忍び寄る影3
「あとは……やはり、アレの話ですかね」
「……………」
三時のおやつタイムということで、テーブルの上にたくさんのお菓子と新しい紅茶を用意してから、にっこりとシェダが呟く。
それにシアはあからさまに視線を反らしている。
「まぁ、ある程度はわからなくもないですが、聞いておくに越したことはないですからね」
「……どうしても、言わなきゃいけないかなぁ……?」
にっこりとしたまま追及してくるシェダに、目線は反らしたまま訊ねるシア。
「あるかないか、その違いはかなりでかいぜ?──さっさと言っちまえよ」
シェダお手製のティラミスを頬張りつつ、横からアルドも促してくる。
(……うぅっ、すんごく美味しそう……)
人の気も知らないでばくばくお菓子を頬張るアルドを恨めしそうに見やり、ちらりとテーブル上の菓子類を眺めてごくり、と唾を飲み込む。
だが、それらを手に取ることは叶わない。
なかなか話そうとしなかったのが仇となり、三時のおやつお預け中なシアなのであった。
(……拷問だよ、こんなの〜〜っ!!あぁっマカロンもタルトもチーズケーキのラズベリーソース添えも美味しそうだよぅ……)
アルドが次から次へと飲み込んでいくお菓子たちを指をくわえて見やっているシアに、
「──早く言わないと、アルドが全部食べちゃいますよ?」
にっこりした顔のまま、止めの一言をざっくりとお見舞いするシェダ。
天使の顔をした悪魔様の降臨である。
「っ!?わかりました!言います、言いますからぁ〜〜っっ!!」
それに速攻で降参するシア。
甘い物に勝てるわけがなかったのだった。
「………あっ…………」
そう口走ってしまってからしまったという顔をするが、もう遅い。
「…………………(うぅ〜)」
しばし黙していたが諦めたように深々と長いため息をついて、シアはなんとも言いづらそうに口を開いた。
「……試験を受けられなかったから、かな」
「受けられなかった?」
「そう」
「ですが、筆記試験くらいは受けられたのでは?」
シェダの問いかけに苦笑して、
「……私も、筆記試験くらいは受けれるかな、と思ったんだけど……」
ため息と共に告げる。
「……筆記試験を受けようとすると、実技試験担当の先生が突入してきて、連れて行かれそうになるから……」
「…………はぁ?」
それにぽかんとした顔をするシェダ。
「ってか、なんでんなことになってんだよ?」
何個目かのミルクレープを頬張りながら訊ねるアルド。
「……えぇと、それは……」
ひとくち紅茶を口に含み、渇いた喉を潤してから、
「……二年生になった初めての試験で、防御魔法しか使えないことが、バレちゃったからなんだよね……」
ため息を吐き出すように告げるシア。
「……そりゃまたなんで?」
「魔力柱を、響かせる試験だったから……」
「あぁ」
それを聞いただけで納得したように頷くアルド。
魔力柱とは、学校の魔法練習部屋に必ず置いてある魔力を測る為の柱だ。
練習部屋にあるフォーク型の支柱のことなのだが、この柱に己の魔力を触れさせることで自分に最も適した魔力資質がわかる優れものなのである。
魔力資質とは、魔法の属性のことでそれぞれ、火・水・土・木・風・光・闇と七種類あり、魔力を有している者達はそのいずれかの属性を持っている。
魔力柱が反応した属性が一番自分と相性のいい属性になるのだが、ひとつだけ、魔力柱では測れない属性が存在する。
無属性の魔力──……
それだけは、七種の魔力を触れさせて測る魔力柱では、測ることの出来ない属性だった。
無属性の魔力は、どの属性にも属していない魔力のことなのだから。
しかし無属性の魔力資質を持つ者は稀であり、その殆どの者たちがお目にかかったことなどないだろう。
それ故、無属性の魔力を持つ者にどう対処したらいいかわからない、という所が殆どだ。
それに加えて、どういう反応を示すかによってもその先の道筋が違ってくる。
どの属性にも染められる未来に有力な属性と見るか、魔力無しの落ちこぼれと見るかでは。
シアの場合は、殆どの者に後者として見られてしまっているようだが、少なからずその力を伸ばそうとしてくれている者達がいるのは救いだろう。
「──それでお前は、自分に力があると思っているか?それとも、ないと思ってる?」
手についたクリームをペロリと舐めながら、視線だけを注ぎ告げるアルド。
「……ない、とは思ってないよ。魔力無しが魔法学園に入れる程、甘くないのはわかってるし。それに無かったとしたら、入学試験受かってないよ。アレは魔力があるかないかを、選別する為の試験でしょう?」
手にしたカップを握り締め、だけど……、とシアは続ける。
「……ある、とも言えないよ。使えるのは防御魔法だけだし……。それしか使えないなら、ないのと変わらな──きゃっ!?」
と、シアが言い終わる前にぼすっとアルドの手が頭に添えられ、
「充〜分っ!だっての」
笑いながらそう言われ、わしゃわしゃと頭を掻き回される。
「わわわっ!?ちょっ、もぅアルドってば!」
口では文句を言うものの、抵抗するわけでもなく、されるがままのシア。
「…………ふふっ」
それを目を細めてシェダは見つめていたが、ふと先程の話で気になっていたことを訊ねる。
「──ところで、シア」
「はい?」
「二年生になった初めの試験で、バレたと言っていましたが……それまで、はどうしていたのですか?実技試験、一度もなかったわけではないのでしょう?」
「…………えぇっとぉ………」
シェダの問いかけにバツの悪そうな顔をして頬を掻き、苦笑するシア。
「──ここまで言ってんだから、もぅ隠さず言っちまえよ?」
シアの頭から手を離し、シアの顔を覗き込みながら告げるアルド。
「もう、近いってば!」
アルドの顔を押し退け、
「……ちょっとだけ……、ほんとに、ちょっとだけなんだよ?それに、屋外練習だったから出来ただけなんだけど……」
苦笑混じりに前置きして、シアは告げる。
「……防御と結界の無属性魔法以外の練習の時は、その、ね………か、借りてた、んだよ……」
ボソリと呟かれたシアの言葉を漏らさず聞き取り、
「借りてた……?」
おうむ返しに聞き返しながら、首を傾げるアルド。
「……そう。結界魔法で、周囲からちょっとずつ魔力を集めて……」
「……自身の魔力として、流用した……?」
ボソリと呟かれたシアの言葉を、シェダが神妙な顔をしながら引き継ぐ。
「ふぅん?ま、場所に恵まれたってワケだ。──ところで、お前の髪黄金色だけど、そろそろ帰らねぇといけないんじゃねぇの?」
シェダとは対照的にさらりと流してアルドが告げ、
「えっ!?」
アルドの声に慌てて窓の外を見やるシア。
地下一階だというのに、魔法で光を屈折、反射させているその窓には、沈みゆく西日の太陽が景色をオレンジ色に染め上げている、という地上の様子を鮮明に写し出していて。
「……やばっ!流石に門限破ったら、言い訳出来ないよっ……!」
慌ててガタンと立ち上がるシア。
「んじゃま、転移塔まで送ってくるわ。──後、頼む」
荷物をまとめ、あたふたと出口(扉風壁画)に走り出そうとしているシアをあっさりと捕まえて小脇に抱え、アルドはシェダにさらりと告げて魔方陣から転移していく。
「えっ?アル……」
それに驚いた顔をして、シェダがそう呟いた時には既にその姿はなく。
「……やれやれ……」
転送され際に、「私は荷物じゃな──いっ!」とシアが叫んでいたのに苦笑してから、
「……まったく。──大事な話をしているのですから、終るまで待っててくれると、なおよかったんですけどねぇ……」
腰に手を当てて深々とため息を付くシェダ。
そんなシェダを取り囲むように、ゆらり、人影が出現する。
それに特に驚くことなく、人影を見つめるシェダ。
そのどれもがゆらゆらと漂っており、実体ではない影だということを告げている。
(………ひぃ、ふぅ、みぃ……全部で五体、ですか……)
目線は動かさず、気配で影の数を数えていたシェダに、くぐもった声が発せられる。
『…………オ前ガ、大魔導師あるどゆーく、ダナ?』
(………小者ですか……。しかし……)
「……顔が割れているというのも、意外と面倒くさいものだったんですねぇ……」
その声には答えず、苦笑するシェダ。
『………………』
それに黙したまま、ゆらりゆらり、距離を詰める影、五体。
「……取り合えず、何の目的があって来たのかくらい、聞かせて頂きたい所なんですけどね」
『──カカレ』
苦笑混じりに問いかけるシェダに、一言、言葉が投げられ。
(──ま、言うまでもないですよねぇ……。アルド、これでヘマしてたら恨みますよっ!)
一斉に飛び掛かってきた影達に向かって、シェダは静かに腰の剣を引き抜いた──……