忍び寄る影7
「………………」
「………………」
四人で楽しく?夕食を終え、時間も遅いということで、このままスティリドの邸に泊まっていくことになったカラミスとエレミア。
カラミスは随分と久しぶりに泊まりに来たということもあって、夕食を終えてすぐにスティリドと共に食堂を後にし。
エレミアはというと、シアと共に暫く食堂にいたのだが、特に話すこともなく、ただただ気まずいだけだったのでいたたまれなくなり、どちらといわず食堂を後にしたのだが。
大浴場があるのれんの掛かった入口前で、両者お風呂セットを手にしたまま、固まっていた。
まさか、鉢合わせするとは思っていなかったようで。
「………………」
「………………」
なんとも気まずい表情をしつつ、互いを見やっていた二人だったが、ここは意を決して一緒にと誘ってみようと思い、エレミアが口を開こうとしたのだが。
一足早く、シアがその口を開いた。
「……お客さまだから、ファスティードからお先にどうぞ。――それじゃ、私はこれで」
それだけを言うと、スタスタと来た道を戻っていってしまうシア。
「あ……う……」
勢いを削がれ、次の言葉がつげずに手だけを無意味に伸ばし、眼前を見やるエレミアだが、シアは振り返ることもなくその視界から消え去り。
「……あぁっ……!」
後には、ガックリと膝を折るエレミアの姿だけが残された。
「あ〜もぅっ! 私のバカバカ! ――折角、チャンスでしたのに……」
ぶくぶく、湯槽に顔を沈めつつぼやくエレミア。
シアの後を追ってもう一度誘ってみる、という勇気は打ちのめされたばかりのエレミアにはなく。
仕方なく、一人寂しく浴槽に浸かる。
流石、お風呂好きと噂される学院長の邸の浴場というだけあって、大浴場という名に相応しい広さを誇っていた。
大理石のタイルはその姿さえ鮮明に写り込みそうな程ピカピカに磨かれており、同じく大理石の浴槽も、手足を伸ばしても全然足りない程広々としており、開け放たれた天蓋の窓から見える星々をそのまま、落とし込んだかのようだった。
まるで夜空の中にいるかのような、幻想的な空間を醸し出しているのだが、今のエレミアには、いきなり暗闇に放り出されてしまったような、心細く寂しい思いを嫌でも増強させてくれる役にしか立たなかった。
「………………」
じっと水面を見つめたまま、沈み込んでいくエレミア。
声を掛けられなかったのは、自分。
去り行く後ろ姿を呼び止められなかったのも、自分だ。
そんなことは、分かりきっているけれど。
「……私、嫌われているのかしら……」
悲しみに沈み込んでいく思考は、止められない。
「……小さい頃は、一緒に遊んだり、それこそ、一緒にお風呂に入ったりしていたのに……」
広々とした浴槽で、膝を抱える。
「……ご両親が、亡くなられたのは、気の毒に思いますけれど……」
それにしたって……と、悲しんでいるのが性に合わないらしいエレミアは、考えている内に何故自分がシアのことでこんなに悩まされなければならないのか、と段々腹が立ってきて、
「あぁ、もぅっ!」
呟いてばしゃんと水面を叩き、
「悩んでるなんて、私らしくないですわっ!――お風呂から出たら、問い詰めてやるんですからっ!」
ぐっと拳を握り締め、勢い良く立ち上がるエレミア。
その時、お湯に温められピンク色に火照った豊満な胸と、ほっそりとした腰元が夜空に晒されるが、誰もいないので気にしないエレミア。
――しかし。
「――イテッ!」
「っ!――きゃあぁぁぁっ!?」
スコーンと何かがぶつかる音と共に、至近距離で聞こえてきた覚えある声音に驚いて悲鳴を上げ、胸元を隠して慌てて湯槽にぼちゃん!と沈み込む。
エレミアの顔は勿論真っ赤で、頭が混乱して、もうなにがなにやら訳がわからなかった。
だが、訳がわからなかったのはエレミアだけではなかったようで、
「――えぇっ? エレミアっ!? どうしたのっ何があったの!?」
驚いて慌てているカラミスの声が聞こえた。
先程より、声が近い気がする。
「いやあぁぁっ!? 来ないでください変態――っ!!」
それに羞恥で頬を染め、ガッチリ胸をガードしながら更に叫ぶエレミア。
目はぎゅっと閉じられていて、周囲の様子はわからない。
「えぇっ!?――ちょっ、落ち着きなよエレミア! ゛君の傍には、誰もいないよっ!?”」
更なるエレミアの悲鳴に困惑しつつも、ちゃんと状況を把握して事実を告げるカラミスだが、
「何が誰もいないと言うのですかっ! カラミス! 貴方がいるではないですか――っ!!」
喚くエレミアには通じていないようで。
「えぇっ!? ま、まさか……痴漢と間違われてるの、僕なのっ!?」
そもそも、根本的に間違っていることがあるのだが、エレミアに告げられたことが衝撃すぎて、カラミスまで慌てる。
それを見かねてやれやれとスティリドが声をかける。
「――落ち着きなさいカラミス。それにエレミアも」
「っ!……リド兄……」
「えっ!? がっ、学院長っ!?」
その声にカラミスはほっとし、エレミアは驚きの声を上げ。
「――エレミア。君の周りには、本当に誰もいないよ?」
「………………」
落ち着いた声で告げるスティリドの声に、まだ疑っているのかエレミアは答えない。
そんなエレミアに、カラミスも必死に続ける。
「本当だよ、エレミア! だって、僕達と君は――」
「壁越しなんだからっ!」
その発言を最後に、なんとも長い、長い沈黙が訪れ……
「えええぇぇっ!?」
エレミアの叫び声が響き渡ったのだった。
……*……*……*……
一方その頃。
風呂場でそんなことが繰り広げられているとはつゆとも知らず、シアは自室のベッドの上にちょこんと座り、はてなと首を傾げていた。
眼前には、40個のリングが並べられており。
お風呂場でエレミアと鉢合わせした後、直ぐ様自室へと戻り、日課であるリングの強化、もしくは補強をしていたのだが。
元々、魔法用のアイテムには事前にそれぞれレベル、属性等の魔法付加がかかっており、半永久的に、物自体が壊れたりしない限りは効力が持続するように作られている。
それに、公共用に魔力付加が掛けられているモノに自らの魔力を馴染ませるなど、並大抵の精神力では出来るわけもなく、加えて魔力量の安定と付加された魔力への同調率が半端なく高くなければ、相反する魔力に耐えられず、アイテムの方が壊れかねない。
それ故本来ならば(新しいものに買い替えればいいだけなのだから)自ら強化や補強を行う必要はないのだが。
シアはある理由により、この40個のリングを自ら強化、補強しながらずっと使い続けている。
両親の形見であることは勿論だが、小さい頃初めて手にしたその時から、今までずっと続けてきたのだ。
その細い外見に似合わず、この40個のリングには十幾年か分の、シアの魔力が抱え込まれている。
それは一体、どれ程のモノとなるのか。
しかし今。
その内の一つをつまみ上げ、シアは眉根を寄せてじじぃっと不審げにそのリングを見つめていた。
金色の、なんの変てつもないリング。
暫し見やってからおもむろに目を閉じ、身体内から手へ、手からリングへ、魔力が渡り、混じり合うのをイメージする、のだが。
パシン! と。
またしても、リングに力を弾かれてしまう。
「……やっぱりコレ、私のじゃない……」
むぅと呟き、他のリングを付け直してから、゛注意して見なければ偽物と気づかない程本物そっくりな″、金のリングを眺める。
(……すり替えられた……としたら、あの時しかない、よね……)
リングをばら蒔いた時の事を思い出し、はぁっとため息を付く。
(……たぶん、アルド様だろうけど。……どういうつもりか知らないけど……)
「……そんなに、凄い物でもないと思うんだけどなぁ……」
ぼそりと呟いてコロンとベッドに寝転がり、リングの穴から天井を見つめる。
シアにしてみれば本当に、それぐらいのものとしての認識しかない。
自身にだってそう興味はないのだから、他のものにだって、ある訳がない。
ただ、与えられたものの中だけで、日々を過ごして来たのだから。
それ以上を望むこともなく、それ以外には本当に何も、何もいらなかった。
それだけで、よかったはずなのに。
今までと同じ、日々は流れて過ぎ去るだけ。
ただ、それだけだったのに。
アルドとシェダ。あの二人に出会ってから、まだ、一週間と少ししか経っていない。
それなのに。
目に映る世界は、目まぐるしく変わって。
自身の状況も、ただの学生から大魔導師の影武者(見習い)なんて、夢みたいな物凄いことになって。
でも、それに戸惑っている暇なんかなくて。
自分の心境の変化にすら、ついていけない。
(……彼らは私を、どうしたいの……?……――私は一体、どうなりたいの……?)
考えても、解りもしない疑問にため息を付き。
シアはそっと、両の瞳を閉じるのだった。




