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忍び寄る影15


「……何を、したんですか?」


 どうしても話したいことがあると、その先の角まで見送ることを渋々二人に承諾させて、等間隔で装飾された格子が並ぶレンガ造りの学院の外塀が長々続いている路を、アルドと並んで歩きながら、ポツリとシアが問う。

 人目に付く場所故に、口調は敬語に直したままで。


 話を終えて帰ってきたカラミスとエレミアの表情が、どことなくすっきりしていたように感じて、何気なく聞いてみたのだが。


「ん? あぁ、それは企業秘密だからな〜」


 ニヤリとした顔で返されたのはそんな言葉で、どうやら教えてくれなさそうだ、とシアは息を吐き。

 その時目に止まったものに、そういえばと思考を切り替え、


「あの、アルドユーク様。コート(これ)ありがとうございました」


 言いながら手に持っていた袋を差し出す。

 シアが一度邸に戻ったのは、借りたコートを返す為だったのだ。


「あぁ、サンキュ。別に持っててもらってよかったんだがな」


「そ、そんな訳にはいきませんよ」


 クリーニングされてきちんと折り畳まれたコートが入れられた袋を受け取りながら、そんなことを言うアルドにぶんぶんと首を振りながら告げるシア。


 そうか〜? と気のなさそうな返事を返すアルドに、


「……そういえば、伯父上にも言ってないんですね」


 シアはどうして? と小首を傾げて訊ねる。

 シアの゛言っていない″こととはつまり、立場を入れ替えていることを、ということだ。


 それにさらっとアルドが告げる。


「ん〜? 敵を騙すには、まず味方からって言うだろ?」


「私にはすぐ、いいましたよね?」


「そりゃそうだろ。お前は俺のなんだから」


「……っ……」


 影武者というのが抜けているが、それより俺の、の所がやけに強調されていたように感じて、シアは恥ずかしさで頬を染める。


 なんでそういうことを、さらっと言ってくるのか。


 アルドは終始こんな感じなのだから、いちいち反応していたらこちらの身が持たなくなるのは今までで十分わかってはいるのだが、いきなり言われたりすると、やっぱりドキっとしてしまう。


 でもそれを知られたくなくて、こっちは真面目な話をしているのに、とアルドを睨んでぷいっと顔を背ける。


 シアのその態度にアルドは堪らず微苦笑を溢し、ついでさらりと話題を変えた。


「――そいやお前、ちょっとは、仲良くなれたみたいだな」


「は? 何がですか?」


 アルドの言葉の意味がわからず、小首を傾げるシアに、


「――素直になるのは、意外と簡単だったろ?」


 ニヤリとした表情(かお)でアルドが告げる。

 悪戯をバラした時みたいな、不敵な笑みで。


「――――…………っっ!」


 アルドのその表情に、全てを悟ったシアは立ち止まり、みるみるその可愛らしい顔を朱に染めて、


「なっ……!? まっ……、ちょっ……!!」

(……まままさか、図書室(さっき)のっ……!!?)


 大きな瞳を見開いてアルドを凝視し、戦慄く唇をなんとか動かし声を出すが、言葉にならず。

 大体、アレは訊かれたから言っただけであって、初めから言おうとしていた訳ではない。


「俺もその場にいたかったぜ〜。さぞかし可愛いお前が見れたろうな?」


 頭に手を回してそんなことを宣いニシシと笑うアルドに、左手から引っこ抜いた事の元凶であろう゛金のリング″を投げつけながら、


「の……覗っ……!? 〜〜しんっじらんないっ!! それは、犯罪です――っっ!!」


 真っ赤な顔で叫んで、一発ぐらいお見舞いしてやろうかと拳を固く握るシアだが、


「――――きゃっ!?」


 いつの間にか立ち止まっていたアルドに、顔からぶつかってしまう。


「ちょっ、止まるなら止まるっていってくださ…………って、えっ?」


 ぶつけた鼻の頭を押さえ、抗議の声を上げながらアルドを見上げたシアは、一瞬目端に捉えたモノに疑問を浮かべ、赤と紫の瞳をぱちくりとする。


 闇夜の景色が揺らめいた……?


 自身の考えを首を振って打ち消し、目をごしごしと擦って、確認するようにもう一度周囲の景色を見回す。


 エルスティン学院を囲う外壁。立てられた街灯の明かり。敷き詰められた石畳。家路へと急ぐ人々……

 いつもと変わらないその景色を見回し、ほっと息を付いてシアは視線を前へと戻し。


「…………………………っっ!!」


 異変に気付いて、固まる。


 シアが見やる前方には石畳が続いており、夜道を照らす為に立てられた街灯が、その石畳に円錐型の光を落としている。

 それは石畳が続いているのと同じで、どこまでも続いている…………ハズである。いつもなら。


「な…………な、んで……」


 絞り出されたその声は、夜の闇間へと消えていく。

 二人が立ち止まっているすぐ手前の街灯から、゛その先の街灯の明かり″が、――見えなかった。


 ゆらり、周囲の闇夜がまた揺らめく。

 まるで、生き物であるかのように。


 ざわり、とそれに背筋が粟立ち、


「…………――ひっ!?」


 上擦った声を上げ、シアはアルドの服の裾をぎゅうと掴む。


「ははっ! なんだよお前、怖いのか? だーいじょうぶだって」

「っ!」


 そんなシアを落ち着かせるように、その頭にぽふっと大きな手を置いて、ニカっと笑ってアルドは告げ、


「――出てきたらどうなんだよ? お前、゛地下に来たヤツ″なんだろう?」


 ニヤリとした表情で眼前を見据え、問う。


 しかし、返答はなく。

 さわさわ、風が静かに流れ二人の間を抜けていく。


「………………」


 早々に前を見続けているのに焦れたアルドが、更に問いを重ねようとした所で、


「――ふぅん? ゛そういうふうになったんだ″」


 可愛らしい、少女の声が返された。くすくす、笑い声混じりのその声が。


「あ?」


 その意味がわからず、聞き返すアルドには答えず、


「まさか、同時に会えるとは思ってなかったけど〜♪」


 くすくすと笑いながら、その者はゆっくりと自身の姿を円錐の光の下に晒した。


 まず、脚が見えた。

 冬だというのに、その足は白磁の素足で、差し込み口が大きく広がったショートブーツを履いている。

 次にもう片方の足が見え、首から下が表れる。

 細い首筋。華奢な肩。スラリとした白い腕。ふっくらとした胸はひらひらで段違いの薄手のチュニックに覆われ、女性的な丸みを帯びた腰元を隠すのは、ぴっちりとしたショートパンツだ。

 最後に、その顔が光の下へと晒される。

 ぱっちりした瞳。キュッと上がった目尻に、気が強そうな印象を与える。通った鼻筋。肌は白磁できめ細かく、ぷるんとした唇が艶めいている。

 全体的に小柄な印象。年の頃は十五、六くらいだろうか。

 二つに結われた長い髪が、風に煽られ空を舞う。


「…………」


 その幻想的な……いや、゛有り得ない″光景に、黒の瞳を見開いて息を飲むアルド。


 その色合いは――……奇異としか言いようがない。


 街灯の灯りと夜の闇の境にわざと立つその少女は、光の色と闇の色に、くっきりと分けられていた。


 光が当たっている左側は、その光の色と同じ淡い黄色の瞳と同色の長髪。

 対して反対側の、夜の闇と同化しているかのような右側は、漆黒の瞳と同色の長髪だった。


 一般の者なら、有り得はしない。゛光の加減で色彩が変わる″など。

 ある一種の例外を除いては。

 今となっては知る者すら稀有な、その例外――


 目の前の少女はまさしく、その例外である者に違いなかった。


 アルドの表情に満足したように、その少女はにんまりと笑った。


「…………お前、虹光髪の……」


 ポツリ、呟かれたその言葉に、少女は更に笑みを深める。


「――゛私たち″を表現するのに、これ以上にないってくらい、的確な登場方法だったでしょ♪」


 ねぇ? と向けられた視線はシアへのもの。

 その視線につられるように、アルドは傍らのシアへと視線を落とし、


「お、おいっ!?」


 驚きに声を上げた。


「――――ぁ…………」


 カタカタと震えるシアの顔は蒼白で、呼吸は荒く、裾を握る手は強く握り込みすぎて、蒼白の顔よりなお白い。

 だが、その見開かれた赤と紫の瞳は、眼前の少女をひたと捉えたまま、離れない。


「おいっ! シアっ!」


「…………ど、して……?」


 呟かれたそれは、アルドの呼びかけに対してではなく。


「――ちぃっ!」


 反応を返すことすら出来ないシアに舌打ちし、


「彼方より此方(こなた)。呼びかけ(こえ)に答えて召しやがれっ! 幻冬羽虫っ!」


 早口で呪文が紡がれるや空中に複数の円陣が一瞬だけ瞬き、陣が消えたと思う間もなく、無数の羽音が耳を打つ。


 瞬時に、アルドの周囲に召喚された三十強の、虹色の羽をもつ幻虫が降り立った。


「――行けっ」


 声に呼応するように、大人の握りこぶし大の甲殻なそれが、一斉に少女めがけて飛んでいく。

 シャリリリリ、無数の羽音を引き連れて。


「っ!? ちょ、え、やだっ! む、虫っ!?」


 羽音と、闇夜に光る虹色の羽を捉え、少女の頬が引きつる。


 少女の視線が羽虫へと移った一瞬の隙を逃さず、アルドは袋から引っ張り出したコートでシアをくるんと覆い、その小さな身体を抱き抱え、飛ぶようにもと来た道を駆け戻る。


 その間に、夜の闇に溶けるようにして作られた結界を解く為、呪文を紡ぐ。


「我の前に立ち塞がりし夜の闇を、朝の日の光の如く燃え盛る(あか)でもってこじ開けろっ! 緋炎盛掌っ!」


 詠唱と共にアルドの身体が緋く光り、自由な右手に、明々とした緋炎の炎が纏わりつく。そのまま、勢いを殺さず拳を前へと突き出す。


 ことここに至っても、アルドはまったくといっていい程、それこそ景色が揺らめくその瞬間まで、結界が在ることに気付いてすらいなかった。

 そういう可能性を考えていなかった訳ではないが、アルドにとっては、結界(それ)があろうがなかろうが、どうでもいいことだった。


 夜の闇と景色に同化するように編まれ張り巡らされたその結界は、緻密で巧妙。景色に同化させているうえ不可視の術がかけられていて、それだけでもかなり見えにくく作られているのだが、ここまでのものはそうそうお目にはかかれまい。不自然な所が、ひとつもない。

 しかし、それ故に敏感な者にはすぐ見破られそうなものだが、空間の魔力量を測ったり等の細かい作業が苦手なアルドには、到底無理な話であった。元よりアルド本人は、そんなこと気にもしていないのだが。

 共にいるのがシェダであったなら、踏み込む前に気付いただろう。


 時間帯的に、夜が深まりつつある宵駆けの時。本来なら日の光はなりを潜め、夜の闇が勢力を増し、謳歌しだす時間帯。

 弱った光は闇を砕けず、闇間に露と消え去る定め。


 ――しかし。


「うおりゃああぁぁぁっ!!」


 日の光そのものを纏った右手は、あっさりとその結界を破って突き抜け――


 その開いた拳大の穴に、もうひと押し。


「とりゃっ!」


 右足による蹴り上げ(ハイキック)。

 それにより、ひび割れた箇所が更にボロボロと崩れ、程よい大きさの穴が開く。


 調度、子供が通れるくらいの大きさの穴が。


 そして、目の前には突然現れたアルドにびっくりしているカラミスとエレミア。

 誰かと立ち話をしているなとは思っていたが、猛ダッシュでこちらまで戻って来るや、自分達のすぐ側まで張ってあった結界を、その拳ひとつで突き破ってみせたアルドに目を白黒させて、町並みを裂いたかのようにして出来たそのひび割れた結界と、そこに立つアルドとを交互に見やる。


 そんな二人にニヤリとして、その身を固く縮めて震えているシアに何事か囁く。すると途端にカクンとシアの身体から力が抜ける。それを確認してから、アルドは二人に向かって声を投げた。


「――お前らっ、こいつ(シア)のこと頼む!」

「え、えぇっ!?」

「――きゃっ!?」


 そういって投げて寄越されたもの(コートにくるまれたシア)を、なんとか正気に戻って二人で慌ててキャッチするが、勢いを殺せずに尻餅をつく。門より向こう、学院の敷地内に。


「あと、コレ一回返されたんだが、やっぱ付けとけって言っといてくれ。コート(それ)も、返さなくていいってな」

「っとと!」


 言いながら投げられたリングを、慌ててカラミスが受け止める。


「――それと、良い子はとっとと帰って寝ろ。いいな?」


 開いた穴が修復されていくのを見つめながら、ビシッと言い置いたアルドは、


「同調固定結界。縛の鎖、束の網。刻は朝告げ鶏が声高に鳴くまで。それまでは何人たりともこれを侵すことは出来ない。――縛限鎖檻」


 開いていた学院の門を閉じ、追ってこられないよう術をかける。


「ちょっ! 団長様っ!?」

「大丈夫だって。ちょーっと遊んでくるだけだから」


 ガシャン、音をたてて閉められた門の柵に張り付くカラミスに、ひらひら手を振ってアルドは告げ。


 それとほぼ同時に修復完了した結界は、一瞬だけその闇色をカラミスの目に晒すと、瞬く間に消え失せた。


 後はただただ、いつもの町並みの風景が広がるのみ。


「……………………」


 誰にも悟られないよう周囲と同化したかのように、すぅっと消え失せた結界があった辺りを、カラミスは呆然と見つめる。


「――――………………」

「…………シアリート?」


 その時魔法でアルドに眠らされ、エレミアに支えられていたシアは、無意識にその小さな手を伸ばしていた。


 しかしすがるように伸ばされたその手は、何も掴めずに空を切り。


「……いったい、何が……」


 ポツリと呟かれたカラミスの声は風に流れて周囲に溶け、呆然と眼前を見やる二人は、暫くそこを動くことが出来なかった。






「さーってと。んじゃまぁ第二ラウンド、始めるとするか?」


 シアを送り届けてもといた場所に飄々とした顔で舞い戻って来たアルドは、修復と同時に外部(そと)と完全に遮断された内部の状態に苦笑してから、眼前の少女を見据えてニヤリと、その口角を引き上げたのだった。





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