忍び寄る影2
「……私の力でもあるけど、違うといえば違うというか……」
「………。はっきりしねぇなぁ。結局なんなんだよ?」
じぃ、っと見つめてくるアルドに、
「……防御魔法を詠唱しながら、重複防御強化魔法を重ねて詠唱してたんだけど……」
頬を掻きつつ呟き、シアはすっくとソファーから立ち上がるとテーブルの端にカップを置いて、
「……たぶん、これのおかげだと思う」
そう言って、テーブルの上にじゃらじゃらとリングを広げる。
「なっ────っ!?」
その光景に驚き、対面に座るシェダが緑翠の瞳を見開く。
「?」
その表情に訝しげに眉をひそめるアルド。シアの肩越しにテーブルの上を見やって。
その間もシアはまだ手を振ってリングをバラ撒きつつ、足にも嵌めているのか靴を脱いで足からリングを外している。
「───こりゃあ、凄いな………」
テーブルの上を凝視し、ごくりと喉を鳴らすアルド。
シェダからは圧巻のため息が漏れる。
「……よくもこれだけ、集めたものです……」
アルドとシェダ、二人が見やるテーブルの上には、大量の金・白銀・ミスリル・銅等の腕輪が広げられていた。
その全てが微力ながら何らかの魔力を発していて、ただのアクセサリーではないことを告げている。
「……元々の魔力付加に加えて、私の魔力を絡めて織り込んであるし、防御特化寄りになってるから……底上げされたんだと思う」
全てのリングを外し終え、靴を穿き直しながら告げるシア。
「!〜〜〜〜〜〜っはぁ〜〜。よ、よかったああぁ〜〜!!」
すると、脱力するように深々とソファーに沈み込み、安堵のため息をつくアルド。
「…………?」
アルドのその反応に小首を傾げ、シェダを見やるシア。それに苦笑して、
「………あれでも、一応落ち込んでたんですよ。手加減、してませんでしたからね」
本日何度目かの、爆弾発言をするシェダ。
「……………………」
その言葉に、まん丸の瞳を更にまん丸くしてぽかんとするシア。開いた口が塞がらない。
「──うっせ。バラしてんじゃねぇ、シェダ!ただ、びっくりしただけだっつの!」
クスクスと笑うシェダから目線を外してぼやくアルド。
そんなアルドを見つめつつ、
(……て、手加減……して、なかったああぁ〜〜っ!?)
衝撃的事実に、脳内混乱状態に陥るシア。
(……じゃ、……じゃあじゃあ──)
ぐるぐる思考を回転させつつ、ぶるぶる拳を握り締め。
最悪の結果を導き出した頭で、戦慄く唇をなんとか動かし──……
「しっ──死んじゃってたら、どうするつもりだったのよ────っっ!!!ばかぁっ!」
テーブルに広げたリングをアルドに投げつけながら喚く。
「おわっ!?ちょ、おいこら、やめっ……」
至近距離にも関わらず、投げつけられたリングを紙一重で避けつつ、なんとか声を上げようとするアルドだが。
「試験なのに本気ってなんなのよっ!?殺す気だったのっ?手加減くらいしなさいよっ!」
わぁわぁ喚きながらリングを投げつけるシアは聞いてない。
その間にもアルド目掛けて高速でリングが飛ぶ飛ぶ。
「いってぇ!?……くそっ、モノ投げんの止めろってぎゃふっ!?」
飛んでくるリングをソファーの後ろに回り込んでバリケードにして避けていたが、頭を出した瞬間に最後の一個が綺麗に額にクリーンヒットし、ぱたり、倒れるアルド。
「…………っ」
ぜぇはぁ、肩で息をするシアに、のほほんと紅茶を頂いていたシェダがにっこりと告げる。
「おや。実力でアルド倒せたじゃないですか。おめでとうございます。しかしまぁ、アルドにもアルドの言い分はあるかと思いますので、私に免じて聞いてあげてはいかがですか?」
「……はぁ。もぅ疲れたし、腕輪(投げるもの)ないし。──聞くぐらいは聞いてあげる」
シェダの笑顔に脱力してため息を吐き、ぽすっとソファーに座り直しつつその後ろに声をかけるシア。
「……そりゃどうも。よっと」
お許しを得てやれやれと呟き、一動作でソファーの上に舞い戻るアルド。
座り直してテーブルのポットを取り、紅茶を自分のカップになみなみと注ぎ、
「……お前の魔力は特殊だからな。俺が、読み間違えることはねぇよ。AAA++の判定が推定だったとしても、それくらいの力量はあると思ってた」
さらりとそんなことを宣う。
「……その自信、どこからくるの……」
言われたことより、アルドの自信ありすぎなことに呆れて、ため息を吐きつつ呟くシア。そんなシアに、
「そこはまぁ、唯一の大魔導師、アルドユーク様ですからね」
にっこりとシェダが告げる。
聞くだけ無駄だというように。
「………………」
あはは…と、それに乾いた笑みを向ける。
「……えぇと、それで……」
「あぁ、ちょっと待ってくださいね。──収束」
苦笑混じりの顔のシアを見やり、笑顔を返して短く呪文を唱えるシェダ。
するとシアが投げつくしたリングが全て、テーブル上に集まる。
「あ、ありがとう」
「いえいえ。それはそうと、これだけの腕輪、いつも身に付けているのですか?」
お礼を述べるシアにふと思いたって訊ねるシェダ。
「……やっぱり、その数おかしいよね……。私はいらないって、いってるんだけど……」
シェダの問いに苦笑しつつ告げる。
「ほら、私の魔法って防御魔法しかないじゃない?だから、周りがすんごく心配するみたいで……」
付けないと外にも出してもらえないんだよ〜と不満顔のシア。
「……まぁ他にもありそうですが、それだけ、大事にされてるんじゃないですか」
そんなシアににっこりと微笑むシェダ。
(……そう、なのかなぁ……?)
それに曖昧に笑うシア。
「ってかこんだけ付けてたら、重量かなりのモンなんじゃねぇの?」
数あるリングのひとつをつまみ上げ、検分しながら告げてくるアルドに、
「ん〜と、それは大丈夫だよ。その腕輪一個一個に風切り羽根の糸が織り込まれてて、身に付けてる状態なら重さゼロだもん」
事も無げに告げるシア。
「ははっ……聞いたかよ?シェダ。風切り羽根だってよ」
「……これ全部に、ですか。……それはまた……」
その途端、頬を引きつらせるアルドと、笑顔の仮面を張り付けたかのような顔のシェダが呟くように告げる。
種類はそれぞれあるにしろ、テーブル上に広げられたリングの数およそ40──……
そのどれもが魔力を通しやすい貴金属製であることから、かなりの額のお金がかかっていると思われるが、更に風切り羽根の絹糸まで織り込んであるとは。
風切り羽根を有している動物は、この世に一頭しかいない。
神聖なる神の遣い。天上の守護神獣。
空高く翔る、一角の角をもつ天馬──…
一角獣、ユニコーン。
シェリティードの初代国王シリウスが唯一ユニコーンに認められ、神剣と共に風切り羽根を手ずから賜ったと詠われているが、シリウス意外にユニコーンを目にした者はおらず。
しかしその噂はまことしやかに囁かれ、広まり。おとぎ話として現代にまで途切れることなく語り継がれている。
そんなおとぎ話、伝説や幻想の中に存在するとされる、守護神獣より賜った剣と羽根も、当然のように普通のシロモノではなかった。
その剣は羽根のように軽く、しかしてその斬撃は空を割り、海をも引き裂き。
その羽根は持っているだけで、天馬の如く風を切り、空を翔ることが出来るという──…
そんな、伝説級の神獣が持つ風切り羽根を、織り込んだ腕輪を持っている、と──……!?
もう本当に、笑うしかなかった。それが本当かどうかなんて、付けてみればわかってしまうのだから。
「……?どうかした?」
それに加えて、本人のこの無関心ぶり。
こちらから何か言うことなんて、出来るはずもない。
「………………」
「………………」
微妙な顔をして苦笑いを浮かべ、互いに目配せしてからしっかり頷きあったアルドとシェダは。
「取り合えず、他の人の前で今みたいに、リングバラ撒いたりするんじゃねぇぞ?」
「そうですよ。大事なモノは、きちんと仕舞っておかなくては。無くしたりしたら大変でしょう?」
二人の顔が余程真剣だったのだろう。
シアは世話しなく瞬きをしつつ、コクコクと頷いて。
「う、うん……」
それだけを言うので精一杯だった。