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忍び寄る影13


「――つまり、こういうことだね?」


 アルドの説明に、ため息してスティリド。


「二人は公園で知り合って、二週間前からちょくちょくお手伝いをしたりしていたが、どうせならちゃんと許可を取って契約をして、小間使いとして正式に雇おうということになり、先週の土曜に、私の所にその旨の封書が届いた、と」


 スティリドの説明に、そうそうとアルドが頷く。

 明らかに、でっち上げの嘘なのだが。


 出会ったのは一週間ちょっと前で、小間使いではなく影武者なのだから。


 全部が嘘というわけではないが、よくもこれだけスラスラと出てくるものだ、と感心しそうになる。


 名前が替わっただけで、内容的にはどちらも身の回りの世話みたいなモノで、傍にいるのは変わらなさそうなので、あまり違いは感じない。


 準備の良いことに、シェダ管轄でアルド直属の小間使いとして任命する、なんて契約書まで持参してきている。大魔導師と騎士団長の判まで、しっかりと押してあった。

 アルドの用意周到さが伺える。


(……ごめんね、ステイ。……でも、ここまでしたら流石に、疑われたりはしないかな……?)


 二人の会話を、シアはただソファに座って(訊かれれば相づちを打つなどはしたが)、おとなしく聞いているだけだった。

 不用意に口を挟んで台無しにするわけにはいかなかったし、元々、自分から話をしたりする方ではないので、変に思われたりはしてないだろう。


 契約書である羊皮紙をまじまじと見ているスティリドをちらりと盗み見て、疑ってなさそうな表情にほっとする。


「……アルドのことだから、ここまでしてきたということは、今更もう、取り返しはつかないのだろうね……」


「よっくわかってんじゃん」


 契約書とにらめっこしたまま、盛大にため息して肩を落とすスティリドに、ニヤリとしてアルド。


(……あぁ、なんだかステイに、シェダ様が重なる……)


 スティリドのその仕草に二人の様子が鮮明に重なり、アルド様のことで苦労しているんだろうな、というのが容易に想像出来てしまって、苦笑いが浮かぶ。

 そんなシアに、突如声がかけられる。


「――ところで、シアリート」

「!ひゃいっ!?」


 いきなりスティリドに声をかけられて、返事の声が裏返るシア。しかしスティリドはそれに苦笑だけを返して、続ける。


「――ひとつ、聞いていいかな?」

「あ、はい。なんですか?」


 にっこりするスティリドに、何となく居ずまいを正してから、シアは聞き返した。


「小間使いを、君は無理矢理、やらされている訳ではないんだね?」

「えっ!? えぇと、あの……」


 いきなりの問いに、慌てる。まさかそんなことを聞かれるとは思っていなかったのだ。……どちらかといえば、知らない人について行ったこと(正しくは強制連行)とかを、怒られるのかと思っていたから。


 スティリドを見やって大きな瞳をしばたき、ついでアルドをちらりと見やってから、考えるように俯いて、


「……初めは、会ったらいきなり、引っ張られていってたんだけど……今は」


 ぽつりと告げてから、ドキドキする胸を押さえ、ちゃんと顔を上げてスティリド(まえ)を見て。


「……色々、楽しいかな、って……思えてきてて。――ほら、伯父上よく朝礼で言ってるじゃない? 『色々な経験体験をしなさい。それは必ず花を開いて実を結び、未来(さき)の君達の力になるから』って」


 だから……、と呟いて。


「やってみるのも、……いいかなって思って」


 ふわりと、ほんの少しだけ微笑んだ。

 それは、苦笑混じりだったけれど。


「っ!」


 その表情に、シアの思いが確かにあるのを感じて、見開いていた灰白の瞳を、静かに閉じる。


 その後、肩を竦めてため息。


「……わかったよ。そこまで言われては仕方ないね。折角の、君のやる気を摘む、なんてこと私には出来ないしね」


 やれやれと苦笑混じりに告げて、契約書に筆を走らせるスティリドに、


「……っ、ありがとうございます、伯父上」


 言ってペコリと頭を下げる。そんなシアを見つめて、


「――やるからには、しっかりやるんだよ?」

「――はいっ」


 スティリドは静かにそう告げて、シアはそれにしっかりと答えた。


 ひとり、ソファに座って紅茶に舌鼓を打っていたアルドは、そんな二人を見て、ニヤリと口角を引き上げたのだった。




 ……*……*……*……




 アルドとまだ話があると言うスティリドに一礼し、執務室から退室する。


 その時アルドに、帰りは見送るという約束をさせられてしまったシアは、どうしたものかと首を傾げる。


 丁度聞きたいことがあったので見送る約束をしたのはいいのだが、スティリドの話がいつ終わるのかわからないということと、連絡手段が皆無なシアには、連絡を受け取ることも、こちらから連絡することも出来ないので、途方に暮れる。


 普通魔法使い同士なら、自分の思っていることを魔力を乗せて相手に飛ばせば、念という形で会話、意志疎通が出来るのだが、シアは基礎防護魔法しか使えない上に、防御特化したアイテムを身に付けている為、念が弾かれてしまって届かないのだ。

 物凄く強固な意思でもって念を飛ばすか、相手と同じものをシア自身が身に付けているのならば話は別だが。


 最近では、お揃いのアクセサリを買ってはめ込まれている魔鉱石に互いに魔力を込め、それを交換することで念話の効率を図る、というものがあるらしいが。勿論、シアはそんなもの持っていない。


(……やっぱり、一緒にいればよかったかなぁ……)


 出てきた部屋の扉を見やり、一瞬そんなことを考えるが、ぶるりと身体を震わせて、ぶんぶんと首を横に振る。


 アルドに話があると告げたスティリドの表情が、物凄く怖かったからだ。

 にっこりとした笑顔だっただけに、余計に。


(……あの場所には……流石にいられないよね、うん)


 自身を納得させる為に何度もうんうんと頷いて、そそくさと執務室を後にする。


 外はいつの間にか夕焼け色に染まりつつあり、午後の授業が終了しているのを告げていた。

 窓の外を見やると、ちらほらと下校していく生徒達の姿が見える。


 その時目に入った、自分の髪を見つめる。光を弾いて、夕焼けと同じ色に染まった髪を。

 校内でもフードは滅多なことでは取ったりしないので、染まっているのはフードから溢れた少量の髪の先だけだが。


 ここに入る前から、自分の髪が他の人達と違うのはわかっていたので、常にフードを被っていた。

 髪色のことで何か言われるのは、絶対に嫌だったから。

 でも、室内では必ず教師に咎められるし、心無い者達に脱がされたりして、その度に周囲がざわついたり、いろんな噂がたったりした。


 しかしそれも今では、その目に留めることはあっても、ただそれだけで何か言われることもなく、過ぎ去っていくだけ。


 シアの髪は゛そういうもの″、だということに気付いて、尚且つ虹光髪(それ)に周囲の者達が慣れたからだ。


 そう。゛慣れ″てしまえば、それが゛当たり前″になってしまうのだから、何か言ったり言われたりなど、なくなる。


(……まだまだ色々、驚いたりすることばかりだけど……。今のこの状況に慣れることが出来たら……)


「――何かが変わる、のかな……?」


 小首を傾げて呟いて、先程のドキドキを抱えたまま、空を見上げる。


 夕焼け色に染まりつつある空にはまだ、昼の青さが残っていて。


 だけどそれは、刻一刻と変わりつつあって。


 混じり合い溶け合いながら、移ろい彩りを変えていく。


 同じ空は、ひとつもなく、変わることが当たり前の、その空に。


 導かれるように。


 シアは少しだけ、その小さな自分の足を。


 一歩、前へと踏み出した――……





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