忍び寄る影10
「よぅリド。しばらく見ねぇ間に、随分老け込んだんじゃねぇ?」
アルドのその言葉に、室内の気温が一気に氷点下へと到達する。
『っ!?』
それにぎょっとして、シアを始めカラミスとエレミアがアルドを見やるが、当の本人は飄々と涼しい顔で笑っていた。
眼前の冷気を帯びたスティリドの笑顔など、まるで見えていないかのように。
「…………。わざわざ、このような所へご足労頂きまして、誠にありがとうございます、騎士団長殿。――どうぞ、お掛けになってください。何か、ご用件がおありなのでしょう?」
執務机から立ち上がってそう言い、スティリドは笑顔を張り付けたまま手前のソファへとアルドを促す。
その頬がぴくぴくと痙攣しているような気がするが、たぶん気のせいだろう。……気のせいであってほしい。
と、シア他二名は切に思っていた。
「――ま、お前がそのつもりならそれでいーけど。では、お言葉に甘えるとしますかねぇ」
すれ違い様そう言って、アルドはソファへと歩いていき、スティリドは入り口で微動だにせず突っ立っている三人へと歩み寄る。
「三人共、彼の案内をどうもありがとう。さぁ、そろそろ授業が始まるから」
戻りなさい、と小声でスティリドが告げるその前に。
「――そいつは当然、残すんだよな?」
滑らかに、アルドの声が差し込まれる。
アルドがそいつと呼ぶ者が誰か――などと、言わずと知れている。
「………………(チッ)」
それに鋭い視線だけを投げてため息し、やれやれとスティリドは言った。
「――すまないね、シアリート。君は残って彼にお茶でも、入れてあげてくれるかな? カラミスとエレミア、君達は戻って」
『わかりました』
その声に、綺麗に三人の返事が重なる。
それと同時に、シアは執務室兼応接室へと足を踏み入れ、失礼しましたと言ってぺこりと頭を下げ、カラミスとエレミアは来た道を戻っていく。
その後ろ姿に、スティリドはさりげなく声をかけた。
「ああ、そうそう。カラミス、エレミア。君達がもし――、盗み聞きなんてしようものなら、後がどうなるか……わかっているね?」
にっこり。向けられているのは、確かに笑顔。笑顔、なのだが――
『じっ、重々、承知しております――っっ!!』
ぞくりと身体を震わせ、綺麗に声をハモらせて。
二人はそこから、全力疾走で駆け去っていった。
「……くくっ」
その途端、声を殺して笑い出すアルド。腹を押さえ、口元を覆って腰を折る。
「…………なにかな?」
それを眼鏡越しにじろっと見やって、対面の席に腰を下ろすスティリド。
「いやー。お前、意外にちゃんと学院長やってるんだな、と思ってさ」
まだ笑を含みながら告げるアルドに、黙して答える。
するとシアがそこへ、突然の来客用にと、ソファ脇に常備されていたワゴンから取り出したティーセットでお茶を用意し、紅茶を注いだカップを差し出す。
「――どうぞ」
「あぁ、すまないね」
「さんきゅ」
各々、礼を言って受け取る。
テーブルにお茶うけを並べ、自分も席につこうと、カップを手にし。
シアは、はたと気付く。
(――どっちに、座ったらいいんだろ……?)
話をしに来たのはアルドだろうが、その話はたぶん自分に物凄く関係あることで。ならばアルド側かとも思うが、学院にいる限り自分はただの学生で、スティリドは学院の学院長であり、戸籍上は自分の親(養父)だ。ならば、スティリド側だろうか?
ふと、そんなことを考えるシアだが、結論を出すまでもなく。
「お前はこっち」
「わっ!?」
ぐいっと腰を引き寄せられ、アルドの隣にぽすっと座らさせられる。
それと同時にアルドはぼそりと何事か呟いてパチンと指を鳴らし、ソファ一式を覆う結界を張って、
「――さて。んじゃまぁ、始めるとするか?」
スティリドを見つめ、ニヤリとするのだった。
「――随分、仰々しいね」
アルドの用心深さにため息するスティリド。
「ん? 念には念を、ってだけだぜ? 俺としては、久方振りに会ったダチに、ちょっと話をしにきただけだが」
「――結界まで張ったっていうのに?」
やれやれ、肩を竦めるスティリド。
そんなスティリドにふっと笑って、
「久しぶり、リド。卒業式以来か?」
「あぁ、そうだね。久しぶり、アルド」
苦笑してアルドを見返し、言葉を交わす。
(……やっぱり知り合い――っていうか、友達同士だったんだ……でも)
二人のやり取りを見やり、そう結論付けるシアだが、はてなと小首を傾げる。
「あぁ、すまないね」
と、こちらを不思議そうに見やるシアに苦笑し、
「今更紹介するのもなんだか変な気がするけれどね、彼は私の、同級の友人なんだよ」
アルドを指し示しながら告げるスティリド。
「……えっ!? で、でも……年齢が……」
おずおずとシアが疑問を口にすると、あぁと合点がいったように手を打って、
「彼、飛び級なんだよ。シェダと一緒でね。だからえぇと、七歳差かな?」
「えぇっ!? ――ってシェダ……シェ、シェダイス様もっ!?」
それに驚き声を上げるシア。ぱちくりと目をしばたき、二人を見やる。
伯父上は今年34になるが、アルド様はどう見ても20代くらいにしか見えず、どうして二人が知り合いなのか疑問だったが、これですっきりした。まさか、シェダ様までとは思っていなかったが。
「んな驚くことでもねぇよ。なんせ、俺様だからな〜」
驚くシアにさらりとアルド。
「本当に相変わらずだね、アルド。まぁ、だからこその今の地位、か」
それに苦笑し、告げるスティリド。
「まさか、二人して本当に大魔導師と騎士団長になるとはね」
当時を懐かしむように、目を細める。
そのまま昔話になだれ込むのかと思いきや、
「ま、懐かしむのはこれくらいにして、と」
唐突に、アルドが切り出す。
「リド、お前。俺に聞きたいこと、あるんだよな?」
言いながら、ニヤリと口角を引き上げて。
「――そうだね。出来れば、全てに答えてくれたりすると、なお良いんだけれどね」
くすり、それに苦笑で応じる。
「ま、答えられることなら、な?」
「そうかい。では――」
静かに、二人の問答が始まった――…
……*……*……*……
「さ――ってと♪」
闇の中、可愛らしい少女の声が響く。
うーんと伸びをし、身体を解すように捻り。
「私もちょっと、見に行ってこようかな〜♪」
座っていた状態からびょこんと立ち上がり、告げる。
「……本当に行くの?」
と、その後ろ姿に少年が心配そうな声をかける。
「まだ、やめといた方がいいんじゃない? 本調子じゃないだろうし。゛あの時″受けた傷だって……」
「……心配しすぎよ。何時の話をしてるのよ、まったく」
そんな少年に、少女は苦笑して答え。
「大丈夫よ。アンタみたいに、ちょっと見てくるだけだから」
ヒラヒラと手を振って、ふっと闇から姿を消す。
「………………」
少女が消えたその場所を、少年はただ、無言で見つめ続けるだけだった。




