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その時の、こと1




 ながい、永い――、

 夢を、見ていた――……


 微睡みの中で見たそれは、現世(うつしよ)時の現実か、はたまた常世の幻想(ゆめ)か……


 刻の住人のみぞ知る――……




 ……*……*……*……




 幾多にある、星々が彩る海の中。その星は、他の星に紛れるようにして、静かに静かに、時を刻んでいた。


 長く永く、遠く彼方(とおく)


 その間、永らく神様達の休息の場として使われていたり、神獣が空を駆けていたり、聖霊や妖精が漂っていたり、はたまた悪魔や妖怪の類いが棲んでいたりもしていた。


 それと同じくして、地中が整い大気が溢れ、空気が流れて風ができ、風が雲を呼んで雨が降り。

 注がれた水で世界が充たされると、程なくして様々なモノ達が生まれ始めた。


 長く永く、時を刻んでいるだけだったその星には、それはまるで、祝福であるかのようだった。


 たちまちにその星は、生命が満ち溢れて輝き出し。


 最後の種であるヒトが生まれ、様々な動植物達と共に、神々等がそれを温かに見守る中、緩やかに時を刻んでいたのだが。


 ある時、神々達の界と人々の界とが触れ合った。


 まだ人々が、言葉を覚え始めたばかりの頃のこと。


 人界とは触れぬよう、その世界に生まれ出でたもの達を、ただ静かに慈しみ、見守っていた(ちょっかいを出すもの達はたまにいたが)、神々や各々のもの達だったが、人里から離れた森の奥にある、少数民族が暮らす小さなその村に、ある時一人の赤子が産まれたことにより、神々達はその力のほんの小さな片鱗を、人界に示すこととなる。


 森の奥地にあるその小さな村は、元々精霊の守護が強い場所で、村人の人口はそこに人知れず住まう精霊達より遥かに少なかったが、毎日無事に朝が迎えられることを感謝し、食を囲めることに祈りを捧げる、そんな者達が細々と暮らす村だった。


 ある日その村の若い夫婦達の間に、待ち望んでいた赤子が出来た。

 小さな村でのこと。それはすぐに村人全員が知ることとなり、勿論、そこに住む精霊達にも知れ渡ることとなった。

 そもそも、精霊達はもとより噂話が大好きなのだ。

 この村のことなら隅から隅まで、大抵のことは知っている。

 それこそ、村人達が知らないようなことまでも。


 赤子の話を聞き付け、その村はたちまちにお祝いムードに包まれたのだが、精霊達は精霊達で、もうかなり前からお祝いムードであった。


 それというのも、人には辿り着くことの出来ない、この森の奥深くにひっそりと佇む、樹齢三千年はゆうに越えていそうな、精霊達が他の樹の誰よりも大事にしている大樹から、長い長い年月を経て、この大樹の力を分け与えられし精霊が、ようやっと産まれ出ようとしていたからだった。


 大きな大きな湖にその根を下ろし、自身もそれを上回る程に大きく、人々が住まうようになる前から、あるいは周りが森になり、精霊達が産まれるそれよりずっとずっと昔から、そこに佇んでいたかのようなその大樹には、今の今までその大樹(ひと)を護り助ける精霊が、一人もいなかった。


 大樹自身がかなりの力を持っている為その必要はなかったのだが、だんだん、この(みんな)を支え、またこの(みんな)から支えられているだけでは、維持することが難しくなってきていたのだ。


 それぞれの均衡を保つ為には、どちらか片方の力が強すぎても、また弱すぎてもいけない。

 遠く長く、生きすぎてきた大樹は、更に膨大な力をその内部に溜め込んでおり、もうその大樹(ひと)だけでは力と力の受け渡しが、上手く出来なくなってきていた。


 間に誰かを立てなければ、大樹か森か、どちらかが崩れる――……


 精霊達の誰しもがそう危惧していたおりに、ようやくその大樹(ひと)は護り手を、自らの子を成す決断を下したのだった。

 それももう、今より三百年程前の話になるのだが。


 精霊が産まれるのは、その宿主でさえ、いつになるかわからないという。

 たった半日や1日で産まれる精霊もいれば、この大樹のように三百年もかかる精霊もいる。なかにはもっとかかるものもいるかもしれない。

 それこそ、知っているのはこの世界を創りたもうた創造主(神)か、産まれてくる精霊自身にしかわからない。


 しかしそれがどうやら、人の子と時を同じくして誕生しそうだという報告(しらせ)を受け、精霊達の喜びが増したのは言うまでもない。

 それに加えて、子供を授かった夫婦の女の方が、元々身体が弱く赤子を望むのは難しいだろう、と言われていたことを森の精霊達は知っていたので、その喜びは大きかった。


 だから少し、気が緩んでいたのかもしれない。


 いつもなら、この世界にいる者達がどんなことになろうと、ただ見守るだけに徹していた精霊達(かれら)だったのだろうが。

 幸せという甘美な熱に、全てのもの達が浮かされすぎていて、つい。

 精霊達の中の誰かが、無事に産めるよう大樹の加護を授けさせてみては、と提案し。

 それはまるで、もう決定事項であるかのように、誰しもがうんうんと頷き合い。あまつさえ子を成す大樹までもが、力強く頷いて了承し。


 その翌日――互いの子達が産まれる前日――、精霊達は迅速にことを進める手はずを整えた。


 その行動が、後にどんな事態をもたらすか、知りもせずに――……




 かくして、人の子と大樹の精霊(子)の、出産日前日の夜。

 大樹の子である精霊は、その身にまとう光をいっそう強く輝かせ、今にも大樹の内部(なか)から産まれ出ようと明滅させているその光を、たくさんたくさん放出していた。

 人の子である赤子も、あと半刻もすれば女の腹から出でる準備にかかるだろう。


 大量の布やお湯が張られたタライが周りに置かれている部屋のその真ん中に、夫に手を握られ、布団の上に横たわる女のその顔は、若干苦しそうだった。

 それを見やって、村の女共総出で布をかき集めて来ていたり、お湯を沸かしていたりしていた女共の内の一人が、女の手を握っている夫である男を引き剥がしにかかる。


 出産はどうやら、女達にとって神聖なものであるらしく、いくら夫といえど、出産するその瞬間に立ち合う等ということは、如何なる理由があろうとも、決して許されはしないのだ。

 たとえその女が、赤子を産むのは困難だろう、と宣告されていたとしても。


 あと少しだけ、と言って夫である男が妻である女の手を力強く握り、女がそれを握り返して答え、互いに頷きあった後、そっと繋がれていたその手が離れる、その瞬間。


 精霊達は、その二人の意識を人知れず、その場所からそっと連れ出した。


 人にしてみれば、それは瞬く間の僅かな時間だが。


 いきなり差し込んだ光にぎゅっと目をつむり、恐る恐るその目を開いた二人は、目の前のあまりの光景に驚いて、あんぐりと口を開けた。

 目の前に、周りを湖に囲まれた巨大な光る樹が、いきなり出現したのだから。

 実際にはいきなり現させられたのは、二人の夫婦の方なのだが。


 そして、自分達の姿を見て更に慌てる。

 身体が半分透けていて、互いの向こう側が見え、尚且つ、空中に浮いているではないか。

 それで慌てない方が無理な話であった。。

 男の方はパニックを起こして頭を抱え、女の方は驚いてはいるものの、男よりは若干落ち着いているようだった。

 子を成さずして、死んだのかしら? と女が小首を傾げたのと同時に、直接頭に声が響いた。


 ――いきなり招いて、驚かせてしまって申し訳ない。精霊達(かれら)は悪戯好きでな。決して害をなすつもりはないので、許してやってほしい。


 それと共に、どこからともなく聞こえる、きゃはははっという笑い声。


「ひぃっ!?」

「――まぁ」


 その大樹からの声と周りの笑い声に、男は驚いて腰を抜かし、女はひとつ呟いて口元を手で覆った。


 夫婦の前には大樹しかなく、明らかにその声は眼前の大樹からのもので、声が聞こえたと同時に、その周りを小さな光が笑い声をあげながら、ふわりふわりと舞い漂う。


 そのあまりにも非現実的な光景にどたん、と男はぶっ倒れ。ぐるぐる目を回して、口から泡を噴いている。

 対して女の方はというと、幻想的なその光景にうっとりとしていたのだが、男が倒れた音にはっとして我に返り、倒れた男を困った顔で見下ろしはぁと息を吐いて、女は大樹へと向き直った。


「――貴方は私を迎えに来たのですね? やっぱり、私は子を産めずに死んだのですか……。でも、何故夫までここに?」


 その検討違いの問いに、大樹は苦笑混じりの声を返した。


 ――そなたらは、死んではおらぬ。我は、我の精霊(子)と時を同じくして産まれるそなたらの子が、無事に産まれられるよう加護を授けに来ただけじゃ。

 このような形になってしまってすまないが、我らの界とそなたらの界は相入れぬのでな。こちら側に来てもらうより他なかったのじゃ。


「――まぁ。それを聞いて安心しました。ですが、それならば貴方は一体……」


 大樹の言葉に驚いた後、その顔に少しの安堵の色を浮かべ、次いで首を傾げて聞き返す女。


 ――我は、この大樹そのもの。


 それに、青々とした枝葉を盛大に揺らして答える大樹。


 その答えに女は、大きな大きな大樹を見上げた。

 女は大樹の調度真ん中くらいに浮いていた為、その内部(なか)から今にも外へと出て来そうな、強く強く脈打つ光を、間近で感じる事が出来た。


「――私の子と同じ……力強く脈打っている……子が、宿っているのですね……」


 ぽつりと呟きそう言いながら、女は途端に母親の目を大樹の、脈打つその内部へと向けた。

 するとその瞳に惹き付けられたかのように、大樹の内部で静かに脈打っていた精霊(子)から、小さな欠片がひとつ剥がれ落ち、そっと女の腹の中に宿る赤子へと吸い込まれ、溶ける。

 しかしそれは一瞬のことで、気付いた精霊(もの)は誰も、いはしなかった。

 宿主である大樹でさえも、それに気付くことはなく。


 女が慈しむように眼前の大きな大樹を見上げている内に、大樹から、そして周りの精霊達から、夫婦とその赤子に祝福の加護が贈られる。


 温かな光が全身を満たし……


 ――そなたらにしてみれば、ここでのことは瞬きの間のことでしかないが、あまり刻を留めていることは出来ぬ。

 そなたらの子が、無事に産まれることを祈っておるぞ。


 そんな声が、何処か遠くで聞こえたのを耳に残し、


「!」


 女がはっと気付いた時には、意識すでに元いた所へと戻っていた。

 眼前に、ぽかんとした顔のまま、手を握る夫である男の顔がある。

 きっと自分もそんな顔をしているんだろうな、と女はくすりと苦笑して、ぎゅっと夫の手を握り返した。


 それに男がはっとしたかと思えば、男の後ろにずずんと佇んでいた、いい加減に焦れたらしい女に首根っこを掴まれ、男が外へと放り出されて、しばらく。


 元気のいい泣き声が響き渡り、赤子が無事この世に産まれ落ちたのを、人の界だけでなく、精霊達のいる(ところ)にまで広く遠く、知らしめたのだった。


 時を同じくして、三千年も生きてきた大樹の内部から大樹の護り手である精霊が、強い光を放ちながら、ゆっくりと産まれ出でて来たところだった。


 大きな湖の水面に立ち、まず光を放ち続けている自分を不思議そうに見つめ、次に自分を取り囲むようにして集まっている、たくさんの精霊(同胞)達を見つめ。

 そして最後に、自分の後ろにそびえる大きな大きな大樹を振り仰ぎ。


 ――――…………


 柔らかに。

 その産まれたばかりの精霊は、本当に本当に穏やかに微笑むと、大樹が声をかける間もなく、そう、何かに導かれるかのようにして。


 一筋の光だけを残し、その場から忽然と消え失せた。


 その場にいた誰も彼もが、今一体何が起こったのか、理解出来ていなかった。


 その間に、尾を引くようにして残っていた一筋の光も、空に溶けるようにして消え去り。


 しばし呆然と、産まれたばかりの精霊がいた辺りを眺める、精霊達とその宿主であった大樹。


 しかし何処からともなく、気まぐれにここにやってきた風旅人の精霊に、ある事実を告げられてようやく。


 その時初めて、その場にいた全ての精霊達とその大樹は。


 この不可解な事態の重大さに、気付かされたのだった。


 しかし、それはまだ――……


 ほんの、序章にすぎなかった。




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