忍び寄る影9
「……えっと、あの……」
両隣りをカラミスとエレミアにガッチリと挟まれ、若干諦めつつもおずおずと声をかけるシア。
ここは学院の側にある食堂街に、数多に軒を連ねる店のうちのひとつ。
白とピンクベージュの外観がオシャレな、人気店ベスト5に入る程に人気なカフェテリアだ。
人気店であることとお昼時なのもあって、店内はかなり混雑していた。
だというのに、カウンター席に三人同時に滑り込むことが出来たのは、ある意味奇跡といえる。
シア一人だったなら身長が低いせいもあって、まず店員に、お客の一人として見てもらえなかったかもしれない。
最もシアは今日、こんなところで昼食を取る気はなかったのだが。
学院内にも勿論食堂があり、日替わりメニューが生徒や教員からかなりの人気を誇っている。
シアの今日のお目当ては学食の日替わりメニュー、「これであなたもにょっきにょき! カルシウム増量モーモーセット! (女性陣にはスペシャルデザートもつくよ☆)」だったのだが。
何故かカフェテリア(こんなところ)で、カラミス、エレミアと共に昼食を取るハメになってしまった。
それというのも、朝から二人が傍にぴったり張り付いていて、離れないからだった。
登校時は、同じところから登校するのだからと仕方なく了承したシアだったのだが、そこからもう既に、間違えていた。
そもそも、今まで一緒に登校するなんてことをした事がなかった為、行く先々で注目を集めまくり。
教室でも、何故か張り付いたままの二人と三人で長机のひとつを占領するハメになり。
只でさえ首位と次位の二人はそれだけで周囲から注目を集めるのに、その二人に挟まれるようにしているのが、よりにもよって落ちこぼれのシアでは、あまりに異色の組み合わせすぎて注目するなという方が無理な話であった。
そのまま、午前の授業を受けるハメになり。
いつもなら、壁際の席で気配を消したかのように教師の目に入らないシアは、ここぞとばかりに1限から4限の間、こぞって質問攻めにされ。
もし仮に当てられたとしても、いつもはわかりませんで済ませていたシアなのだが、両隣りが首位と次位では、それが出来る筈もなく。
全てに、゛正解″の答えを言わさせられるハメになり。
シアの答えがあまりにきっちりと正解を示した為か、周囲は暫しざわつきはしたが、幸い(カラミスとエレミア以外の)生徒達の方は、どちらかに答えを教えて貰ったんだろうということに落ち着いてくれたようだった。教師の方は、どうかわからないが。
やっと4限目が終わり、苦痛だった授業とも、張り付く二人からも解放されるだろうと思っていたシアだったが、生憎、二人はそんなに甘くはなかった。
授業終了のベルが鳴り響くや、首根っこを捕まれて、脱兎の如く連れ出され。
今に至る、というわけだ。
二人はどうやら、てこでも離れる気はないらしい。
どういうつもりなのかは知らないが、ここまであからさまだと疑ってくれと言っているようなものである。
それに、何やら二人の態度がおかしいのだ。
今日は何故か、互い同士では一切しゃべらず、必ずといっていい程、間にシアを挟んでくる。
それでも至近距離にいる為、ふとした拍子に手が触れたり、目があったりするのだが、そうなるとカラミスは頬を染めてぎこちなく視線を反らし。エレミアは目を激しく瞬いて、あっちこっちと泳がせたのち、真っ赤になって俯くのだ。
昨夜の事を知らないシアは、なんで二人がそんな態度を取っているのかがわからず、小首を傾げるのみである。
取り合えず、注文した料理が運ばれてくるまでの間に、その理由くらい(二人が挙動不審なのは置いといて)聞いておこうと、口を開く。
「……なんで、二人して私のこと見張ってるの?」
「っ!」
「ちょっ……」
シアの直球すぎる言い方に、カラミスは額を押さえてため息を付き、エレミアは碧眼をぱちくりとしばたいて、驚いた顔でシアを見やり。
「わぁ、本当にそうなんだ。――伯父上の差し金? ってことは、ここのごはんは了承させる為の賄賂かぁ」
二人の態度から半信半疑だった疑問を確信に変え、尚且つ、この二人にそんなことをさせられる人物は一人しかいないので、さらっと告げてしまうシア。
昨日の今日で、早速行動に移してきたらしい。まったく、いつもながら手の早いことだ。
(……でもステイのあの感じだと、私を、アルド様の元へ行かせないようにしてるというよりは……)
「――アルド様のこと、捕まえるつもりなの?」
「……シアリート、君ってやつは……」
結論をさらりと言われてしまって、やれやれと肩を竦め、降参したようにカラミスはため息を付いた。
「お待たせしました〜♪」
と、調度良いタイミングで料理が運ばれて来た。
フリフリでピンク色の、スカートの丈が恐ろしい程短いメイド服を着たウエイトレスの少女が、手際よく料理を並べ、一礼して去っていく。
テーブルの上に並べられた料理は、今流行りのガレットプレートだった。
薄く焼いた生地の上に、半熟の目玉焼きとハムがのせられ、そのまわりに品よく緑黄色野菜がちりばめられている。
それをしばし見つめ、取り合えず食事にしようと三人揃って手を合わせ、いただきますと言ってからナイフとフォークを取る。
「――で? 私を囮にしてアルド様のこと、捕まえるつもりなんだよね?」
「……はぁ。ひとつ、言っておくけれどね、シアリート。捕まえるんじゃなくて、きちんと応接室にご足労頂く為なんだからね?」
「まぁ! さすがベスト5位のお店のお料理ですわね。香りが違いますわぁ〜」
「どっちでも同じじゃない。それに、私にも協力させる気なんでしょう? このランチが賄賂でしょ?」
「なんでそーゆーことには、瞬時に頭が働くかなぁ。……もぅ、バレてるみたいだから言うけど。確かに、君の思ってる通りだよ」
「んん〜♪ お野菜も甘くてシャキシャキですわ〜! 自家栽培かしら」
「…………………」
「…………………」
先程からひとり、全くもってこの会話に、噛み合っていない者がいる。
そちらをじぃ〜っと見やるシアとカラミス。
二人が見やるその先には、先程驚いていたのが嘘であったかのように、キラキラした顔で料理を堪能しまくっているエレミアがいた。
そこだけまるで空気が……いや、温度自体、違う気がする。
エレミアが、物凄く輝いていた。
一口食べては感心し、手元のノートに、熱心に何やら書き付けている。
「――あら? どうしたのですカラミス、それにシアリートも。 お話は終わりましたの?」
……どうやら、全く参加していないワケではないらしい。ちゃんと耳では話を聞いていたようだ。
その手は忙しなく動き、目はノートに釘付けではあったが。
いつもの、良いのか悪いのかよくわからない、エレミアの癖が始まったらしい。
興味あるものを見つけると、周りなど気にせずそれに熱中してしまうという、その癖が。学園内では、そう珍しいことではないが。
エレミアは流石、ファッション界で名高いファスティード家息女だけあって、学業の他に新作衣装のモデルの仕事や雑誌の取材をこなしたり、時には自身で衣装をデザインをしたりと、多忙なのだ。
最も、その癖のお陰で日々色々と忙しくとも、学年二位の座を維持し続けることが出来ているわけなのだが。
「……えぇっと、出来たらエレミアの意見も、聞いてみたいトコなんだけど……?」
まだ耳だけでも、こちら側を向いているのにほっとしつつ、久々のエレミアの熱中モードに呆気にとられながらカラミスが問うが、
「? まだ何か、ありますの? 出された賄賂を食べたのですから、もうシアリートは協力せざるを得ませんし、私達は学院長に言い渡された罰則を遂行する義務がありますから、否など唱えようもなく。先程の話ぶりですと、変更点などないのでしょう?」
さらっと正論で返され、
「――それなら、食事を楽しんだ方がよろしいのではなくて?」
とまで言われてしまった。
「……あー、うん。……まぁ、そうだよね……」
そこまで言われては、もはやカラミスに何か言えるワケもなく。
ため息しつつ項垂れるカラミスに、シアはくすくすと笑って言った。
「今日はどうやら彼女の勝ち、みたいだね?」
「っ!」
「………………」
シアのその表情に、カラミスはガシャーン! とナイフとフォークを取り落とし。
エレミアはハムを巻き込んだガレットを口に運ぼうとした姿勢のまま、一瞬固まってぱちくりと目をしばたいた。
「…………えっ?」
二人のその反応に、暫し小首を傾げるシアだったが。
(………〜〜〜〜っっ!!)
自分の頬に慌てて手を当て、みるみるその顔を朱色に染め上げ、次いではっとしたかと思うと、ばばっとフードを被ってその場でぎゅっと縮こまる。
自分の状態に、やっと気がついたらしい。
(――っ、わ、……私、いま…………二人の前で、笑ってた――!?)
自分のことが自分で、まるでわからなかった。
もうずっと長いこと、そこから一歩引いた状態で、誰かと接し続けてきたのに。
自分と関係が近ければ近い程、どうしても引け目を感じてしまって、普通にはどう接したらいいのか、わからなくなってしまっていたから。
――でも、確かに聞いたのだ。自分の笑い声を、この耳で。
カラミスと、エレミアの前なのに。
(……なんで私……どうして……っ!?)
フードを目深に引き下ろし、戸惑いと疑惑で頭をぐるぐるといっぱいにするシア。
だが、突然笑顔を見せられたカラミスとエレミアは、シア以上に戸惑っていた。
『……なっ、……う、……え……??』
呟く声は意味をなさず。掠れて声が出ているのかさえ、怪しい程で。
暫し、ぱちぱちと目をしばたきながらフードを目深に被るシアを凝視していた二人だが。
「…………反則だろ……(不意打ちなんて)」
カラミスはぼそりと呟いて、赤い顔を隠すように手で覆って、シアからそっと顔を背け。
「………〜〜〜〜っっ!! (あぁもぅっ!)」
ガン! と音がしそうなくらいの勢いでテーブルに突っ伏したエレミアは、暫くそのままブルブルと震えて(悶えて)いた。
二人とも、幾年かぶりに見たシアの笑顔に、文字通り打ちのめされてしまったのだった――
……*……*……*……
学院までの帰り道。
少々ぎこちないながらも、他愛ない話をしながら路を進む三人。
「……そういえば、今日って来るの? 団長様」
「うーん。どうなんだろう? いつもいきなりだし。もしかしたら、今日は来ないかも」
「あら。それなら暫く、三人行動ですわねぇ♪」
楽しげに告げるエレミアに、
「え……。そ、それはご遠慮したいんだけど……」
今までのことを思い出し、本気で嫌な顔をするシア。
注目されるのも質問攻めに合うのも、もううんざりだった。
「……くすっ。――でもどうやら、その心配はしなくて良いみたいだよ?」
そんなシアに苦笑し、ほら、と前方を指差すカラミス。
カラミスの指差す方には、エルスティン学院の門が見えてきていて。
その、門前に。
「――随分珍しい組合せだなぁ、おい? お前ら、喧々囂々してたじゃないか。仲良くなったもんだなぁ」
などと言いながら、ニヤリとする、一人の男がいた。
黒髪黒目、加えて着ているものまで黒一色な、今話題の、その人が。
「………………」
ぽかんと、シアは門前に佇むその男――アルドを見やって。
「…………確保――――っ!!」
息を吸い込み、叫んだ。




