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忍び寄る影11


 アルドが゛面倒くさいこと″をしている間、シェダはというと王宮の、書庫へと赴いていた。

 それも普通の書庫ではなく、限られた者のみしか利用できない、無限書庫、その深部へ。

 大魔導師の権利をフルに使って。


 さすが、王宮の書庫と言うだけあって、その量と種類は半端なく多量で、白亜宮と呼ばれる王宮本部の他に併設された、幾つかある別棟の内の一棟が丸々、書庫として使用されていた。


 王宮と同じく、白亜に塗られたその建物は出入り口がひとつしかない、円筒形の飾り気ないすっきりとした形をしており、見上げる程にうず高くそびえ建っている。

 大胆にも天井は丸くガラス張りにされており、等間隔で申し訳程度に作られた側面の窓は、光を最下まで届かせられるよう工夫が凝らされていて、そのおかげで書庫内は開放的でかなり明るく、清潔感が漂う。


 しかし、そうなると心配なのは光による本の日焼けや変色、反り返りだが、そこは流石、希少な蔵書や重要書物が納められているだけあって棟内にある全ての書物に、対光防護ならびに現状保持魔法がかけられていた。


 それらは王宮に勤める者や公員、各役職についているなど身分ある者なら誰でも閲覧することが可能であり、ある程度のものに関しては王宮の敷地内に限り、持ち出し可能となっている。


 最も、今シェダがいる無限書庫は、王自ら許可した者のみしか辿り着くことが出来ないようになっているが。

 許可のない者は、その入り口を見付けることすら出来ないだろう。

 高度な術が編まれ、張り巡らされているのだから。


 通常なら書庫に入って受付を済ませ、壁に添うようにして並んでいる本棚に併設するように作られた螺旋階段を上に上がっていくのだが、無限書庫にいく為にはその階段横に作られた、不可視の扉を潜って上がっていくのとは反対に、地下に向かって螺旋階段を下っていくことになる。

 そう、調度鏡合わせのように。


 だが、無限書庫に入る為には扉を潜った後に厳重な身体チェックがあり、゛禁書″指定されている入退帳に、応対した無限書庫専任の者と共に、血文字で名を併記しなければならないなど、かなり厳重である。

 地上(うえ)の階でさえ希少な蔵書や重要書物が納められているのだ。さらに厳重な地下(した)の階は、それこそ禁書や秘書などの宝庫であり、それは仕方のないものだった。

 こちらからの持ち込みは勿論のこと、持ち出しなど、言語道断である。


「――まさか、こんな所まで来る羽目になるとは……」


 はぁ、とひとつため息。


 上の階を隅々まで調べ、下の階もくまなく調べたが、シェダの゛調べ物″に対する有力な情報は得られず。

 眼下を静かに見やる。


 そろそろ地下の深部へと到達しそうな程階段を下って来たわけなのだが、シェダの眼下に伸びる段差は、あと数歩程で消失し(きえ)ている。

 最も、それは単に術が施されていて見えなくなっているだけで、深部へと続く階下へと、確かに繋がっているのだが。

 深部への許可はなく無限書庫入室の許可だけが下りている者達には、そこが階段の終わりの最下層であり、丸い床が広がっている様にしか見えない。


 勿論、シェダにはその先が見えている。゛大魔導師″の肩書きはダテではない。


 ここから先は、王自ら許可した者達の中でも、最も信頼の置ける者しか入ることは出来ない、尚且つそんな者達の中ですら秘匿され厳守さている場所だ。


 この場所を知っている者は、数える程しかいないだろう。


「――本当に、厄介なことを押し付けてくれたものです……」


 こんなことを頼んで(押し付けて)来たアルドを恨めしく思いながら、もうひとつ大きくため息をついて。


 ごくりと唾を飲み込み、意を決したように口元を引き結んで、シェダはその先へと足を踏み入れた。


「っ!」


 途端に、ビリッと身体中を電流が駆け巡る。

 自身を構成する情報を強引に探り尽され、力任せに容赦なく引っこ抜かれ、焦げる程に押し付けられ焼き付けられる。


「っは!」


 その先の結界を越えただけで、シェダはがくりと膝を折った。顔は蒼白で、額には汗が滲んでいる。

 全身を掻き回されてもみくちゃの滅茶苦茶にされたような、激しい不快感と嘔吐感が込み上げる。


 ここにかけられている術は、ただ幻惑の為だけに施されているものではない。秘匿される程のものを守っているのだ、それなりの術が幾重にも重ねがけされている。

 それらは、干渉される事柄により様々ではあるが。


 例えば、先程シェダは結界を越える――深部に入る――ということをしたわけなのだが、許可があるにも関わらず、膝を折る程疲労しているのは何故か、というと。

 結界を越えたことにより、その身体に゛縛り″を受けた為だ。


 名前などでもその存在を縛ることは出来るが、より強固に縛る為には情報量がものをいう。

 名前、性別、年齢――……それから、遺伝子、分子、細胞の一部、その個体(もの)を構成している(もと)の情報までをも。

 その情報が多ければ多いほど、(もと)に近ければ近いほど、縛りの効果は強固になる。


 万が一にも、無限書庫や深部(ここ)の情報が外部に漏れたりしないように。

 身体自体に、情報を開示出来ないよう錠をかけさせられるのだ。

 それでも漏れてしまった場合は、その人物が直ぐ様特定出来るよう、王家秘伝の術まで忍ばせてある。


 だからこそ、地下入室の際に血文字で名を記し、深部に入る際には、その個体(からだ)情報を開示させられ、尚且つその所々の複製(コピー)を結界自体に刻み付け組み込ませるのだ。


 それ故に、深部に入る際には身体内をイジられるわけだが、本来なら若干の不快感くらいしかなく、膝を折る程まではいかない。

 深部に至る際に毎度それでは身が持たないし、そもそも調べ物に来ているのに、調べ物が出来ないのでは意味がない。


 だが、シェダの今の状況はむしろ、当然といえば当然のことだった。


 なんせ、シェダは持ち込み厳禁のこの場所に、あるものを持ち込んでいるのだから。


 どんなに緻密に自分と同じモノとして魔力でコーティングしても、探り尽くすことに長けた深部(ここ)の結界には、お見通しだったようだ。


 アルドの頼み事である調べ物――シアの、金のリングのことが。


「――精神的付加だけで、本当に、よかったですよ……。これで五体満足じゃなくなってたら、恨む所じゃすみませんよっ」


 結界の防衛機能に触れていないことに安堵し、なんとか不快感と嘔吐感を押さえ込んで、口元を拭って、ふらふらと立ち上がりながら毒づく。


 シェダの眼前に広がるのは、仄かな灯りに照された硬質な、広々とした円筒の空間。

 石の材質のような、つるりとした白い盤のようなものが上下左右、全てを構成していた。


 その調度真ん中に、黒い十字の石碑のようなものがあり、その少し上空に、大人二人が手を一杯に広げて抱えられるくらいの、丸い球体が浮かんでいる。


 初代国王シリウスが、この世界を模して創造したとされる、縮図球が。

 その原理は、創造されてよりおよそ二千年経つ今でも未だに解明されておらず、どういう仕組みなのかすら、明らかにされていない。

 人外のモノ(例えば天馬のような)が手を貸したのではないか、とまで言われており、元々これのことを知る者が少ない為、調べようとする者すら希である。


 今かろうじてわかっているのは、この縮図球には膨大な量のデータが毎時更新、蓄積され続けているということと、十字の石碑に触れ、自身の魔力を石碑を通して縮図球に挿入することで、ある程度のことがわかる、ということくらいか。


 初めて目にした時はそれはそれは驚いたし、なんと便利なものかと思ったが、今となっては、縮図球(これ)は人の手には余りあるシロモノだと心得ているし、常日頃は頭から抹消しておいて、本当に、最後の最後の神頼み、くらいに思っていた方が気楽である。


 今日ここに来たのも、まさに最後の神頼みとして来ているのだから。


 本来なら懇意にしているアクセサリショップかアイテム屋に行けば、手土産をはずめばそれなりのことは直ぐにわかるだろう。

 だが、物が物だけに不用意に訊ねることなど出来る訳がなかった。


 天馬の風切り羽根を使ったアイテムなど、扱っている所はないのだから。


 そんな物があることが少しでも世間に触れれば、あっという間に大混乱を引き起こすだろう。


 考えるだけでも恐ろしい。


「……さてと」


 思考を切り替えて縮図球を見上げ、ふうと息を吐いて。


 自身と同調させていた魔法を解いて腕から外し、金のリングを十字の石碑の真ん中に置くと、何も書かれていない十字の出っ張り部分の内のひとつに手をついて、意識を集中させ力を注ぐ。

 すると手を中心に光の筋が石碑上を走り、真ん中に置かれたリングの形を型どって、縮図球へと注がれる。


 光の筋が縮図球へ到達したのを見計らって、シェダが口を開いた。


「――そのリングの詳細データを」


 するとその声に呼応するように縮図球が明滅し、球の全体を数多の文字数が飛び交い、暫くして、あるひとつの情報を提示する。


 ――NO DATA


 と。


「えっ!? ノーデータ!? そっ、そんなバカな……」


 提示されたものに驚き、おうむ返しに呟いて目をしばたく。


 ここまで腕に付けて来たのだ。このリングが紛れもなく、天馬の風切り羽根が縫い込まれているものであるということは、シェダの身をもって実証済みである。

 シアの言っていた通り、゛身に付けている状態なら重さゼロ″だったのだから。


 そんな特殊なリングがそうそうあるわけがなく、量産されているアクセサリの中から誰かの一つを探すより、遥かに簡単である。


 希少価値の高いもの程その存在価値は大きく、この縮図球にかかれば照合することなど一瞬の筈だ。

 その内に膨大な量のデータを有しているのだから。


 それに、初代国王であるシリウスが創造したというのだから、風切り羽根の情報が入っていない訳がない。


(――私の魔力が足りないのか、それとも……)


 魔力量の方ならば、まだなんとかなる。時間を置いて練り上げ、今注いでいる量より多く注げば良いだけなのだから。

 だが、そうでないのであれば、今のシェダには、もうお手上げでだった。

 しかし。


「……ここまで来て、手ぶらで帰る訳には、いきませんね」


 ぼそりと呟いて、縮図球を振り仰ぐ。


(……魔力はかなり食われそうですが、特定検索した方が早そうですね……)


 そう結論付け、リングはそのままに自分の手だけを石碑から離して、シェダは魔力を練り上げる為、先程より更に意識を集中させる。


 自身の中の魔力を、ゆっくりゆっくり全身を巡らせ、中心に返し。それを体内から少し外へと広げ、外の魔力を取り込ませて、また全身を巡らせて中心へと返す。

 そうして十分練られた魔力を、右手へと集束し。


 石碑へと手を戻して、一息の内に送り込む。


 送り込んだ瞬間、オォン、と石碑が震え、先程より太く鮮明な光の筋か石碑を激しく駆け巡り。リングを型どって縮図球へと注がれていく。


 間髪入れず、一声。


「特定検索。検索事項。リングの詳細データの提示。付属事項。所有者、シアリート・ウィリス。17歳。女性。エルスティン学院学生」


 シェダがそう告げた直後、右手が石碑に張り付いたかのようになり、石碑がまるで生き物のように、シェダの魔力を貪り、吸い尽くそうとする。


「ぐっ」


 その急激な搾取感に、呻いてガクンと膝を折るシェダ。だが、手だけは石碑から離さない。


 石碑に全身を預け、意識を持っていかれそうな感覚に堪えながら、縮図球を見上げる。


 全体検索で提示されないなら、そのものを特定して検索をかけるしかない。

 拡散していた状態から一つに収縮させたのだから、そのぶん量が増えて時間はかかるが、先程より確率は上がった筈だ。


 球上に浮かび上がった文字数が、世話しなく交錯しては消え、また交錯するのを繰り返している。


 後は、照合が終わるまで、自分の魔力が持てばいい。


(……今襲われたりなんかしたら、正直キツいですね……)


 右手に集束させた魔力が、急速に減っていくのを感じながら、


「……こういう時は少し、アルドが羨ましいですね……」


 ぽつりと呟いて苦笑する。


 大魔導師(アルド)と騎士団長(自分)。

 その力量差は、果てしなく遠い。

 本来なら、入れ替えなんて出来よう筈もないくらいに。

 だけどそれでも――


「っ!」


 知らずと思考の海に沈み込みそうになっていたシェダの心を、右手の感覚が呼び戻す。

 あの急激な搾取感が、薄れている。

 なんとか魔力が持ちこたえ、検索が終わったようだった。


 その直後に襲ってきた途方もない疲労感に、そのまま崩折れそうになるが、眉根を寄せるだけでやり過ごす。


 そうして手を見やっていた視線を、縮図球へと移し。


「なっ―――!?」


 シェダは、驚愕にその緑翠の瞳を見開いた。


 その瞳に写している事実(ことば)の意味を、正確に理解することができない。


 そんなバカなことが、あるわけがない――!!


 だが、シェダには縮図球が提示した事実に、打ちのめされている暇はなかった。


「兄様っ!」


 短い呼び声と共に、誰かが深部(ここ)へと、走り込んで来たのだから。





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