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忍び寄る影5


「……………………」


 なんとか無料で転移塔を使って、エルスティン学院側の転移塔まで戻ってきたシア、カラミス、エレミアの三人は、六時で閉門してしまう門扉の隙間をなんとかすり抜け、門限までに学院に戻ること、には成功したのだが。


 もう一つの最大級の難関を突破することは、出来なかった。


 まさか、今日の門番がスティリド学院長だったとは、誰も思っていなかったのだ。


 滑り込んだ瞬間に、これでもかという程凍てついた笑顔の学院長とご対面。

 そのまま連行決定である。


 今三人は揃って、学院長の邸の応接室の入り口付近に、並んで立たさせられていた。


「……………」

「…………………」

「…………………………」


 なんともいえない微妙な顔をして、前方にはなるべく目線を合わさないようにしながら、苦笑いを浮かべる三人。


 前方の、ビシッと張られた革張りのソファーに腕と足を組んで腰掛けているのは、笑顔の学院長。

 その周りには、夜の闇にも負けないような黒の……いや、闇のオーラが漂っている。


(〜〜〜〜〜っ!!こ〜わ〜いぃ〜〜っっ!!!)


 小さな身体を更に小さく縮みこませ、限界まで俯くシア。


 そんなシアに、穏やかな声がかけられる。


「――シアリート?室内なのだから、いい加減フードは取ったらどうかな?」

「っ!はっ、はいぃっ!」


 声は穏やか、顔は笑顔……なのだが、それが余計にスティリドの内面にある感情を際立たせているようで、ビクリと身体を震わせるシア。

 恐怖で声が裏返っている。


(……なんで私からなのよおぉ〜〜っっ!!)


 泣き出したいのを必死に堪え、もぞもぞと被ったままだったフードを取る。


 その時零れ落ちた長髪は、今のシアの心境を表すかのような、くすんだ黒灰色。本来の髪質である艶やかさなど皆無だった。


「――というか、なんて格好してるんだい、君は。そのコート、学院指定のものではないね?」

「あっ、あのあの、こ、これはですねっ!?」


 目敏く指摘され、明らかに慌てるシア。これでは自ら、やましいことがあると言っているようなものである。


「………………………」


 シアのその反応に、長く深く、ため息を吐いて。

 額に手を添え、静かに告げるスティリド。


「――取り合えずそれについては、今は一つだけ聞くとしよう。今それは、話せることかな?それとも話せないことなのかな?」


「………………………」


 問われてから、たっぷり数分費やして。


「……――ごめん、……なさい……っ」


 ポツリと、なんとかそれだけを告げるシア。


「――そうかい。では次」


 それに静かに息を吐いて、次のことに切り替える。


「――今日一日、君達三人は一体、何処で何をしていたのかな?学校をサボってまで」


 ゆっくり、三人の顔を見回しながら続ける。


「まず、シアリート。君は自室で自主学習、と申請されていたけど、外から帰ってきていたね。それに、朝交わしたはずの約束が、もう破られているようだけど、何故なのかな?」


「それからカラミス、エレミア。君達二人は上級生からの依頼授業、薬草採取の手伝いをしていたそうだね?この上級生達に問い合わせた所、採取は速攻で終わらせて何処かに行ってしまったとのことだったけれど。何故なんだい?」


 にっこり、微笑むスティリド学院長。

 それに冷や汗を流す三人。


「三人共、今日の授業を休んだのは失敗だったね。――私の選択授業があったこと、忘れていたのかな?」


 なかなか口を開こうとしない三人に、確信的なことを告げるスティリド。

 その途端、しまったという顔をする三人。


 月に一度、他学校にはない自由授業の時間が設けられているこの学院は、その時間だけはそれぞれの先生の元に各々生徒達が集まり、思い思いの授業を受けることが出来るようになっている。

 勿論学院内にいる、先生と呼べる者全てが対象だ。事務員、料理長、寮長、警備員、上級生等々……学院長でさえも。

 シア、カラミス、エレミアの三人は、専ら学院長の授業を選択していた。


 もはや、言い逃れなど出来ようはずがなかった。


「――すみませんでした。でも、悪気があってやったことではないんです」


 ひとつ、息を吐いて。ぺこりと焦げ茶色の頭を下げ、諦めたようにカラミスが口を開く。

 その先を無言で促すスティリド。


「――シアリートが飛び出して行ったのは、僕のせいです。朝、学校に行こうとしていた彼女を呼び止めて、その……傷つけてしまったから。ですからそれについては、彼女を叱らないであげてください」

「っ!?」


 カラミスの言葉に、驚いた顔をしてそちらへと視線を向けるシア。

 困惑と動揺が入り交じっている。


(――なんで?どうして……。私が、悪いのに……)


 その視線に気付かないフリをしながら、カラミスは更に続ける。


「それに、エレミアのことも。彼女は、僕が誘っただけですから」

「カラミスっ!」


 続けられたカラミスの言葉にエレミアが声をあげ、カラミスが何言か言う前に捲し立てる。


「それは違いますわ、学院長。確かに誘われたことは事実ではありますが、それを了承したのは私の、自分の意思です。ですから私も、カラミスと同罪ですわ」


 きっぱりと告げる。

 その表情は凛としていて、光を宿す碧眼は、どんな罰でも受け入れるという強い覚悟が見て取れた。


「カラミス。貴方一人だけに、背負わせたりはしませんわよ?」

「エレミア……」


 エレミアの言葉に苦笑混じりに呟くカラミス。


「それで結局、二人は何をしていたのかな?」


 二人の穏やかな空気をやんわりと制して、スティリドが静かに問う。


「それは――」


 ちらり、シアに一瞬だけ目線を走らせ、ごくりと唾を飲み込んでから、カラミスは告げる。


「シアリートを、尾行しようとしたんです……」

「えぇっ!?」


 それに驚きの声を上げたのは、勿論シアで。


 大きな目をぱちくりとしばたき、カラミスとエレミアを見やる。


 ――信じられなかった。まさか、そんな言葉がカラミスの口から出てくるとは。


「――しようとした、とは?」


 申し訳なさそうに目を伏せ、それ以上継げないカラミスに代わって、スティリドが促す。


「……依頼授業の申請をし終わった時、遠隔魔法で確認したらシアリートが校庭内にいたので、次の授業までは強制施錠のお陰で邸に戻れないから、それまでに依頼を終わらせれば、シアリートを尾行できると思って……」


「……急いで戻ったら、知らない人と出ていく所だったんですが、転移塔付近で撒かれてしまって、出来なかったんです……」


 はぁー、とため息と共に吐き出したカラミスの後をエレミアが続ける。


「……で、でも私達本当に、悪気があってこんなことをしたワケではないんですっ!――最近、彼女の様子がおかしかったようなので、それで、心配になって……」


 初めは声高に告げていたエレミアだったが、段々申し訳なくなってきたのか、言葉が尻すぼみに萎んでいく。


(…………………………)


 シアはただただ、二人を見やり。

 スティリドはやれやれとため息をついた。


「――仕方ないね。では、カラミス、エレミア。両名については、暫く、私の呼び出しに無条件で応じること、で今回の件は不問としよう。――いいね?」


 灰白の瞳を細め、有無を言わさぬ微笑みを浮かべてそう言い置いたスティリドに、


「っ!あっ、ありがとうございますっ!」

「……っ、ありがとう、ございます……っ!」


 がばりと頭を下げてカラミスが礼を述べ、エレミアは口許を手で覆って、涙混じりに呟いて静かに頭を下げた。


 随分甘い体裁だと思わなくもないが、スティリドが言う暫くがいつまでなのかということと、赴いた先で告げられる事柄がどんなことかによっては、一回で終わる罰の方が良かったと思うかもしれない。

 だが、この決定に否を答えるという選択肢は、残念ながら二人には想像することは出来なかった。


「――それで、シアリート。君はどうなのかな?この二人にここまでさせても尚、今日一日のことを、話してもらうことは出来ないのかな?」


 頭を下げたままの二人からシアの方に視線を移し、静かに問うスティリド。


「…………っ、…………」


 その視線から逃げるように、反射的に視線を外して俯く。

 だが、しかし。


 シアには、もう。このまま隠し通せるとは、思えなかった。


(…………もぅ無理だよ………何も、言わずにいることは………私には――……)


 きゅっ、と唇を引き結び。

 それでも、不安気な顔をなんとか上げて、ちゃんとスティリドを見つめる。

 その紅と紫の瞳は揺れていたが。

 シアは、震える唇を動かして。


「……私、は――……」


 ぎゅっと拳を握り締め、なんとか言葉を紡ぐ。


「……私は、今日――…ううん、この、一週間ちょっとの間……、ある人の所に、行ってました……」


 震える声で、しかしはっきりと、今までのことを話すと伝える。


「……もぅ、これ以上、黙ったままでいられるとは思ってないし、さっき……転移塔で使っちゃったから、二人は見当ついてるかも知れないけど……」


 頭を上げてこちらを見つめるカラミスとエレミアに苦笑して、羽織っていたコートを脱ぎ、袖口がちゃんと見えるようにしてスティリドの所に持っていく。


「……このコートを貸して下さった方の所で、小間使いをしてるんです……」


 コートを手渡しながら、ポツリと告げるシア。


「………これは………!」


 シアから渡されたコートの袖口を見つめ、驚きに目を見開くスティリド。


 そのコートの袖口には、その持ち主の階級を示す、飾り彫り入りのカフスボタンが二つついていた。


 一つには、シェリティリアの白い花を周囲にあしらい、真ん中に交差された二本の剣が彫られた、聖騎士団の紋様が。

 もう一つには、真ん中にシェリティリアの花をあしらい、その花を囲み守るように、゛白銀″の竜が描かれていた。


 白銀の竜紋を使用できる者はこの国に、いや、この世界に一人しかいない――…


 この国唯一の、大魔導師。

 彼以外に、あり得ない。


 聖騎士団の紋と白銀の竜紋――……


 この二つを共に掲げられるということは、その人物とは即ち。


「――大魔導師の側付き騎士、゛アルドユーク・ヴァナデイ″の、小間使いだって……!?」


 導きだされたその答えに、驚きの声を上げるスティリド。


「なっ!?」

「えぇっ!?」


 その答えに驚いたのはカラミスとエレミアも同様で。

 スティリドの表情(かお)とコート、そしてシアを見返す。


(…………ごめんね………今は、まだこれしか――……)


 三人の顔を盗み見ながら、シアはチクリと痛む心をなんとか落ち着かせる。


 全てが本当のことというではないけれど、告げたことが全て、嘘だというわけでもない。



 アルドが「公員」として来たということは、それを隠す気はないのだろうと判断し、公員という肩書きを踏まえた上で、最も有力な「設定」を引っ張り出したのだ。


 大魔導師の側付き騎士、その小間使いという設定を。


 コートも紋章も本物だということは、スティリドにならわかるだろう。


 よくよく考えれば随分無茶な設定だと思わないこともないが、これで信じて貰えなければ、シアにはもう後がない。


(…………お願いだから、どうか…………)


 信じて……!と、この時ばかりは、祈るように心の中で手を合わせ握り締める。


 すると。


「……なんだ、そういうことだったんだね。どうりで……」


 深々とため息を吐き出し、胸を撫で下ろすスティリドの声が響いた。


「えっ……」


 スティリドのその反応が意外で、驚き目をぱちくりとしばたくシア。

 カラミスとエレミアも驚いた顔でスティリドを見やる。


「――あぁ、すまないね。事前に、私宛に封書が届いていてね」


 三人の反応に苦笑しながらスティリドは続ける。


「シアリート、君を伴って邸に赴くように、という内容の封書がね」


 肩を竦て告げる。


「君の所にも来たんだろう?」


「……いえ……私の所には、封書ではなく、直接……」


 呆けたように告げるシアに、スティリドは額を押さえ、


「――なんというか……昔と、全然変わってないようだね……」


 ため息と共に吐き出す。


(!!――まさかの知り合いっ!?)


 続けられたその言葉に驚く三人を余所に、


「さて。大体事情はわかったことだし、そろそろ晩御飯にしようか?二人とも、食べていくだろう?」


 スティリドはにっこりと微笑んだのだった。






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