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落ちこぼれ少女の災難2


 始まりは、1週間前──…




「17歳のお誕生日、おめでとうシアリート」


 エルスティン学院学長の執務室に行くなり、いきなりお祝いの言葉を言われ、大きな瞳をぱちくりとしばたくシア。


 今日は土曜日。授業も午前中しかない為、共に昼食を取ろうということになり、迎えに来た所だった。 


 突然のことに、シアはドアノブに手を掛けたまま、呆然と学長の顔を見る。


(──覚えてて、くれたんだ……。でも、なんで今?朝会ったとき言えたよね……?)


 嬉しくない訳ではないが、どうしても、疑問が拭えない。


「……あ、ありがとうございます、伯父上」


 なんとか笑顔を作って、礼を言う。その間も頭の中はぐるぐると忙しく回転する。


(……場所が場所なだけに、なんか嫌な感じがするなぁ……。なんか企んでる??)


「立ち話もなんだし、まぁ座りなさい。今頃はどこも混んでいるだろうし、久しぶりに君と外食なんだ。どうせならゆっくりしたいからね」


「!は、はい。……失礼します……」


 自らの思考に専念し過ぎていて、言われるまま反射的に応じてしまい、シアは仕方なく勧められたソファに腰を下ろす。


(しまった、座っちゃったよ〜!)


 ソファに座ったものの、なんとも居心地の悪さを感じてしまって、ソワソワとするシア。

 オッド・アイの目がきょろきょろと忙しない。



 エリスティン学院学長の執務室は、執務机に椅子、簡易照明と執務机の前に置かれたソファ一式以外は、ドアと幅広い窓を除いて、すべて本で埋め尽くされている。


 それは多種多様で、子供が読むような絵本から、大人が読む難しい蔵書、文字が読める本読めない本、巻物や仕掛け本、ある一点に特化した専門書、レア級の古代書、果ては開かずの秘蔵書等々……


 それだけで学長が類い稀なる読書好き(コレクター)であり、博識であるのが伺える。


 その地位と見た目は、伊達ではないということか。


 半月のような柔らかな形をした灰白眼に、金縁の丸眼鏡が良く似合う。

1つに結わえて肩から流している長髪は灰色かがった茶色。学長のみが着ることを許されたエンブレム入りの、翡翠と黄石色のローブのアクセントになっている。


 整った鼻梁、ほっそりとした頬。最近小皺が目立つのが気になるようだが、それすらも学長の貫禄を与える手立てとなっている。


 そう、彼──エルスティン学院学長、スティリド・イヴァ・エルスティンには。


 若干25歳で学長になった為か学会からは舐められていたようだが、ようやっと腰が落ち着くようになった。


 最も、学院の生徒には初めからすこぶる人気だが。 若いからというのもあるだろうが、学院内にある図書館館長も兼任していて、執務室よりそちらにいる方が多いため、生徒との交流が多く、人が良い為気さくに話ができ、生徒の為ならある程度のことはなんでもしてしまうので、堅苦しい学長というよりは、頼れるお父さん的な感じで、そこがまたいいらしい。


 シアにしてみれば、ただのお人好しバカでしかないが。


「シアリート、聞いてますか?」

「は、はいっ!?」


 にっこりとした笑顔で言われ、座ったままビシッと背筋を伸ばすシア。


 思考を沈み込ませていて、全然聞いていなかった。


「折角貴女の誕生日なのですから、何かプレゼントでも……と、思っていたのですがね?」

 が、学長は特に気にしていないようで、そのまま含みある言い方をしながらシアに視線を向け、テーブルの上にすっと自らの手を滑らせる。


「……………」


 そろり、訝し気にシアが視線だけをテーブルの上に注ぐと、その手の中には1枚の用紙があり……


「どうやら今期も、貴女にプレゼントをあげることは出来ないようですよ?」

「………と、言うことは、その用紙は……」


 にっこりと続ける学長の言葉に、今までのことに合点がいったシアは、逆に落ち着いた口調で答える。


(まぁ、そのことは自分が一番良くわかってるしね……)


 ふぅと息を吐き、学長の手から用紙を受け取ろうと手を伸ばしたシアだったが、ひょいっと手を引っ込められ、用紙を遠ざけられてしまう。


「?……あの……」


 何故学長がそんなことをしたのかがわからなくて、小首を傾げるシア。そんなシアに、


「──貴女は本当に、このままでいいのですか?」


 笑顔を消し、灰白の瞳に真剣な光を宿して、静かに、声音も低く学長は問う。


「っ!?」


 いつもとは違うその雰囲気に、びくりと身体を震わせるシア。


(──ステイ、怒って、る?それに……哀しんでる……?)


 いつもの穏やかな感じとは違う学長の雰囲気に戸惑いつつも、光を宿した瞳の奥を垣間見てしまって、知らず、ッキンと胸を傷める。


「…………………」



 言いたいことは──、わかっている。わかりきってる!


 でも、それでも──…


「………僕としても、君のやりたいように、したいように──、させてやりたいと思っているよ?本当に。……でも、このままでは、いずれ君は……」


 シアからの返答が無いのを諦めとでも取ったのか、学長としてではなく、叔父として、兄として優しく諭そうとする。


「……君は、゛あの2人″の子供なんだから、やれば出来るはず」

「っ!そんなのっ、わからないじゃないっ!!」


 それまで静かに聞いていたシアだったが、学長の、スティリドの言葉を遮って、ここで初めて声を荒げる。


「──ううん。本当は、わかってる。わかりきってるっ!!」


 苦渋で顔を歪め、両の瞳に涙を溜めて、掠れる声を絞り出すように、叫ぶ。


「私には──…゛あの2人″の力は受け継がれてなんかないっ!!そんなのっ、私が1番良くわかってるよっ!ステイだって十分なくらい……十分すぎるくらい、わかってるじゃないっ!?その手の中のモノが──否応無く、示してるよ……、私が」


 ここで一端言葉を切り、本当に苦しそうに、辛そうに、シアは次の言葉を紡ぐ。


「……私なんかに……、2人の子供でいる資格なんて、ないんだよっ!!」


 最後の言葉を吐き出すやいなや、学長が持つ用紙を奪い取って、その場から逃げ出す。


「っ!シアリート、待ちなさい!!」


 止める声に、耳も貸さずに。


「学長、速達で──…って、うわぁ!?」

「…………っ!」


 たまたま開いた扉の隙間をスルリと抜けて、シアは全力で駆けていく。


 まるで追うモノから、逃れようとするかのように。


「………えっ、えっ?シアリート………??」


 そこにたまたま居合わせたカラミスは、ただ呆然と、走り去るシアを見送ることしか出来なかった──…




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