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忍び寄る影12


「今日という今日は逃がしません――って、あ、あれ?」


 シェダとは別の入り口を使って叫びながら深部(ここ)へと入ってきたその人物は、眼前にいるシェダを見やり、ぱちくりと目をしばたいて、辺りをきょろきょろと見回す。


 その間に、シェダはリングごと石碑から手を離し、検索状態を強制的に停止終了させる。

 それにより、浮かび上がっていた文字は消え、通常運行の状態へと戻る。


(……あ……危なかった……っ!)


 平静さを装いつつも、胸中ではため息を付いていたシェダに、


「……おっかしいなぁ……。シェダイス、お前一人か?」


 頭を掻いてため息し、その人物は口調を改め、静かに問う。


 煌めく銀の……いや、白銀の真っ直ぐな絹糸のような髪を背中にゆったりと流し、タレ目気味な水色の瞳を向けてくるその人物に、シェダは腰を深く折って恭しく一礼し、答えた。


「――はい。私一人にて御座います、殿下」


「……他に、誰かの出入りはなかったのだな?」


「はい。私以外はどなたも、深部(ここ)に来てはおりません」


「――そうか」


 シェダが殿下と呼んだその者の深いため息で、会話が締め括られる。

 そうなれば、シェダから話しかけるということはまず無いので、会話が止まり。

 沈黙が訪れる。


 その間に退室するべきかと思ったシェダだったが、その前に声をかけられた。


「――ここには僕達しかいないのだろう? ……なんで何も訊かない」


「……訊いて欲しかったのですか?」


 それに破顔して問いかけるシェダに、ガリガリと頭を掻いて喚く殿下。


「〜〜〜あーもうっ! 察しろっ! あと敬語と名前! 僕達だけなら良いって言ったろ!」


「――ははっ!」


 それに堪えきれずにシェダが吹き出し。

 頬を朱に染めて、殿下がぼやく。


「――何が可笑しい」


「あぁ、いえ――……まさか貴方が、アルドと同じことを言われるとは、思っていなかったので……」


「なっ!?」


 シェダのその言葉に、心底嫌そうな顔をする殿下。それがまた可笑しくて、肩を揺らす。


「っっ! いい加減、笑い止めっ!」

「……そんな……む、無理なこと……言わないでくださいよっ」


 くくく、と笑うシェダを水色の瞳が睨むが、タレ目気味なせいでいまいち迫力に欠ける。

 だが、いつまでも笑っていると本当に怒り出しそうなので、なんとか笑いを引っ込める。


「……すみませんでした。ですが、言葉使いの方はもう直せそうにないので、許してくださいね、殿下――いえ、リューオ。――それにしても、こんな所に来るなんて珍しいですね?」


 目元を拭って問いかければ、不機嫌なのを引っ込め、殿下――リューオが苦笑しつつ応じてくれる。親しい者にのみ見せる、年相応の表情と声で。


「……そう、だね。リングが反応したから、兄様かと思って来てみたんだけど……」


「アイリードが、ですか?」


 そう言えば、兄様と叫んでここに入って来ていたのを思い出す。


 アイリードとリューオは、現シェリティード国第四十七代目国王、サルドリウム陛下の直系で、十も年の離れた兄弟である。

 最も、王族に年の離れた兄弟など珍しくもないが。

 正室に加えて、数多の側室をごまんと抱えているのだから、当然である。


 シェダも末端ながら王家の血をひいており、子供の頃王宮で数回お目にかかったことがあったが、まさかその時は友達になれるとは露にも思っていなかった。


 それもこれも、元はといえばアルドのせい(おかげ?)なのだが、飛び級したことでアイリードと知り合って友達になり、彼の紹介でリューオとも友達になれたのだ。


 今ではお互い、いい友人同士だと思う。


「……本当に、全然帰ってきてくださらないんだから……」


 ぽつり、呟かれた言葉に、慌ててリューオ見やるシェダ。


 肩を落としてため息を付くその表情は、寂しげだ。


 ここ何年も……いや、正確にはこの十六年間、アイリードが帰って来たという話は、一度も聞かない。


 こんな陰謀渦巻く王宮で、血の繋がった兄弟であり、兄弟同士ですら敵対している場合が多いのにも関わらず、仲が良かったのだから、尚更心配しているのだろう。


 心を許せる者が傍にいることがどんなに心強く、また、その者が傍にいないことがどんなに、心細く痛みを伴うか。


 リューオより少しだけ長く生きてきたシェダには、よく分かっていた。

 だが、それを口に出すことはない。

 それはリューオも、十分に分かっているのだから。


 胸中では気遣いつつも苦笑するだけに留め、告げる。


「――その内ひょっこり帰ってきますよ。その時、思いっきり文句を言ってやればいいのです」


「――ふふっそうだね。兄様が思いっきり、困るお願いでも考えておこうかな」


「あぁ、それはいいですね」


 言い合って、どちらともなくクスリと笑う。


「――そういえば、シェダこそ、こんな所にまでどうしたの? おかげで久々に会えたのは嬉しいけど。何か調べもの?」


「えぇ、まぁ。――どうやら、空振りに終わりそうですけどね」


 水色の瞳をぱちくりして問いかけてくるリューオに、肩を竦めて見せるシェダ。

 それだけで、合点がいったらしいリューオがくすりと苦笑する。


「もしかして――またいつもの、アルドの頼み事?」


「――当たりです」


「やっぱり」


 呟いて同じく肩を竦めるリューオ。

 彼もなにかとアルドの゛頼み事″(という名の無茶な命令)を聞かさせられている一人なので、わかったのだろう。

 顔に苦笑いが浮かんでいる。


「にしても、深部(ここ)まで来て空振りって……一体今回は、どんな無理難題を言ってきたんだか……」


 その言葉に一瞬だけ考え、続ける。


「ある物の、詳細データが知りたかったんですが、特殊なのか、引っ掛かって来なくて。因みにある物というのは、コレなんですが」


「――えぇっ!?」


 言いながらシェダが差し出したリングを見やって、明らかに驚くリューオ。


「ちょっ、ちょっと貸して!」


 そのまま勢いでシェダからリングをもぎ取り、まじまじと見やる。


「……あ、あの……えぇと……?」


 あまりのことに、ポカンとした表情(かお)でただただ、リューオを見やるシェダ。

 それを気にせず、タレ目な水色の瞳で余すことなく、そのリングを隅から隅まで見尽くして。


 リングから目を離し、驚いた顔のままリューオがシェダを見つめて、言った。


「こっ、これ――……間違いないよ。これ、このリングは……兄様の物だっ!」

「なっ!?」


 その言葉に、今度はシェダの方が驚く番だった。緑翠の瞳を見開く。


「そっ、それ本当ですかっ!?」


 上擦った声で聞き返すと、


「本当だよ! ――僕だって同じの持ってるし。だから、兄様が深部(ここ)に来た時に分かるように、結界に細工出来たんだから」


 ほら、といってリューオが上質シルクのシャツの袖を捲って、腕に付けていた金のリングを晒し。

 ついであっと声を上げたかと思えば、えへへと気まずそうにシェダを見やって、


「……リング(これ)、付けて入って来たの……シェダだった……ってことだよね?」


「……ええ。そう……ですが……」


 突然の質問に呆けた顔で答えるシェダ。

 途端に慌てるリューオ。


「うわっほんとにっ!? ご、ごめん、気持ち悪かったよねっ大丈夫!?」


「……今は、まぁ……落ち着いてますが……」


 慌てて駆け寄って来たリューオに、訳がわからないながらもなんとか応じる。


 その返事に、ほーっと胸を撫で下ろすリューオ。

 だが直ぐに顎に手を添え、考え込む。


「……相当気持ち悪かったハズだけど、シェダが堪えられた……ってことは、本当に兄様だった場合は……今のよりもっと、強くしないとダメかな……?」


 ぶつぶつと漏れ聞こえる言葉に、冷や汗をたらす。人懐っこい顔をしていながら、考えていることが黒すぎる。


 取り合えず考えをまとめてから、これ以上強固な仕掛けをかけられても困るので、それを阻止するという意味でも、リューオに疑問を投げかけるシェダ。


「リューオ、ちょっといいですか?」

「あ、うん。どうしたの?」


 シェダに呼ばれて思考を打ち切り、素直に頷くリューオ。それに苦笑しながら確認する。


「先程の不快感は、深部の結界によるものではなく、リューオが仕掛けたもののせいだった、ということですね?」


「そうだよ。深部(ここ)の結界に兄様のリングが触れたら、僕のリングに反応を返すようにしたついでに、僕がここまで辿り着く為の時間稼ぎとしてね」


 ケロリと告げるリューオに苦笑する。

 これは本当だろう。もし結界による防衛機能(モノ)だったとしたら、今頃ここは憲兵で溢れかえっている筈なのだから。


「わかりました。そのリングが、アイリードの物だと信じます。ですが、それなら何故、縮図球にそのリングのデータがなかったのですか?」


「あぁ、それは仕方ないよ」


 シェダの問いに苦笑して、さらりとリューオが続ける。


「シェダも知ってるでしょ? 直系(僕ら)が持つ物とか、ある王家筋までの者達が持つアイテムとかは、現代(いま)にはない――伝説の、天馬絡みの物が多いってこと」


「……そう、ですね」


 ウィンクして告げるリューオに、頷くシェダ。


「そんな物がおいそれと、他者に調べられちゃったらマズイでしょ? だから僕らの持つ物には、普通に調べても出てこないように、ひとつ余分に枷がかけられてるんだよ」


「――そ、の……枷とは……?」


 ごくり、唾を飲み込み訊ねてくるシェダにくすりと笑って。


「゛血″だよ。直系の、血筋――。それがなければ、その先の扉を開くことは出来ない――」


 荘厳な、神聖な声で静かに――リューオが告げる。

 その表情(かお)には、微笑みすら浮かべていて。


 そのただならぬ雰囲気に、


「……なる……ほど……」


 なんとか口を動かし呟いて、シェダは知らずと後退った。


 訊いてはいけなかったことを、訊いてしまったような気がする。


 頬を引きつらせ、冷や汗をたらすシェダに、


「そんなことより! 僕はシェダが、どうして兄様のリングを持っているのかが、ものすご〜く気になるんだけど?」


 先程の表情を一変させ、頬をぷぅと膨らませて、上目使いにリューオが問うてくる。


 その瞳からは、僕に黙って、二人だけで会ってたの? という疑惑の念がありありと伝わってきていて、慌てる。


「あっ、アルドからの、頼まれ事だと言ったでしょう? 疑うなら、アルド疑ってくださいよ。私だって、卒業式以来会ってませんよっ」

「ほんとにぃ〜?」

「本当ですよ! 私が忙しかったの、知ってるでしょう?」

「ふぅ〜ん? ま、そういうことにしとこうか?」


 いまいち納得していないようだったが、なんとか引き下がってくれるらしい。肩を竦めるリューオに、やれやれとため息を付くシェダ。別の話題をふる。


「ところで、リューオ。いつまでもこんなところにいて、いいんですか? 今はまだ公務中、だったと思うのですが?」

「あっ! そうだった!」


 シェダの指摘にはっとして、その場駆け足を始める。手元の時計を見やり、


「うわっ、結構時間経っちゃってるっ!! ヴァレフ宰相怒ってるだろうなぁ〜」

 情けない声を上げつつ、そのまま右回りにターン。


「ま、精々頑張ってくださいね。次期国王様」


 苦笑してそう告げるシェダに苦笑で返し、リューオは走り出そうとして、


「あ、そうだった! シェダ、リング(これ)返すね! あと、これも」

「っと!」


 もぎ取ったままだったリングと一緒に白い玉を投げて寄越し、そのまま走り去っていくのかと思いきや、もうひとつの出入り口からひょっこりと顔だけを出して。


「それ持ったままだとまた反応しちゃうから、帰りはこっち、使っていーよ。受付にはいっとくから。あと、近い内にアルド、絞めに行くっていっといてー」


 最後の方はもう、手だけヒラヒラと振って行ってしまう。


「……慌ただしいのは、いつまで経っても変わりませんねぇ……」


 まったく、とため息して苦笑する。

 しばし、リューオが走り去った方を見つめ、


「流石に、もう一度アレを味わう気はなかったので、正直助かりました……」


 リングと共に投げて寄越された、小さな白い玉を指で弄びながら呟く。


 深部(ここ)のことを知る王家の者のみが使える、隠し通路の為の鍵だ。

 最も、一回使うと消失するので、使えるのは一度だけだが。


 今回はどうやら、シェダが入って来たのと対角の場所がそうらしいが、この隠し通路はなんと、毎回場所が変わるのだ。

 用心深いことである。


「……しかし――、私はこの事態を、喜んでいいのでしょうか……?」


 リューオが走り去った方へ歩いて行きながら、金のリングをじっと見つめ、呟く。


 縮図球が示した、事実。 リューオからもたらされた、情報――


 この二つを組み合わせて、導き出されるその答えは――……


「……………………」


 どう考えても、厄介なことにしかならないような気がする。


 はぁ―っと、深く長く息を吐いて。


「……取り合えず、帰ったらアルド、絞めますかねぇ……」


 ニヤリと黒く笑って呟き、シェダは手に持っていた鍵である白い玉を、ゴトリと、白い盤の継ぎ目に隠れるようにしてある鍵穴へと押し込んだ――





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