その時の、こと3
そうして、少年と少年の内部にいる゛彼″――我が子である精霊――が、切っても切れない所で混じり合ってしまっているのを見て取り、それをしっかりと確認した大樹は、二人と、様々な約束を交わすことにした。
少年は元より、その大樹の話を聞き入れる気でここに来ていたようで、その事についてはここにいる大勢の精霊達が驚くほど早く、二つ返事で了承した。
だが、ひとつ気がかりがあったようで、内部にいる゛彼″へと、少年は静かに問いかけた。
「゛君″は、本当にこれでよかったの? ずっとこの森に、あの大樹の元に、帰りたがっていたでしょう?」
少年のその言葉に、゛彼″は――
――俺は最初から、お前と、共に居るつもりだったんだよ
ニヤリと不敵に、まるで笑っているかのように答えた。
――この森に帰りたい、ってたのは、お前をここまで導く為の口実さ
大体、俺達がもう、切っても切れないくらいに同化しちまってんの、わかるだろ?
お前まさか、俺がお前の内部にいたのは、偶然だとでも思ってたのか?
「………………」
゛彼″の言葉に、驚いて目をしばたく少年。
あまりの事に二の句が次げないでいると、それをいいことに゛彼″は一人、話を進める。
――俺とお前が、同じ刻に産まれ出でたのは偶然じゃない
これは成るべくして成った、必然なんだよ
それが、どんなものであってもな
――俺と大樹は、たとえ大樹と精霊に分かたれたとしても、結局は゛同じもの″なんだよ
同じ力の源で構成されてんだから、当然だろ?
だから、力の質や量は今までと変わらない。いや、むしろ二人分になったせいで、受け取る側への負担が増えたと言っていい
――それじゃあ、どのみち大樹も、精霊の森もオシマイだ
それじゃ、なんの為に大樹が、精霊(子)を成したのかわかんなくなるだろ?
――だから俺は人の子(お前)と、混じる事にしたんだよ
――大樹の加護も、この精霊の森にいる、全ての精霊からの加護も受けている人の子――なんて、まさしくお誂え向きな逸材、みすみす逃す手はないだろ?
「……………………」
そう語り終えた゛彼″が、高らかに嗤っているように見えて、ひくりと苦笑いを浮かべる少年。
苦笑混じりに、問うてみる。
「……じゃあこれは、゛君″にとっては、予定通りだったってこと?」
――半々ってトコだな。赤ん坊の頃から共にいて、切々と精霊達の現状を語ったのは功をそうしたみたいだが、まだ用件も言ってねぇってのに、まさかお前が、二つ返事で引き受けるとは思ってなかったからな
「……ふぅん? でもそれなら、まぁいいかな。たとえこれが゛君″の敷いたレールの上でも、予想外が起こるのなら、僕だって楽しめるワケだしね」
内部にいる゛彼″の、驚いたような気配にくすりと笑って、あまりの事に口を挟む事の出来ないでいる大樹と、大勢いる精霊達に向かって、少年はにっこり微笑んだ。
「――さぁ皆さん。まずは話の整理から、始めましょうか?」
そうして――、大樹と精霊と、加護を受けた精霊を宿す人の子との日々は、穏やかに緩やかに、その時を刻んでいた。
その間、繁殖や衰退、休眠等を繰り返しながらも、さして大きな事柄が起こるでもなく、森は森のまま、村は村のままに、約束事を守り静かにひっそりと、しかし確かにそこに、根付き息づいていた。
三千年の後に、そこは゛四季の郷″と言われるようになるのだが……
神々や精霊、悪魔達等が予期していなかったような、異例な事態が起こっていたのは、なにもこの森だけの事ではなかった。
ある村では、神と人との間の子が産まれ
ある町では、自らの内なる力に、突如目覚めた者がおり
ある城下街では、悪魔に力を乞い、その力を得た者がいた
そうして力を得た者達はみな、暫くはその力を誰かの為に、世界の為にと、゛みんな″の゛幸せ″の為に使っていたのだが。
温かな刻は、瞬く間に小さな火種へと切り替わる。
噂とは、何時の時代も急速に広まるもののようで。
人々が大勢いる所等では、ひた隠しにしているのにも限界がある。
それ故にあっと言う間に広まった各々の噂は、直ぐ様互いの耳へと届くこととなり。
小さな小さな火種だったそれは、爆発的に膨れ上がって、たちまちに戦場の業火へと変わった。
ある者は、そこにいる皆を守る為に
ある者は、互いに共に在る為に
ある者は、その全てを己が力とする為に
各々が各々の思いの元に力を振るい、世界各種の街は、村は、城下は、炎の海に包まれた。
物が壊され焼かれ、沢山の血が流れ、子供の泣き叫ぶ声が響き渡り、無数の命が絶たれ……
そんな惨状を何度も何度も繰り返しても、人々の争いは、まるで留まる事を知らぬように、幾度として繰り返された。
それを嘆き悲しんだのは、そこにいるもの達を今まで、静かに見守っていた神々や精霊達だった。
その殆んどのもの達が早々にその地を離れたというが、中にはそこに留まり、人々に自身の力を貸し与えたものも僅かにはいたようだった。
それなら、直ぐにでも争いはなくなるだろう、と神々の誰もが思っていたのだが。
繁殖によって、増えに増えた人の数には敵う訳もなく、また力を貸し与えた者が騙され逆に利用されたりと、なかなか思うようにはいかなかった。
そうこうしている間に、今までなりを潜めていた悪魔や魔のモノ達が、待ってました! とばかりに人同士の争いに便乗して、その星を我が物にしようと攻めいって来たり、それを食い止めようとして現れた神々らもいたりで、思いもよらなかった方向に進みつつある三種族間の争いは、日に日にその勢いを増していくばかりだった。
三種族の力量は、互角――……
まさか人々に、神や悪魔と同等に渡り合える力があったとは、とこれには神々や悪魔達は驚いたものだったが、その時の彼らにはまだ、余裕があった。
その星を壊さぬよう、世界の理に則って力を使っていたのだから、当然である。
神々や悪魔達は、本来の力の十分の一も出していない。
いや、正確には出せない、と言った方がいいだろう。
世界には世界の。星には星の。それぞれの理がある。
当然、この星にもこの星の理があり、この星に下っている彼らには、この星の理を侵して力を行使することは、出来ない。
もし仮に、この星の理を侵す程の力を使おうものなら、後にその身がどうなることか。
欠損するだけならまだいいが、その存在事態が消失する、なんてことになったら……
そんなリスクを負ってまで理を侵そうとするものは、神々にも悪魔にも、いはしなかった。
しかしそれにしても、人のこの強さは一体なんなのだろうか?
神々や悪魔達は、戦いの最中その事を絶えず考えていたのだが、ついぞその答えを見出せたものは、誰一人としていなかった。
それはこの星の、構造に関わる事が関係しているのだが、ただの人でしかない者達にも、勿論分かる筈もなく。
……永らく続いた戦況はいよいよ、大詰めを迎える事となる。
先に体勢を崩したのは、人間達の方だった。
神々と悪魔は、ほんの少しの間、待っていればよかったのだ。
長引く戦いに、人々の精神は摩耗して擦り切れ、何時終わるとも知れない不安に、段々と疲弊していった。
そこを突けば、ヒトの種族は簡単に退場する――……
悪魔やその悪魔達を淘汰しに来た神々達の多くはそう思い、その時は今まさに起ころうとしており。
二つの種族が、ひとまずの勝利に笑みを浮かべた、その時――
思わぬ所から、突如として戦乱の刻に終止符が打たれる。
それは、一刃の閃光だった。
そこにいた全てのもの達が、何が起こったのか分からないでいる内に、切り裂かれた空の狭間、天界へと神々達は押しやられ。
悪魔達はというと、閃光によってその殆んどのモノ達は消滅し、空同様、地表に深く深く切り裂かれた闇間へと、強引に追いやられていった。
空と地、両方の裂け目が閉じられた後には、呆然とその光景を見つめる人々だけが残された。
人々が見つめる先、長い長い夜が終わり、新しい朝の始まりを告げるかのように昇り出した太陽を背に、神獣より賜った一振りの剣を携え荒れ果てた荒野の縁に、その少年は立っていた。
太陽の光を照り返して煌めく、その銀の髪を風になびかせながら。
数十年の後にその少年、いや青年は、各々の力を等しく認めてまとめ上げ、その力が人々に受け入れられて広く認められた為、ある大国初の王となる。
二千年の長きに渡り繁栄し続いていく、大国の一番初めの王に。
それ以外にも様々な事を成し遂げたその初代国王の物語りは、刻が移ろうとも絶えず後世に語り継がれる程に、偉大なものとなる。
それを、初代国王が知るよしはなくとも――
……*……*……*……
そうしてそれは、唐突に終わりを告げた。
しかしそれが現実のことであったとしても幻想の夢であったとしても、今のシアにとってはただ、強引に見せつけられた映像以外のなにものでもない。
もとよりその映像を、シアが最後までちゃんと見たのかは、定かではない。
見せられた映像のとある一時の場面から、シアの意識は心の奥深くの、闇に落ちてしまったのだから。
゛それ″をまざまざと見せつけられて、幾十にも錠をかけ、がんじがらめに鎖で縛って、なんとか心の奥深くに沈め込んだ、思い出したくもないその過去へと続く分厚い扉が、ほんの少し、開いたのだ。
だが、シアにはもう、それだけで十分だった。
その扉がほんの少し開いただけで簡単に揺さぶられて引き込まれて、幾十の錠も何本もの鎖も、途端に砕け散って無くなり、まるで待ち望んでいたかのようにすんなりと、シアの心にその過去を晒す。
そうなれば、シアにはもう、なす術はない。
(――――いや…………)
(……おねがい、やめて……っ!!)
いくら叫んだ所で、自力でそこから起き上がることの出来ないシアには、それを退けることも、再びその扉を閉ざすことも、出来はしないのだから。
シアの思いに関係なく、永らく封じられていたその過去は。
開け放たれた扉から、勢い良く溢れ出した――
……*……*……*……
赤々と燃え盛る業火が、荒野を赤一色に染め上げる――
瞳に映る全てのものは、なにもかもが、真っ赤だった。
夥しく流れ出る血も、立ち上る煙りも、星々が瞬く夜空でさえも、ただ一色のあか、だった。
自分の胸から生える――肘より上のない、血を滴らせている、その腕も。
だがそれは、当時のシアの記憶にはない。
その記憶は、後から補完されたものだった。
その時のシアには、それが腕だったことさえ、認識してはいないのだから。
徐々に霞み、薄れていく意識の中、その時のシアが覚えていたことは。
誰かの泣き叫ぶその声と、対照的な、まだ少女とおぼしき者の、高らかな嗤い声と。
そして――
意識が遠退く間際に感じた、優しい光の温かさ。
それだけが、その時のシアが覚えていたものの、全てだった――
未だ微睡みの中に囚われているシアは、目覚めの刻を、まだ知らない――……




