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忍び寄る影14


 一端学院内にあるスティリドの邸の、自室へと戻ったが特にすることもなく、アルドを見送る時まで学院の図書室ででも暇を潰そうかと思い、図書室へと赴いたシアは、同じように暇を潰していたらしいカラミスとエレミアに招かれ、同席する。

 しかし、シアは直ぐ様後悔することになる。


 執務室でのことを色々、問い詰められたからだ。


「それで? 一体何を話してたのかなぁ?」

「言うまで、逃がしませんわよ〜?」

「…………………」


(……来るんじゃなかったっ……!)


 たらりと冷や汗を流しつつ、二人を見やる。

 にっこりと、二人共その顔は笑顔なのに、目が全然笑っていなかった。

 がっちり両肩を掴む手にも、力が入っていて。

 逃げられる訳がなかった。


(……笑顔って、ほんとは怖いんだな……)


 最近怖い笑顔ばかり見続けていたので、胸中でそんなことをボソリと呟き、笑顔の人には近付かない! と心に決めて、今回は仕方ないと諦めたようにひとつため息をついて。


「……あんまり面白いネタはないと思うよ……」


 と呟いて、ある程度の所まで話す。

 小間使いをしている事はもうバレているので、執務室でのことを隠していても意味はないと判断したからだ。


 主に、今日学院に来たのは正式に小間使いとして雇う為に、伯父上の許可を取りにきたからだとか。

 伯父上とアルド様、シェダ様達が友達同士だったということなどを。


「……どうりで、あんな気安い挨拶(こと)、言ってたわけだ……」

「本当に、驚きましたものね。でもお友達同士なら、納得ですわ〜」


 ほぅ、と息を付いて肩を竦める二人。

 確かに、アレにはびっくりした。

 昨夜の学院長が、再来するかと思えるくらいに。

 もしかしたら、アルドが今まさに、その学院長とご対面中なのかもしれないが。


 二人の様子に同意するように苦笑する。


「で、シアリート。君、小間使い(それ)ちゃんとやることにしたんだ?」

「……うん。ちゃんとやれるかどうか、わからないけど……」

「あら、それでいいじゃありませんの。それをやろうとする事に、意味があるのですから」


 こくりと頷くシアに、先程とは違う柔らかな笑みを浮かべて各々告げる。


「……今までの君を見てるから、余計にね」


「…………?」


 カラミスのその言葉に、不思議そうにシアがカラミスを見やると、それに苦笑して、続ける。


「だってそうでしょ? シアリート、君、今までの自分から何か゛やりたい″なんて、言ったことなかったじゃないか」


「っ!」

(〜〜っっ!! な、なんか言っちゃった!? 私っ)


 途端に恥ずかしくなって、俯く。

 全身が、沸騰したお湯を入れられたポットみたいに、熱い。

 身に付けているリングまで、熱を持っているかのようだった。


 確かに、そんなことを言ったことは今まで一度だってないので、それはそう、なんだけれど。


 一度気を許してしまったからか、なんだか自分が物凄いことを言ってしまったような気がして、どうしたらいいのか、わからなくなってしまう。


「だから、僕は嬉しいよ。本当に。――騎士団長様の小間使い、しっかりやりなよね?」


 呟いて、カラミスは俯くシアの頭をくしゃっと撫でる。

 そのまま、ただ撫でられているだけなのかと思いきや、堪え切れないというように、くすくすとシアが笑い出す。


「……伯父上と、同じこと言ってるっ……」


「ええっ!?」


 シアの、まさかの返答に驚くカラミス。しかし、それだけではなく。


「――そうですわね。カラミス、なんだか娘をどこかに嫁がせる時の、父親みたいですものね」


 頬に手を添え、しみじみとエレミアがそんなことを呟く。


「エレミアまで!? なんでっ?」


 慌てて聞き返すカラミスだが、本当に、わかってないのは当人のみであった。


 その態度すら、そうであることを否定する父親の図にしか見えず、シアとエレミアは笑いを深める。


 暫くして、苦笑気味のカラミスも加わり、三人でくすくす笑っていると。

 いきなり、声をかけられた。


『シアっ!』

「ひゃあぁっ!?」


 それに驚く面々。


「………………(ギロリ)」


 そして今度こそ、ちらほらいる数人の生徒と、司書官に睨まれてしまって、口元を被ってお互いに目配せを交わし、コソコソと図書室を後にする三人。


「びっくりしたぁ……」


 図書室から出て息を付くシアに、更に声がかかる。


『おい、こら! きーてんのかっ!?』

「ひゃっ?」


 明らかに、アルドの声だった。

 しかも何故か念話で、その声はカラミスとエレミアにも聞こえているらしく、


「……念だよね、これ。でも、シアリートがいるのに、なんで……」

「……さぁ。まぁ、あの騎士団長様なら、気合いでなんとかしそうですけれど……」


 ひそひそと囁き合う二人。しかし、それはどうやらアルドにもばっちり聞こえていたようで。


『聞こえてんぞ、お前ら』

「!」

「っ!?」


 アルドのその声に、びくっとしてシアを見る二人。

 やはり、アルドの念はシアの近くから発せられているようだった。

 驚いた顔のまま、シアが告げる。


「な、なんで!? 防御特化しすぎてて、届かないはずなのに……」


 すると、アルドからあっさり返事が届く。


『それは俺様だから。――ってのはまぁ、置いといて。シアお前、付けてるだろが。゛俺と同じもの″を』

「へ?」


 ぽかんと呟くシアに、更に返答。


『……はぁ。リングだよ、リ・ン・グ。あるだろ? お前のじゃない、金色のヤツが』


「――あっ!?」


 そこまで聞いて、思い当たったように声を上げ、シアは左腕の袖を捲る。


 そこにはいつものように付けられた九個のリングと、自分の物ではない一つの、金のリングが付けられていた。


 昨日すり替えられた、そのリングが。


 置いていこうかとも思ったのだが、ひとつ足りないのがなんとも落ち着かなかったので、仕方なく付けてきていたのだ。

 どうやら、その選択は間違いではなかったらしい。その金のリングが、仄かに光を発している。


「……まさかわざわざこの為だけに、すり替えたんじゃない、ですよね……?」『――さぁ、どうだろうな?』


 二人がいるので口調を正してシアが答えれば、ニヤニヤしているアルドの声が明滅するリングから洩れる。それにため息して、告げる。


「……はぁ。まぁいいですけど。――それで、伯父上とのお話は終わったんですか?」

『あぁ』

「じゃあ、そっちに行きます。今何処ですか?」

『今から執務室出るトコ』

「わかりました。すぐ行きます」


 そう締め括って、シアはカラミスとエレミアに向き直り。


「それじゃ二人共、私はこれで。アルド……ユーク様、お見送りしないといけないから……」


 そう言ってくるりと踵を返すシアに、


『待った(て)! 僕(私)達も一緒に行くよ(行きますわ)!』


 二人はぴったりと声を揃えて、そう告げた。




 ……*……*……*……




「見送りご苦労ーさん!」


 何事もなくあまりにあっさりと、学院の門前に到着する。


「あ、えぇと……はい」


 呟きながら頷き、シアはちらりと後方の二人へと視線を投げる。


 一緒に行くと言ってきたからには何か話でもあるのかと思っていたのだが、会話といえば互いに軽く自己紹介したのみで、後はただ本当について来ただけで、首を傾げる。


(……本当に見送りに来ただけ? ……何か話があったんじゃ……)


 自分の聞きたいことも二人がいるので聞けていないが、どうしたものかと首を捻るシアを余所に、


「ちょっと、いいですか?」


 意を決したような真剣な表情(かお)で、カラミスがアルドを見上げる。


「……いいぜ?」


 それにふっと笑ってアルドが答え。


 カラミスとエレミアがアルドを伴ってその場から離れる。

 因みに、シアはその場で待機! とカラミスに釘を刺されてしまったので、門前でひとりお留守番である。


(……なに、話してるんだろ……?)


 むぅ〜と、仲間はずれにされたことに頬を膨らますが、詮索するのは良くないよね、と首を振って空を見上げる。


 冬の空はとうに陽が落ち、藍色の夜空へと移り変わっていて、星がキラキラと瞬き始めていていた。


 夜空を見上げるシアを目端に捉え、ごほんと咳払いしてから、


「……あの、えぇと……。――どうもありがとうございましたっ!」


 言ってぺこりと頭を下げるカラミス。

 と直ぐ様顔を上げ、ほんのり色付いた頬を掻きつつ、ぽつりと告げる。


「……本当は、僕がそれをしてあげたかったんですけど……。……最近のシアリートは、本当に良く、笑ったりしてくれるようになって。感じが少し、柔らかくなったような気がします。――それを、……シアリートを、変えてくれたのは騎士団長様なんでしょう? ですから、お礼を言わせて頂きました」


 言いながら、チクリと痛む胸に苦笑する。


 本当は、今までずっと見守り続けてきた幼馴染みである自分が、彼女を変えて――いや、元のように、戻してあげたかった。

 子供の頃みたいに、まるで花の蕾がほころぶみたいなその笑顔を、取り戻させてあげたかった。

 いや、自分が取り戻させてあげるんだ、とまで思っていたのに。


 この十二年間常に傍にいて、今まで通り変わらず接し、見守り続けてきただけでは、ダメだったのだ。


 その証拠に、少し前に知り合ったばかりの筈のこの騎士団長様に、あっさり突破されてしまっている。


 彼女が人に対して隔てている、その壁を。

 どうやってそれをしたのかはわからないが、少なからず、彼女の壁を開くことが出来たのだろう。


 そうでなければ、最近の彼女の、態度の変化の説明がつかない。


 昼間、食堂で不意に見せられた彼女の笑顔は、紛れもなく、なんの隔たりもない、蕾がほころぶみたいな、そんな笑顔だったのだから。


 小さい頃と同じ、柔らかな優しい、笑顔だった。


 ――それにまだ彼女自身、戸惑っていたようだったけれど。


「………………」


 微苦笑が、唇から零れる。


 彼女を変えるのは、守るのは……自分だと思っていたけれど。

 ――どうやら、違ったようだ。


 それを潔く認め、カラミスはふぅと息を吐いて、もう一度深々、アルドに向かって頭を下げた。


「――彼女の……シアリートのこと、宜しくお願いします」


「……カラミス……」


 そんなカラミスを見やってエレミアがぽつりと呟き、気遣うようにその肩に手を添えて、自身も頭を下げ、告げる。


「私からも、お願いしますわ。――悔しいですけれど、彼女が最近、少し変わったのは事実ですもの。……それが出来るのが、私ではなかったというのが、非常に残念ではありますが……」


 ふわり、エレミアの金の髪が風に揺れる。

 それは本当に風に揺られただけなのか、少なからず、エレミア自身が震えていたのかは、わからないが。


「……もう一歩で賞、だなぁ」

「はぁ!?」

「えぇっ!?」


 アルドの呟きに驚き、呆気に取られるカラミスとエレミア。

 お互いにぱちぱちと瞳をしばたき、そのまま蒼紺と碧眼の瞳で、じっとアルドの顔を見やる。


 そんな二人にため息しながら、アルドはガリガリと頭を掻いて。


「――あいつ(シア)は、確かにあんなガキの容姿(ナリ)だし、一緒にいすぎたせいで妹みたいに思っちまって、いきなり現れた俺に、取られちまったみたいに思うのかも知れねぇけどさ」


 ひとつ息を吐いて、続ける。


「だからって、俺に゛お願い″することでもねぇだろが。あいつだって容姿はガキだが、心まではガキじゃねぇんだ。自分で考えて、行動出来る。そこまで過保護る必要はねぇさ」


 大体、無意識に過保護りそうな学院長(ヤツ)がいるだろが、と本当に呆れたように呟いて、


「っ!」

「きゃっ!」


 ぽふっと、その大きな手をカラミスとエレミアの頭に乗せる。


「だから、ちょっとだけ預けたって感じに思ってりゃいいんだよ。俺達はまだ、対等だからな。お前らの役割分担が軽くなったって思えばいい」


 目をぱちくりして、恥ずかしげに頬を朱に染めて互いを見やり、ついで不安げに自身を見上げてくる二つの瞳に、アルドはニカッと笑って。


「今は無理でも、あいつ(シア)はお前らがしてくれた今までのことに、ちゃんと感謝してると思うぜ? だから、他人(おれ)なんかが入って来たって、今までと同じでいいんだ。友達(ダチ)なんだろう?」


 わしゃわしゃ、カラミスとエレミアの頭を撫でながら、


「俺だって完全に、心を開いてもらってるワケじゃねぇし。――大体、俺は他人だったから、ちょーっとだけ、許してもらえただけなんだぜ?」


 ぼそりと呟いて、苦笑する。


「お前らだって覚えがあるんじゃねぇか? 知人には難しいが、自分の事を知らない他人になら、ぽろっと言えてしまうこととか、気を許せてしまう感覚とかさ。――あいつ(シア)にとってのそれが、俺だったってだけなんだよ」


 そう言いながらシアを見つめるアルドのその横顔が、心なしか寂しげに見えて、二人は同時に息を吸い、何事か言おうと口を開きかけたが、


「おぉっと。そろそろ戻んねぇと流石にマズいか」


 一足先にアルドの声が滑り込み、最後にもう一度カラミスとエレミアの頭をくしゃっと撫でて、シアの待つ門前へと歩いて行ってしまう。


「………………」

「………………」


 気勢を削がれ、しばし歩いて行くアルドの後ろ姿を見やっていたカラミスとエレミアだが、どちらともなくひとつ息を吐いて。


「――僕達も行こうか」

「ええ」


 呟き、その後を追うのだった。





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