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その時の、こと2


 悩みに悩んだ末、風旅人の精霊に聞いた事実を確認する為、そこから動くことの出来ない大樹に代わって三人の精霊が連れ立って、その場所へと赴いていた。

 加護を受けた家族が暮らす、その家へと。


 その家ではあの時の夫婦と、その赤子が静かに暮らしている筈だった。

 そう思っていた精霊達は、驚いた。

 まさか、そんなにも年月が経っているとは、思っていなかったのだ。


 あまりにも、精霊(じぶん)達は悩みすぎていたようだ。

 ついこの前産まれたと思っていたその赤子は、もう少年と呼んでいい程までに成長していた。


 その事に驚いて、先にその事を大樹に報告に行くべきか、暫しここに留まって様子を見るべきか、とあたふたしている三人の精霊達に、ひとつの声がかけられた。


「――わぁ。君たち精霊さんだよね? ゛彼″以外のこの森の精霊さんに会うのは初めてだなぁ。やっぱり、他にもいたんだね」


 ――!!!


 その゛声″は、明らかに精霊(じぶん)達に向けられているもので。

 窓の縁からこっそりと顔を覗かせ、家の中を伺っていた精霊達は吃驚(びっくり)仰天して、そこから逃げるようにして姿を隠す。


「――あれれ? 隠れちゃった。え? 精霊(じぶん)達の姿が見えるとは思っていなかったから驚いたんだろうって? あ、そっか。普通、人には見えないものなんだったっけ」


 ゛君″がいるから忘れてたよ、とその少年は言ってあははと笑ってから、壁に隠れている精霊達にまた声をかけた。


「えぇと……いきなり声をかけちゃってゴメンね、驚かせちゃったよね。――でも君たち、僕に何か用があって、来たんだよね? だったらその話を聞くよ。僕は、君たちを待ってたんだ」


 ……………………


 少年のその言葉に、壁に隠れていた精霊達は互いに顔を見合わせ、恐る恐る窓の縁から顔を出し、にっこりしている少年のその顔を見やって、そっと、少年の前に降り立ち言った。


 ――私達の姿が見えるのか?


「――うん、見えるよ。声も、ちゃんと聞こえる」


 精霊達の問いに、少年はにっこりして答えた。


「それに――、精霊(きみ)達が来ることは、わかってたんだ。彼が、僕の内部(なか)にいたからね」


 ……――゛彼″とは、もしや……


 口に出すのも恐ろしいというように、言葉を濁す精霊達に、少年は、苦笑混じりの顔で答えた。


「そうだよ。大樹の、子供――。君たちと同じ、ね」


 ――なんと! あの話は本に(まこと)であったのか! こりゃ大変だ――!!


「あっ! ちょっと――」


 少年の言葉を聞くやいなや、制止の声に耳を傾ける事なく、三人の精霊達はそこから一目散に、目にも止まらぬ早さで飛び立っていった。


「…………いっちゃった……」

 後には、精霊達が起こした強風で様々なものが散乱した部屋の中で、取り残されたように呆然と、少年が澄んだ青空を見上げて佇むのみ。

 暫し、精霊達が飛んでいった方を見やっていた少年だったが、ぐるりと無惨に散らかった部屋を見渡して、


「――どうやって言い訳しようかな……」


 頭を掻きながら呟いた。




 それから程なくして、森の奥、大樹のある精霊達の住まう(ところ)では。

 大変な、騒ぎとなっていた。

 人の界でかなりの年月が経っていた事もそうだったが、何より、風旅人の精霊が言っていた事が事実だったことが、大いに問題だった。

 風旅人の言っていた事とは、つまり。


 人の子と精霊の子が互いに混じり溶け合っている、という事だった。


 それは即ち、人の子でありながら精霊であり、精霊でありながら人の子である、という精霊界において今まで例を見ない、前代未聞の事だった。


 その未曾有の事態に、頭を抱えるもの、呆然とするもの、喚くもの……各々が各々の反応を返している中で唯一、落ち着いていたのが大樹だった。


 ――話だけでは、皆が納得する事は出来ぬじゃろうて。……その少年を今一度、ここに招くとしようかの。その少年は、お前達を待っておったと言うたのじゃろう?


 大樹のその言葉に、ざわざわとざわめく精霊達。しかし、否を唱えるものは一人もおらず。


 ――日取りは人側(そちら)に任せよう。さぁ、お前達。もう一度その少年の所へ行って、我の話を伝えてきてくれぬかの。


 大樹の言葉に、三人の精霊達はこくりと頷き、速やかにそこから飛び立った。少年がいる、人々の所へと。




「――そっか。うん、それじゃあ今からでも、って言いたい所だけど……。今からじゃもう遅いし、明日、そこに行くことにするよ」


 精霊達が吹き飛ばした物を綺麗に片付け、部屋で一人話を聞き終えた少年は、星が瞬く夜空を見上げ、苦笑しながらそう言った。


 ――随分、あっさり了承するのだな


 少年のその言葉に、訝しげに一人の精霊がそう訊き返すと、


 ――そ、そうだそうだ! 何か裏があるのではあるまいな?


 ――お前自身、どうなるかもわからんのだぞ


 口々に他の精霊達も声を上げ。

 それに少年は苦笑して答えた。


「――君たちが来るのは、わかっていた事だからね。だから、準備は出来てたんだ。それに、僕には゛彼″がいるから、心配しなくても大丈夫だよ」


 ――なっ!? だっ、誰も心配などしとらんぞっ


 ――そうだぞっ! 我々は、どちらかと言えばおぬしら人間を好いてはおらん!


 ――どうにも、調子が狂う……。と、兎に角! 明日だっ忘れるなっ


 精霊達は赤面しながら口々にそう言って、ばびゅんっと空の彼方へと飛び立っていく。

 今度は、強風で部屋の中のものが飛ばされる事はなく。


「……君以外の精霊さんには初めて会ったけど、君より随分、親しみやすい感じだよね。ホントは精霊さん達って皆そんな感じなの?」


 精霊達の気遣いに苦笑しながら窓を閉め、誰にともなく呟くと、少年の内部(なか)から、頭に直接声が届く。


 ――悪かったな。どうせ俺はひねくれ者だよ。あいつらは水と草木、土の精霊だからな。能天気なんだろ


「ふぅん、そうなんだ? でも、これでやっと゛帰れる″んだね」


 ――そう、だな


「? 嬉しくないの?」


 内部(なか)にいる゛彼″の、微妙な感情を感じ取って少年は訊ねるが、返答はなく。


「…………。それじゃ、明日はよろしくね。おやすみ」


 少年は一つ息を吐いてそう告げ、自分のベッドに潜り込んだ。

 そうして、今日も静かに夜が更けていく。




 翌日、朝早くに家を出た少年は、内部(なか)にいる゛彼″の案内の元、深い森の中をずんずん進んでいた。昨日の三人が迎えに来る予定だったが、待っているなんて出来なかったのだ。


「前来た時はここ、確か通れなかったよね?」


 ――まぁ、事が事だったからな。結界が張ってあったんだろ。今は゛開かれてる″。お前に、だけだがな


「そうなんだ? 僕はてっきり、君の力なのかと思ったよ」


 ――お前なぁ……。これから敵地だってのに、なんで俺がわざわざ、力使わなきゃいけねーんだよ


「敵地って。皆、君の仲間でしょ?」


 ――どうだかな。こっちの返答次第で、敵にだってなるだろうよ


「……早まった、かなぁ……」


 身の丈程はあるかという草をかき分けながら、森を進みつつ苦笑する。

 森の奥は木々が所狭しと枝葉を伸ばしていて、日の光は殆ど届かず、今がまだ朝なのかそれとも昼なのかすら、分からない。

 小休止を挟みつつ森を進むが、一向に大樹が佇む湖に辿り着く気配がない。


 その代わりに、くすくすという、無数の笑い声が周囲に響く。


「――もしかして僕、惑わされてる……?」


 ――さぁな。だが、精霊ってのは元来、悪戯が大好きなんだよ


「それ、君がいうんだ……うーん。出来れば、穏便にいきたいんだけどなぁ……」


 ――だったら、迎えが来るまでおとなしく待ってりゃよかったんだよ


「うわ、僕のせいなんだ!? 君だって、とっとと行こうぜ、とかいったのにっ!」


 ――さて。どうだったかな


「はあぁ。もぅ、わかったよ。僕がなんとかすればいいんでしょ……」


 ゛彼″の態度にため息を吐いて肩を竦め、少年はすっと顔を上げ、次いでそれを勢い良く下げて、言った。


「……迎えの精霊達を待たずに、勝手に森に入ってしまってごめんなさいっ! でも、悪気があった訳じゃないんだ。精霊(きみ)達が、誰よりも大切にしているっていうその大樹(ひと)に、どうしても早く、会ってみたかったから――」


 その声に、周囲の笑い声はぴたっと止まり、しん、と静まり返る。

 そのまま、微動だにせず少年がじっと待つこと、数分――


 ――すまなかったの。精霊達(かれら)は悪戯好きでな。どうか許してやってほしい。


 ざわざわと木々の枝葉ば揺れ、その大樹(ひと)の゛声″が、直接少年の耳に響く。


「!」


 その声にはっとして少年が顔を上げるが、景色は未だ、鬱蒼と生い茂る深い森のまま。


「あれれ? でも今、確かに゛声″が……」


 小首を傾げ、キョロキョロと辺りを見回す少年の耳に、再びきゃははっという精霊達の笑い声が聞こえ出す。


 ――あの大樹(ひと)は、大樹でもありこの森全てでもある。精霊達の(ここ)に入った時点で、本当は゛いつでも″聞こえた筈だぜ


「え! ちょ、君それ初めからわかってたのっ!? だったら教えてくれたって」


 ――俺の力を持ってるくせに゛始めに″、惑わされたのは何処のどいつだよ


「なっ!? ちょっと待って! まさか、君……っ!?」


 ゛彼″の、含みあるその言い方に、驚いて少年は声を返すが、


 ――言ったろう? 元来精霊は、悪戯好きなんだってな


 そう言って゛彼″の軽快な笑い声が盛大に頭に響く中、少年はがっくりと肩を落として項垂れるのだった。


「はあぁ。もぅ、なんなんだよ」


 呟き、その場にしゃがみ込んで頭を抱える少年に、あの大樹(ひと)の声が届く。


 ――さあさあ皆。遊ぶのは大いに結構じゃが、そろそろ、その少年を我に紹介してはくれんかな?


 優しげなその声に、周りからはーい! という元気良い精霊達の声が上がったと思ったのも束の間。


 ザザザザザ――――ッ


 まるで生き物ででもあるかのように、あるいはいきなりそこに道が出来たかのように木々が左右に割れ、木々で埋め尽くされていたその場所が、ある一点に向かって延びるように、開ける。


「うわあ――!」


 その光景に、瞳を輝かせる少年。

 昔、ぐるぐると勢い良く回転させられた時に見た、回る世界の中の景色みたいだった。


 ――さあ、これで道は戻った。安心して、我の所まて来るがいい


「はいっ!」


 その声に少年は元気いっぱいに叫んで、がばっと立ち上がると駆け出した。

 木々が連なるその道を、一目散に。

 その後を、楽しげな笑い声を上げながら、たくさんの、様々な精霊達が追いかける。

 まるで、追いかけっこでもしているかのように。


 追い越し追い抜かれ、転んでも起き上がってまた走り。飛んだり、跳ねたりしている内に。

 少年と精霊達は、その場所へと辿り着いていた。


 大きな大きな湖に静かに佇む、その湖に負けないくらいに大きな大きな大樹がある、光溢れるその場所に。


「……………………」


 その場所に、転がり込むようにして踏み入った少年は、へたり込んだまま、驚きにその瞳を見開き、あんぐりと口を開けたまま、大きな大きな大樹を仰いだ。


 どれだけ首を伸ばしても、てっぺんは見えそうにないその大樹はずっしりとそこに佇み、その周りには無数の光の玉が漂っていて、湖面がその光を照り返して更にキラキラと輝き、不思議な、幻想的な世界を、そこに造り出していた。


 ――よう来た。我と精霊等との加護を受けし子供よ


 呆然と、ただ前だけを見つめる少年のその耳に、声が聞こえ。


 そうして少年は、少年の内部(なか)の゛彼″は。


 この森の全てである、大樹と出会った――……






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