを見つめ痛ましそうな表情のまま押し黙り。


「……そ、んな……」


 自身も名前と姿を変えていた時期があったので、そのことが裏目に出てしまったのを聞かされ、更にシアリートがそんなことになっていたとは知らず今まで過ごしていたことに、エレミアは両の手を強く握り締め、唇を噛んだ。


 記憶喪失(そんなこと)になっていたのなら、尚更、頼るくらいして欲しかった。

 彼女自身が忘れているのだから自分はまるっきりの部外者でしかなく、頼られるなんてことは絶対にないのは、頭では解っているのだが。

 心が、それを認めようとしない。

 確かに友達でいた頃の記憶があるエレミアは、友達(シアリート)が大変な時に何もしてあげられなかった自分が、不甲斐なくて、情けなくて仕方がなかった。


 ぎゅう、更に強く手を握り締めるエレミア。


 そのまま二人とも何も話そうとはせず、長い沈黙が、静かに周囲を満たし……


「……う、んっ……」

『!』


 苦しげな声に、はっと顔を上げる二人。声のした方へと視線を落とすと、未だその瞳を固く閉じたまま、眉根を寄せて苦しそうに呻くシアがいて。


「シアリートっ!?」

「ちょっ、どうしたんですの!?」


「……やっ……も、う……」


 慌てて椅子から立ち上がり、シアに近寄って声をかける二人だが、呻くシアには届いておらず、背けられた頬の上を、汗がつうと滑っていく。


「シアリート! 起きるんですわ、早くっ!」


 肩を揺すり、懸命に声をかけるエレミア。しかし、眠るシアは呻くばかりで、一向に目覚める気配はない。


「……まさか……このまま、゛また″眠り続ける……なんてこと……ない、よね……?」


 シアの肩近くに手をついて、青い顔で呻くシアを見つめ、弱気な震え声を漏らすカラミスを、エレミアが叱責する。


「何を、弱気になっているんですのっ! こんな時こそ、貴方がしっかりしてないでどうするのですっ!」

「っ!」


 その声に、はっとしてエレミアを見やるカラミス。

 いつもとは微妙に違うその固い声音に、気が付いたのだ。

 此方を見つめるその表情(かお)は若干強張っていて、碧眼の瞳が、僅かに揺れている。


 エレミアも、不安なのだ。


 そのことに至って、カラミスは自身を落ち着かせる為深呼吸し、身を引き締める。


「そうだよね。ごめん、エレミア。……ありがとう」


 そう言って上げられたカラミスの表情が、いつもの落ち着いたものに戻っていたことに、エレミアはほっとして笑みを浮かべる。


「お礼は後で構いませんわ。それよりも今は、一刻も早くシアリートを目覚めさせなければ」


「うん。……でも僕達の力じゃ、シアリートの鉄壁の防御を突破するのは難しいよ? リド兄が試していった分のことを思うと、これ以上シアリートの身体に負担をかけさせる訳にもいかないし……」


 顎に手を添えて考え込むカラミスに、エレミアはにっこりと微笑み、言った。


「シアリートが微睡みの淵にいるのなら、その手を握って呼び掛けて――私達の思いを、゛念″を送ることさえ出来れば、それだけで十分ですわよ」


「――そうか! ゛夢″はいわば精神の世界。夢の中なら、同じ精神である念を難なく届けられるっ」


 エレミアのその提案に、パチンと指を鳴らしてそう答え、カラミスは苦悶の表情を浮かべているシアの頬へとそっと手を添え、静かに呟く。


「――必ず、目覚めさせるからね」


「私だって、゛今度こそ″、絶対に助けますわ」


 眠り続けるシアを見つめ、エレミアも静かに囁いて。


 互いに、固くシーツを掴んでいるシアの手をそっと握り、こくりと頷き合ってからその目を静かに閉じる。

 すると二人の身体が仄かに光り、それがシアへと広がったのを認識してから、カラミスとエレミアは強く、強く念じた。


『――戻って来るんだ(ですわ)、シアリートっ!』




 ……*……*……*……




(――あ、あ、あっ……)

(……もう、やめて……っ!)


 闇の淵。


 視点を変え、意思を変え、何度も何度も、その過去を見せ付けられ続けたシアは。


 それが自分の意思(もの)なのか

 父である人の意思(もの)なのか

 母である人の意思(もの)なのか

 あの、少女の意思(もの)なのか


 それとも――もっと別の、誰かの意思(もの)なのか


 もう、わからなくなっていた。


 自分が本当にそこに、ちゃんと存在(いる)のかすらも。


 シアリート(自分)という存在が、淡く、ひどく儚げで。


 意思と夢との境が、交じり合ったかのように曖昧だった。


 このまま、意思なんてものは無くなって、この存在自体、無に帰するんじゃないか、と。


 暗い夢の淵、過去の鎖に囚われたまま、シアがぼんやりとそんなことを考えた、その刹那。


『シアリートっ!』


 突如、闇を切り裂いて差し込んだ、一筋の光と共にその思い(こえ)が、届けられる。

 強い、意思の込められた、その声が。


(!)


 その光と思いは、何よりも強く温かく。

 まとわり付いていた重い枷から、瞬時にシアを解き放った。

 その途端、シアの身体はふわりと羽根のように軽くなり、光が差し込むその先へと、ゆっくりゆっくり浮上して。


(――っぁ……)


 シアは、無意識の内に手を伸ばす。

 その温もりを、掴もうとするかのように。

 その先に――、あるものに届くようにと。


 だが――

 そんな無防備なシアを、過去の鎖は容赦なく貫く。

 まだ、゛足りない″とでもいうように。


(――――っ!!)


 光が伸びているその先から、゛あの時″と同じ様に、シアは深々と胸を抉り貫かれ――……


 ゛あの時″は感じていなかった筈の、生々しい感覚を引き摺り出され。




「――や、あああぁあぁぁっ!!」




 絶叫の中、覚醒(めざ)めた。




 ……*……*……*……




「――っあ! う、くっ……ああぁっ!!」


 無い筈の痛みに、苦しみもがくシア。絶叫の勢いで半身を起こした状態のまま、胸を押さえ、その身体を強く、抱き締める。

 過去からの思わぬ不意打ちに、完全には夢から抜け出せず、身体が、その痛みの感覚を現実のものとして誤認識したのだ。


『! シアリートっ!?』


 シアのその呻きに、覚醒した時の絶叫で放心状態になっていたカラミスとエレミアが、はっとしてシアを見やり。


『っ!』

「……あぅ! ……っ、…………えっ!?」


 次いで両側から、震えるその小さな身体をふわり、と包み込む。


「……え、な、なにっ……?」


 突然両側からもたらされた衝撃と温かな温もりに、状況が飲み込めずに戸惑っているシアに、


「……大丈夫……大丈夫ですわ」


 エレミアはいたわるように優しく、穏やかな声をかけ。


「もう……大丈夫、だから……」


 囁くように告げて、肩に添えていただけの手に、きゅっと力を込めるカラミス。


(――――…………)


 二人の言葉とその温もりに、シアは胸の痛みが徐々に和らぎ、まとわり付いていた過去の夢が薄れていくのを感じながら、ゆっくりと目を閉じ。

 柔らかな温もりに、そっとその身を委ねるのだった――……





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